第五話
13
アルが見習いとして働いている工房は金属加工を専門としていて、特に細かい作業に関しては他の業者の追随を許さない技術の高さを有していた。金細工に関しては『知る人ぞ知る』という業者らしく、注文がひっきりなしにきていた。
「フォーレ商会の者ですが、頼んだ商品はできているでしょうか?」
ベアーが恐る恐るそう言うと、亜人の親方がベアーをチラリと見た。齢は50代後半、頭を丸く刈り上げていて、いかにも職人といった風貌である、顔自体もイカツイがその腕は筋肉質で丸太のように太い。
『多分、亜人と人間のクォーターだな……』
ベアーが親方の耳からそう判断した時、ビブラートのきいたよく通る声が男から発せられた。
「まだだ」
ベアーは親方の醸す有無を言わせぬ雰囲気に気圧されたが、納期の事を聞かないわけにはいかない。呼吸を整えて発言した。
「すいません、いつできるんでしょうか?」
ベアーがビビりながら尋ねると親方が静かに答えた。
「一週間だ」
1,2日で出来上がっていると思っていたベアーはあまりの長さに驚いたが、文句を言わさぬ親方の雰囲気に飲まれると反論できなくなった。『蛇に睨まれた蛙』という言葉があるが、まさに蛙の心境であった。
『ウィルソンさんが苦手って言ってたけど……なるほど……そういうことか……』
ベアーはそう思うとすごすごと退散した。
14
さて、同じころ、
スターリングは広域捜査官の副隊長に白金(パトリックのいたブーツキャンプから盗掘されたもの)の事件に関する報告を行っていた。
副隊長のサンダースはスターリングの報告を受けると目を細めた。
「白金の行方を追っているそうだが……うまくいってないようだな……」
サンダースの齢は35,6歳といったところだろう、若さもあるが精悍な顔つきには修羅場を踏んできた経験が滲んでいて微塵の隙もない。
「残念ながら……使っていた『協力者』が死んで白金の行方は途中でわからなくなっています。」
『協力者』とは犯罪組織の中にいる広域捜査官の息のかかったスパイの事だが、白金の案件では広域捜査官の協力者は非業の死を遂げていた。潜入途中でその素性が露見したのであろう、その死にざまは酷く、私刑あったことは間違いなかった。
スターリングがそれを思いだし苦々しい表情を見せるとサンダースが淡々とした口調で続けた。
「あのエージェントは我々がリクルートした人間だ。」
広域捜査官は各地で起こる犯罪情報を各所にある治安維持署から吸い上げて分析するのだが、それとは別に『協力者』を用いて集めることも許されている。スターリングたちは盗掘された白金を見つけるために前科のある人間を協力者として用いていた。
「前科者とはいえ鼻の利く連中を失ったのは損害としては小さくない。それにだ……」
サンダースはそう言うとスターリングを見た。
「協力者が死んだことを貴族連中に悟られれば広域捜査官としての監督責任を問われることになる……そうなれば我々はメンツを失う」
おとり捜査に民間人を用いて失敗した事実が明るみに出ることは広域捜査官にとってかんばしいものではない。サンダースはそれを指摘すると再びスターリングを見た。その眼には謀略を弄する仄暗さがある。
「だが、事件を無事に解決することができればその可能性はなくなる、犠牲者が出ても白金さえ見つかれば、エージェントの命も『正当な犠牲』として処理できるだろう」
サンダースが組織の失敗を『隠ぺいしろ』と暗に諭すとスターリングを『さすがにマズイのでは……』という表情を見せた。その意図を悟ったサンダースは静かだが力強い声で語りかけた。
「出世をしたいんだろ、スターリング?」
サンダースは情報統制という名の『隠ぺい』に何らためらいのない口調で言い放った。そこには協力者の死を何とも思わない傲岸さが浮かんでいる。
「組織全体を見渡し、時にはその『防衛』も行うのが幹部の務めだ。君が『上』にあがる階段に足を置きたいなら、なおさらだ」
サンダースはそう言うとスターリングの中に眠る功名心を目ざとくえぐった。
「広域捜査官の管理職に『女』で身を置いた者はいない。この件で手柄をあげれば君は初めての隊長補佐としてその名を記すことになる。」
広域捜査官には隊長、副隊長、隊長補佐という役職があるが、隊長補佐というのは広域捜査官のNO、3の地位にあたる。治安維持官のエリートとして君臨する広域捜査官のNO、3ともなれば泣く子も黙る地位となる。
スターリングは隊長補佐という言葉を耳にすると氷の瞳に熱い野心をたぎらせた。
サンダースはそれを見ると嗤った。
「そろそろ人事異動の時期だ……この件を首尾よく片付ければ望みもかなうだろう」
