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異世界漂流記  作者: yakuta
第1章
3/9

たとえ壊れど時は変わらず流れゆく

 ミリア・ハーネットとナナ。二人の――特に、完全に常識の外の姿をしたミリアの存在は、少なからぬ衝撃を与えた。

 死んでしまったのか? やはり夢を見ているのか? 異世界に移動してしまったのか?

 憶測が皆の口から漏れ出た。だが、それは絶対的に憶測の域を出ることはない。判断するための情報が足りないのだ。

 ミリアとナナに情報を求めたのは必然だった。

 だが、それが上手くいかなかった。

 まず第一として、ミリアにナナの言葉が日本語ではなかった。ばかりか、英語ほか三ヶ国語とも違う。彼女たちの言葉は誰にも理解できないはずだった。

 そしてもう一つ。ナナは別として、ミリアは関わりを持つことに拒絶的だった。逃げ出すことこそしなかったが、求めに応えることなどは一切しなかった。その瞳には、常に警戒の色が浮かんでいた。


 さて。


 しかし、光明が全くないわけでもなかった。

 不思議な事に、田中一郎のみがミリアとナナの言葉を理解できた。本人にもよく分からぬそうで、知らないけれど知っているという、なんとも不確かな状態だった。とはいえ、言葉が分かり、かつ話せるというのならば現状十分だ。田中一郎は、ミリアとナナと言葉を交わすことが当分の役割となった。

 きっかけがなければ話辛かろうと、まずは朝食や昼食の運搬から。それからも、これまで交代で受け持ってきたその他の役割全て免除され、その主な仕事は彼女らの要望に可能な限り応えることと、となっていた。

 そうして早くも三日が過ぎる。

 ミリアは未だその心を閉ざしたままだ。だが、ぽつぽつと、彼女にすれば当たり前のことくらいならば口に出すようになった。

 得られた情報は少ない。


 一つ。彼女は『獣者』と呼ばれる種族らしいということ。曰く、ミリアのような存在は特別なのではなくありふれている、とのことだった。

 一つ。ニホン、という言葉に心当たりはない。


 ついでにもう一つ。これは一郎たちにはそれほど関係のないことであるのだが、ナナは記憶を失っているらしい。ナナ本人に自覚はなく、それはミリアの口から語られた。どこからどこまでの記憶を――そもそもミリアとナナの関係とは、と話が動けばミリアは閉口してしまったので、それ以上のことは分からない。

 二人から得られたのはこの程度の――けれど決定的な情報だった。



 漂流十三日目


「おはようございます、ミリアさん、ナナさん」

 神代修司は朗々と告げる。その言葉は日本語ではない。ミリアは、うさんくさそうな表情で修司を睨みつけた。

「……それで?」

「…………」

「……はぁ」

 ミリアの言葉に、修司は何も答えない。いや、正確には違う。答えられないのだ。表情を変えることなく少し待って、それから横を見た。

「田中くん、通訳をお願いできますか?」

 その言葉は日本語。

「あ、はい」

 田中一郎は、ミリアの短い言葉を日本語に直す。


 ミリアとナナの言葉を理解し、会話することができるのは田中一郎だけである。

 そのことに不便性を感じたのか、それとも自身で会話したいと思ったからか。神代修司は一郎が言葉を理解できると知ったその日から、言語の習得に乗り出していた。

 一郎は当初困惑した。

 田中一郎は優れた人間とは言いづらい。やもすれば、劣った人間でもない。どこにでもいるような、凡夫な男である。そんな男の常識の中では、新たな言語の習得というのは相当に困難な位置づけがなされていた。どうにかこうにか学校で習う程度に英語を習得しようとも、日常会話をしろと言われれば、はっきり言って不可能だ。修司はそれを、まともな講師もいないこの状況でやってみると宣ったのだ。

 だが、流石は数々の伝説を残す生徒会長。修司の学習能力は、一郎の想像の上をいった。

 一郎に過度な負担がかからないように少しずつ。けれど確実に。単語から入り、文章に移る、得たそれらを吟味し関連性や法則を推測し。そうして、着実に新たな言語を脳裏に刻んでいった。


