014:早過ぎる露見
冒険者登録とは。
というか、冒険者とは。
いわゆる何でも屋である――正確には違うかもしれないが、僕はそう判断した。
依頼内容は草むしりのような雑用から、ドラゴン退治、及びそれ以上まで。
依頼人は、平民から王族、王様まで。
ちゃんと報酬と見合うような依頼であれば、大抵のことはいつか誰かがやってくれるとのこと。
それらの依頼を選び、請け負って、仕事して、日銭を稼ぐ。
それが冒険者らしい。
まあ、勿論、請け負うためにはそれなりの力が必要とされる物もあり、ドラゴン退治なんか正しくそれだろう。
だからFからAまで、冒険者の格付けがされており、それで依頼が受けられるかどうかを判断している。
ちなみに、ドラゴンだったらAランクになる必要があるとか。
Sランクは無かったが、まあ実際は存在するんだろうな、多分、順当にいけば。
さて。
結局、僕はどうしたのかと言えば、その場で冒険者登録を行うようなことはせず。
説明だけ聞いて、僕たちはおとなしくギルドを出て仕事場に向かっていた。
冷やかしもいいとこだった。
いや、だってなあ。
わざわざ登録をして自分から選択肢を狭める必要もないだろう――普通は冒険者になったら選択肢は増えるはずなのだけれど、僕の場合は行動範囲が狭くなるという意味不明な矛盾を抱えているので、冒険者になるのは得策ではない。
何かと言えば、言うまでもなく。
アーネットさんとリューナさんの件である。つまり冒険者になってしまうと、「僕は冒険者じゃないので」という言い訳が使えなくなってしまうのだ。
彼女らと組むのが果たしてデメリットかと言われると悩むところだが……戦闘や魔法に関して得るものも多いだろうし、まるまるマイナスに働くことはないことが分かるからこそ、なおのこと悩む。
だから、愚策、とまで言う気はない。
ただ、それでも命の危険性が戦闘に孕まれていることを考えると、やはりあまり良い選択だと言えないのが現状なのだ。
勿論、拠り所のない僕としては、冒険者登録しておくことで独り立ちの幅が広がるため、あのパーティの件を差し引いても損はないと思うのだが、しかし、これ以上借りを作ることは――お金を借りることは躊躇われた。
…………。
まあ。
つまり、冒険者になるためにもお金が必要だった――当たり前だが、無料ではなかったのだ。
何でも、ギルド公認である冒険者という証明を作るためにお金がかかり、それは負担してもらわないとならないらしい。
保証金もおそらく含まれているのだろう。
日本円にしておおよそ十万円。
この世界の通過にして大銀貨と呼ばれる硬貨十枚、もしくは金貨一枚。
それを払えないのであれば、冒険者になれはしないのだとか――なる資格はないのだとか。
そんな感じで。
色々な事柄を加味して、吟味して考えた結果、無一文である僕は自腹で冒険者登録などできるはずもなく、かと言ってカインさんにまたもや借金するわけにもいかず、すごすごと引き下がったのであった。
あらすじ終わり。
「ここが薬を売ってるとこだ。薬草から回復薬まで揃ってる。効果は薄いが、血を止めるくらいならかなり有益だ。どっか出かける時とかには持っておいた方がいいな」
「なるほど」
で、異世界での有名事である登録をすっぽかして、今何をやっているのかと言えば、仕事場に向かうついでに、カインさんから村の案内を受けていた。
なんでも、これから世話になる場所だから、有る程度地理を把握しておくと良いとのこと。
何から何までありがたいことである。
本当に見た目に比べて気が利くし、優しい人だ。
ギャップ萌えというのだろうか。
果たして、おっさんのギャップ萌えにどれほどの需要があるのかは定かではない。
「んで、ここが武器売ってるとこだ。どっちかっていうと新人向けだし、かなり親切だから、もし武器が欲しいならここが良い」
「なるほど」
とまあ、こんな感じに。
先ほどとざっくり探索して見つけていた建物の詳細を語ってくれるものだから、かなりためになる。
やっぱりB級冒険者って結構凄い人なのではないだろうか――そこでリーダーをしているのならば尚更のことだ。
