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第十五話

38

その日の明け方、マーベリックの捜査は大詰めを迎えた。マクレーンの残した金銭に関わるメモを精査した結果、実行犯と思しき人間の情報が浮かび上がったのである。


そして裏を取るため両替商の関係者にあたって情報を聞きだすと、実行犯の口座が判明し、とうとうその人物を割り出すことができたのである。


そして現在、マーベリックのもとには大きな成果がもたらされようとしていた。


                       *


「マーベリックさん、捕らえました」


白髪の老人がそう言うとマーベリックは『連れて来い!』と人差し指で指示した。


職人風の老人はそれを見ると縛り上げた女を前に出した。


女は目隠しを外されマーベリックのもとにひざまづかされた。


マーベリックはその女を見ると全身をねめつけた。


「これは、これは、一ノ妃様のメイドさん……たしかお名前はサラさんでしたね」


マーベリックは蛇のような目でサラを見つめた。


後ろ手に縛られたサラはマーベリックを見て引きつった表情をみせた。


「何だ、お前は……」


サラはそう言うと周りを見回した。


 そこは窓一つない土壁で覆われた空間で、木造の柱がいくつも無造作に置かれていた。建築途中の現場のように見える。サラは異様な空間に放り込まれたことに明らかな恐怖心を抱いていた。


「私はレイドル侯爵の使いです。あなたにお聞きしたいことがありまして……」


マーベリックはそう言うとさらに微笑みかけた。


「何と言う狼藉、一ノ妃に仕えるメイドを拉致するなど言語道断!」


サラが震え声で切り返すとマーベリックはにこやかな表情を崩さずに言った。


「お子さんが上級学校に進学するようですが……私立の学費のかかるところですね……」


マーベリックがサラを無視してそう言うとサラは大きく目を開けた。


「うちの子がどの学校に行こうと関係ないでしょ!」


サラが居直るように言うとマーベリックは斜に構えて発言した。


「誉れあるメイドとは言えども給金はそれほど高くないでしょう、ましてあなたは旦那さんとは離婚されて養育費ももらっていない……あの学費どうやって捻出されたんですか?」


言われたサラは押し黙った。


「両替商にあるあなたの口座を調べたんですが、一桁多い入金がある……ちょうど一年分の学費と寄宿舎の費用だ……このお金どこから手に入れられたんですか?」


サラはそう言われるとしどろもどろになって答えた。


「もともと……貯めていたものよ……少しずつ……貯めていたの……」


 サラが震える声で続けようとした時である、マーベリックが突然、鬼の形相で怒鳴りつけた。


「嘘をつけ、このうつけが!! レイドルに仕える人間にその程度の嘘が通じると思うてか!!」


マーベリックはそう言うとサラの家計を調べたものを見せた。


「おまえ、別れる前に旦那の借金の保証人になっているな……それも違法な高利貸しの!」


マーベリックはそう言うとサラを見た。


「この金額なら金利しか払えず、毎月の生活は一杯一杯だったはずだ。私立の上級学校に子供を入れるだけの余裕はないだろう!」


マーベリックはそう断言するとサラを見つめた。


「この金、どこから手に入れたんだ?」


 サラは唇をワナワナとわせると『それだけは絶対に言えない!』という表情を見せた。


「そうか、言えないか……」


マーベリックはそう言うと涼しい顔を見せた。そしてサラの持っていたメイド手帳を開いた。


『金銭面に問題のある者はいかなる者であってもその職を辞する必要がある』


手帳にはそう記されていた。


「これは帝宮で働く人間が買収されて情報を流すことを禁止するために作られた規則だ。だが、お前の場合は明らかにこの部分に抵触している」


マーベリックはサラを真正面から見つめると続けた。


「違法な金貸しの保証人になるようなメイドは帝宮に置いておけんだろうな、私が一声あげればお前は一瞬でクビだ……そして解雇されれば高級貴族のメイドとしての再就職も厳しいだろうな……つまり、お前の家には経済的な破滅しか残されない……」


