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第十七話

44

さて、その頃、マーベリックのもとには想定外の知らせがもたらせていた。


「ナターシャと傭兵が見つからないだと……」


白髪を短くした職人風の老人、ゴンザレスは困った顔を見せた。


「マルス様暗殺を担った傭兵は既に出国していて我々の手には負えませんでした。」


それを聞いたマーベリックは『さもありなん』という顔を見せた。


「雇われたプロなら当然だろう……その日のうちに姿を消しているはずだ。だがナターシャが見つからないのはなぜだ」


マーベリックは厳しい口調でゴンザレスに畳み掛けた。


「わかりません……他の者はすべて『処理』できたのですが……ナターシャだけは」


マーベリックの手下として暗躍した老人は既にマルス暗殺の実行犯をすべてその手中に抑えていたが、ナターシャはその網をかいくぐっていた。


「都を出たのか?」


「いえ、それはありません。『外』に出るすべての道は監視しております。」


言われたマーベリックは不愉快な表情を浮かべた。


「あの女をおさえない限りはシドニーの監督責任がとえない……そうなれば我々の努力も意味がないぞ!」


マルス暗殺の黒幕がシドニーだと感づいていたマーベリックは声を厳しい表情を見せた。


「動機が分からん以上、シドニーの尋問が絶対に必要だ。だがナターシャを落とさない限りはそこまで至れない」


 執事長というメイドを統括する人間はそう簡単に調査できる対象ではなかった。ましてマルス暗殺の嫌疑をかけるとなれば相応の証拠が必要になる。老獪なシドニーなら、証拠がない状態で拘束しても尋問の矛先をかわして何食わぬ顔を見せるだろう。


『あの女は一筋縄では無理だ……なんとしてもナターシャの証言がいる……』


マーベリックは厳しい表情を浮かべると声を上げた。


「すべての人員をナターシャ捜索に廻せ!」


マーベリックは怒号とも思える声を張り上げた。



45

ニックとリンジーの会話は都の食べ物、特に屋台を中心に展開していた。


「時計台の近くにある焼き菓子の店はうまいんだよ……生地にドライフルーツを練りこんであるんだ。」


遊び人、ニックはリンジーのスイーツに対する探究心を引き出すようなトークを展開した。


「ベイクドケーキって言うんだけど……バターを控えめにしてあるからさっぱりしてて、アプリコットの酸味でアクセントをつけてあるんだよね」


リンジーはスイーツトークを展開するイケメンの話術に早くも翻弄され始めていた。


 一方、バイロンはそれを横目で見ていたがリンジーの様子が徐々に変化していくのを目の当たりにした。


『マズイな……リンジー』


 ニックの嫌みのない言葉と当り障りのないスイーツ話は打算的なものがなく、誰もが耳を傾けたくなるような爽快さがあった。


 さらに、ニックはバイロンにも当たり障りのない話を披露した。リンジーのことを念頭に置きながらバイロンにも配慮を見せる……女慣れした男の高等テクニックである。


『こいつ……うまいな』


 バイロンはかつて女優をしていた時にリーランドという俳優の立ち居振る舞いを見ていたがニックのそれは行動こそ違うものの同じ雰囲気が漂っていた。


『こうやって、女子を落とすんだ……』


 だが金銭を目当てにしていたリーランドとは違い、ニックは女性に対して純粋な探究心があるようでその行動はそこから発したものであった。


『こいつはよくないタイプだな……』


 目的があって女と付き合うタイプの男は金であれ権力であれ、それを手にしたところで終わりが来る……だがニックの場合は『女』という生き物に方向性が向いているため『女』という存在があるかぎり続くのである。


『このままだと……リンジー……カモだな……』


バイロンはそんな風に考えた。


                              *


3人の後をつけるアリーはバイロン、リンジーとニックの距離感を計った。


『ニックの奴……どっちに……』


 アリーはバイロンに対しゆるし難い感情を持っていたが、現在の状況はリンジーにも同じものが生まれていた。


 特に容姿に劣るリンジーに対し紳士に振る舞うニックの行動は自分には見せたことのないもので、あらたな一面を見せられたアリーはその怒りで打ち震えた。


『クソッ……なんで……なんで』


アリーは懐に忍ばせていたものに手をやった。


『これでバイロンを……いえ……リンジーを!!』


アリーがそう思った時である、その後ろから声をかけられた。


「何をしているの、アリー?」


アリーが振りむくと、そこにはメガネを取って髪色を変えたナターシャがいた。


「バイロンを殺したいんでしょ?」


 言われたアリーは小さく頷いたが、その心境は明らかに揺れていた。怒りの矛先が変わり始め、現在はバイロンよりもリンジーに殺意が向いていたのである。それを悟ったナターシャは『予定』が崩れることに危惧を抱いた。