「ざっくり語ったが、どうだ? 分かんねえことあるか? もしくは関係ないことでも聞きたいことあったら答えるぜ」
「えーと……」
カインさんが聞いて来てくれる、のだが。
果たして、どこまで良いのだろう。
どこまでとは、つまり、この村のことだけなのか、本当に知らないことを聞いて良いのかどうかということだ。
具体的には、この世界の名前は、とか。
……。
いや、駄目だろ、自分から正体明かしに行くようなものだ。
それか非常識な人間だと思われるか。
どちらにしても不利に回ってしまうので、その系統――世界に関すること、常識とすら呼べないであろう当然の知識について聞くのもナシだ。
となると村関係か。
「……」
ぐるりと辺りを見渡す。
そこには、そこそこの建物と――それなりの人。
それなりの、人種。
……そうだな。
「じゃあ、一ついいですか?」
「お、何だ?」
「ええと、世間に疎いんでよくわからないんですけど……少しズレた質問になるかもしれませんけど、良いですか?」
「おう。なんでもいいぞ」
保険を掛けた上に、言質を取った。
ということで、聞かせてもらおう――かなりギリギリのラインだが。
「あの……こうして異種族同士が交流しているのって、珍しいと思ったんですけれど……普通なんですか」
「……ふむ」
これは聞き方を考えた――どこの世界でもかなりグレーな質問だと思ったからだ。
異種族、という言い方もそうだし、この話題自体がタブーである可能性もある。
それに、この手の話が常識である可能性だってなくはない――それこそ、日本で人種種別してないって珍しくないですか?と聞くようなことになってしまうかもしれない。
お前何処の国の人だよってなるか、そんな質問をしながら日本語ペラペラだったら本当におかしい奴か常識のない奴だ。
普通に考えたら、かなりリスキーである。
けれど、それなりに自信もあった。
少なくとも、僕は王国内に奴隷がいたことを知っている。
それこそ、人種差別が残っているという証明であろう。
そういう差別がある世界だと、知っていた。
そして、犬少女の存在――だからこそ、全く差別が存在しないこの村が妙だと思ったのだ。
王国に近いはずのこの村に、差別も迫害も存在していないことが。
「…………」
カインさんは腕を組んで考え込む。
そして、僕を見ている。
測るような目付きだ。
だからと言って僕は何もしないけれど――出来ないけれど。
そうして、しばらく。
カインさんはそれなりに納得したのか、何度か頷きながら言った。
「……ま、お前なら大丈夫か。そういう聞き方をするってことは、他に平等な場所を知ってるってことだろうし」
「……はい」
静かに、頷いておく。
そういう場所。
日本がまさしくそうだろう――目に見えない差別はともかく、表向きはそうだった。
「お前は、それこそ分かってるだろうしな」
「……?」
どういう意味だろう。
何が――それこそなんだろう。
僕の視線に気が付いたのか、手をひらひらと降って、分からねえなら気にするな、と言った。
まあ。
いいか。
カインさんは僕が切り替えたのを見て、さて、と区切りつけて話し始めた。
「お前の言う通り、レーベンクール王国内では人種差別が確かにに存在してる。それこそ、奴隷がまかり通っちまうくらいにはな」
当然それらは別にレーベンクールだけじゃあないんだが、と付け足してカインさんは続ける。
「だが、ここはそうじゃない。差別がまるで無い。見た目で判断しない。文化で判断しない。沢山の種族が一緒に暮らしているのに険悪な雰囲気は存在しない。何故か? 簡単だ」
と、そこで一度切って息を吸って。
カインさんは言った。
「ここは同じ種族から、差別された者達の村だからだ」
差別。
迫害。
つまり、難民がこの村を作り上げたということだろうか。
規模は――まるで違うだろうけれど。
「同種と姿が違う、考え方が違う。そのせいで蔑まれ、疎まれ、追い出された――そんな奴らが自然集まってできちまったのがこの村なんだ」
だから――差別が無い?
