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第十六話

40

翌日、バイロンとリンジーは研究生の芝居を観るため早朝から並んで当日券を手に入れた。役者の卵といえどもダリス各地から集めた精鋭である、それを目当てにした客も多く、中にはチケットを手に入れられない客もいた。


「バイロンはさぁ、お芝居好きなの?」


チケットを首尾よくゲットしたリンジーが尋ねるとバイロンは頷いた。


「そうね、『歌』の入るやつはとくに好きね……リンジーはどう?」


聞かれたリンジーは即答した。


「私は……やっぱり……イケメン!!」


「えっ…」


バイロンが怪訝な表情を浮かべるとリンジーが補足した。


「お芝居じゃなくて、イケメンを見るの」


『なるほど……そうきたか』


芝居を観に来る客の中には芝居よりもその演者に重きを置く者も少なくない。リンジーもどうやらそれらしい……


「研究生ってさ……まだ手垢がついてないじゃん……なんかピュアっていうか……」


リンジーはそう言うとニヤニヤした、


「特に田舎から出てきた子って、朴訥としてるでしょ……でも、そこがいいんだよね~」


リンジーはまだ出来上がっていない役者に興味があるようでその顔はニヤついている。


「なんか初々しいでしょ……甘酸っぱくて」


 ちなみにこうした役者の卵をダリスでは『青りんご』とよんでいるのだが、リンジーはその青リンゴに並々ならぬ思いを持っていた。上唇を舌でペロリと舐めるとリンジーは何とも言えないイヤラシイ目つきを見せた。


 一方、バイロンであるが、彼女はかつて女優だったこともあり、都の歌劇団の役者たちがどんな芝居を見せるのか興味津々であった。


『ダリス全土からあつめられた役者たちって、どんな感じなんだろ……』


バイロンはかつてコルレオーネ劇団から『引き抜き』の話を持ちかけられたときのことを思い出した。


『ライラ……ひょっとしたら、芝居に出てるんじゃないかな』


 バイロンから主演の座を奪われた娘、ライラはバイロンと同様『引き抜き』にあっていたが現在は研究生として都にいるはずである。


『うまく役につけているといいけど……』


 バイロンはそんな思いを胸に歌劇団の芝居小屋(青りんごたちが演技を披露する別棟)に向かった。



41

バイロンは研究生の芝居をその眼にしたが、その質の高さに思わずうなった。


『やっぱりすごいわ……』


特徴の違う役者たちが見せる演技はその辺りの芝居小屋のモノとは全く違っていた。荒削りなところはあるが、将来性を感じさせるだけでなく実に洗練されていた。


『バランスがいい……』


歌唱力、セリフの話し方、『間』の置き方、いづれをとってもよく訓練されている。


『こんな子達とライラはやりあうのか……』


バイロンは演目の中にライラが出てこないか観察することにした。


                       *


芝居が終わり小屋から出るとバイロンは大きく息を吐いた。


『ライラ……いなかったな……端役にも……』


バイロンは芝居に出るすべての役者を観察していたがライラと思える存在はとうとう最後まで出てこなかった。


『ライラなら、最低でも端役くらいは……』


かつてバイロンとともにポルカでその名をとどろかせたライラが『役』をもらっていないことはバイロンを愕然とさせた。


そんな時である、空気を読まないリンジーが声を上げた。


「イケメン超よかったね……主演の男の子……」


リンジーはそう言うと目をキラキラさせた。


「ブサイクは『味』があるとかいうけど絶対、嘘だよね!」


リンジーは持論を展開した。


「ちょっと性格とか悪くても……イケメンのほうが絶対いいわ」


芝居などどうでもいいらしくリンジーは主演の役者に関するマシンガントークを始めた。


リンジーのトークの内容をまとめると、



『イケメン至高なり』



であった。


 あまりに内容がないため話の途中で辟易してきたバイロンであったが、その話の途中で眼に気になる光景が飛び込んできた。


                              *


 バイロンの眼に入ったのは役者や舞台を補佐する裏方たちの姿であった。一仕事終わったのだろう、その顔は朗らかで仲間たちと談笑している。


だがバイロンはその中に一人だけまがまがしいオーラを放つ存在に気付いた。


『……ライラ……』


 明らかに挫折者としての雰囲気を醸しているライラの顔は昏くどんよりとしていた。かつてポルカの劇場で怪演を見せた彼女のふてぶてしい姿は影を潜めていた。


『うまくいってないのね……』


ライラは大道具と思しきものを運んでいたが、その姿は奴隷にも思える。


 ポルカで女優として華々しい成果を残した娘も都の歌劇団では通用しないらしく、落伍者としての烙印が背中に浮かんでいた……バイロンはその姿を見て、如何ともしがたい感情に駆られた。


