9話
九条和也は街を練り歩く。
目的は何か、と問われれば、言葉が出ない。ただ、引っかかるものがあって、朝からずっと歩き回っていた。
思い返すのはここ最近。和也ははじめ、この感覚は気のせいなのだと思っていた。こんな異常な事態の中で、気が張っているせいか、見知らぬ街であるが故なのだと、そう考えていた。
だが、今日になり、やはり違うような、そんな気がした。
「…
もう半日は歩いている。未だその引っかかりについては何も得られていない。時々馬鹿らしくもなるのだが、どうにも、放っておく気にもなれない。
「あぁ、テメェはっ!」
「……はぁ」
和也は思わずため息を吐く。声は後ろから聞こえてきた。声に覚えはない。ただ、その姿については、大方予想はついていた。
「……また、か?」
和也は面倒臭そうに後ろを振り向く。そこには、その手の側の人間がいるのだろう、そう予想して。
「悪いがついてきてもらうぜ!」
「……あぁ?」
和也に言葉は分からない。首をかしげたのは、その内容に対してではなく、声の主の姿についてだ。
「……言葉が通じねぇってのは、思いの他面倒だな」
和也は相手に構わず一人愚痴る。別に過ごすだけなら身振り手振りでどうにかなる。だが、何かを究明しようとすると、途端に重い。
「あ、おい待てよっ!」
和也は諦めて、再び歩を進める。無視される形になって、声の主はいきり顔だ。
やいのやいのと、声は続く。和也はひたすらに無視だ。
つかつかつかり。和也の歩みは平常通り。急ぐわけでも、遅いわけでもない。
つかつかつかつかつかつかつかり。声の主の歩みはかなり早い。体格差がものを言い、同じ速度では簡単に間を開かれる。
「おい待て。待ちやがれ」
和也は考える。さて、この男が付いてくる理由はと。ちらりと、その姿を横目でもう一度確認した。
簡単に言えば物乞いだ。ホームレス、と表現できるかもしれない。とにかく、そんな類の人間である。
和也に心当たりはない。心当たりは他にあり、てっきりそれだとばかり思っていただけになお浮かばない。
「なぁおいよぉ、痛い目は見たくないだろう?」
布の擦れる音がした。男の言葉の雰囲気が急に変わって、一応、和也は足を止める。
「……ったく、俺がいったい何をしたってんだか」
和也は大きく、それは大きく肩を落とした。後ろをついてきた物乞いの手には、鈍く光る刃物が握られていたのである。
「へっへ、悪さをしたテメェが悪いのさ。大人しく……ぶべろべっ!」
刃物を持つ。それは人と相対した時、絶対的な優位性を与える。それが、男の油断を誘った。
もっとも、油断しなければ結果が変わったのかと問われれば、それに答えることができないのだが。
男の顔には和也の拳が減り込んだ。男は驚いた。腕はめいいっぱいに伸ばしているのに、と。だが、別段驚くことではない。刃物を加えてもなお、和也の方が上だったという、それだけの話。深く、深くのめり込み、限界を迎えると、男の体は弾き飛ばされる。
無様に二回転すると、くでりと寝たまま動かない。
「……ったく」
和也は吐き捨てると、目もくれることなくまた歩き出す。この時、もう少しばかり男に興味を持ったなら、あるいはこれからの出来事も多少なれど変わったかもしれない。
だが、それは幾ら語ろうと、憶測の域を出ることはない。
現実として、和也はうんざりしてその場を去ってしまう。
「……ふぅ」
和也は考える。いったい、何がここまで体を動かすのか。休まるのを良しとしないのか。
それになにより、どうして今日はこうも絡まれるのかと。それも、不良の類ではない存在にも。
あれから和也は、更に三人ほどと同じようなやり取りと行っていた。
何か、があるのか。
この時和也は、漠然とした予感から、確信へとその考えを変えていた。
偶然、とは考えない。
なにせ、何かが始まっているのだとしても、突然などではないのだから。この世界に来たことで、既に全てが始まっている。
考えすぎはないだろう。あぁ、何かが起こるとして、それは起こるべくして起こったことなのかもしれない。
和也は街を練り歩く。
己の確信。その姿を見極めるために。