 とはいえ、だ。流石に三日で習熟とはいかなかった。話せる単語も、文脈も、酷く限られている。加えて、言語が脳裏に焼き付いておらず、耳が拾いきれていない。会話するには程遠く、たどたどしく己の意思を伝えるのが精一杯だった。

「ありがとうございました」

 しばらく会話をすると――とは言っても、ミリアが発した言葉など数える程しかないのだが――その上、意味のある言葉となると皆無であるのだが、とにもかくにも意思の疎通を求めているという意思表示を終えて、修司は部屋を後にした。

「……あなたもご苦労なものね」

 ミリアが口を開く。

「そう思うなら、もうちょっと色々教えて欲しいんだけど?」

 そう言って、一郎はミリアを見た。

「…………」

 ミリアは閉口する。

「……はぁ」

 溜息は自然と口から溢れ出た。とはいえ、それだけで終わらせてしまっては進展を望めない。強引に話をするのは苦手なんだけどな、などという考えは頭の隅においやって、どうにか言葉を探した。

「一応、僕たちが、その、敵じゃないっていうのは理解してくれたってことで、いいんだよね?」

 それは昨日のできごと。敵意がないことをどうにかこうにか説明していると、ミリアはぽつり、呟いたのだ。

 分かった、と。

 小さく、聞き間違いかと思えて聞き返してみれば、知らないといって黙り込む。だから確証を持てずにいたのだが、さてはて。一郎は、返答を待った。

「…………」

「…………」

 ミリアは返事を返そうとしない。だが、一郎はこの短い期間でなんとなくだが分かってきていた。こうなると根比べ。重い静寂にどちらが耐えられなくなるかの、なんとも馬鹿らしい戦いだ。

「……えぇ」

 しばらくして。根負けしたのはミリアの方だった。少し苛立ち気味に、近い距離感を感じさせる声で呟いた。

「……そっか。良かった」

 一郎は、ほっと胸を撫で下ろす。それが丸々本音であるとは思わない。それでも、十分だった。

「敵だって思った理由とかは、まだ無理かな?」

「…………」

 沈黙は、この場合肯定を意味する。

「まぁ、いいか」

「……いいの?」

 ミリアはついといった表情で声を出した。それから、しまったといった表情でぷいとそっぽを向く。

「いや、まぁ多分岩滝さんとかは小言を言うだろうけど、無理に聞き出すとか、普通できないし」

「何が普通なんだか。あなたたち人間が、私たちにしてきた行いを忘れたとは言わせないわよ」

 ミリアの言葉は真摯だった。嘘偽りがあると、一郎には思えない。だが、それでも一郎は、少しむっとした。彼女の『人間』に対する認識がどういったものなのかは分かる。分かるが、それは自分とは関係のないことだ。

「説明したと思うけど、俺はそんなこと知らない。少なくとも、俺にそのつもりはないし、他のみんなだって、同じだ」

「どうだか、あのガサツな女の態度はどう見たって私を見下しているように思えるのだけれど?」

「……それは」

 反論の言葉はでない。遠野美樹は、事実ミリアを蔑むような言動を繰り返していた。

「でも、俺は違う。少なくとも、それは事実だ」

 田中一郎に言えるのはそれだけだった。

「……そうなのかもね」

「えっ?」

「なんでもない」

 ミリアはベッドに横になると。布団を頭から被った。会話は終わり。雰囲気がそう告げていた。

「それじゃ、また夕方に」

 一郎は部屋を後にした。室内に姿のない、ナナはどこにいるのだろうと、ふと思った。



 およそ二週間ほど前まで進路指導室と呼ばれていた部屋がある。だが、そこに詰める職員が消えた今では、野暮ったい机が並ぶだけの部屋だ。

 ただ、現在そこは一人の男の拠点となっていた。

「ふむ……」

 並ぶ机の一つ。入口から遠く、窓のすぐ横に置いてある机は、他と比べると随分と質素な見た目と化していた。男の手によって、置いてあった雑貨の類い全てを取り払われ、必要物のみを残すだけとなっていたのである。

