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第六話

16

最初に回った2件は予算的に厳しく宿泊は不可能であったが3件目は意外にリーズナブルでベアーは手持ちの現金で対応できることにホッと胸をなでおろした。


「ありがとう、アル、これで泊まれるよ」


「ああ、いいってことよ」


アルはそう言うと仕事に戻るべく踵をかえした。


「じゃあ、またな」


アルはことが済むとさっさと帰るタイプなのだろう、ベアーを案内し終えるとすぐに背中を見せた。


「今度、飯でも食おう!」


 ベアーが明るい声でそう言うとアルは振り向くことなく手をあげてそれに答えた。軽快な動きで小気味よく通りを走って行く姿は職人の見習いに似つかわしく、はつらつとした若さがその背中に浮かんでいた。


『いい奴だな……』


 朴訥とした印象の少年は頭が良さそうなタイプではないが性根の悪い人間ではなかった。ベアーの持っていたアルに対する第一印象は吹き飛んでいた。


                             *


 ベアーは外から宿を眺めてみたが、ダリス全土のどこにでもある民家そのもので、その造りは『宿』ではなく『家』であった。


『マジで……普通だな……』


庭に立てられた民泊認証の看板がなければだれが見ても素通りする家であった。


『とりあえず、行ってみるか』


ベアーはそう思うと早速ドアをノックした。


                                *


しばし間が開くと、軋んだ音がしてドアが開いた。


「お客さんかい?」


開いたドアの隙間から家主の女はベアーをチラリとみると妙に低い声で語りかけた。


「うちは先払いだよ」


v言われたベアーは印象の悪い家主の女に泊まるかどうか一瞬迷ったが看板に書かれた宿賃(一晩30ギルダー)には勝てず小さく頷いた。


「うちは宿泊費が安い分、飯はついてない。だけど手伝いをしてもらえば食費はタダになる」


でっぷりとした亜人の家主はベアーを見てそう言った。


「手伝いって何ですか?」


ベアーが尋ねると亜人の女は窓から見える山を指差した。


「キノコの収穫だよ」


手持ちの少ないベアーにとって食費はバカにならない。家主の亜人の申し出は悪くなかった。


「それで結構です、お願いします。」


亜人の家主はベアーを試すような目で眺めた。


「早朝からの仕事になるけど、我慢できるかい?」


「大丈夫です」


 ベアーがそう言うと家主の女はニヤリとした。ベアーはその表情から女の性格の一端を垣間見たが、やはり料金の安さには代えがたく、とりあえず様子を見ようとおもった。


「よし契約成立だよ、じゃあ、明日の朝からしっかり頼むよ」


 ベアーが若干、怪しむような表情で一週間分の宿代を払うと、家主の女はそれを気にせず肥満した体をゆすって立ちあがった。


「二階に上がって階段の手前にある部屋をつかいな。それから荷物を置いたら下りてくるんだ。今日の晩飯はこっちで出してやる。」


 人相、風体、雰囲気、どれをとっても人から愛されるタイプには見えない家主の女はぶっきらぼうにそう言うと廊下の奥に消えた。


                              *


 ベアーが二階の部屋に荷物を置いて階下に戻ると鍋に入ったスープを食卓に持っていく家主の女の姿が映った。


ベアーがそれを横目で見ていると女が口を開いた。


「水棚に入ってる皿とフォークとスプーンをとってきておくれ」


ベアーが言われた通りにして食卓に戻ってくると女はブルドックのような頬を揺らして椅子に掛けるように言った。


「自分でよそって、お食べ!」


言われたベアーは頷くと鍋の蓋を開けて中身を確認した。


「これなんですか?」


「肉だよ!」


でっぷりとした家主の女は真っ黒な汁の中に入った三枚肉(豚のばら肉)のかたまりを見せた。


 ベアーは恐る恐る、三枚肉(縦3cm、横7cm、高さ3cm)をフォークで取り出した。ギトギトした脂がスープ皿に広がる……


『見た目と違っておいしいかも……』


ベアーは願望を胸に、思い切って煮込んだ豚を口に放り込んでみた。


妙な食感とギトつく脂が口の中で広がる……


『……マズイな……』


 下処理していない三枚肉は脂っこいだけでなく獣臭も強い。味付けも塩分が強すぎ、お世辞にも人に出せるものではなかった。


 だが家主の女はそれをパクパクと口に運んでいた。リズミカルに三枚肉のブロックを頬張る姿は異様とも異常ともベアーの目には映った。


『共食いだ……』


ベアーがそう確信した時である、家主の女が木製のフォークを肉に突き刺すとベアーの皿にぶち込んだ。


『さあ、お食べ!!』


罰ゲームと思える事態に陥ったベアーは皿の上に乗った肉塊を見て絶望的な表情を浮かべた。


『これが一週間続くのか……』


 食というのは人が生きていくうえでの根本になる。その根本が破たんした宿を選んだことにベアーはいまさらながら『失敗』したというおもいに駆られた。



17

さて、それとほぼ同じころ、ポルカでは動きがあった。


なんとカジノで勝利をおさめたルナがベアーにそれを自慢すべく昼の休憩時間にフォーレ商会の倉庫へとやってきたのである。


「どうも、こんにちは」


ルナが倉庫の入り口で声を出すとウィルソンがそれに答えた。


「おお、ルナちゃん、どうしたんだ?」


 ルナはカジノで100ギルダーを元手に800ギルダーまで増やしていたので、その機嫌は甚だしく良い。その顔はどことなくゆるみきっている。だが、一方、それを自慢するのも良くないと思ったルナはニヤニヤしながらも平静を装った。