『どんな言葉をかければいいんだろ……』


バイロンに主演を奪われても歯を食いしばり助演としての道を歩んだ娘である……


『慰めたほうが……いえ、応援してるって言えば……』


気丈なライラに声をかけるかバイロンは悩んだ。


そしてバイロンの中で葛藤が生じた。


『中途半端な言葉は彼女を傷つけるだけになる……』


バイロンはそう思うと心を鬼にした。


『見なかったことにしよう、ライラなら……きっと……』


バイロンはライラの持つ負けん気の強さと芯の強さを信じることにした。


『今度、観に来るときは……』


 バイロンは期待を胸に秘めると背中を見せてその場を去る選択肢を選んだ、だがその心情は複雑で友人を見捨てるような心境は否めなかった。



42

そのあと、気持ちを切り替えたバイロンはリンジーとともに街に出てチョコレートムースを食すべくその店に向かった。


「あそこだ!」


 リンジーが指さしたさきには10人ほどの客が列をなしていた。店が小さいだけでなく間口も狭いので客があふれているように外から見えた。


2人はその列の後ろに並ぶと格子窓から中の様子を覗いてみた。


 客は皆、同じものを頼んでいて細長い金属製のスプーンをつかってパフェを串の中に放り込んでいた。


「あれがパフェ……」


 下の層にはフレーク、中間層にはチョコレートムース、上の層にはたっぷりの生クリームとチョコレートソースがかけられている。


「何だろうね、あの白いの?」


リンジーはパフェの上にそびえたつ果物に鋭い目つきを見せた


「あれはバナナよ」


 バイロンがそう言うとリンジーは眉間にしわを寄せてバイロンを見た。その表情は真剣そのもので公務で見せる顔よりもキレがあった。


 それを見たバイロンはかつてポルカの劇場で差し入れとしてもらったバナナの話をした。


「南国で取れる果物なんだけど、黄色い皮で包まれてるの。中の果肉はねっとりしてる感じね、熟してないと硬いんだけど熟してくると甘くなるの。だけど傷みやすいから扱いは注意が必要なの」


 バイロンがそう言うとリンジーは『フムフム』と頷いた。その頷き方は謎を解明した学者のような晴れ晴れしさがうかんでいた。


                       *


 2人は席に通されると早速パフェを頼んだ。程なくすると円錐状になったグラスの器に入ったパフェが現れた。二人は細長いスプーンを取ると早速、その一刀をパフェに浴びせた。


『やばい……これ美味い……』


チョコレートとバナナの相性は想像以上で二人は顔を見合わせた。


そして第二刀、チョコレートムースと生クリームのあいまった一口を放り込んだ。


『……う…うまし……』


経験したことのない食感が口の中を襲う


『ムースって柔らかいんだ、溶ける感じだな、でもさっぱりしている』


 生クリームの甘さとさっぱりとしていながら苦みのあるチョコレートムースの組み合わせは未知のゾーンを切り開いた。


 そして第三刀、フレーク、ムース、生クリームを同時にすくうと素早く口に放り込んだ。クリームとムース、そしてそれに追い打ちをかけるフレークのカリカリとした食感が襲う。


……バイロンは思った、


『これが三位一体……』


バイロンはそう閃くとあとは何も考えず、何も言わず、チョコレートパフェだけに集中した。


                         *


2人は食べ終わると名残惜しそうに席を立った。


「もう一杯いきたかったけど……」


行列ができ始めたために遠慮した二人はおかわりを控えて勘定を済ませようとした。


その時である、店員から思わぬ声がかけられた。


「もう頂いていますよ、お勘定!」


払った覚えがないため二人は顔を見合わせたが店員が店の外を指差した。


「あちらの方から頂きました」


2人が外を見ると――なんとそこには着飾ったニックがいた。


『マズイな……この展開……』


バイロンが直感的にそう思うと、ニックがにこやかな笑みを見せて二人に手を上げた。


「ここの店の店長、俺の知り合いなんだ。それで割引券くれたから……」


 ニックはそう言うと『二人に払わなくていいよ』と言う仕草を見せた。実にスマートで嫌みのないアクションは勘定を払おうとしたバイロンの気勢を削いだ。


『しくじった……』


 タイミングを逸したバイロンはリンジーを見たがその眼は既にニックの方に向いている。


『こりゃ、マズイな……』


バイロンは如何ともしがたい表情を浮かべた。



43

一方で、その3人(バイロン、リンジー、ニック)を影から覗く者がいた。


『どうなってんの、これ……』


 それはナターシャからバイロン殺害をけしかけられたアリーであった。執事長室にあるメイドの業務シフトを見たナターシャがバイロンとリンジーが休みを取ることを伝えていたのである。


『何で……あの子にも……』


 アリーはバイロン殺害を固く誓っていたが、リンジーと楽しげに話すニックを見てそのおもいが揺らぎ始めた。


『すごく、楽しそう……私には見せたことのない顔……』


 ニックと付き合っていたアリーはリンジーと話すニックの表情の中に恋愛上の『駆け引き』がないことを見て取った。


『私の時と違う……』


 純粋に会話を楽しんでいる二人の姿はアリーにとって驚きであった。だがそれはバイロンに対する思いとは違った意味で不愉快なことであった。


『なんで、あんなブス……どこがいいの……』


 容姿端麗とは言い難いリンジーと話しているニックの顔は終始、機嫌がよく実に楽しそうである。最近流行り出した芝居の話やスイーツの事で盛り上がりを見せ、時に軽いボディータッチのようなものもあった。


だがそれはアリーの心を余計にかきむしった。


『何でよ、何で……何で、そうなるの……』


『あんな……ずんぐりむっくり……くびれなんてないじゃない……』


 自分の容姿と比べて明らかに見劣りするリンジーがニックと充実した時間を過ごす姿は彼女の中でバイロンとは異なる怒りを引きだした。


『何で……私じゃダメなのよ……こんなに……こんなに……好きなのに……』


 アリーのニックに対する思いは募るばかりだが、ニックの行動はそんな思いとは全く関係なかった。


そして……


バイロンに対する殺意は……リンジーにも向けられ始めた。


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