「馬鹿らしい、そう言って切り捨てるにも、今の現状を考えれば、ありえなくはない」

 文字を綴る。それは、現在知り得た情報。ミリアからもたらされる以外の、己たちの力で得た情報だった。

「いえ、むしろだからこそありえると考えるべきなのでしょうか。……ふむ」

 眼鏡をあげる。男――神代修司は、ふうと息を吐き背中を背もたれに任せた。

 コンコン。

 ノックがしたのはちょうどそんな時。どうぞ、と声をかければ扉が開く。来訪者は、岩滝仁だった。

「待たせたか?」

「いえ、ちょうどよい頃合でした。それに、向井君がまだですしね」

 仁は、そうか、と短く呟くと、応接用の椅子に腰掛ける。人が揃わぬまで話を始める気はないようだった。

 向井速人が来たのはそれから少し経ってから。遅れた自覚はあるようで、軽い調子ではあるも謝罪の言葉を口にする。仁はその態度が気に入らなかったようだが、しかし仕方のない部分もあるので口には出さない。

「お二人共、ありがとうございます。調査の中心で動いてくださっているあなたたちに、皆より先に話しておこうと思いまして、こうして集まってもらった次第です」

 修司は立ち上がり、二人の前に一枚の紙切れを差し出す。それは、追先ほどまで己が書き綴っていたもの。周辺調査の結果についてだった。

「よくもまぁ十日間でこんだけ調べたもんだ」

 調査期間はおよそ十日。これを長いと感じるか、短いと感じるかはそれぞれだろう。だが、理不尽にこんな状況に放り込まれ、その日を精一杯の気持ちで過ごした彼らにしてみれば、それは刹那の期間だった。

 神代修司が先頭に立ち、門がある東から調べ始め、ある程度遠くまで済めば次は南へ、西へと調査は進んでいた。なんらか希望となり得る発見はなかったとはいえ、学校周辺を大方調べ尽くしたのだから、実際大したものだろう。

 速人は、ふと気がついたように手を叩いた。

「そういや、北の方角は和也が調べてたみてぇだから、周辺は大方調べ尽くしたってことになんのかねぇ」

「おや、そうなのですか? 一人で、ということでしょうか?」

「あぁ、実際、あいつなら他の誰かと一緒に行くよっか断然効率がいいからな」

 捜査は複数人で行っていた。何があるのか分からない。それに備えてのことだった。

 無論、そんなことは向井速人も九条和也だって重々承知している。だが、その上で、断言できるのである。九条和也に限れば他者を連れて歩くほうが危険であると。少なくとも速人はそう信じて疑ってはいなかった。

「……この際、その行動には感謝しておきましょう。向井さん、なにか聞き及んでいることがあれば教えてくださいませんか? あるいは私の馬鹿げた推論の背中を押してくれるやもしれませんしね」

「へぇ、馬鹿げた推論ねぇ。ま、元からそのつもりだから構わねぇよ」

 いったい何を話すというのか。それに少し期待しつつ、速人は和也から聞き及んでいる情報の全てを語った。

「…………」

 その口調は朗々としたもの。悪びれて様子はなく、むしろ誇っているかのようだった。岩滝仁は、それに苛立ちを覚える。修司の言うとおり、確かに助けにはなったのだろう。現状を掴むのが早いに越したことはない。

 だが、それでも規律を乱すその行動を、どうしても仁は許容できなかった。こんな状況下であろうとも、否、こんな状況であるからこそ、規律を正すべきだろう。そうとしか思えなかった。

「……はぁ」

 ぶつける相手は彼ではない。速人もその一員であり、黙秘していたという意味では共犯なのであろうが、それでも、文句を言うならば本人にするべきだ。

 ふつふつ煮える感情を吐息を一緒に吐き出して、仁もまた、速人の話に耳を傾けた。

「――ってな感じだな」

「なるほど。ありがとうございました。えぇ、これで私も少しは堂々と言うことができます。正直なところを言いますと、心配な気持ちもありましたからね」

 話を聞き終え、修司は確信を得たといった表情だった。

「はっは、前振りが上手いな。いやでも期待が高まるってもんだ」

「教えてくれ。なんであれ、前に進めるのなら喜ばしい事のはずだからな」

 神代修司は冗談を進んで口にしる人間ではない。実際は状況に応じてあるいは、といったところなのだが、とにかくこのように前振りをして冗談を口にすることはない。真剣な時は真剣な男だということは、二人も知っている。

