第十四話
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マーベリックの『草』による調査は佳境を迎えた。
白髪を短髪にした老人は嬉々とした表情でマーベリックに報告した。
「マーベリック様の睨んだ通りです……関係者を当たりましたところかなりの収穫が」
マーベリックは相変わらずのポーカーフェイスでそれを聞いた。
「まずはマルス様暗殺に関してですが、実行犯が判明しました。」
『草』の老人はそう言うとメモ書きしたものを見せた。
マーベリックはそれを見てポツリと漏らした。
「汚染がひどいな……」
「はい、かなり根は深いと……」
『草』の老人がそう言うとマーベリックが続けた。
「近衛隊関係者……盾持ち、そしてメイド……どいつもこいつも……」
マーベリックはそう言ったがその眼は嗤っている、実行犯が割れたことに気を良くしていた。
「レイドル様は一ノ妃様から『処理』していいと仰せつかっている」
マーベリックがそう言うと職人風の老人も大きく目を開いた。
「久々の『狩』ですか?」
老人がそう言うとマーベリックが首を横にふった。
「レイドル侯爵に諮る前に何らかの証拠が必要になる、状況証拠だけでは無理だ。」
マーベリックはそう言うと渋い表情をみせた。
「まともな手段を取る必要はないが、それなりのものがなければ『狩』といえども単なる殺人になる、それでは意味がない」
闇に生きる人間にもその世界の『道』がある。状況証拠で『クロ』となってもそれ確定するだけのものがなければナタは振るえないのだ。法的に立証できる証拠である必要はないが相手を糾弾するに十分なものが必要になる。
「証拠をみつけろ」
マーベリックは『草』の老人にそう言うと立ち上がった。
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マーベリックは街をふらつきながら証拠に関して精査した。
『謀略の証拠……一番いいのは実行犯の供述だ、マルス殺害に加わった人間の証言があれば証拠となりうる』
だが、そんなことをしゃべる人間がいるだろうか……それは間違いなく『否』であろう。マルス殺害に関わったとは口が裂けても言えないはずだ、自ら死刑になりたいと首を差し出すバカはいない。
『目撃者はいない……すでに何度も調べている、この点から攻めるのは無理だ。』
マルス暗殺に関して目撃したという者は皆無であった。実行犯たちは完璧なタイミングを見計らって暗殺を成就していた。
マーベリックは実行犯と思しき人間の名を記したメモを見ながら思いを馳せた。
『さて、どうするか……』
状況証拠はあるものの、メモに書かれた人間と暗殺を結びつける客観証拠は皆無であった。
*
マーベリックが渋い表情を見せて街をぶらついていた時である、マーベリックの前に見覚えのある亜人の少女が現れた。元気のなさそうな顔の少女はその耳はパタリと垂らしてやって来た。
マーベリックはその少女を見て手招きした。
「どうした、お嬢ちゃん?」
マーベリックが尋ねると亜人の少女は封をした紙袋を見せた。
「これ、おじちゃんが……」
「マクレーンが……」
「うん、何日かしておじちゃんが来なかったら、お兄さんに渡せって」
マーベリックはふくらみのある紙袋を手に取った。
『保険をかけていたのか……マーベリック……』
闇の中に潜る者は手にした情報を隠して『表』に出さないようにするのが常だが、それと同時に何かあった時のために『表』に出すことを考慮している。マクレーンもその例に漏れぬ行動をとっていたようだ……
マーベリックがおもむろに紙袋を破るとそこには数字を書いた紙片が複数入っていた。
『帳簿の写しだな……入金と出金……』
マーベリックは紙片の横に書いてある日付と金額に目をやった
「これは……妙だな……ひょっとして、この数字を洗えということか……』
マーベリックは思わぬところから証拠が出たと大きく目を見開いた。
その時であった、紙袋を持ってきた亜人の少女が不安げな顔でマーベリックを見た。