こうして異世界からの迷い人たちは、脅威に対する絶対的な抗う力を一時失う。
故にこれからには抗えない。いや、多少抗えど、抗いきれずに流される。
その流れは大きく速い。
さて、そんな流れすらも捻じ曲げる特異な男は、いったい何時、事態に気が付き追いつくのか。
それは少しばかり未来の話。
◇◆◇◆◇◆◇
夕暮れ時。空は茜色に染まりだしていた。日暮れまでは、もう少しばかり間がある。
そこは街の一角だ。宿ではない。屋根はなく、壁はある。所謂、空き地、と呼ばれるような、奥まった場所。
そこに、皆は集まっていた。いや、皆、というのは間違いか。数は随分と足りない。
田中一郎に向井速人、九条和也、森本彩、ナナ。
これだけの顔がそこにはない。
加えて、更に。
神代修司に岩滝仁、遠野美紀には目立つ外傷などないのだが、ミリア・ハーネットは頬が少し擦れていて、八坂八尋はそこら中に痣をつくり、富田賢司に至ってはぼろ雑巾のように成り果てて現在意識がない。
ちなみに外傷はないのだが、しかしそんな三人もまた顔色が優れず息が荒い。
全員が、騒動と逃走劇を経たあとなのだ。
「さて、ひとまずは、というところでしょうか。とはいえ、問題は何も解決してはいませんが」
ふぅっと息を吐きだして。修司である。
「いったい、何が起きとんねん」
美紀がぼやく。
「さて。とりあえずとして言えるのは、我々の一部が――いえ、もう我々全員ですか、が非常に困った事態に巻き込まれている、ということですかね」
「困った、で済めばいいがな。少なくとも、田中一郎は兵士に捕まってしまっているんだろう? 加えて、まぁ九条の野郎ならば無事だろうが、他はどうだか」
仁は常に警戒して、空き地の出入り口に張り付いたままだ。だが、それも仕方ないだろう。
現在、彼ら異世界からの迷い人は、この街の人間全てに追われているに等しいのだから。
「……ごめんなさい」
「あなたが謝る必要は、ないと思いますがね」
「それでも……っ」
八尋は思わず叫ぼうとして、失敗した。傷が痛むのだ。
「僕が、僕が……」
悔しそうに、自己嫌悪から八尋は拳を握りしめた。その目からは、涙が流れている。決して、それは痛みからではない。
「あなたのせいではありませんよ。無論、他の誰のせい、というわけでも。あなたは、あなたにとれる最善の選択をしたまで」
「でもっ」
例え、事実そうだとしても。いや、その選択が、最善であったからこそ。八尋は納得することができない。己を責めるのをやめられない。
今は幾ら言葉をかけたとて、八坂八尋が納得することはありえない。修司はそこで、言葉を切った。八尋は再びうつむいて、ただ黙り込む。
「くそっ、これから、どーなんねん。あぁもうっ!」
美紀のそんな叫びに、誰も応える者はいない。そんなこと、誰にだって分からない。
修司はただひたすらに、考えを巡らせる。今できるのは、今すべきなのは、現状を少しでも把握することだと。それを彼は知っているから。
◇◆◇◆◇◆◇
神代修司とミリア・ハーネット。
二人は急ぎ足で宿へと戻る道中で、その事態に遭遇する。
田中一郎に森本彩のその二人が、荒っぽい雰囲気の連中に囲まれていた。
修司はすぐさま意を決し、ミリアもまた仕方なしと肩をすくめる。礼の代わりに微笑んで、二人は飛び出すタイミングを伺った。
「知らない。俺たちは、関係ない!」
荒っぽい雰囲気とはいえ、その手の関わってはならない部類の人間には思えなかった。所謂、ごろつきと呼ばれる程度の連中だ。修司もミリアも、その腕に自信はある。最悪逃げることだけを優先すれば、不意打ちすることも合わせて躊躇う理由などない。
後はそう、距離のみが問題だ。
一挙に制圧できればいいものの、もしも万が一、一郎と彩を人質に取られたら。修司はその時を、中々見つけられなかった。
「……あなたは後から来なさい」
「え?」
と、修司が反応するよりも早くに。ミリアは角より飛び出していた。
修司は一瞬、待つべきかと思巡するが、そのまま後に続く。
ミリア・ハーネットは人間とは違う。人と似通ってはいるが、身にまとう衣服を取り払えば、そんな思いは抱けぬだろう。