「だから、姿が違っても、考え方が違っても、受け入れることが出来る、と?」
「らしいな。俺もこの話は聞いただけだから詳しいことは言えねえが」
同じ痛みを知っているから、傷付けようと思わない、か。
理想論だと思った。
随分と良い人たちが多い村だ、とも。
自分が傷付いたから――他人を傷付けても良いという発想の人間だっているのだから。
「そういう奴はここには居なかったらしい」
「……なんで、ですか?」
「逆に排他されたんだとよ、そういう奴は」
カインさんによると。
そういう奴も当然いたが、その度、村人全員で叩きのめしたのだと言う。
これ以上傷付けるようなら、もう一度その苦しみを味わえ。
仲間がいない、味方がいないということが、どれほどの恐怖であったかを思い出せ。
そんな感じだったらしい。
中々にえげつない。
「俺もそう思うぜ。だけどな、そうでもしなきゃ対策が打てなかったらしい。それぞれの心に、ああなりたくない、と思わせるようにでもしないと、同じ事が繰り返されるってな」
「……既に、起きてませんか?」
やり過ぎ感も否めない。
そういう奴を問答無用で叩きのめすことが、果たして同じ事ではないのかと問われると、少々疑問符が浮かぶ。
「つっても、何十年も昔の話らしいしな。本当に、村の建設当時だ。今はそういったことまでにはいかねえよ」
「と言うと」
「問答無用じゃなくなった。後は、そういうこと自体しなくなった。今は村そのものが、そこそこに大きくなったらしいし、そんな恨み辛みが入り混じる儀式めいた事を後の世代に残すわけにもいかないから撤廃したらしい。恐怖政治は最初だけだったってことだ」
「……なるほど」
恐怖政治が必要な時もあるって言われることがあるし、きっとこの村は建設当時がその時だったのだろう。
「そう言った過去があるからこそ、ここに住む奴は隔たりなく仲良くするようになるってわけだ――差別を受けてなくてもな。今、この村でそういうことをする奴はいない。旅人でも、そういうことをした奴はいつか追い出される。だから、表向きでもそういうことはしない。冒険者だったら尚の事、評判があるから差別意識は消さなくちゃならない……まあ、有る程度やってりゃ他種族とも交流があるし、自然とそういう偏見は消えるけどな」
「…………」
……思ったより重かったな。
いや、こう言う話題自体がそんな楽しいものではないけれど、異種族同士が仲良くしている背景がここまでとは思ってなかった。
いじめられた者達が慰めあって作り上げ始まった村――と言ってしまうのは中々に最低だけれど、しかし、そういうことだろう。
始まりは単純だが、重い。
……何事も始まりはそういうものか。
そんな風に。
こんな感じに会話が一区切りついた。
ぶつ切り感も否めないが、それから自然と揃って無言になった僕らが会話を続けることは困難であっただろうから、この状況は致し方ないこととも言える。
二人して無言で、周りの風景を、建物を、人を漠然と見ながら、村を回った。
そうして、どうだろう、何軒か見て回り数十分経ったころだろうか。
ふと、先を歩いていたカインさんが振り返らずに聞いてきた。
「なあ、トーマ」
「何ですか?」
「気付いたか」
「何がですか?」
「この村の成り立ちと、この村がどういった村なのか」
「ええ、説明していただけたので――」
「そうじゃねえよ」
「……?」
じゃあ、何が聞きたいのだろう、と。
心の中で首を傾げていると、カインさんは振り返り、声を潜めて言う。
「この村に住む人が、どういった奴なのか分かったのかってことだ」
「ええと、だから」
そのままの意味だろうと。
言いかけて、止まる。
そこで、僕の思考は思い至る。
――差別された者達が集まった村。
今となっては、差別がない平和な村。
しかし――いや、本当にそうだろうか?
僕は、咄嗟に辺りを見渡す。
先ほどまで漠然と見ていた景色を、しっかりと見る。
人。
その細部を。
村人たちは――彼ら彼女らは、見て分かるくらいに多種多様だった。
尻尾がある。
獣耳がある。
角がある。
羽がある。
牙がある。
肌が白い――もしくは黒い。
「あ……」
ただ。
その様々な種族が存在している中で――あまり異世界に詳しくない僕でも気付くことがあった。
それらの部位を携えた人はどこか欠けていた。
翼が片方小さい。
尻尾が二本ある――もしくは切られている。
角が二本あるうち、一つ折れている。
肌が白い、いや、病的なまでに白い――アルビノというやつだろうか。
全員ではない。
全員ではないが、かなりの人がそういう姿だった。
そういう、傷を持っていた。
「…………」
「差別がない村……と言やあ聞こえは良い。勿論嘘じゃない。誰も差別しない場所だ。自分が傷を負ってるわけじゃない奴でも、当たることはない」
だが、それにしては――差別や迫害が存在しない割りには傷を負っている奴が多過ぎないか?
