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第四話

 その時であった。獲物を目の前にしていたイーブルディアーが振り向いた。そしてひときわ高い雄たけびを上げて踵を返した。イーブルディアーは何かに向かって突進していった。ベアーからはイーブルディアーの背中しか見えないのでどうなっているのかわからない。見えるのはイーブルディアーが何かに対して角を突き出している様である。


 イーブルディアーはいななき、蹴り上げ、角を突き上げている。まるで空気相手に格闘しているようだった。しばらくすると巨体が急に倒れ、小刻みに震えながら口からあわを吹いた。


「やっとだぜ」


 声が林の中から聞こえた。出てきたのは20代後半の男で鎖帷子に身を包んでいた。背中には長弓を背負い、腰には変わった形のナイフを挿している。ベアーの様子を見ると男は声をかけた。


「大丈夫そうだな」


 そう言うとイーブルディアーに近寄りその喉にナイフをあてがった。横に一閃すると切断面から滝のようにどす黒い血が噴出した。40秒ほどそれが続き、ひとしきり痙攣するとイーブルディアーは絶命した。


「コイツは久々の大物だぜ」


男はニヤリと笑みをこぼした。


「兄ちゃん、大丈夫か?」


 男が近寄ってきた。金髪を短く刈り込んだ肌の浅黒い男であった。身長は180cmくらいだろう、中肉中背だが上腕の筋肉を見れば鍛えられているのは明白だった。


「あの、ありがとうございました」


「ああ、まあ、こっちこそ助かったんだけどな」


「えっ?」


「ちょっと待っててくれるか」


 男はそう言うと屠られたイーブルディアーの下に座りナイフをあてがった。鮮やかな手さばきで腑分けし、皮をはいでいく。ベアーはその手際のよさに見とれていた。


                                *


「よしこれで良い」


小一時間ほどできれいに皮だけがそがれていた。


「よし終わった」


金髪の男はそう言うとベアーに近づいた。


「俺はレスタだ。あんちゃんは?」


「あ、僕はベアリスク ライドルといいます。」


「僧侶なのか?」


「はい」


「珍しいな、こんなところで?」


「修業の旅なんです、今は街道に出ようとこの道を通っていて…」


「それで、出くわしたのか……なるほど…この辺りでモンスターに遭遇するのは普通ありえないからな。」


ベアーは助かった安心感で気が抜けた状態だった。


「しかし、あんちゃんのおかげで俺はコイツを仕留めることができたからな、こっちが礼を言いたいくらいだ」


ベアーはそれに対して怪訝な表情を見せた。


「あんちゃんが喰われかけた時にあいつの警戒心が薄れて俺の毒矢が当たったんだよ。イーブルディアーの警戒心は普通の動物よりもはるかに鋭敏だからな。普通、矢なんてあたんねぇんだ。まさかこんな大物に出会うなんて……」


レスタはそう言うと朗らかな表情を見せた。


「そうだ、家に寄っていってくれ。ここからなら夕方までにつくから。」


 レスタはそう言うと腰の抜けたベアーに手を貸して立たせてくれた。あまり頭はよさそうではなかったが人を裏切ったりおとしめたりするような人間には思えない。ベアーは安心して頷いた。レスタはそれを見ると腑分けした臓物から肝臓だけを取り出して羊の皮袋にしまった。


「コイツは乾燥させて粉にすると病気に効くんだ、特に肝臓系の病には特効薬として珍重される。他の部位はつかえないけどな」


 ベアーは昔、何かの本で『悪い部位を治すためにはそれと同じ部位を食べると効果がある』と読んだ覚えがあった―――肝臓が悪ければレバーを食べるといった具合だ。当時、それは嘘だと思ったがレスタの言動でそうなのかもしれないと思い直した。


「ちょっと手伝ってくれるか」


 レスタはそう言うとイーブルディアーの角をナイフで切り出した。ものの30秒ほどで切り落とすと2本の角をベアーに持つように行った。


「一本はやるよ、これだけの物ならかなりの値で売れる、その代わり毛皮持つのを手伝ってくれ。」


 ベアーは素直に従うことにした。二本の角をバックパックにしまうと毛皮を手にした。毛皮は二人で持ってもかなりの重量で、ベアーはあまりの重さに顔をしかめた。


『メッチャ、重い……』


命の恩人に背くのは失礼だと思ったベアーは何とか踏ん張ると半笑いになって毛皮の運搬を手伝った。


                        *


 2時間ほど歩くと街道にあたった。不思議なことに人はあまりおらず、何度か馬車が行き交っただけである。


「ここからあと一時間だ、がんばってくれ。帰ったら飯をたらふく食わしてやる。」


二人は今まで歩いてきた道と同じような小道をしばらく歩き、森の入り口に着いた。


「あと15分だ、もう着いたのも同じだ、ここでちょっと待ってろ、かみさんに湯を沸かしといてもらうから」


 レスタはそう言うと慣れた足取りで森の中に入っていった。ベアーはすでに疲労困憊でフラフラになっていたが、終わりが見えたことで何とか気力を振り絞った。


                               *

 