「あの、ベアーはいますか?」


「ああ、今、ゴルダに行ってるんだ」


「ゴルダ?」


ルナが聞いたことのない地名に首をかしげるとそれに気付いた船長が2人の会話の中に入ってきた。


「ゴルダは北方ゲートのある国境の工業都市だよ」


ルナはフォーレ商会の倉庫に船長がいると思わず驚いた声をあげた


「船長さん!!」


ルナがそう言うと船長はニコリと笑った。


「私はここの社員になったんだよ」


 船長は幽霊船、リーデル号の一件以来、ルナとベアーには並々ならぬ思いを持っているらしく、その表情は実に温かい。ルナの頭をなでると微笑みかけた。


「あの時は本当に助かった、君たちがいなかったら、私たちは死んでいたからね……」


ダンディーな船長がそう言うとルナは顔を赤らめた。


「いや~、まあ~~」


 内心『もっと称えろ!』と思ったルナであったが『あまりあざといのも良くない』と思いなおして話題を戻した。


「ところで、ベアーはゴルダに何をしに行ったんですか?」


「金細工の注文品を受け取りに行ったんだよ」


ウィルソンがそう言うとルナは気になる質問をぶつけた。


「いつ帰るんですか?」


言われたウィルソンは微妙な表情を見せた。


「あそこの職人は……納得のいかない商品は引き渡さないんだ。だから納期をいつも3,4日オーバーするんだよ……最悪1週間くらいかかるかな……」


「1週間も……」


ルナがそう言うと後ろでその会話を聞いたケセラセラ号の船員の1人が声を上げた。


「いいよな、ベアーのやつ……ゴルダは肉料理がうまいし……それに美人の宝庫だから、きっと亜人のオネェちゃんと……パーラーでしっぽり……」


若い水夫の1人がそう言うと船長がたしなめた。


「子供の前でそう言う会話はやめなさい!」


 ピシャリとやられた水夫は舌を出したがルナは水夫の言った『亜人のおねぇちゃん』、『しっぽり』という単語に眉を歪ませた。


『……あいつ……何も言わずに……出かけたのは……そう言うことか……』


ルナは額に青筋が浮かべると、一つの結論を引き出した。


「私、ゴルダに行きます!!」


ルナがキリッとした表情でそう言うとウィルソンがそれに水を差した。


「ルナちゃん、あそこは子供じゃ入れないんだ。ゲートでチェックされるから」


言われたルナは目を点にした。


「日雇い労働者が多くてもめごとが多いから、ゲートの所で身分証明書を確認するんだよ。それに物資の搬入が多いときは観光客さえも入れない……今は時期的に無理だよ」


ウィルソンがそう言うとルナは如何ともしがたい表情を浮かべた。


『……なんてこった……』


ルナは思わぬ難関にぶち当たった。


 だが、この程度でルナはあきらめるほどの弱いメンタルではない。ルナは知恵をしぼるとひとつの妙案をうみだした。


                             *


ルナは妙案を実行するべく、その足をある所に向けていた。そしてその場所に着くと声をあげた。


「あんた、知ってる?」


尋ねられた存在はけだるげな表情でルナを見た。


「ベアーが一人でゴルダに行ったんだって」


言われた存在は『それがどうした』という表情を浮かべた。そこには大した感慨もなければ驚きもない。


「私も行きたいんだけどさ……子供だと入れてくれないんだよね……」


 ルナがそう言うと話し相手は『そんなことは知らん』という表情を見せた。まさにわれ関せずと言った態度である。


ルナはそれを見て言葉を続けた。


「ゴルダは経済的に豊かな所なんだって、だから美味しいものがあるんだってさ」


声をかけられた主はチラリとルナを見ると再び泰然とした態度をとった。どうやら食事には興味ないらしい……


『そうきたか……』


ルナはそう思うとプランBへと変更した。


「金回りのいいところってさあ……いろんな人が集まるでしょ」


ルナはそう言うと目を細めて相手を見た


「たとえば亜人の娘とか……」


話しかけられた相手はルナを見た。そこには先ほどとは異なる風情があった。


ルナはその表情を見てニヤリとした。


『喰いついたな、この馬鹿!』


ルナはそう思うとわざと声のトーンを落とした。


「ゴルダにはね『パーラー』っていう社交場があるんだって……」


ルナが水夫の話していたことを思わせぶりに語るとその相手は垂れていた耳をぴんと張った。


「そこでね、年頃の亜人のと……『しっぽり』なんだって」


 『しっぽり』という単語を耳にした瞬間である、ルナが語りかけていた相手はキリッとした表情を見せた。そこには冒険者が新たなミッションを見つけたような輝きがある。


 ルナの話していた相手はおもむろに立ち上がると厩の柵につけられたかんぬきに近寄った。そして鼻を器用に使うとがっちり嵌っていた閂を外した。


ルナはその曲芸師のような動きに思わず嘆息した。


『……やるわね、このロバ……』


 相も変らずその顔はブサイクだが、その眼の中には熱い炎が灯っている。ルナはそれを見ると『イケル!』と踏んだ。


「行くわよ、ゴルダに!!」


 言われたロバは雄々しい声をあげると手綱をルナに預けた。その様はおとぎ話に出てくる『魔王を倒しに行く勇者』のようであった。


 こうして魔女とロバはシェルターの厩から一歩踏み出し、ベアーのいるゴルダへと向かうことになった。



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