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第二話

ベアーがルナと保険の事を相談すべくロイド邸に向かうと、ロイドは庭に水をまいていた。


「おお、お前達か、ちょうどいいとことに来た。」


ロイドはそう言うと二人を手招きした。


「今日はイチジクのタルトがあるんだ。」


ロイドは朗らかにそう言うとベアーにお茶を入れるように言った。ベアーはロイドの様子を見ると気を回した。


『保険の話は後回しだな』


ベアーはそう思うと早速行動に移った。


                             *


 ベアーは慣れた手つきでティーポットに紅茶の葉を入れると真鍮のお盆にティーカップを載せて客間のテーブルに持っていった。


 一方、ルナはイチジクのタルトを載せる皿とフォークを用意すると実に素早い動きで配膳した。すでに保険の事は飛んでいるようでその眼はタルトに注視されている。


「どうだ、うまそうだろ!」


 ロイドは自信のある表情でそう言うと二人の顔を見回しタルトを箱から出した。生のイチジクをあしらったタルトが陽光に煌めくと二人は顔を輝かせた。


「この時期しか生のイチジクタルトは出ないんだ。」


 ロイドはそう言うとおもむろにナイフをタルトに入れた。しっとりしたタルト生地が割れるとその断面から生クリームとカスタードのダブルクリームが顔をのぞかせた。ロイドはタルトを扇型に切ると皿に盛って二人に見せた。