15分ほどするとレスタが戻ってきた。


「飯も用意してもらったぞ、かみさんのシチューは最高だからな」


 飯と聞いてベアーは空腹なのにいまさらながら気づかされた。モンスターに襲われ飯どころではなかったが、重量のある毛皮を3時間近く持ってきただけあってやはり腹は減っていた。


『ちょっと間違えば、俺はこのモンスターの腹の中だったんだよな……今は皮だけになっちゃったけど…』


ベアーはイーブルディアーの皮を見ながら何とも言えない思いに駆られた。


『襲われる運の悪さ』、『助けられる運の良さ』、火をおこそうとして休んだ結果は全く奇想天外の展開を見せた。


『生きてるって……不思議なことだな…』


 ベアーがそんなことを思って歩いていると丸太を組み立てて造られた山小屋が見えてきた。小さいながらもどっしりとして頑丈なつくりであることがわかる。


「お~い、お客さんに湯を!」


 レスタがそう言うと家の中から緑髪の女が出てきた。半袖のワンピースのような普段着を身に着けその上から前掛けをしている。暗くてよく見えなかったが、その顔を見たときベアーは驚いて声を上げてしまった。


「……エルフ……」


ベアーが思わず口走ると女は微笑んだ。


「そうよ、正確にはクオーターだけどね」


 女の歳はよくわからなかった。というのもエルフは人間よりも寿命が長く種族によっては1000年生きるといわれている。


「私はローリス、よろしくね」


 見た目からは20代の中盤といったところだが尖った耳と白い肌、そして切れるようなまつげは人とは異なる種族だと思わせた。


「こっちで汗を流してください。」


ベアーはローリスに連れられ離れにある小さな小屋についていかれた。


「ここらは温泉が出るんですよ、ちょっと温度が低いんですけどね、ゆっくり入れば十分温まりますよ。」


ローリスはそう言うとベアーにタオルを渡した。


「ゆっくりどうぞ」


「すいません、ありがとうございます」


ローリスは微笑むとその場を去った。


『きれいな人だな』


体を洗い、湯船につかると一日の疲れがどっと出てくるのを感じた。


                       *


 風呂から出て母屋に戻ると、ローリスがいそいそと夕餉の支度をしていた。キノコをふんだんに使ったサラダ、ジャガイモを千切りにして油で揚げるようにして焼いたもの、そしてたっぷりのしし肉の入ったシチュー。どれもこれもいい匂いを醸していた。


「たくさんありますから、お替りもどうぞ」


ローリスはにこやかに笑うとシチューをよそって席に座った。そんな時である、ローリスの耳がぴんと立った。


ローリスは目を大きく開いてベアーに話しかけた。


「あなた、魔法が使えるの?」


「ええ、少しだけ」


「そう、まだ使える人間がいたのね……」


ローリスは驚いた表情を見せた。


「僧侶の中にはまだ魔法が使える者がいます、数は少ないですけど』


ベアーがそう言うとローリスが興味津々の表情を浮かべた。


「私、あまり森から出ないから外のことは疎くて……』


ローリスがそう言うとベアーが今度は質問した。


「あの、エルフも魔法を使えるんでしょ?」


「ええ、でも私の場合は無理ね、先読みの力が少しあるだけ。」


ローリスがそう言うとベアーはその表情を明るくした。


「先読みって、未来がわかるんですか?」


「近い未来だけ、それもぼやけた感じでしかないの」


 うわさではそうしたものがあると知っていたがまさか現実にそんな能力を持つ者に会うとはベアーは思っていなかった。


「ちょっと見てあげようか、手を貸してごらん」


そう言うとローリスは前掛けを外してベアーの手を取った。


 細くて繊細な手だった。滑らかな肌と透き通るような透明感にベアーは驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは胸の谷間であった。前掛けをしていたので隠されていたが部屋着のワンピースは胸の谷間がもろに強調されるつくりになっていた。透き通るような白い肌と巨乳。マギーのようなフェロモンは無いが人とは違った魅力が感じられた。


