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第五話

 翌日の朝は雨であった、デッキには大粒の雨が降り注いでいる。風がないため船は揺れなかったが憂鬱な天気は乗客の気分を押し下げた。二等船室の中に大勢の人間で押し込められると、息苦しく、気分はさらに悪くなった。


 そんな中、ベアーの眼にはリアンの姿が映っていた。リアンは両親と何やら話しているがベアーとは距離があるのでその内容はうかがい知れなかった。


 時折、リアンと目があうが父親の視線が気になるのでベアーは目を伏せた。話しかけたい気もするが、その後の会話に自信がないのでそのまま過ごすことにした。


 こんな感じで午後まで二等船室で微妙な時間を過ごしたが昼食をとる頃には天気が変わった。大粒の雨はやみ、雲の隙間から陽射しがのぞいた。ベアーは昼食に出されたベーコンと卵のサンドイッチを手に取るとナプキンに包んでデッキに出た。デッキのベンチはまだ濡れていたが雨上がりの空気は実にさっぱりとしていて爽快だった。


ベアーは立ったままでサンドイッチにかぶりついた。


「うまいな……昨日のソースといい、今日のソースといい、かなりいける。」


サンドイッチに使われていたソースはサウザンドレッシングを応用したものだった。ドレッシングだと水分が多いのでパルメザンチーズ削ったものをいれて水分を吸収させていた。


「チーズってこんな使い方もあるんだ……」


 ベアーはチーズ作りに関してはかなりの知識があるが、料理に応用する知識は持ち合わせていない。ドレッシングに粉チーズを入れてコクを出す方法は目からうろこであった。


そんな時である、声をかけられた。


「ここにいたんだ!」


リアンであった、金髪を風になびかせベアーの隣にやってきた。意外と距離が近いのでベアーはドキドキした。


「サンドイッチ美味しかったね」


ベアーは頷いた。


「お父さんが言ってたんだけど、初日のシェフはクレームでクビにされたんだって、それで昨日の晩から料理がおいしくなったらしいよ」


「そうなんだ」


ベアーは『なるほど』とおもった。


「サンドイッチのドレッシングにチーズが入っるってパパが言ってたんだけど、あれ美味しかったよね」


リアンがそう言った時であった、ベアーの目が輝いた。


「実は、俺、チーズには詳しいんだ!」


ベアーは自信満々の顔でリアンを見つめた。


「へぇ、じゃあ、どれくらい詳しいか聞かせてもらおうかな」


リアンがそう言うや否やベアーはチーズ作りのイロハからしゃべりだした。


                                *


 どれくらい話していただろうか、ベアーのチーズトークは夕方になるまで続いた。普通なら途中で嫌になるだろうがリアンはそんな様子を微塵も見せず、ニコニコしながら絶妙のタイミングで相槌を打った。


「ごめんね、俺ばっかりしゃべって……」


「全然、平気だよ、チーズの話おもしろいし、それに……」


「それに?」


「話してる時のベアーって……けっこうイイかも…」


リアンはそう言うとベアーの元を離れた。


「夕御飯の後、またここであいましょう。今日が最後の夜だし……」


思わせぶりなセリフを残すとリアンは足早に二等船室の中に戻っていった。


『最後の夜』という言葉の響きにベアーは頭がポワポワしてきた。


                                *


 夕食は最終日ということもあり意外と豪華であった。ポテトサラダ、ベーコンの厚切りステーキ、フレンチトーストの3品であった。特にフレンチトーストはたっぷりの蜂蜜がかかっていて見た目にも食欲をそそった。


 たがベアーはリアンの言葉が気になり食事どころではなかった。ほかの乗客が『美味い!』と連呼する中、一人で想像の世界にトリップしていた。


『ひょっとして、このあと、キ、キ、キッスとか……あるのかな…』


よからぬ想像がベアーの頭によぎる。


『俺、初めてだからな……やっぱり男の方から、リードするのかな……』


『オラオラ系で攻めたほうが……』


『それとも紳士的に行くべきか……』


 ベアーは何が『紳士的』かはわからなかったが、なんとなく言葉の響きで『紳士的』でいこうと思った。

取りあえず歯だけ磨いたほうがいいな…』


万全を期すためベアーは中央船室を後にして洗面所に向かった。


                                *


準備万端にしてからデッキに向かうと、すでにリアンがいた。


「来てくれたんだね…」


リアンはモジモジした。


「最後の夜だし、『思い出』つくってもいいよね」


そう言うとリアンはベアーの手を握った。


意外と積極的なリアンの行動にベアーは生唾を飲み込んだ。


周りに人はいない、絶好のチャンスである。星空と月、暗い甲板、状況としては最高であろう。リアンは身を寄せるとベアーの顔を見た。月明りで見るリアンの顔は思った以上に綺麗に映った。


リアンが目をつぶる。


『今しかない、俺の初めてのキス!!!』


 そう思ってベアーが顔近づけた時であった、リアンの右手が上がった。手には霧吹きのようなものを持っている。


リアンはそれをベアーの顔に向けて一吹きした。妙な匂いのミストがベアーの顔を包む。


『あれ…力が……はいらない……』


ベアーはその場にへたり込んだ。薄れゆく意識の中、ベアーの耳にリアンの声が届いた。


「田舎もんのバカは、チョロイわね。」



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