「だが、見ての通り傷を負っている奴は沢山いる。迫害が無いにも関わらず、異常な数だ。何故かといやあ、それは簡単な話で、ここの村の話を聞きつけた別のはぐれものが、新しくここを訪れるからだ」
どんどんと、増えていく。
「この世界には、まだこれだけの迫害が残ってんだ。この村は――その証明だ」
「…………」
てっきり、この雰囲気だから――酷いのは王国だけだと思っていた。
王国だけじゃない、という言葉は誇張表現だと思っていた。
だが、違う。
この村を除き、全てがこうなのか。
「…………」
――この村はその証明だ。
そうカインさんは言った。
それはおそらく、ここの人間を見るだけで分かってしまうということなのだろう。
見るだけで、世界にはこれだけの迫害が存在しているということが――まかり通ってしまっているということが。
一番平和な村が、一番世界中の差別や迫害を証明している。
訴えている。
「アルバ村。別名はぐれ者の村。お前も、不用意に人の傷を見たりするのは気を付けろよ」
傷を抉っちまうかもしれねえからな、とカインさんは締め括った。
それは何気ない一言だったのだろうけれど、僕はそうやって言われて思い出す。
傷。
えげつない、傷を。
抉れたような。
炙られたような。
痛々しい傷を持った少女を。
ファルリアの額の傷。
「…………」
まさかあれも、そうなのだろうか。
迫害を受けてきたのだろうか。
あの傷は、人為的なものに見えた。
事故で出来るようなものではない。
しかし、何故だ?
性格も、容姿も悪くない――どころか、かなり良い。
嫉妬か?
いや、それにしては行き過ぎだ。
もっと見た目的な――……目?
目。
赤い、眼。
血のような、人の不安を煽るような色をした眼だ。
そして――妖怪や、魔物たちのような、不気味な、並々ならぬ恐怖を与える眼。
そうだ、おかしいだろ。
何で、碧眼の両親から赤い眼をした彼女が生まれてるんだ?
それが原因なのか?
赤い眼は――魔の物である証拠。
そんな話を、僕は知っている。
何処で?
――王国で。
そう言う奴を見た?
……話を戻そう。
彼女は、幼い頃に、その目のせいで迫害を受け、額に傷を負ったということか?
それも――傷痕が残る程に。
僕は、女の子の顔が傷付くことにどうこう言うタイプの人間ではないが、それでも、やはり思うところはあった。
……いや、推測に過ぎないが。
これが見事に勘違いで、本当に何の関係もなく傷付けられただけの可能性もなくはない。
だが、それだと彼女が隠すようにセットした髪型の説明がつかないか――いや。
女性なら顔についた傷くらい隠すか。
あんまり深く考えない方がいいかもしれない。泥沼にハマりそうだ。
「トーマ、お前さ」
「はい?」
事実を誤魔化すように、頭に手を当ててガシガシと掻いていると。
カインさんは、僕の表情を伺うような様子で聞いてきた。
「お前、この話を聞いてどう思った?」
「どうって……」
どうなのだろう。
歪で、歪んでいて、厳しい世界だと思った。
けれどそれが分かったところで、僕には何も出来ない。
曲がりなりにも勇者として呼び出されたはずなのに――何も。
「……この村の奴を軽蔑したか?」
答えることが出来ないでいると、カインさんはそんなことを聞いてくる。
「……? そんなことはないですけど、なんでですか?」
「いや、その、な」
僕が問うと、カインさんはがりがり、と頬を掻いて言いにくそうにしている。
言うか言うまいか悩んでいるようにも見えた。
「……えっと?」
「聞きたいことがある」
そして、腹を括ったような表情でそう言うカインさんに、僕は少し構えてしまう。
「お前は、差別された人間には軽蔑しないんだよな?」
「そう、ですけど」
「じゃあ、質問を変えよう。今、何年だ?」
「……はい?」
質問内容がガラリと変わった。
意図が読めない。
「どういうことです?」
「いいから答えろ。今、ディベル歴何年だ?」
「……!」
ディベル暦。
向こうの世界で言う、西暦と同じものである。
だが、僕は答えられない。
答えられるわけがない――結局、僕は本を読んでも今がいつなのかということを把握出来なかったのだから。
「……」
「……いくら田舎もんだからって、旅人だからって、今何年かを答えられない奴はいない。そりゃ数年の誤差は起きるかもしれねえが、まるで口に出せないとなると訳が違う」
「……だったら、何です」
おかしいと思ったんだよ、とカインさんは僕の言葉を無視して続ける。
「お前の突発的な出現。常識の足りなさ。差別された人間への偏見のなさ。力のなさに比べた回避力の高さ。どうにも――らしくない」
らしく、ない。
カインさんは、そう言って。
僕を見据え。
改めて向き直って――言い放った。
「お前、この世界の人間じゃないだろ」