サンダースがそう言うとスターリングが間髪入れずに答えた。
「叶えて見せます」
スターリングの言動にサンダースはほくそ笑んだ。
「君は変わらないな……出世に関しては私よりも貪欲だ……」
サンダースがそう言うとスターリングは何食わぬ顔で答えた。
「悪いですか?」
スターリングが切り返すとサンダースはその隣に立った。
「そういうところがたまらない……」
サンダースはそう言うとスターリングの腰に手を回そうとした。
「どうだ、ヨリを戻さないか」
言われたスターリングはサンダースをチラリとみるとその手を払った。サンダースは残念そうな表情を浮かべるとスターリングに妙な視線を送った。
「お前、ポルカの治安維持官と付き合っているのか?」
言われたスターリングは即答した。
「まさか」
その言い方には『はなから眼中にない』という乾いた思いが浮かんでいる。
「私が広域捜査官になったのは亜人の血を引く者として、どこまで『登れる』かを試してみたいからです。彼は私にとって駒にしかすぎません」
サンダースはスターリングのあくなき出世欲とあざとい態度にククッと嗤った。そしておもむろに上官の口調に戻るとスターリングに命令した。
「引き続き、白金の流れを追ってくれ。それから報告は直接、私にするように!」
サンダースがそう言うとスターリングは敬礼して執務室を辞した。
『……わかりやすい女だ……』
サンダースはスターリングの背中を見るとそうひとりごちた。
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ベアーは金細工工房を出た後、宿を見つけるべく街を徘徊した。出稼ぎ労働者が多いゴルダゆえ、宿を見つけるのに困難はなかったが、逆に数が多くどこにすればいいか迷った。
「さて、どうするか……」
予算的なことを考えベアーはため息を漏らした。
『じいちゃんに仕送りしなきゃいけないし……『仮払い』してないしな……』
仮払いとは交通費や宿代といった経費をあらかじめ融通してもらい、後で領収書と余った現金を渡すという方法である。だがベアーは1,2日で帰れると考えていたため仮払いをジュリアに申請していなかった……
『貯金も下ろせないしな……節約するしかないな……』
ベアーはかつて性根の悪い老人に両替商で発行してもらった預かり証を盗まれたことがあったため、旅先には預金の預かり証を持っていかないようにしていた。そのため今回も最低限の現金しか持ち合わせていない……
『予算が少ない……どうするかな……宿……』
ベアーがそんなことを考えていると、突然、後ろから声をかけられた。
「おい、お前!!」
声をかけてきたのは先ほどの少年、アルであった。ベアーはアルの第一印象が悪かったこともあり身構える体制をとった。
だがそんなベアーの対応をよそにアルはベアーに近づいた。そしてベアーの眼を見ると開口一番に謝った。
「さっきは悪かったな……俺、親方の『技』を盗みに来た奴らだと思ったんだ」
アルはそう言うとベアーに向かって頭を下げた。先ほどのDQN的な振る舞いとは異なる殊勝な態度にベアーは驚いた。
『案外、いい奴なのかもな……』
ベアーはアルの謝る姿を見ると、さきほどのわだかまっていた感情が薄れた。
『そうだ、宿のこと聞いてみるか……』
ベアーは地理に疎いゴルダでは地元民の意見を聞く方がいいと考え、アルに宿の事を尋ねることにした。
「そんなに気にしてないよ……それより、宿の事なんだけど、どこか安いとこ知らないかな、あんまり客層が悪くない所で……」
日雇い労働者の多いゴルダの安宿は間違いなく客層が悪い。特に大部屋だけの宿は窃盗やトラブルがつきもので、宿の店員さえ信用できないケースがある。ベアーはウィルソンから『泊まる宿は吟味しろ』とくぎを刺されていたため宿に関する情報は耳に入れておきたいと考えていた。
「そうだな……大衆宿は……イロイロあるからな……客が頻繁に入れ替わるところは安いけど……客層は悪いしな……この前は殺人事件もあったからな……」
アルはそう言うとベアーを見た。
「観光客用の民泊はどうだ、普通の民家に泊まるんだけど、料金は安宿とそんなに変わらない。でも安全面と衛生面は悪くないはずだ」
「民泊?」
ベアーがききなれない言葉に首をかしげるとアルはそれに答えた。
「普通の家だよ、そこの一部屋を借りて滞在するんだ。予算の少ない観光客用のためだけどな」
アルはそう言うとベアーに「ついて来い!」と合図した。
ベアーはゴルダの役所にある観光課に行くのも面倒だと思いアルの申し出を受けることにした。