リア充の友人
ある日の放課後だった。学校の図書室で、醜は本を読んでいた。比較的読みやすい、高校生向けの本だった。静かな空間で、誰にも干渉されずに本を読む。元より、関わってくる人間などいなかったが。
本を読み終え、元の場所に戻しに行く。すると、本が元あった棚の前で、女子生徒が一人ウロウロしていた。本棚を覗きながら、うー、うー、と小さい声で唸っている。気にせずに本を戻そうと近づいて行くと、気配を察したのか振り向き、目が合う。大きい瞳と小さい口が特徴的な少女だった。次いで女子生徒は、醜が持っている本を見咎めた。
「あ、その本……。あの、見せて貰っても良いですか?」
そう言うと女子生徒は返事を聞かずに手から本を奪い取った。外見には全く物怖じしていない様だ。怯える訳でも、嫌悪感を浮かべる訳でも、好奇の目を浮かべる訳でも無い。そもそも外見に興味を持っていない。その今までに無かった反応に、醜は唖然として動く事が出来なかった。女子生徒は本の表紙を見て眉を顰めている。
「やっぱり探してた奴だ……。あ、でも下巻……。あの、これの上巻知りませんか? 何処探してもなくて」
「……いや、……あの……」
「下巻を読んだって事は、上巻も読んだって事ですよね? どうしても内容が気になって……。何処に在りました? もう返したんなら何処に返しました? 寧ろまだ持ってます? 教えて下さいっ」
その女子生徒の問答は、図書室にいる教師に大目玉を食らうまで続き、結局上巻のみを個人的に持っていた醜が貸し出すということで決着がついた。
それが、醜と美優の出会いだった。何時から敬語では無くなったかは、それがあまりにも自然すぎたので、醜も憶えてはいない。彼女は最初から、醜の、と言うより、人の外見に注意を向けない様な少女だった。
美優と別れ、醜が校舎の外に出ると、サッカー部のユニフォームを着た数人の男子生徒が目の前を走って行った。その後を追う様にまた数人前を通り過ぎて行く。トレーニング中の様だ。ギリギリ通り抜けることが出来ない間隔で、次々に走り去っていく。
醜が顔を顰めていると、同じユニフォームを着た男子生徒が走り寄って来た。左胸の部分に、光屋総司と刺繍がされている。
「○○帰んのー? 文化祭の手伝いは? あ、サボりか?」
「……霧島と同じ事、言ってるぞ」
「あ、マジで? いやほら、俺達って似た者どうしだから」
自分で言う事じゃあ無いだろう。醜は呆れながらそう思う。
総司は元気な笑みを浮かべている。本人の言う通り、確かに霧島と良く似た笑顔だ。妙に複雑な気持ちを抱きながらも、醜もそう認める。
背の高い少年だった。ふわりとした茶髪で、精悍な顔立ちながらも、年相応の幼さが残っている。総司と話す時、醜は何時も顔を極端に上げなければ目も合わせる事が出来ず、首が痛くなる。
「それはともかく、サボりはいかんと思うぞ。俺は。○○なら頭良いんだし、手伝っといたら皆一目置くかもよ?」
総司は太い腕を組みながら、厚い胸を張って良い事を言ったかのように立っている。その顔はさも得意げだ。総司は醜の立ち位置を把握しているが、大して気には留めていないようだ。
「……お前こそ、今のこれは、サボりじゃないのか」
「うっ。いやほら俺一応エースだから、先生もちょっとは大目に見てくれ、る?」
「エースだったら、猶更、駄目だろう」
二人がそう話している間も、次々にユニフォームを着た生徒は走り過ぎていく。
総司はサッカー部のエースを任されている。試合では常にスタメンを張り、毎回得点に絡んだ働きをする。現在は三試合連続ハットトリックの記録を更新中であり、大学からも推薦が来ている。
