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第三話

ベアーがルナを見送っている頃、ロイドのもとには来客があった。スターリングとカルロスの二人である。彼らはケセラセラ号をシージャックした海賊と船会社の癒着についてロイドに報告していた。


「実は船会社の経営者とケセラセラ号を襲った海賊の頭目には関係がありまして、2人は異母兄弟でした。」


カルロスがそう言うとロイドはさもありなんという表情で頷いた。


「シージャックした船の荷物を捌き、さらにはその船を塗装しなおして売りさばく輩だ、血縁のある犯罪者でなければ安心してことには及べんだろう」


ロイドが確信した表情でそう言うとスターリングが口を開いた。


「奪った船荷のことですが……実はキャンベル海運にながれているようです。」


スターリングがそう言った時である、ロイドの顔が一瞬で険しくなった。


「キャンベルは名門貴族だ……本当に関連があるのか?」


ロイドがそう言うとスターリングが『間違いない』と言う表情を浮かべた。


「キャンベル家の当主はパストール商会と手を組んだという話もあります。」


「本当か、それは……」


 ロイドはスターリングを見た。美しい美貌、一文字に結んだ唇、そして氷のような瞳……そこには広域捜査官として得た情報に『間違いない』という自信が垣間見えた。


ロイドは大きく息を吐いた。


「その点はポルカの商工会(有力商人と貴族の会合)で確かめる。その後、君たちにも知らせよう」


ロイドがそう言うとスターリングは小さく頷いた。


「話は戻るんですが、船会社が計画倒産したとか……」


カルロスがそう言うとロイドは静かに頷いた。


「それはこちらの想定内だ」


ロイドが反応するとカルロスが気の毒そうな声をだした。


「倒産したとなると……今回の事件に対する賠償金は取れないんじゃ……」


カルロスがそう言うとロイドは老獪な年寄りの顔を見せた。


「私はそれほど甘い人間じゃないよ」


スターリングとカルロスは顔を見合わせたが、それ以上ロイドは何も言わなかった。



羊毛の選別は慣れない作業ということもあり、ベアーにとっては難儀であった。おまけに季節外れの熱さはベアーの体の水分を奪っていく……


『……熱い……』


さらに、羊毛についたゴミやフンを取り除く作業は実に単調で面白みがない……


『これが二カ月も続くのか……』


 ベアーが熱さと作業の単調さに絶望した時であった、入り口付近に複数の人影が現れた。ベアーからは逆光になるため全く誰かわからなかったが、ウィルソンはその姿を見ると声を上げた。


「おお、来たか!!」


ウィルソンの声は上ずっている、そこには歓喜の色が浮かんでいた。


ベアーは『何だろう?』と思い、作業の手を休めて入口の方に向かって身を向けた。


                             *


「いや、終わりましたよ。これで晴れて自由の身だ」


複数いる人物の中のリーダーと思しき男がウィルソンに声をかけると、ウィルソンがその手を強く握った。


「これで仕事がはかどります!!」


「ええ、古巣で仕事ができることをうれしく思います。」


ベアーはウィルソンの相手の声を聞いて驚いた。


「ひょっとして、あの声は……」


ベアーがそうひとりごちた時である、ベアーを見つけた男が声をかけた。


「おお、君か!」


 ベアーに手を上げたのはなんとケセラセラ号の船長とその船員たちであった。ベアーは作業を中断するとケセラセラ号のクルーたちの前に小走りに向かった。


「皆さん、どうしたんですか?」


ベアーが怪訝な表情を浮かべるとウィルソンがニヤリと嗤った。そこには貿易商らしい打算が滲んでいる。


「船着き場に行ってみろ」


言われたベアーは素直に従うと、足早に船着き場に向かった。



船着き場には静かにケセラセラ号が漂っていた。大きな船ではないが荒波を受けて航海してきた跡が至る所にみられる。傷ついたマスト、塗料のはげた船体、古くなったキャビン、お世辞にも美しいとは言えない。だがそのたたずまいの中には歴史とも年輪ともいえる『味』があり、その姿には趣があった。