 言葉を待つ。彼ほどの人間が、わざわざ人を選んで伝えるのだ。その内容が気にならぬはずがない。

「――――」

 修司は告げる。

 それはあまりに馬鹿馬鹿しい。

 普通に考えれば、冗談の類いにしか思えない。

 そんな内容だった。

 けれど語る修司は真剣そのもの。冗談かとの問いにも、本気ですと答えた。そして、その考えの根拠を並べる。

 二人は黙した。今更ながら、実感した。


 己たちが常識の外に落ちてしまったのだと、これ以上ないほど痛感した。



 空を見上げる。その姿は儚げだ。

「ほえー」

「間抜けっぽい声だな」

「んだとぉ!」

 その姿を陰に隠れて見つめるのは富田賢司。そのバカさ加減に呆れるのは向井速人である。

 二人は元々屋上にいた。そもそも、こんな状況になってからというもの、屋上はもっぱら富田賢司に向井速人、九条和也のみが使用していた。主に昼食やら休憩やらの時に訪れていた。

 今日もまた、二人はそんな特になんでもないっ理由でこの場所を訪れていた。何ら特別な事などなく、用が済めば下に降りる、そのはずだった。

 だが、今日は珍しいことに更に一人、九条和也ではない何者かが屋上の扉を開けた。

「や~つい隠れちまったけど、なにしてんだろ? 声かけようかな?」

「やめとけ、言葉通じねぇの忘れたか?」

 見えるのは後ろ姿。だが、それが誰なのかは間違えようがない。薄い桜色を帯びた銀の髪。そんな髪の持ち主は、一人しかいない。

「ナナちゃん、だっけか。なんだぁ、空に想いいれでもあんのかねぇ」

 ナナが記憶を失っていることは、まだ一郎のみが知ることだ。だから、なにかあるのだろうかと速人は予想した。

「空に向かって思いふける女の子、かぁ~。いいねぇいいねぇ~」

 賢司はそんなことどうでもいいのか、速人の言葉は話半分に聞き流し、ずっとナナを見ていた。

「……変態だな」

「……変態だね」

 言葉が二つ重なる。

「うっせぇ! ……ん?」

 思わず叫び返して、賢司は異常に首をかしげた。この場にいるはずなのは――声をかけてくる存在は、向井速人以外にはいない。そのはずだ。

「……なに?」

 速人と賢司が驚き視線を向ければ、そこには何食わぬ顔で森本彩が座り込んでいた。

「どおおおぉおお!!!」

 屋上への入口は一つ。注視していなかったとはいえ、視界の隅の方には映っていた。入ってくる姿は見えず、それ故に驚きは大きかった。

「……?」

 絶叫と、影より転がり出てきた賢司に、ナナは屋上に誰か他の存在がいた事に、ようやっと気がついた。

「あ、えっとよぉうナナちゃん、こんにちわぁ!」

 寝転んだ状態のまま、賢司は手をあげた。ナナは首をかしげる。なにせ、言葉が分からない。

「だーから言葉が分かんねんだって」

「あっ! そっか」

「っ~~はぁ。もういいやめんどくせ。……ったく、呑気でいいよなテメェは。マジで訳分からねぇ状況だってぇのによぉ」

 速人はぼやく。ぼやきつつ影より歩み出て、ナナの前に姿を現した。

「よっ、まぁ何言ってか分かんねぇだろうけど、そのなんだぁ、そうだこれ食うか? 昨日見つけたんだよ」

 差し出すのは袋菓子である。賢司に連れられて残された備品やロッカーの中を探ること一時間ほどの成果である。賞味期限が長いことをいいことに、えらく備蓄してあるロッカーを発見していた。ちなみにそのことは、賢司の強い主張によって皆には秘めたままだ。