「さあ、食べて見なさい」


 ロイドがそう言うと二人は早速、第一刀をタルトにいれた。柔らかいタルト生地とそれ以上に柔らかなイチジクがフォークの上で踊る。


「おいしい~」


一口、放り込むや否やルナは絶叫した。


「何これ、カリカリ、超おいしい!!」


「気付いたか、ルナちゃん」


ロイドはそう言うとクリームの中に隠されたアーモンドのスライスに言及した。


「そのスライスアーモンドはわざとローストして食感と風味を出しているんだ。柔らかいイチジクの実にアクセントをつけているんだよ。」


一方、ベアーはタルト生地に目をやっていた。


「この生地、いつもと違いますね、柔らかい……」


「ああ、イチジクにはこの生地だ!」


 タルト生地は通常、カリッとしたクッキー生地が多いのだが、このイチジクタルトの生地はしっとりとして柔らかい。ぼろぼろと崩れることもなく口当たりも滑らかであった。


「アーモンドの食感をいかすためにわざと生地を柔らかくしているんだ、それにイチジクの風味を損なわないためにバターも少なくしている」


 生のイチジクを使うためバターの風味をおさえる演出は功を奏していた。アーモンドの油脂分を考慮してタルト生地を淡白にする意図もあるのだろう。


ベアーはそのテクニックに素直に感心した。


「このタルト……すげぇ……」


ベアーがそう言った時である、ロイドは突然思い出したように手を叩いた。


「そうだ、ベアー、これを渡さんといかん」


ロイドはそう言うと懐から手紙を出してベアーにわたした。


 ベアーは手紙をもらう相手がいるわけではないので正直驚いたが、妙に達筆な宛名を見た途端、相手が誰かわかった。



『じいちゃん……』



ベアーにとって一番厄介な人間であった。



ベアーの祖父、ライドル13世はケセラセラ号の一件を瓦版で見たのだろう、ベアーが貿易商の見習いになっていることを知ったようですさまじい怒りを見せていた。


以下のくだりは手紙の抜粋である。


『おまえ、何やっとんじゃ!!! どういことじゃ、貿易商ってどういうことじゃ!!』


まさに怒り心頭、達筆でありながら、その内容は明らかな誹謗を含んでいる……


『誉れ高いライドル家が商人なるのは絶対許さんぞ!!』


さらには途中から文書が乱れ始めた。


『ご先祖様x○~|||()xxxbにゃ、うにゅ~』


後半の方はあまりにひどく何を書いているかわからない、乱れた文章は痴呆の老人とさえ思わせる……


だが、現在のベアーに対して不満があるのは間違いなく、その不平は5枚の便箋の至る所に散らばっていた。


『僧侶の職を辞することは許さんからな!!』


そう締めくくられた手紙を見たベアーは大きくため息をついた。


だが、それだけで手紙は終わらなかった。それは最後の便箋に書かれた一文であった……



『P.S. 入れ歯の調子が悪いので……仕送りを頼む(大至急!!)』



ものすごく丁寧で大きく書かれた文字群はベアーの度肝を抜いた。


『ジジぃ……どういうことだ……』


孫にたかる祖父と言えばいいのだろうかベアーはまさかの手紙の内容に半笑いになった。


その様子を隣で見ていたルナは手紙をのぞいて中身を確認した。


「孫に仕送しろって……あんたの爺さん、相当ね……」


54歳の魔女(見た目10歳)もさすがに苦笑せざるを得なかった。


そんな時である、ロイドが咳払いした。


「ところで、お前たちはこの時間に何で戻ってきたんだ。まさかタルトを食べに来たわけでもあるまいし」


ロイドがそう言うとルナが思い出したようにポシェットから保険の証書を取り出した。


「そうです、これなんです、これ、これ!!」


ルナはそう言うと金額部分を差しながら先ほどの出来事を話しだした。



ロイドは渋い表情を見せると重々しく口を開いた。


「ルナちゃん、ケセラセラ号が遭難している間にダリスでは大きな動きがあって、保険会社の一部がパストールによって買収されたんだ。貴族の一部がパストール側について商売の便宜を図ったんだよ。」


 ロイドは歯がゆそうな表情で続けた。そこにはダリスの貴族がパストールによって裏金をつかまされた可能性があることを滲ませていた。


ベアーは即座に反応した、


「でも保険会社の契約を見直して、保険金の額を勝手に決めることなんて何でできるんですか?」


ベアーが納得いかないという表情でそう言うとロイドが顎に手を当てた。


「普通ならやらん……だがパストールはそうではない。」


 ロイドの物言いには憤懣が含まれているが、相手が大きく太刀打ちできないというもどかしさも浮かんでいた。隣国トネリア最大の貿易会社はダリスの国家予算に匹敵するだけの経済力がある。小国の田舎貴族が吠えてたところでどうにもならない……


それを察したベアーは沈黙した。


だが、それでおさまらないルナは鼻を膨らませるとその眼に炎を灯した。


「じゃあ、訴訟よ、訴えてやる!!」


ルナが息巻いてそう言うとロイドが静かな口調で反応した。


「ルナちゃん、訴訟の形を取れば弁護士を雇う必要性が出てくる、さらには公判を維持するのに別途の金もかかる。その金額は最低でも1万ギルダーはくだらない。たとえ訴訟で勝っても手荷物保険の払い戻し金よりも大きくなる……」


ロイドが貿易商らしい金銭面からの考察を話すとルナは地団駄踏んだ。


「それじゃあ……ダメじゃん……」


ルナはパストール商会の計画的な保険金減額のやり口に怒りをにじませた。


「パストールは保険を掛けた人間が訴訟費用を渋ることを考慮してわざと減額しているんだよ。それに奴らは法人(一般の会社)の保険金に関しては下げていない……個人レベルの客だけにターゲットを絞っているんだ」


ロイドがそう言うと今度はベアーが憤った。


「そんなのおかしいです。それじゃあ、保険の意味がありません。それにそんなやり方をするパストールにダリスの貴族が便宜を図るなんて言語道断です!」


ベアーが商倫理を振りかざすとロイドがそれに答えた。


「そう思うのは当然だ。だが商売と言うのはあくどい打算もある。弱者の弱みに付け込んで利を取る人間もいるんだ、たとえ貴族であってもな。」


 ロイドは淡々とそう言ったがその表情は今まで見せたことのない怒りを浮かべていた。そこには貴族の持つ矜持を侵した同族に対する嫌悪感がありありと窺えた。


ベアーはその様子を見るとそれ以上、何も言えずただ沈黙するほかなかった。


                             *


 パストールの件でもどかしい思いをしたルナであったが、保険金の払い戻しを拒否したため現金は手元にない。あてにしていた現金が手に入らなくなったルナはロイド邸を出た後も仏頂面を崩さなかった。


だが手にしていた手帳のカレンダーを見るとその表情が一変した。


「私、出かけてくる、ドリトスに!」


ルナはそう言うとそそくさと馬車乗り場に向かった。


「すぐに帰ってくるからね!!」


 ルナはそう言うと凛々しい表情をベアーに見せた。既に気持ちを切り替えているようで、その顔にはクヨクヨするような曇りはない。


ベアーはルナの表情を見ておどろいた。


『成長してるな、ルナも……』


 保険の件で不愉快な思いをしたにもかかわらず、それを払しょくし前に進もうとするルナの姿は実に力強い。まして額に汗してバイトしようとするその思考は今までにない堅実さが窺える。


ベアーはルナの中にいままでにない『謙虚さ』という言葉を見出していた。


 一方、ルナはベアーを一瞥すると一戦交える前の武将が具足を整えるような様子をみせてドリトス行きへの馬車へと乗り込んだ。そして馬車の窓から顔を出すと声を張り上げた。



「カジノの軍資金、ドリトスで稼いでくる!!」



その言葉を耳にした瞬間ベアーは思った。


『やっぱり成長してない……』


ベアーは半笑いの状態で馬車に向かって手を振った。





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