四肢は深い体毛で覆われて、腰からは尻尾が伸び、頭の上に二つの耳。外見上でもそれを理解できてあまりある。
ただ、その違いはもっと根本まで及んでいる。
ミリアは背を低くして駆けた。一歩目で溜めて、二歩目で加速を終え、三歩目で最高速度へと。その瞬発力は人間のそれとは比べものにはならない。
まさしく風だ。果たしてその接近に気が付いた者がいたのかどうか。例えいたとして、影が揺らめくのを感じ取った、その程度だろう。
「づぅおおっ……」
鈍い音。この時に至っても、未だミリアの姿を誰もその視界に収めることはできなかった。まず一番近かった男に一撃を叩き込むと、勢いを殺すことなく、その男の陰に隠れて次の獲物へと襲い掛かっていた。
むしろ、神代修司の接近にこそ、その意識は向いていた。
「な、お前――」
あるいは投石でもしたのか。男たちの考えは、皆一様に同じだった。目の前の現実を説明するには、それ以外思い浮かばなかったのだ。
まさか既にそのすぐ傍に襲撃者がいるとは気が付けぬまま。臨戦態勢をとるが、それは修司に対して。もう一人に気が付くころには、もう全てが決着していた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
結局、ごろつきの大半はミリアが一挙に制圧してしまった。修司がしたのなど、ミリアに気を取られた男一人を不意打ちしたその程度だった。
「いったい、何が?」
候補はある。とはいえ、憶測で話を進めても仕方ない。一郎は答えようとするが、しかし問いかけた本人がそれを静止した。
「……いえ、それは後で聞きましょう。今は」
その視線の向く先。おそらく仲間なのだろう。人混みに消える背中があった。たまたまこの場を離れていたのか知らないが、とはいえ面倒なことになった。
「走れますか?」
最悪、正面からぶつかっても、生半可ならば返り討ちにできるだろう。ただ、大立ち回りを演じて目立つことは、良い選択とは思えない。
逃げる。
それに誰も意義を唱えぬが、それは思考の段階の話だ。
「俺は、まだいけると思いますけど、彩が……」
見れば、森本彩は立つのも辛そうだ。既に、体力を使い果たしている。一郎はまだなんとかといった様子だったが、似たようなものだ。
「一郎君は私が。ミリアさん、彩さんに肩を貸してあげてください」
大丈夫と強がる一郎に、修司は無理やり肩を貸す。ミリアの方は、こっちの方が早いからと彩をおぶっていた。
四人――いやほとんど二人か。とりあえずとして、追手の目から逃れるための逃亡が始まる。
人を一人抱えた状態で。それでも、修司とミリアは人並み以上の速度で逃げた。あるいは同条件ならば、逃げ切れたかもしれない。
だが、分は追手の方にある。あまりに、ありすぎる。数もそうであるが、何よりも地の利。
この街について深く知りえぬ修司らと、この街で生まれて過ごし知り尽くしている追手。
結果は火を見るよりも明らかだ。
「……まずいですね」
「もう、手遅れでしょうけど」
「えぇ、どうやら誘い込まれたようです」
二人は足を止める。今なら間に合うかとあたりを見渡した。
「まったく、何故ここまで執拗に追ってくるのでしょうかね」
あるいはあの夜の復讐なのだろう。修司はこの事態について、そう当たりをつけていた。だが、それに疑問を覚える。それにしては、そう、あまりに執拗だ。果たしてここまで、追いかけまわし、誘導し、嵌めるような真似までするだろうか。
「今、気にするべきはそれかしら?」
「……ですね」
それは後。例え究明できるのだとしても、優先事項は別にある。
「私は、そろそろ限界なのですが」
「軟弱ね」
「すいません。あなたは?」
「……私は、元々長く走れるようにはできていないのよ」
「……そうですか」
ぞろりぞろり。次第に、ごろつき共が集まりだす。その数は簡単に十を超えた。
「やはり、おかしいですね」
「…………」
神代修司は疑問に思う。あまりに、狙ってくる輩が多すぎる。先ほど薙ぎ倒したのも含め、果たしてあの夜の襲撃者の仲間がこれほどいたのだろうか。