 もちろんベアーの視線は巨乳一直線である。それというのも彼女が目を閉じて呪文を唱えていたからである。マギーの件があって以来、どうも視線が胸の方に行ってしまう……我ながら情けないが……若さとはこういうものである。


 手のぬくもりと巨乳。そしてほのかに大人の女の香りが鼻腔をつく……マギーのよう熟れた感じは無いが、さわやかで心地よいものがあった。


『ああ、なんていけないこと想像してしまうんだ…』


マギーは独身だったがローリスは人妻である。この禁忌的な響きにベアーは我を忘れそうになった。


 人妻、巨乳、エルフ、14歳にはあまりに刺激が強すぎた。想像だけが大きく膨らんでいく、人生経験のすくない少年は『人妻、巨乳、エルフ』が三位一体となり脳内で連続再生された。


                                *


そんな時であるローリスが小さいながらもはっきりした口調でベアーに話しかけた。


「あなた、近い将来、だまされるかも…」


「えっ?」


思わず声が出た。


「ええ、まだ先だと思うけど、今年中には」


「それって、ヤバイんじゃないですか?」


「そうね……」


「気をつければだまされないんですか?」


ローリスは巨乳を揺らして神妙な顔をした。


「なんとも言えないわ」


 ベアーは占いをまったくといっていいほど信じない、しかし魔道の力を持つエルフの話になれば別だ。ベアーは落胆した表情を見せた。


「大丈夫よ、だまされたって死にはしないし、あなたの歳ならすべて経験として身につけることができるわ、まだ若いんだから」


 そう言われて、『それもそうだと』と思い直した。3年も旅をすれば良い事も悪いこともあるに決まっている。あまり気にしないことにしようとベアーは思った。


「それから、東のほうに進むといいかもしれないわ」


「東ですか?」


「ええ、淡い光のようなものがあるの、これは悪い兆候ではないわ」


 ベアーの当面の目的は転職するために都の近くにあるドリトスという町に行くことであった。ドリトスはミズーリという街を経由していく。ミズーリは観光都市として栄えている大きな街で陸路なら東回りと西回りの二つの道で行くことができる。ベアーは東から行くというのも手だと思った。


                                *


そんな話をしているとにレスタが戻ってきた。


「飯にしよう」


 この一言で夕餉となった。レスタは食欲旺盛ですごい勢いで食べ始めた。それに触発されベアーも食べた。猪のシチューは長時間煮込んだだけあって肉の繊維が柔らかくと口の中で崩れた。数種類のハーブと一緒に煮込んであるので臭みも少なくこれほど上品な猪シチューは初めてであった。デザートに出た木苺のゼリーは程よい酸味と控えめの甘さでさっぱりとした喉越しをベアーに与えてくれた。


 あれだけの大物をしとめたということもあり、レスタの顔はほころんでいた。言葉も雄弁でどうやってイーブルディアーを追い詰めたか、いかにして気配を隠し毒矢を放ったか身振り手振りを加えて表現した。酒の力もあったのだろうが終始、機嫌がよく話していた。   


 一方、ローリスは静かに聴いていた。時折、相槌を打ち話の腰を折らぬようにしていた。酒がまわってきたレスタは怪しげな足取りになると寝室に向かおうとした。


「ベアー、明日の朝はゆっくりでいいぞ。じゃあ、お休み」


「おやすみなさい」


こうしてその日はお開きとなった。


この後、ベアーはローリスが用意してくれた簡易式のベットで眠ることになった。長いすに厚手のシーツをかけただけだったが、3日も野宿をすればこれだけでも充分快適だった。


                                *


 翌朝はパンの焼ける匂いで目が覚めた。胚芽パンの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる、昨晩あれだけ食べたのに起きた時には空腹を感じていた。一方、レスタは既に旅支度をしている。


「俺はもう食ったから、さっさと済ませちまいな」


 ローリスが昨日の残りのシチューと胚芽パンを手際よく用意してくれた。ベアーは感謝してそれを食べるといそいで身支度を整えた。


「お世話になりました。」


「いいえ、またいらっしゃい」


 そう言うローリスは艶っぽい表情でベアーを見ていた。昨日、ベアーが巨乳に見とれていたのを気づいていたのだろう、別れ際にウインクしてくれた。


ベアーは思わず恥ずかしくなりポッとなってしまった。


それを見たローリスはクスクスと笑った。そこには少年の見せる気恥ずかしさに満足した人妻の表情があった。


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