マーベリックはサラの顔を覗き込んだ。


「せっかく子供の学費を払ったのになぁ、無職になれば来年の学費は払えない……」


マーベリックはそう言うとサラを見た、その眼には妙な優しさが浮かんでいる。


「今なら……取引できるんだがな」


 『取引』という言葉を聞いたサラはマーベリックを見た。その眼は血走っていてまともな精神状態からはかけ離れている……


「このままならお前の子供の未来もパーだ、お前のせいで……」


マーベリックがそう言うとサラは喉を震わせた。そこには近い未来生じるであろう破滅の道への恐怖がありありと投影されていた。


マーベリックはその様子を見ると優しげな表情を浮かべた。


「人は間違えることがある……だが本当のことを言えば助かる道もあるやもしれん……お前も、お前の家族にも……」


マーベリックは遠くを見るような目でそう言った。


その時である、サラがマーベリックを見上げると沈黙を破った。


「わたしは悪くないの……ただマルス様の……キツネ狩りの順路を……教えただけ」


サラはそう言うとナターシャの名を出した。


「あの女が言ったの……当日の予定を教えろって…………」


サラはそう言うと観念した様子を見せた、そしてこれまでの顛末を語り始めた。


                         *


「待機所の外で待っていた借金取りと話している所をナターシャに見られて……そうしたらあの女……借金の肩代わりをしてやるって……その代りキツネ狩りの日の予定を教えろって」


サラはそう言うと涙をポロポロとこぼした。


「だけど、マルス様を暗殺するなんて……そんなの聞いてなかった……あんなことになるなんて……」


マーベリックはその話を目を細めて聞いていたが、サラの様子に嘘はないと判断した。


「では花瓶の件はどうだ?」


言われたサラはそれにも答えた。


「学費を出してやるって言われて……それで手伝ったの……ナターシャがすべて筋書きを描いたわ」


マーベリックはニヤリとした。


「今、言ったことをすべて記してもらうぞ、そうすればお前のとがを軽くできるやもしれん!」


マーベリックはそう言うと職人風の老人に目配せした。


「よく話してくれた」


マーベリックは優しい声でそう言うとサラにグラスに入った水を渡した。


「緊張して喉が渇いただろう、それを飲んで心を落ち着けろ」


サラは水を受け取ると一気に煽った、そして一息つくとマーベリックを見た。


「どうなるの、この後?」


マーベリックはサラを見下ろすと、静かな口調で話した。


「我々に協力してくれれば、この先もメイドとして第四宮に籍を置くことができる」


マーベリックがそう言うとサラは顔を輝かせた。


「ありがとう……本当に、本当にありがとう」


泣きじゃくりながらサラはそう言うとマーベリックに言われた通り、事情聴取に快く応じて今までの事を述べた。



39

事情聴取が終わるとマーべリックはサラを解放した。


「マーベリック様、あの女キツネをこのまま帰すんですか?」


職人風の老人が不服そうに言うとマーベリックは小さく頷いた。


「ああ」


「マルス様殺害の実行犯に情報を売った人間ですよ、そんな人間を野放しに……」


 老人が続けようとするとマーベリックは悪魔的な瞳を老人に向けた。それはゾッとするような冷たさを秘めていた。


「あのグラスに入っていた水、ただの水だと思うか?」


言われた職人風の老人は『えっ……』という表情を見せた。


「彼女は明日の朝、目を覚ますことはない」


マーベリックは淡々と続けた。


「最後の晩ぐらい、息子と過ごさせてやってもいいだろ」


言われた老人は息をのんだ。


『恐ろしいお人だ……この若さで……死神を宿している……』


マーベリックは老人を見ると先ほどと同じ目で言った。


「『狩』を始めるぞ。明朝までにすべて済ませろ!」


マーベリックがそう言うと職人風の老人はかしずいた。


「近衛兵の盾持ちは殺すなよ。後で近衛隊長に引き渡す。」


マーベリックはそう言うと策士の表情を見せた。


「後々のために近衛隊に『貸し』を作っておく、いいな!」


「御意!」


老人はそう言うと実に素早い身のこなしで地下室を出て行った。


『とりあえず、これでひと段落だな』


マーベリックはそう思うと久方ぶりに安堵した表情を見せた。だがその背中には間違いなく狩人として死神の鎌をふるう姿勢が浮かんでいた。




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