何かが、おかしい。
狙われる理由はまた別にある。そのことを確信した。
「! 大丈夫ですか?」
一郎が咳き込んだのだ。
「大丈夫です。ちょっと、疲れただけですので」
「……そうですか」
大丈夫ではない。元々限界近くまで疲れたうえで、更に無理やり走らされたのだ。
「さて、前も後ろも、八方ふさがりとはまさしくこんな状況を言うんでしょうね」
「ハッポ……?」
「まぁ所謂、お手上げです」
修司は分かりやすいように、両手を上にあげる。
「随分と、余裕ね」
「そんな訳でもありませんが、慌てても仕方がありませんので」
結果は決まった。ならここからは、その道中をどうするか。
「一応訪ねたいのですが、何故我々は追いかけられているのでしょうかね?」
問うた先は、誰か。事情を知っているのなら、取り囲む男たちの誰でもよかった。
「へっへ」
「んなのを教える義理はねぇなぁ」
「あれ、つかこいつも仲間なら……」
だが、答えは得られず。そもそもとして、絶対的優位性から会話すらも成立しそうにない。
「目的は? 報復でリンチするというのなら、私一人が受けますよ」
「かんけーねぇ。テメェはどちみちぼこる。それに女がどーなるかなんぞ分かるだろう」
答えた、といえるのか。目的は恐怖心を与えなぶることだ。
ただ、修司はそこで聞き逃さなかった。
「……手つけちゃまずいっすよ、あっちの方は」
そんな呟き声を。
「ふむ、これは本格的に、最後まで抗うしかなくなったようですね。……荒っぽいことは、あまり得意ではないというのに」
「……悪いけれど」
「えぇ、分かっていますよ。むしろここまでお付き合いいただき、ありがとうございます」
修司は最後まで抗うことを決めた。暴行を加える以上の何かを行うことが分かった。対象は彩と、加えて一郎もかもしれないが。なら、修司は最後まで逃げることは許されない。
だが、ミリアは違う。元々、彼女は部外者だ。それにその体の秘密もある。
正体が露呈するのも覚悟のうえで、そのうえ結果の見えた行いをしろなどと。それは責められる選択ではない。
彼女にとっては、あくまで利害の一致から共にいただけの存在。そう、それだけ、なのだから。
「あん?」
事情を知らねば二人の会話なんて理解できるはずもない。当然のようにその他大勢は蚊帳の外。ただ、修司の覚悟を決めた目で、次にどういう行動に出るのかは理解できる。
その無謀を嗤う声があがる。
「まったく、何故こうも面倒なことというのは続くのだろうな」
「止めへん、やんな?」
「それ以外にはどうにもならなそうだからな」
ただ、その中に不協和音。明らかに違う。
それに気が付き振り向けば、拳骨の洗礼に一人沈んだ。
「問われる前に、先に言っておく。俺たちはお前らの敵だ」
岩滝仁と遠野美紀。
武闘派二人の登場に、決まっていた結末が揺れる。
◇◆◇◆◇◆◇
「私は行くで」
美紀は立ち上がり、場を去ろうとする。
「どこへ?」
仁がその前に立ちふさがった。
「決まっとる! 彩助けにや。ついでに一郎もな」
田中一郎に森本彩。二人は兵士に捕まった。状況が状況だっただけに、見捨てるように逃げた。彩は反発したが、無理やり連れてきていた。その鬱憤もあって、語気は荒い。
「行ってどうなる?」
仁は努めて冷静だ。
「あぁ!?」
「行ってどうなる、と聞いたんだ。いや、聞きなおそう。行ってどうする? 相手は訓練を積んだ兵士だ。あるいは一人二人ならなんとかなるだろう。だがそれだけだ。結局お前も捕まるだけ。なら、何の意味がある?」
たった一人の人間が、多勢を相手に無双する。そんなものはおとぎ話だ。あるいはそれが可能な男がいないでもないが、そいつもまた現在行方不明。遠野美紀一人で突っ込んで、さてその結末など考えるまでもない。
「なら、このまま指くわえてじっとしとれゆうんかいな!」
「あぁ、少なくとも、可能性の一つでも見つけるまでは、な」
二人は譲らない。美紀ならば、強硬手段というのも考えそうなものであるが、それはしない。
理性では、仁の言い分に納得している。ただ、感情が動かないでいることを良しとしてくれない。そんな二つがせめぎ合い、言い争うにとどまっているのだ。
