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異世界漂流記  作者: yakuta
第2章
6/9

新たな一日 said A

 漂流16日目


「まずは情報を集めましょう」

 その日は、その言葉から始まった。

 発言者は神代修司。街へとついて、宿を取り。今後どうするかを話し合いだして、すぐのことだった。

「我々の目的は確かです。それは、日常への帰還。ですが、今現在、我々は何も知らない。何を必要とし、どこを目指し、何をすればいいのか。そこへと至る道筋は、知らぬままでは分からない。それに、我々の現状を改めて確認するためにも、まず、情報を集めるべきであると、私は提案します」

 修司はあくまで提案するだけだ。神代修司は皆の前に立ち道を示すが、それだけ。決して、己で引っ張っていこうとしない。選択を迫り、決断させる。それこそが神代修司なりのリーダーシップだった。

 結局、その提案は可決される。反論は一つもでなかった。


 集団でぞろぞろとでは効率が悪い。幸い、田中一郎に神代修司、加えて意外や意外、簡単な受け答えのみではあるが富田賢司も言葉を交わせる。それぞれをリーダーとして、三班に分かれることになった。

 現在、ミリアにナナを入れれば全員で十一。念のためにと安全を考慮しても、最低三人で行動できる、そのはずだった。

 だが、幾人か。それぞれの理由で行動を別にした。誰もそれを止めはしない。いや、止められはしない。

 現状、同じ状況を共有しているとはいえ、それだけなのだ。行動を強制させることなんて、誰も考えないし、考えそうな奴は今回珍しく己から規律を外れていた。

 そうして結局。

 最終的に、三班二人。その組み合わせで、街を回ることとなった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 田中一郎にナナ。二人は共に街を歩く。

 この組み合わせは、他の誰よりも速くに決まった。ナナが、行動を共にするならと、一郎を指名したのである。正確に言えば、否定し続けた結果一郎と組むことで落ち着いた、であるが。ナナの意思で一郎と共にいることを選んだそのことは間違いではない。

 一郎は、ふわぁっと熱くなるものを感じつつ、それでも、己に言い聞かせるように他に理由があるのだと考えた。

 ナナと一番打ち解けていた森本彩。彼女は捜査班に加わっていない。疲れた、という理由で、宿に留まることを選んだのだ。そうなると、残るメンバーの中で距離を測った結果、こうなったのだろうと、そう結論づけた。

「――二人きりって、そういえば、初めてか」

 改めて意識して。一郎は、ぶるんぶるんと顔を振る。何を考えているのだと、己のやましさに凹んだ。

「って、あれ?」

 と。一郎はそこで気がついた。田中一郎は、いつの間にか一人で歩いていた。隣を歩いていたはずの存在は、忽然とその姿を消していた。

 一郎は思い出す。出発する直前。彩からの、忠告のような助言を。

 ――あれで意外と好奇心が強い。目を離さぬように。

 ナナはかなり物静かだ。森本彩とタメはるかそれ以上。口を開くことなど滅多になく、基本的に僅かな体の動きで己の意思を示す。

 そういえば、表情が変わったことがあったっけか。

 一郎は記憶を漁るが、短い日々だからか、思い当たる節はなかった。

「あっ」

 そうこうしているうち。一郎は、ナナを見つけた。確認するまでもなく確信する。

 長い、艶やかで濁りのない透き通った白銀の髪。あんなに綺麗な髪をした少女など、そうそういるはずがないのだ。

「どうした?」

 ナナがいたのはとある路上販売店。適当なシートを敷いて、その上に商品を並べて売っている、簡素な店だった。

 商品に統一性はない。適当に仕入れ、それをそのまま並べている。そんな印象を受ける店だった。

「えっと、それ、欲しいの?」

 ナナは商品の一つを手に取っていた。それは、円筒状の何か。大きさは、あの卒業証書を入れるあれの半分くらい。

「…………」

 ナナはそれを一郎に手渡した。無言で、どういう意図かは不明だ。普通なら、買って欲しいのかとでも考えるのだが、ナナとなると、どうなのか。答えを出す前に、とりあえず受け取る。