「ありがと」

「ん? おぉ彩ちゃんも食べるのかい。ま、甘味じゃねぇがこうも大して代わり映えもしない食生活が続いてりゃ、菓子ってのは恋しくなるか」

 むんず。差し出していた袋菓子を掴み取ったのは、しかしナナではなかった。彩は躊躇いなく、遠慮なく、袋菓子を掴み取るとその封を切り、中につまったチップスを取り出して口に運んだ。

「……ん」

 彩はナナの方に袋の口を向けた。言葉は不要。何を意味するかは、おおよそ察することは簡単だ。

 少しおっかなビックリ気味に、そろっとナナは袋の口に手を突っ込む。チップスを一つ取り出して、恐る恐るそれを口の中に放り込んだ。

「……」

 ナナは黙々咀嚼する。

「あれ、口に合わなかったか?」

「ったぁくよぉ向井っち、女の子には甘いもんだろ、甘いもん。まったく、女心ってものが分かってないんだから」

「うっせぇよ。お前に言われたかねぇんだよ賢司!」

 彩の後ろで言い争う二人。賢司の方は拳を握り固め殴り合いの喧嘩に発展しそうな勢いだが、速人がそれを鼻で笑い、茶化し、口喧嘩に留めている。やいのやいのと五月蝿い中、彩は静かに問うた。

「どう?」

 ナナに言葉は分からない。彩もまた、ナナの言葉を理解できない。ただ、それでも分かるのは、ナナが笑っているということ。

「全部食べればいいよ。……あ、でもやっぱり私ももう少し」

 男二人が言い争う中、女二人は仲良く一緒に菓子を食べる。

「あ、こんなところにいたんですね」

 屋上に再び人が増える。八坂八尋は困ったように、今日の仕事の時間であることを告げた。とはいえ、この空気に水を差すのを許す速人と賢司ではない。八尋に組み付いて、あれやこれやと理由をつけて納得させた。

 すると、更にもう一人奥像へと姿を現す。

「八尋、何をしているんだいったい」

 隠しておいた菓子の一部を更に運んで、適当なシートを敷き。ちょっとしたお菓子パーティーだと五人でつつきあっていた時だった。輪の中に完全に取り込まれてしまった八尋を見て、岩滝仁は呆れたような表情だった。

