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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あやかし町へようこそ 2

作者: 紅葉

白兎は狂骨きょうこつで地蔵の辻に住んでいる細工師です。かんざしを大事にしています。木霊こだまとは会いたくない時に会う仲です。 #妖町

 男は仕事机の引き出しから一本のかんざしを取り出した。

 銀と赤珊瑚で梅の枝を模した、それはまるで竜宮にあるという玉串の枝のように煌めいていた。

 そんな見事な細工のかんざしを男は切なげに見つめていた。

 それは白兎が愛した女に贈るつもりで作り、渡せなかったものだった。

 彼女の命日になると白兎は思い出す。もう手の届かない場所にいる彼女への思慕はいまだ消えてくれない。


「今年も、もうそんな季節かい」


 思いがけず声がかかって、バネが跳ねるように男の首は戸口へと向いた。手に持っていたかんざしは見ていなくても手の動きだけで引き出しに仕舞えた。

 あやかし町の地蔵ケ辻で細々と細工師をやっているこの男、名を白兎という。

 生粋のあやかしではない。

 もと人間の腕のいい細工師で、彼の細工したかんざしを贈れば、どんな高飛車な花魁も落とせると言わしめたほどの腕利きだった。


 とある雨の日、注文を受けた細工物を納めに行った帰り道、藤色の着物を着た娘が立ち往生していた。

 そのまま見過ごすのも憚られて白兎は声をかけた。

 膝が泥に汚れるのも厭わず片膝をつくと、娘に肩を貸した。そして草履の切れた鼻緒を裂いた手拭いで修繕した。

 娘は「かたじけのうございます」と何度も頭を下げ、風呂敷包みを大事に抱えて去っていった。

 白兎はその娘の後ろ姿を、傘をさすのも忘れて見送った。



『そんなに美しい娘だったんなら親切ついでに送って行きゃ良かったじゃねぇか』


 その頃の職人仲間は言った。面影を追えばボウッと頭に霞がかかり、熱が出る。これが恋だと白兎は齢三十で始めて知った。

 だが自分の容姿に自信がなく、惚れた腫れたにとんと縁がなかった男にそんな考えは浮かばなかった。

 そしてそんな男だからこそ、一度着いた火種は大きく燃え上がった。

 男にとっては幸いなことに白兎の手掛ける細工物は、女性の装飾品が多い。また品を納める先も商家、武家屋敷、遊郭と様々だった。その中で遊郭で件の娘と再会したのは二人にとって幸だったのか、不幸だったのか。

 少なくとも白兎が今ここにいる事実だけで、白兎にとっては不幸だったといえるかもしれない。


 あのときの娘はまだ小さな商家の娘であった。だが、商売がうまくいかなくなって、娘が遊郭に売られるということは、この時代には珍しくはなかった。

 再会を果たした白兎はこれまで稼いだものを全て注ぎ込むかのように彼女、胡蝶に入れ揚げた。

 少しの間も彼女を他の男に触れさせまいとばかりに。

 それは始めは呆れて見ていた周りの職人仲間が痛々しく感じるほどに。それほど始めての恋は激しく燃え盛った。

 そして激しく燃え盛った炎の寿命は短く終わった。


 駆け落ちを持ちかけた白兎に胡蝶は一度は頷いたのだが、待ち合わせ場所には来なかったのだ。胡蝶の代わりに来たのは郭の下男らしいあまり質のよくない男達だった。

 殴られ蹴られ、自身の骨の折れる音を聞きながら、白兎は胡蝶が無事だろうかと祈った。足抜けがばれて折檻を受けているのではないか、薄れゆく意識が途切れる寸前まで胡蝶を案じていた。