「ふーん」

 材質は鉄のよう。固く、ひんやりとしている。叩いてみれば、妙な手応え。持ってみて、それほど重くない――どころか、割と軽い方なのに、ぎっしりと中が詰まっているかのようだった。

 何か機械的なもの。

 それが一郎の見解だ。それを証明するように、組み立てたような窪みが見える。苔が生えたような、古めかしい見た目に騙されそうになるが、ある程度以上の技術によって組み上げられた人造物なのだろうと思った。

 ただ、その用途は不明。一郎は、商人に問う。ただ、一郎の予想が当たっていたのか、商人もそれっぽいことを言うだけで、具体的なことは何一つ知らない。『アルリエ』なる国から流れてきた品、という以外はちぐはぐで、二転三転と主張は変わった。

「欲しいの?」

 一郎はもう一度問う。

「…………」

 ナナはやはり返事をしない。ただ、無視をしているのではなく、その瞳は一郎を見ていた。

 どきり。つい、視線を逸らす。ただ、そのままではまずかろうと、頬をかきつつ視線を戻した。それで、少し気がついた。

 困惑。

 そんな感情が、瞳の中にあるような、ないような。自信はなく、確信はもてない。ただなんとなく、そんな気がした。

「……はぁ」

 間違いなのかもしれない。

 ただそれでも。

 そうしないことは駄目だ。馬鹿な見栄とちょっとした下心。それに突き動かされ、一郎は決断した。

「あの、これ貰えますか?」

 事前に根掘り葉掘り聞いて商人の無知を証明したおかげか。当初の値段から随分と値引くことができ、その事実で、一郎はちらりと顔をのぞかせる罪悪感に蓋をした。



「やー、にしても見たかよあれ! やっぱ領主様とかお偉い人になると、住む場所が違うねぇ」

 富田賢司が話すのは、街の中心にある領主の館のことについて。元々、街を壁で覆っているのに、それでも安心できぬのか、更に壁と水堀とで必要以上に守られた館だ。館に近づくには二つの橋を使う他ない。が、その橋も門と衛兵とに封鎖されていて、賢司も遠目でしか見ることはできなかった。

「まだ見てないな。でも、そんなに凄いなら、後で見に行くよ」

 一郎はそれをまだ見ていない。ナナは本当に好奇心が旺盛で、更に筋金入りの無口。あれからも度々姿を消したりして、探してはを繰り返し中々歩みを進めることができなかったからだ。

「あの、だったらその、気をつけてください、ね。えっと、多分しない、とは思うんですけど、余計なことをしようとすると、危ない、ので」

 おどおどと。未だ口調に自信が見えぬ八坂八尋。彼が、富田賢司の相方だ。少し汗ばんでいるのは、好奇心に突き動かされ街をぐんぐんと見てまわろうとする賢司に連れ回されたがためである。

 現在、四人は少し遅めの昼食を取っていた。

 それぞれの班が動く範囲は決めていた。ただ、明確にどこからというのはなく、大雑把に。範囲が被る場所は当然あり、二つの班は少し前に偶然出会っていた。そして、ちょうど小腹がすいてきたこと、ついでに情報を共有する目的もあり、一緒に昼食を取ることになったのである。