「大丈夫、ですか?」
修司は問う。
「……別に、大したことないわ」
相手はミリア。
「ありがとうございました」
「…………」
「必要ない、と言われるのでしょうが、一応」
ミリアは思わずため息を吐いていた。
「本当に、変な奴らね、あなたたちは」
「そうでしょうかね? 少なくとも私個人ならば頷くところなのですが」
「あら、自覚あったの」
「えぇ、随分と昔から」
まだ二十歳にも満たぬ男が昔とは。突っ込みが入りそうなところでもあるが、そこまで微妙なニュアンスまでしっかりと伝えるのは難しい。とりあえずとして、ミリアは以前から自覚があったのだ、と受け取った。
「別に、あなた個人ってわけじゃない。……私は、人間ってのは私たちを嫌ってるものだとばかり思ってたから」
「……その点については、何もお答えできませんね。我々は、あなたの知りえる人間とは、また少し違いますから」
人間という生命体としては同じでも、歩んできた歴史が違う。あまりに、相手を想像することも困難なほどに。
「ただ、そうですね」
別に、元の世界でもそんなことがなかったわけではない。異形を悪魔だのと嫌うのは、どこにでもある話だ。それでもなお、ミリアという存在を色々な想いがありながら受け止められた要因の一つ。
「日本という国で育ったおかげ、でしょうか。まぁ、流石にあなたのような存在があちらで見つかれば、同じようにはいかないかもしれませんが。……いえ、でもどうでしょうね。マスコミを利用し、人権を主張して活動を行えば、あるいは民意を味方につけて国と渡りあえるかも」
「不思議な国ね、それは。皆、そんな感じなの?」
「……無論、人によりますね。ただ、それでも言葉が通じるあなたを無下にするような奴は、きっと非難されますよ」
「同じ人間同士で?」
「えぇ、例え同じ人間を敵に回しても。懐が広いと捉えるか、能天気と捉えるかはご自由に」
あるいは節操を知らぬだけとも言えるやもしれぬ。なんでもかんでも受け入れてしまえるその国民性は、称賛に値するだろう。良くも、悪くも。
「さて。おや、いつの間にやら仁さんが劣勢となっていますね」
突撃する方に、八尋が加勢していた。二人を、しかも片方は部活の後輩だ。それでも仁は譲らぬが、にじりにじりと後ろに押されている。
「あなたはどうするのかしらね」
「私は最善を尽くすのみですよ。生徒会長として、ね」
修司は立ち上がり加勢に向かう。加勢するのは仁。修司としても、無謀を許容はできなかった。
修司に仁。二人に揃われると分が悪い。それに二人揃って同じことを諭されると、それが正しいと嫌でも認めざる負えない。
感情的なのがどちらで、現実的なのがどちらなのか。そんなことは、誰もが理解はしているのだから。
ならばこれからどうするのか。
現状、どういう状況に置かれているのか。
どうすべきなのか。
修司と仁を中心に、話し合う。美紀も、八尋も当事者の一人であるために、何より動きたい思いが強いがため、話には積極的に参加した。
助け出す。
その結論は早期に決まる。それ以外の選択はありえなかった。
だがどうするか。
正攻法は早々に破棄し、実力行使というところまではまとまる。
必要なことを考えていく。
まずは捕らえられている場所の確認が必要だとはすぐに気が付いた。逃げる途中の出来事で有ったがために、どこに連行されたかなど分からない。ただ、これは聞き込みをするなりでどうにかなるだろう。問題は次にあった。
実力行使とはいっても、その内容だ。実際問題として、正攻法が無理だからこそであるのだが、それでも無謀には違いない。
堂々巡り。会議は行き詰る。
力がない。
そのどうしようもない現実が、どうしても打ち破れぬ壁として立ちふさがっていた。
時間ばかりが過ぎ去るが、しかしそれも無駄ではない。
「よう、探したぜ」
彼らがそこにとどまり続けたが故に、向井速人は合流できたのだ。
彼の合流はまた一つ物語を前に進める。けれど彼がもたらしたのは情報のみ。
もう一人の登場を持って、次なる章へと歩みを進める。