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第二十一話

62

馬車に乗って人気のないところに差し掛かるや否や、バイロンは先ほどの光景を口にした。その顔は上気して明らかに興奮している……


「まさか……マルス様が生きているなんて……」


バイロンがそう言うとマーベリックが答えた。


「半年前からマルス様は暗殺対象として狙われていたそうだ。近衛隊長のクレイからその話を聞いた一ノ妃様はそれを考慮してキツネ狩りの時に影武者を用いたそうだ。」


「影武者……」


「レイドル様もそのことを一昨日まで知らなかった……今日は確認のためにここまで来たんだ」


バイロンはまさかの話に茫然とした。だが、それと同時にうれしくなった。


『よかった……生きてたんだ……』


 因数分解の途中で魔法少女の絵を描きだしたマルスの行動は記憶に新しい。鈍重でマイペースな少年はぶさいくだったが、どこか憎めないものがあった。


「じゃあ、マルス様が帝位につかれるの?」


 誰しもが思う疑問をバイロンが口にした時であるマーベリックはそれをにべもなく否定した。


「それはない、すでに葬儀が行われマルス様の戸籍は抹消された。マルス様と言う存在はもこの世に存在しない、あの肉屋で働く少年はマルス様ではないんだよ」


「そうなの……」


「一ノ妃様はマルス様の能力を考えて暗殺されたことにして帝位から遠ざけたんだ。そのほうがダリスのためになると判断したんだろう。それに死んでいれば二度と暗殺のターゲットになることもない」


 白痴であるマルスを暗殺計画から救う一方で、帝位は剥奪する。一ノ妃の手腕にバイロンは息をのんだ。


「レイドル侯爵でさえ欺かれたのだ、大したお方だよ、一ノ妃様は」


 マーベリックは心底そう思っているようでその顔には一ノ妃に対する敬意が浮かんでいた。


そんな時である、バイロンが新たな疑問を呈した。


「マーベリック、どうしてあなたはこんな大切なことを私に教えたの?」


言われたマーベリックはバイロンを見た。


「あれだけの事件を乗り越えたんだ……この位の事は知っていても構わんだろう、それにお前はしゃべる人間ではない」


マーベリックはそう言うと、その後は沈黙した。


バイロンはその沈黙を邪推してとらえた。


『秘密を共有することで、これから先も私を草として使うつもりなのね……』


 マーベリックは特別な思いを込めて『秘密の共有』を許したのだがバイロンはそれに気づかなかった。むしろ『草』として延々と使われると勘違いした。


 男女間の距離はちょっとした言動で『溝』ができるものだが、マーベリックとバイロンとの間に生まれた齟齬もまさにそれであった。



63

バイロンと別れたマーベリックはその身を貧相な集合住宅の連なる貧民屈スラムに向かわせた。そして、その中にある一等みすぼらしい孤児院に足を踏み入れた


 孤児院は宗教施設を改装したものだったがその中は、お世辞にも『良い』とは言えない環境であった。隙間風が吹きすさび、ノミとシラミが跋扈する施設の衛生環境は人権無視の状態であった。


『何も変わっていないな……』


 入り口でさび付いた呼び鈴をマーベリックが鳴らすと10歳ほどの少年が声を上げた。


「客が来たぞ!」


 物珍しい眼で少年がマーベリックを見るとマーベリックは左手に持っていたものを少年に見せた。


「あっ、これは、どうも……」


土産を貰った少年は急にへりくだった態度を取ると再び声を上げた。


「お客様がいらっしゃったぞ!!」


 あからさまな態度の変化にマーベリックは思わず苦笑したが、こうした環境ではよくあることである。


『かつての私もそうだった……』


マーベリックはそう思うと軋む廊下を奥へ向けて進んだ。


                       *


 孤児院の院長室に入ると貧相な男が現れ、薄汚れたソファーにマーベリックを導いた。


マーベリックはそれを断ると早速、要件に切り込んだ。


「知らせておいた、娘は?」


貧相な男は薄くなった髪を撫でつけると大声を上げた。


「アビー!!」


 男が呼ぶと程なくしてアビーが現れた。アビーは院長に怒られると思っているのだろう、下を向いたまま一切目を合わせようとしなかった。


「こちらの人がお前に話がある」


言われたアビーは恐る恐る顔を上げた。


そして……


「あっ、おじちゃん……」


アビーは驚いた声を上げた。



64

マーベリックはアビーを招きよせた。


「マクレーンの事は本当に気の毒に思う」


マーベリックはそう言うとアビーの両肩に手を置いた。


「これからは厳しい日々が毎日続くだろう……」


マーベリックがそう言うとアビーという亜人の少女は実に哀しそうな顔を見せた。父を失った悲しみと将来への不安が入り混じったその表情は絶望が投影されている……


マーベリックは少女の涙をぬぐうとその眼を見た。


「……だが陽が差すこともある……」


マーベリックはそう言うと懐から封筒を取り出した。


「字は読めるか?」


アビーはかぶりを振った。


 マーベリックは初等教育さえまともに受けていないアビーを気の毒に思ったがそれを顔に出さずに封筒を破いて手紙を出した。


それを見た瞬間であった、貧相な男が嘆息を漏らした。


「それは……名門の……」


マーベリックは男を無視するとアビーに話しかけた。


「これは入学許可証だ、全寮制の学校で、お前のような孤児もいる」


 マーベリックが示した書類には『サンタローズ初等学校 入学許可証』と記されていた。サンタローズ初等学校はダリス有数の名門校で、質の高い教育と面倒見の良さで高い評価を受けている。かつては僧侶の養成学校だったこともあり身分差を配慮しない校風が色濃く残っていた。


マーベリック少女の手を取るとそれを握らせようとした。


だが……少女はそれを拒否する姿勢を見せた。


「私……お金ないから……無理だよ……」


 幼いながら学費のことを心配しているのだろう、その表情には8歳とはおもえないほどの沈痛さが浮かんでいる。


マーベリックはそれ見ると微笑んだ


「ここの学費は君のお父さんが命をかけて稼いだんだ。マクレーンは無駄に使うよりも君が学ぶことに投資したんだよ」


マーベリックはそう言うとアビーに声をかけた。


「荷物をまとめてこい、出発だ!」


 アビーはパタリと垂れていた耳をピンと立てるとそのほおをバラ色に染めた。そこにはさきほどの曇っていた表情からは考えられない煌めきがあった。


「おじちゃん、ありがとう!!」


 アビーはマーベリックに近寄ってその頬にキスするとすさまじい速さで出て行った。


マーベリックはその背中を見て目を細めた。


『マクレーン、これでいいだろ……』


 学費は決して安いものではない……切り捨てゴメンのエージェントに払われる報酬をはるかに超える額である……だがマーベリックは命を賭した男への報いとしては決して高いものではないと判断していた。


『未来への希望……安いものだ』


 闇に生き、闇に消えたマクレーンの稼いだ対価はその娘の未来を切り開く船賃となっていた。マーベリックはアビーの乗る船が大海にむけて出航できることを切に願った。




ここまで読んでくださった方、本当ありがとうございました。これにて7章は終わりとなります。


今回は初めてサスペンス調で話を展開してみたのですが、正直、デキがいいのか悪いのか、いまいち自分ではわかりません……


良ければ忌憚のない意見を聞かせてくれるとうれしいです。


次回は7章ないし外伝(パトリック編)の2章を予定しています。たぶん6月からになるとおもいますが、続けて読んでいただけるとうれしいです。


では、またね!

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