「しーっかし、期待してたよっか普通だったな」

 賢司は残念そうに項垂れる。その理由は、少々楽観的すぎる。

 曰く、「猫耳とか犬耳とか兎耳とかエルフ耳とかとか。なんで人間ばっかなんだよ」とのこと。

「まぁでも、なんていうか、外国に置いて行かれたみたいで、落ち着かないけどね」

 街を歩いて半日ほど。たかが半日。されど半日だ。その間、いわゆるミリアのような存在を、一度だって目にはできていなかった。

道を歩くのは人ばかりである。

 ただ、その人も東洋人系の顔立ちではなく。髪色も、茶色が多めで純粋な黒というのはまったくいない。安心感を覚えることはできなかった。

「……せめてこの服をどうにかできりゃ、まだマシなのによ。や、分かるぜ言いたいことは? けどそれとこれとは別じゃんよ」

 富田賢司を含め四人全員。その服装は、慣れ親しんだ学生服ではない。

 この街へと着いてすぐ。安物の服屋で纏めて買ったものに着替えていた。学生服は、どうにも悪目立ちしすぎてしまう。

 そのことに文句はない。確かに、見て回った中では、学生服のような服装の者は見つからなかった。そのままなら、注目を集めるのは避けられなかったはずだ。

 だが、だがである。

 安物のせいであろう。買ったのは一等安物だった。そのおかげで、ほつれは目立ち、どうにも使い古された感が強い。

 別に中古は慣れている。慣れてはいるが、程度の問題である。そもそもが野暮ったいのにこれでは、我慢するのも難しかった。

「はいよ、ご注文の品ですよっと」

 そんなふうに愚痴をこぼしつつ情報交換――実際のところは一郎が提供するばかりだが、をしていると、店の娘が料理を机に置く。随分と乱雑な置き方だが、娘の顔を見ると、さもありなんと思えてしまうだろう。

 きつい視線と、赤いバンダナ、それに負けぬ艶やかな紅い髪が特徴的な女だった。

「あんたら、なんなの?」

 女は問う。運んできたのは最後の品で、これで注文は終了だ。ちょうど他に客もいないからと、珍しさから声をかけたのだ。

「なに、とは?」

 一郎は問い返した。何を問われたのか、本心から分からなかったからだ。

「なに、どーも見知らぬ顔だし、さっきから聞き耳立ててりゃ妙な言葉を話しやがる。だから気になってね。他にもまだ必要?」

 女は己をエレッタと名乗る。豊満な体つきと、凛とした顔立ち。賢司は既に虜となり、エレッタが椅子に座って本格的に聞き取りを始めようとすると、黄色い声を上げた。

「えっと……」

 さてどうしたものか。一郎は悩むが、都合が良いと思い直す。夜には酒場となる料理店。そこで働く看板娘だ。他で歩き回って探すより、ここで話している方がよっぽど効率的ではなかろうか。

 そうして一郎は語る。ここへと来る道中、神代修司が語った内容を参考に。ただ、適当に聞き流していたのと、手品の類やらが一切できないこともあって、辺境の田舎村を夢にこがれて飛び出した一団、という設定で落ち着いた。あまり設定を増やすのもどうかと思うが、仕方なかった。

「ふぅん、なるほどねぇ」

 エレッタはとりあえず納得した。ただ、流石に説明がたどたどしすぎて、怪訝な目を向けてはいたが。

「それで?」

「ん?」

「いや、なにか聞きたいことがあるんじゃないの? そういう意図があるように感じたのだけど、気のせいだった?」

 エレッタは得意げに笑う。これでも日々様々な存在を相手にしている。相手の考えを読み取る力は自然に身につくし、自信があった。

「何を聞きたい? 商売柄、品揃えだけは豊富だ。相手をいい気分にさせる話し方やら、嘘を見抜くコツ、値引きをする時の作法から、そうだね意中の相手の落とし方なんてのも伝授できる。他だと……そう、例えば現領主様の兄上暗殺疑惑やら、そんな類の話だって、幾らか覚えがある」

 最後は酷く物騒な内容だ。そんな類の話とは、他に何があるのか。一郎には想像できない。聞きたいことが、そのどれでもなかったから、どう聞くべきか思案した。エレッタは、それを少しだけ勘違いして告げる。

「あぁそれと一つ。伝え忘れていたけど、私は忘れっぽい。もしかしたら、覚えちゃいないかもしれないけど、それは勘弁して欲しい」

「え?」

 あれだけ饒舌に列挙して、覚えていないとはいかに。一郎が首をかしげると、エレッタは呆れたように溜息を吐いた。

「まぁでも、そうね、例えば誠意を持ってお願いされれば、あるいは思い出すかもしれないわ」

「誠意、ですか」

 それが文字通りの意味ではないことを、流石に悟る。そういう意味で口に出すと、エレッタも「えぇ、誠意」とそれを肯定するかのように念を押した。

「お客としての、ね。私は商売をする身で、あんたは客。そういう誠意」

 ここまで言われればいかに馬鹿とて分かるだろう。

「さっきも言ったけど、あまりここらについて知らないんだ。だから、なんでもいい、そういった類の話をして欲しい」

 一郎は硬貨を数枚、机の上に置いた。エレッタは毎度とそれを手に取って、要望に答えるべく語りだした。



「そんじゃ、またな」

 料理店を後にする。富田賢司に八坂八尋は手を振って、己たちの持ち場へと戻っていく。エレッタは随分と沢山のことを語った。曰く、誰に聞いても分かることで、これでもまだ釣り合ってはいないとのこと。どうも真面目な性格らしい。