 どうやら意識を無くした白兎は、男たちによって古井戸に棄てられたらしい。溺れて死んで、未練を残し気付けば狂骨となっていた。


 いつ通りかかるともしれない胡蝶を待って井戸にいる日々。


 年季が明けるか、他の男に身請されるか。

 そうでもなければこの井戸の前を胡蝶が通りかかることはないだろう。

 殺した男たちを恨んで、来なかった胡蝶を恨んで、これから彼女に触れるであろう男たちを恨んで――。

 もう幾日経ったのかも知れなかった。

 そんな時。晴れぬ恨みを抱きながら胡蝶を待つ白兎に声をかけるものがあった。


「胡蝶は死んだよ」


 声に振り向けば若草で染めた木綿の着物を着た少年がそこにいた。

 視線はしっかりと白兎を見ている。彼は白兎が視えているのだ。


「胡蝶は死んだんだよ。いつまでここにいるつもりかな」


 楽しい話題であるはずはないのに、その少年の唇は弧を描いている。


「あんたは、誰だ……」

「僕? 僕に名前はない。でも、そうだな。木霊とだけ教えておいてあげてもいいよ」

「こだま……」


 少年はにかりと赤い頬を膨らませて笑う。


「そこの大門の側にあるでしょ、僕、そこにいたんだよね」

「いつから……」

「もう、ずっと。あんたたちが生まれるよりもっと前から。僕は君に同情しにきたんだ。可哀想だなぁって。でもひとつ言っとく。あんたたちみたいな不幸、ここじゃ珍しくないからね」


 少年は不気味なほどの笑みをみせた。


「あーあ、胡蝶はさっさと常世に逝ったっていうのに、あんたは狂骨(あやかし)になっちゃったんだね。そんなにここの居心地が良かった? もうあんたの好きな胡蝶も、あんたを殺めた奴等もいないっていうのにさ。……あんたが望むならそこから解放してあげてもいいよ」

「なに……?」

「ちょうどあやかし町の椿姐さんに頼まれて腕利きの細工師を探してたんだよねぇ」


 少年は何処からか身の丈半分もある大きなハサミを手にした。

 それは真っ黒な(くろがね)で出来ており不気味な雰囲気を醸し出している。


「行くの、行かないの?」


 急かす少年に白兎は当惑した。

 胡蝶がもういない、それは本当だろうか。

 自分を殺めた人たちが誰もいないというのはどういう意味だろう。


「だいたい人間が二百年も生きてる訳がないでしょ。胡蝶は二百年前の今日、郭の中で死んだんだよ。あんたとの駆け落ちに失敗して廻し部屋に入れられてさぁ。狂い死んだんだよ。ねぇ、もう行くの、行かないの?」

「い、行く……」

「お利口さん」


 にやりと笑った木霊は、その大きなハサミで何かをジョキンと斬った。直後、白兎を苦しめていた地縛の戒めはなくなりフワリと身体が井戸から離れた。木霊はその首根っこを捕まえるとずるりと引き摺った。


 そしてあやかし町は地蔵ケ辻に小さな家を与えられ、そこでまた細工物の仕事をすることになった。

 評判は上々で、稲荷ケ辻は葛葉殿のお館様にも腕を気に入られ時々かんざしを納めにいく。その数たるや……よほど稲荷の大将は女好きとみえる。

 だがそれも白兎にとってはどうでもいいことだった。


 胡蝶の命日になるたび切ない想いが蘇る。そして自分の罪をまざまざと思い出す。

 そんな日は独りで家に隠っていたい。そう思うがその想いはいつも裏切られる。

 名もないという木霊は、決まってその日になると白兎を訪ねてくるのだ。そして、ついぞ最近気付いたことがある。


 てっきり少年だと思っていた木霊が実は(おなご)だったのだ。


 そして会いたくない時に限って会いに来る木霊に似合うかんざしはどんなだろうかと考えてしまう白兎がそこにいた。




 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか切ないお話ですね。木霊は胡蝶の生まれ変わりなのかと思ってしまいました。白兎に幸せが訪れることを祈らずにはいられない作品でした。
2015/04/17 16:21 退会済み
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