だがそのケセラセラ号の姿は以前と変わるものではなくベアーにとって驚くようなものではなかった。


『……特に……変わってないけどな……』



 以前、航海した時とケセラセラ号に変化がないためベアーは首をかしげたが、その姿を見たウィルソンが後ろから声をかけた。


「お前どこを見てるんだ、船体を見るんじゃない、あそこを見るんだよ!!」


ウイルソンが指差した所には旗が掲げられていた


ベアーはそれを見ると思わず呻った。


「あれ、あれ、うちの……フォーレ商会の……」


ケセラセラ号の船首には何とフォーレ商会の社旗がたなびいている。


「うちの大将が船会社からケセラセラ号をぶんどったんだよ!」


ウィルソンはそう言うと貿易商らしい商売人の表情を見せた。


「お前たちが帰ってきた当日、船会社が計画倒産すると踏んだうちの大将は船会社に乗り込んだんだ。そして……賠償金代わりに船の所有権を移譲させたんだよ。」


ベアーが『マジか……』と言う表情を見せるとウィルソンが忍び笑いを漏らした。


「うちの大将はすげぇぞ、相手が犯罪組織だってのに、それに構わずカチコンだからな!」


『カチコム』というのは暴力団が相手の組織に対して殴り込みをかけることを指す俗語だが、どうやらロイドはそれをやったらしい……ケセラセラ号を所有していた船会社に殴り込みをかけていたのだ。


ウィルソンの言葉にベアーは驚きの表情を見せた。


「でも、ヤバイやつら相手によく交渉をまとめましたね」


ベアーが素朴な疑問を口にするとウィルソンが急に小声になった。


「今から言う話は秘密だぞ……」


ウィルソンは真顔になってそう言うとベアーの耳元に顔を寄せた。


「うちの大将、舶来品のチャカ(拳銃)持ってんだろ。それで事務屋の亜人を脅して無理やり書類を書かせたんだよ。本当は恐喝なんだけど……」


まさかの一言にベアーも大きく目を見開いた。


「船会社の社長が逃げたもんだから、社員の奴らパニックになっててな……そこにチャカ持ったうちの大将が参上、社員の奴らは阿鼻叫喚だよ……」


ウィルソンは嬉々とした表情で続けた。


「ロイドさん、元軍人だから、修羅場での交渉はドギツイんだよ。俺もその場にいたんだけどビビッたからな……どっちがヤクザかわかんなかったからな……」


ベアーはそう言ったウィルソンの表情を見て気になる疑問が沸いた。


「ひょっとして、あの時みたいに漏らしたんですか?」


 ベアーがドリトスで黄金羊に襲われた時のことを語るとウィルソンはきょとんとした表情をみせた。そして、すぐさま『ガハハッ』と笑った。


「漏らすはずないだろ!」


ウィルソンは雄々しくそう言うと踵を返した。


そして去り際に一言、


「ズボンにシミがひろがってたけどな!!」


ベアーは『……漏らしてんジャン……』と思ったがこれ以上はあえてふれないことにした。


一方、ベアーには別の思いも浮かんだ。


『しかし、ロイドさん、すげぇなぁ……』


 犯罪組織を手玉に取るロイドの手腕にベアーは驚きを隠さなかった。まともでない相手に訴訟という正攻法を用いても賠償金が取れるわけではない。それを見越したロイドは『荒事』をもちいて迅速な行動に移っていた。勝負勘の鋭いロイドの行動は『さすが』と思わざるを得ない……


さらには……


 船会社が計画倒産することを見越したロイドはケセラセラ号だけでなくその船員も引き抜いていた。『根こそぎ』と言う言葉があるがロイドの行為はまさにそれで、貨物の遅延によって生じた損害を取り戻すべく船会社から徹底的な切り取りを行っていた。


 舶来品の拳銃を用いて書類を書き換えさせるは行為は犯罪以外の何物でもないが、グズグズしていればケセラセラ号は他の業者に流される。ロイドはその辺りの事を長年の経験から予測して先んじて動いていたのだ。


そして、その結果……


 ケセラセラ号のクルーは古巣のフォーレ商会の社員として再雇用され、何事もなかったかのように倉庫に山積みになった羊毛処理の従事することになった。


 ベアーがポルカに帰港してからわずか1週間足らずでフォーレ商会はかつての片鱗を取り戻していたのである。


ベアーはロイドの手腕に素直に感動した。


だが、その一方で祖父の手紙のことが脳裏をよぎった。


『うちのじいちゃんは……孫に仕送りねだってくるのに……』


入れ歯を外す祖父の姿を思い浮かべたベアーはうなだれる他なかった……



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