 ただ、それでも念のため。街を知る、という意味もあり、まだ聞き込みを続けようとなったのだ。

「さて、と。それじゃ俺らも……」

 後ろを歩くナナに意識を向けながら。そのせいで、気が付くのが遅れる。

「おっと。あ、すいません」

 どん、と誰かにぶつかる。反射的に謝罪の言葉が口から出ていた。

 見れば、相手は不思議な雰囲気の女性だった。深い紫色のローブを深く被り、その顔はよく見えない。ただ、その妖艶な唇に、一瞬目を奪われてしまう。

「いえいえ、こちらこそ。……あら?」

 女は驚きの声をあげる。いや、驚いている、というよりは、喜んでいるあるいは面白がっている。そんな声だった。じろりじろりと、一郎を舐めまわすように見た。それから、後ろにいるナナに気がついて、今度は本当に驚いたように固まって、それから、きゅっときつい視線をナナに向ける。ナナはそれに気がついて縮こまる。一郎は、気が付けば二人の間に立っていた。

「あの、なにか?」

 警戒する。ただ、女は随分と華奢で、飛びかかってきたとて撃退は容易だろう。それに、すぅうっと、女の敵意は消えていた。

「ごめんなさい、つい、ね。大丈夫、そう警戒しなくても、何もしないわ」

 とはいえ、それで警戒を解いてしまう馬鹿もいない。今しがたの敵意は、それほどに明確で大きく強いものだった。

「ただ、一つだけ聞いてもいいかしら。あなた、自覚はあるの?」

「……どういう」

「そう、自覚はないのね。それに、なるほど、それはその娘も同じなのかしら」

 女は一人得心を得て、もう一度謝罪の言葉を口にした。その言葉は、ナナに向かっているような気がした。

「何を言ってるんですか」

「さて、ね。教えても、理解できないだろうし納得もできない受け止めることすら難しい。多分、だけれど」

「意味が分からない」

「えぇ、でしょうね。そうだと思うわ。だから、これもあるいは戯言だと聞き流してくれて構わない。これは、私の個人的な感情による行動だから、あなたたちが付き合う義理はない」

 あまりに一方的で自分勝手。女はそれを自覚しつつ、それでもなお、やめる気はない。自覚しているからこそだ。

「これは一つの道標。一つの可能性。私は提示するだけで、決めるのは、歩むのは、あなた――」



「――あなたは、いったい? どういうことですか」

 一郎は問う。女は不敵に笑った。

「私はただの占い師。運命を呪う魔女。こんな小さな行いで、神様に楯突く愚か者よ」

 静止の声は届かない。女は背を向けて去っていく。

 ナナが、ぎゅっと服の袖を掴んだ。振り向けば、随分と不安な表情だった。

 大丈夫。それだけ告げて、一郎は再び前を見た。

 するとそこには街並みが。女の姿は消えていた。

「……なんだったんだ?」

 一郎は、彼女の言葉を思い出す。


 真実なんて不確かなもの。

 それを決めるのは己。だからこそ、どんな嘘も偽りも虚ろも真実と成り得る。

 あなたは遠回りをするべきよ。うんと、うんと、呆れるほどに。

 積み重ねた日々をどう捉えるか。何を得て、何を真とするのか。

 その日は必ず訪れて、あなたは決めることになるでしょう。


 まるで未来を見通しているかのようだ。占い、というよりも、予言に聞こえる。

 その意味は不明。考えても分からない。分かるはずがない。

 引っ掛かりを覚えずにはいられないが、気にし続けるのも不毛なこと。

 その場に留まり続けるのも変で。

「大丈夫だから」

 そんな言葉でナナを励まし。再び、歩き出した。ただ、ナナは元気をなくし、ほどなくして宿に戻ることになった。


次回更新は8日かな。

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