「ぶ、部長! えっと、これはその、すいません! すいません! 意思が弱かったです! 断りきれなかったです!」

 ぺこりぺこりぺこり。別に怒られたわけでもないのに、八尋は頭を幾度も下げる。仁はその姿に大きく溜息を吐いて、それから速人と賢司を睨みつけた。

「うちの部員を堕落させるような真似はしないでくれるか?」

「堕落ってなんだぁ?」

 ごくん。口の中にあったものを飲み込んで、賢司は問うた。

「あ~説明しろって言われるとめんどいな。まぁ簡単に言や駄目になるってとこだろうな」

 もぐり。適当に菓子を口にしつつ、適当に速人は答える。

「なぁ~にが駄目だってぇんだよ」

 手は菓子に。口が空いたから、次を求めて伸びる。

「こうして菓子食ってぐうたらサボってることがお気に召さないんだよ。そのくらいは分かれ馬鹿」

 賢司の手が、ぴたりと止まった。

「……あぁ? 誰が馬鹿だって?」

「さてね」

 ふつふつと、感情が沸騰しているのが分かる表情だったが、速人は特に気にしない。どこ吹く風と、新しい菓子を口に運んだ。

「とぼけんなよ! それが俺のことだってことくらいなら俺だってわからい!」

 賢司はいきり立ち、わざとらしく見えを切った。

「っはは、たりめぇだ。んなことを胸張って言うな!」

 速人は笑う。賢司のこめかみに、分かりやすく血管が浮かび上がった。

「ちょ、ちょっと二人共、喧嘩は、喧嘩は良くないよ」

 二人の普段を知る者からすれば、いつものこと。気にするほどのことではない。だが、知らぬ八尋はおろおろと、どうにか間を取り持てないかと落ち着かない。

「……おい」

 話し始めたのは自分なのに、何時の間にか蚊帳の外。仁は少し苛立ち気味だ。

「おや、なんだか楽しそうですね」

 だが、それは吐き出す前に萎む。更なる参加者。朗らかな顔の神代修司の乱入に、そのタイミングを逃してしまう。

「私も混ぜてもらえますか? まぁ、仁さんもそういきりたたずに。息抜きは必要ですよ」

「っ~~」

 乱雑に後ろ髪をかく。仁はどうにも、こうして刻々と状況が変わりゆくのは苦手だった。

 そして、更に状況は混沌へと突き進む。

「…………」

「あれ、なんかいっぱいいる」

 ミリア・ハーネットに田中一郎が現れたのだ。どうも、途中でばったり出くわしたらしい。曰く、美味しそうな匂いがしたのだとか。無論、匂いを嗅ぎとったのはミリアである。

「げぇっ! 畜生もおるやんか」

 遅れて遠野美樹が。ミリアがいることにこれ以上ないほどあからさまに顔を歪めたが、周りのとりなしで対面にならないが対極に近い位置にされると、彼女もまた味に飢えており渋々といった表情であるがおとなしく座った。

「はぁ。文句を言うのが馬鹿なんだろう。あぁ分かったよ!」

 後から現れた面子は次々と輪の中に加わり菓子を口にする。仁は半ばやけくそ気味に輪の中へと飛び込んだ。


「……どういう状況だ、こりゃあ?」


 少し経ち。

 普段と同じようになんのけなしに九条和也が屋上へと訪れて、全員集合。

 そういえばちゃんと自己紹介が出来ていなかったと修司が言い出し、田中一郎を通訳としての自己紹介が始まった。


 誰もこの状況を納得などしていない。

 ただ、それでもこの時の空気は決して悪いものではなかった。それは事実だ。



 遠くで呟くモノがいた。

「……っは」

 それは影。

 それは終焉。

 この、落ち着かぬ平穏を終わらせる存在。

 それは近く、同時に遠い。

 姿を現すのは突如。

 ゆらりと、

 壊れた笑みを浮かべて舞い降りる。


◇◆◇◆◇◆◇


 漂流十三日目 夕暮れの時


 それは突然現れた。考えてみれば不思議でもなんでもない。既にその目は、そんな馬鹿げた光景を目にしている。

「っぐ!」

「大丈夫ですか部長!」

「あぁ掠っただけだ。気にするな八尋!」

 岩滝仁と八坂八尋。二人はその手に木刀を握り込み、それと相対する。神経の全てを研ぎ澄ませ、一進一退の攻防を繰り広げた。

「……っくそ! こんな時に和也はどこに行ってんだ!」

「あいつの心配する前に、まずはテメェの心配してろ! っくそ! 俺は荒事は苦手なんだよ!」

「あんたら無駄なこと言っとる場合ちゃうで! もっと気ィ張り!」

 それはまた別のところでも繰り広げられていた。向井速人に富田賢司、加えて遠野美樹。三人もまた、男二人は錆び付いた鉄パイプを手に持って、美樹は己の拳を握り固め、それに挑む。

「あれはいったい何なの!?」

「知らない! けど、良くない奴だ! とにかく、こっちに来て!」

「……あれは、魔物?」

 田中一郎にミリア・ハーネット、ナナ。三人は、一郎を先頭にして廊下を駆ける。一目散に、脇目も振らず。だから、一郎はナナの妙な言葉を聞き逃した。魔物などという、創作物の中にしか出てこぬような、不吉な名を。

「……これでオッケー?」

「えぇ、ひとまずは。森本さんはそちらをお願いします。さて、急ぎましょう!」

 神代修司に森本彩。二人はとある教室の中にいた。大きめのリュックサックを背負い、部屋を飛び出す。目指すは体育館。リュックサックの中に詰め込まれたのは、備蓄食料の残りと乾電池やらといった備品である。


 現れたのは影の獣。一日目に現れ、溝渕賢司を飲み込み消えた化物と同じ雰囲気を纏う、不気味な存在だった。


次の更新は8月8日か9日!

遅々として進まぬ下手な構成ではありますが、それでもと応援してくださるなら、乞うご期待!


ではでは。

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