『このままじゃ、思い通りにならない……』


 通常こうした状況下になると途中でミッションをやめるのだが、既にメイドとしての未来を失ったナターシャはそれでは納得がいかなくなっていた。


『ここでやめるわけにはいかない……私のプライドが許さない』


ナターシャはアリーを見据えるとその腕を取った。


「憎いんでしょ、あの女が……あなたを貶めた……」


ナターシャはそう言うとアリーの腕に何やら突き刺した。


「いたっ……」


アリーの二の腕から沸々と血が沸きだした。


「大丈夫、これであなたは、目的を遂げられる」


ナターシャがそう言った時である、アリーは自分の意識に膜がかかるのを感じた。


「感情に正直になればいい……そうすれば……あなたの心はすっきりするわ」


ナターシャはアリーの耳元に近づくと囁いた。


「両方、殺せばいいじゃない」


 ナターシャがいかなる手段を用いたか、それはアリーにわからなかったが自分の中にあるどす黒い感情が大きくなり、おさえられなくなるのを感じた。そしてそれは彼女の自制心を吹きとばした。



47

 3人はアフタヌーンティーを楽しむべくモットランドのラウンジに身を置いていた。モットランドはかつて貴族の舞踏会も開かれていた由緒ある古宿だが午後は一般客にも開放していて平民の来客も歓迎する方針をとっていた。


「こちらでございます」


品のいい給仕が3人を迎えると席に案内した。


『この椅子……いいわ……』


 高級感のある椅子とテーブルは歴史を感じさせるものでバイロンはプチリッチの気分を味わった。


『照明も素敵だな』


 太陽光をうまく取り入れて明るさを保ちつつ、燭台を適切な場所に置くことで適度な暗さを演出するラウンジは外とは全く違う世界になっていた。光と影のバランスが絶妙でそこには快活とした雰囲気とアンニュイなけだるさが同居していた。


「お待たせいたしました」


 先ほどの給仕が3人の前にガラスのティーポットに入った紅茶とハイティースタンドにのせられた軽食を持ってきた。


 ハイティースタンドは2段になっていて真鍮製の骨組みの上に皿が載っていた。そしてその皿の上には彩りよくサンドイッチとスイーツが鎮座している。バランスのいい配色と一口サイズに整えられた軽食類は高級感が見え隠れしていた。


だが、バイロンなのかで腑に落ちない点があった。


『スコーン、しっとりスコーンがない……蜂蜜もジャムもない……』


 実の所、スコーンとジャムはお茶と軽食の進み具合を見て、後から給仕されるのだが、それを知らないバイロンは給仕が忘れているのではないかと勘違いした。


「私、ちょっと文句言ってくる!」


バイロンはキリッとした表情でそう言うと立ち上がった。


だが、この行為が後の生死を分ける分水嶺になるとはこの時、バイロンは知る由もなかった。



48

マーベリックは『草』から集まった情報を精査した。


『ナターシャめ、実家にもいないのか……』


 マーベリックは都から離れたナターシャの実家にも草を放っていたが、伝書鳩でもたらされた内容は芳しいものではなかった。


『奴は、どこにいる……』


マーベリックはナターシャの心境を自信に置き換え考えた。


『都から出ていないとすると、都の中で姿を隠すしかない……すでにわれわれが動き出したとわかっていれば、どこかに身をひそめる他ない』


 マーベリックは今までの草からの情報で怪しげな貧民屈や下水道にもナターシャがいないことを把握していた。


『俺ならば……どこに隠れるか……』


マーベリックは一つの想定をひらめかせた。


『人ごみに飲まれて身をひそめるしかない……そうなると……人が多く、出入りしても怪しまれない場所……』


マーベリックは腕を組んだ。


『候補が多すぎて……絞れない……』


そう思った時である、ゴンザレスがマーベリックのいるアンティークショップに駆け込んできた。


「マーベリック様、奴ですが髪の色を変えているかもしれません!」


息を切らしてゴンザレスがそう言うとマーベリックは目を細めた。


「都のはずれの美容院で髪を染めた女がナターシャそっくりだと連絡をうけました!」


マーベリックはゴンザレスを見た。


「金髪から甘栗色に変えたそうです。」


ゴンザレスは続けた。


「その美容院で、貴族が舞踏会で用いる特殊なレンズも借りたそうです。」


「特殊なレンズ?」


「何でも眼に直接入れるレンズでメガネを使わなくても周りが見えるようになるそうです。貴族の娘たちの間で流行っているそうです。」


 視力の悪い貴族の娘たちは瓶底の蓋のようなレンズのメガネをつけるのを嫌がり、舞踏会では素顔を晒すために特殊なレンズをつけるようになっていた。だがそのレンズは数人の職人しか作れないため出回っている量は甚だしく少ない……


マーベリックはほくそ笑んだ。


『奴は間違いなく都にいる!』


マーベリックはそう思うと、変装して髪色まで変えるナターシャの目的が何かと考えた。


『今までの失態を取り返すつもりか……いや、奴とて我々が動いていることは既に承知しているはずだ』


 ダリスの銀狼と呼ばれるレイドルの手下に追われることはなんとしても避けたいことである。それでも都にとどまるとなれば、それなりの動機があるはずだ。


マーベリックは腕を組んだ……


『奴の狙いは何だ……』


マーべリックはそう思うとサラの供述書に目を落とした


『そうか、花瓶の件か……あれが……』


マーベリックはそう思いつくと一人のメイドの名をあげた。


「ナターシャの目的は復讐だ、間違いない!」


マーベリックは声を上げた。


「出張るぞ!!」


並々ならぬマーベリックの迫力にゴンザレスは圧倒された。




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