醜と総司が出会ったのは、美優を通じてだった。美優が総司を醜に紹介する形で知り合った。
『うわ、何その目と鼻と耳。凄ぇ!』
醜の外見に怯むことなく、そう言うや否や顔中をペタペタと触られたのは、醜に鮮烈な記憶として焼き付いている。その時醜から力の限りを尽くした睨みを受けて以来、触ってくることは無い。しかし何が気に入ったのか、今では一人でも醜に頻繁に話し掛けて来るようになっていた。
「うーまずいかなー。でも○○と話すの楽しいからなー……」
そう言う事は本人を前にして言うんじゃない。総司の素直さ、或は愚直さに、醜はらしくないと思いつつもむず痒くなる時がある。
「おい総司。何してんだ」
醜が、うーうー唸っている総司を眺めていると、総司と同じユニフォームを着た男子が一人、総司に話し掛けて来た。
左胸には藤堂麗司と刺繍されている。細く鋭い目と、スッと通った鼻。女子好きがしそうな、整った顔立ちをしている。そして、人口塗料を塗りたくったような鈍い黄色に染められた髪をしていた。
「あ、麗司。何って、おー、いや、サボ、り?」
総司の煮え切らない返事を聞いて、藤堂は大きく顔をしかめた。目線をチラリと醜に向け、直ぐにまた元に戻す。
「推薦が来て、最近たまたま試合成績も良いからって、あんまし調子に乗んな。さっさと練習に戻れよ、エース様」
エース様。藤堂のその総司への呼び方に、醜は微量の嫌味を感じ取った。総司は言われ慣れているのか、苦笑いをして醜の方へと向き直った。
「ははは、すまん。○○、また月曜日な。サボりはいかんぞ。サボりは」
醜にそう言うと、総司は丁度来たサッカー部の塊に混じって走って行った。
「なんであんなのが霧島と付き合ってんだか。ふざけてる」
残った藤堂は総司が見えなくなってからからそう呟き、醜へと視線を向けた。その目から醜に向けられる、侮蔑と嫌悪の感情を、隠そうともしていない。
「おいお前。あいつはウチのエース様なんだから、邪魔してんじゃねぇよ」
エース様と言う呼び方に、次は嘲笑も加えながら藤堂は醜にそう言った。その口調からは、総司への尊敬や、練習に対する真摯さ等は感じられない。
「……あいつから、話しかけて、来たんだ」
あぁ、これは。醜は受け慣れている視線を流し、事実を淡々と述べた。藤堂の目を見つめながら。藤堂は醜の視線を受け一瞬怯んだが、口元に笑みを浮かべて醜の左肩に手を置いた。
「あのさぁ、そういう問題じゃないんだよ。お前みたいなゴミ虫みたいなのが、将来が約束されているエース様と話してる事自体が問題なの。分かる?」
醜の肩に置いてある手に強く力を入れながら、藤堂は鋭い目を愉快そうに細めている。
エース様なんて、思ってもいないくせに。醜は左肩の痛みを我慢しながら、強く藤堂を睨みつけた。醜には分かっていた。藤堂は、自分が総司と話す事など本当はどうでも良いのだと。ただ自分の中にある感情をぶつけたいだけだ、と。
ゴミ虫が。藤堂は醜にそう言い捨てると、肩から手を離して走り去っていった。
――ブウウウウウゥゥウゥゥウウゥウゥウゥン――
醜は先程よりも近くから、また蝿の羽音を聞いた気がした。
『ある日少女は幸せそうにトロルの下へとやって来ました』
『トロルさん聞いて?私恋人が出来たの!』
『……へぇ、それはめでたい。一体どんな人なんだい?』
『とても素敵な人なのよ。皆から好かれていて、運動だって凄く得意なの。優しくて、きっとトロルさんの外見だって気にしないわ。今度紹介するわね!』
『少女に紹介された青年は本当に優しい人柄で、トロルとも直ぐに仲良くなりました。トロルは青年の事も少女の事も大好きでした。この二人の為なら何だって出来る気がしました』