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醜い少年  作者: ガランドウ
1/5

暗闇

その少年は醜かった。

歳は十七、身長はその年齢の平均より低い、一五五センチメートル。

顔は栄養不足からか、痩せこけ青ざめている。

その生身の人間と言うよりも、死者と言うべき少年の容貌もまた歪だった。右目が左目よりもはるかに大きく、鼻は禿(はげ)(たか)のように巨大ででこぼことした形をしている。唇は水分をまったく含んでいないように干からび、今にも切れて出血しそうだ。髪の毛は大量の脂を含んでいるせいで、頭皮にべったりとくっつき、非常に不潔な印象を与える。そしてその少年の右の横顔には、人には本来あるべきであろう耳介がない。そこには、ただ空虚とした穴があるのみである。

しかし、その少年のもっとも異形の点はこれらではない。大きさの歪な双眸(そうぼう)、その奥にある瞳の光だ。いや、光と言うより闇と言うべきだろうか。ぐるぐると大量の蠅が飛び交い、瞳の中全てを覆い尽くしているかのような醜悪な闇。その瞳を覗いた者は、きっと自分の体を得体のしれない蟲に食い尽くされ、卵を埋め込まれ、苗床にされたかのような気分になるだろう。

なぜなら、少年自身が、常にそういった気分に苛まれているのだから。

今日も朝から最悪の気分だった。

秋にそぐわない異常に蒸し暑い日。早朝だというのに何処からか聞こえてきた工事のドリルの様な音によって、(しゅう)は目覚めた。

濃縮された闇の中にいるかのような、四畳半の暗くて狭い部屋。閉められた窓、濃く熱い空気が充満しているせいで、ただでさえ息が詰まるというのに猶更息苦しく感じる。

朝だというのに、醜がカーテンを開けても部屋には太陽の光が全く差し込まず暗いままだった。電気をつけていないせいもあるが、この暗さは窓の外に建っている物のせいだろう。

たった一つしかない窓から見える、全体像が把握できない天高く聳え立ったビル。それが朝の日光を遮ってしまっており、窓からは後光が差しているように見える。朝起きて最初に見る外の世界の物がそれだという事に、醜はいつも忌々しさと皮肉を感じる。

玄関の扉の近くには生ゴミが置いてある。五日前から置いてあるだけあってかなり強烈な臭いを放っているようだ。丁度今日がゴミの日だった筈だから、持って行った方が良いだろうと醜は思う。少しでも臭いを紛らわすために、網戸のない窓を開け放っておく。虫が山程入ってくる事になるが、仕方がない事だと割り切る。窓を開けた途端臭いの代わりに、歯の奥をドリルで削るような騒音が部屋内に存在感を増して響き渡る。

つけたニュース番組では、熱波が日本を襲い、熱い日が続くであろうという天気予報と、朝恒例の星座占いをしていた。何世代も前の機種のテレビ。電波自体に問題は無いのだろうが、元の画質の所為か、酷く画面が見え難くなっている。音声は工事の音のせいで途切れ途切れにしか聞き取れなかった。

 床に隙間なく敷き詰められた、ささくれ立ってしまっている畳。本やプリント類が乱雑に置いてあり、人一人眠れる程度しか空いていない。座って、醜は朝食を食べ始めた。手入れもされていない、古すぎて薄汚れたトースト機で焼いたパンは、少し煤の味がする。それでも何も食べられないよりかはマシだった。

 パンッ。にちゃり。

 首下で何かが蠢いたので、醜はパンを持っていない方の手で叩いてみた。乾いた音と共に、何かを潰した様な嫌な感触が掌に広がる。見ると、ハエが体を歪ませて掌に張り付いていた。まだ息があるのか、潰れた体で懸命にもがいている。

「ああ、くそ」

 思わず口から声が漏れた。砂を気管いっぱいに吸い込んだかの様な、陰鬱さを含んだガラガラとした声だ。

これまで蝿にとって良い環境で育ったのだろう、通常の蝿よりも大きい様に感じる。家で育ったのだろうか? そろそろ部屋の掃除をすべきかもしれない。そう考えながら、醜は掌の蝿をもう一度握りつぶした。

 高校の制服を着て、右手にゴミ袋、左肩に鞄を持ちながら醜はアパートの部屋を出た。騒音は今なお続いている。階段を降り、ゴミ袋を決められた場所に置いて行く。そこでようやく、醜は今日初めて太陽の光を浴びる事が出来た。

 強く健康的な光が身を焼いていく。雲一つない快晴。どこまでも青く果てしない空。小鳥が(さえず)り、朝の光に歓喜しているようにも聞こえる。

『それでも、太陽は全てを平等に照らしつくす事は無い』

強すぎる光に、醜は一瞬立ちくらみの様な感覚を覚えた。目を細め暑さに嫌になりながら、学校への道を歩き出した。


 『彼』が学校へと向かった後。幾つか置かれたゴミ袋の一つから、真っ黒な蝿が一匹潜り出てきた。巨大で、丸々と太っており、ただでさえグロテスクな外見を更に醜く歪にしている。それは降り注ぐ強い光すらものともせず、生ゴミらの醸し出す、腐った臭いに酔っている様だ。六本ある足をせわしなく蠢かせている様は、先程『彼』が潰した蝿を連想させる。ふと、それは体に見合わない小さな(はね)を広げた。そして、それにとって生ゴミの群れよりも居心地の良い場所。光が届かない、アパートの一室。開け放たれた窓の中へと飛んでいった。


二年四組 劇発表 《少女とトロル》

『ある村に住む目が大きくて口が小さい人気者の少女は、とある日に、村人から迫害されているトロルと呼ばれる少年に興味を持って、会いに行きました』

『トロルさん、貴方はどうしてこんなに村から離れた暗くて寒くて寂しい所に住んでるの?』

『可愛くて明るい太陽の精霊の様なお嬢さん。それはね、僕の姿がとても醜くて、皆が怖がって石を投げて来るからさ』

『まぁ可哀想なトロルさん。私は外見なんてちっとも気にしないわ。だってあなたは村の誰よりも頭が良くて物知りなんだもの。それに私と歳だって近いし。ねぇ、お友達になりましょう?』


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