「ねぇ、おじちゃん、どうしたの?」
亜人の少女があどけない瞳でマーベリックを見た、そこには掛け値のない純朴さが浮かんでいる。
「……死んじゃったの?……」
少女がそう言うとマーベリックは嘘をつけずに頷いた。亜人の少女はそれを見ると何とも言えない表情を見せた。
「……お父さん……死んじゃった……」
亜人の少女はそう言うと大粒の涙をポロリとこぼした。そしてマーベリックのもとを泣きながら走り離れていった。
残されたマーベリックはその姿に唖然とすると追うこともできずその場に立ち尽くした。
『あの子は……娘だったのか……』
まさかの少女の言動にマーベリックは言葉を失った。切り捨て御免の守銭奴だと思っていた男が親だったとは……
『……隠していたのか……』
闇に潜む者はその家族を秘匿にすることはよくある、たとえそれが同僚や上司、信頼できる仲間であっても……どうやらマクレーンも秘密を抱えていたらしい……
『そうだったのか……』
親を失った亜人の娘の未来が暗いのは言うまでもない……マーベリックの中でそれは重たい事実としてわだかまることになった。
37
三ノ妃が更迭されるまで『当番』に勤しんだバイロンとリンジーはマイラからねぎらいを込めた特別休暇をもらっていた。三ノ妃の件に関しては心中穏やかでない所もあったが、たまったストレスは半端でないため二人は思い切って羽を広げることにした。
若い二人は気持ちを切り替えると早速、談笑しはじめた。
「明日どうするの、バイロン?」
リンジーに尋ねられたバイロンは即答した
「スイーツ!」
リンジーはそれに同意するとチョコレートをふんだんに使ったパフェのことを話しだした。
「三段重ねになってて、真ん中の層にチョコレートムースが入ってるんだって」
「ムース?」
聞きなれない単語にバイロンは目を大きく見開いた。
「うん、ムース」
リンジーはそう言ったが自分でもよくわかっていないらしくムースという単語を連呼するだけでその中身に関しては触れなかった。
だが、逆にバイロンの中ではムースに対する期待が膨らんだ。
『どんなものだろう……』
人間関係や日々の生活で疲れていたバイロンにとっての気晴らしは『食』に向かっている……バイロンの中で腹が決まった
「明日はそれにしようか」
だが、その一方でバイロンの中で別の希望ももたげていた。それは芝居観賞というものである。
『……お芝居も観たいわ……』
都で催される芝居はポルカのような地方都市のモノとは違い場末感のない洗練された『匂い』が満ち満ちている。かつて女優として板を踏んでいた彼女にとっては是非ともその眼にしたいものであった。
「でも……高いんだよね……」
国立歌劇団の芝居は席によって値段が違うのだが3等席でもかなり値になる……今のバイロンには経済的に渋らざるを得ない金額であった。
そんな時である、リンジーが声を上げた。
「国立歌劇団のお芝居ってね、研究生のやつは安くで見られるんだよ」
「えっ?」
「平日の午前中はさらに安いんだ」
言われたバイロンの眼が輝いた。
「それにしよう、リンジー!!」
バイロンはそう言うと芝居とスイーツの両方を楽しむ作戦を立案した。
*
作戦が決まると二人は内容を吟味した。
「朝は研究生の芝居を観て、それが終わったらパフェ、午後は少し遅めにしてアフタヌーンティーね」
アフタヌーンティーとはサンドイッチ、スコーン、フルーツなどを楽しむ『お茶』の事だが、優雅な午後のひと時を過ごす高級な遊びとして定着している。富裕層や貴族に人気のある慣習だが、最近ではその文化は庶民の間にも広がり始めていた。
「モットランドって言う宿のスコーンがすごくおいしいんだってさぁ、しっとりしたスコーンなんだって」
リンジーがそう言うとバイロンは鼻息を荒くした。
『しっとりスコーン……』
通常、スコーンはボロボロと崩れるタイプが多く、のど越しも悪い……口の中の水分まで吸い取るようなものもある……だがリンジーの説明ではそうではないらしい……
『これはいっとかないとな……』
バイロンのスイーツセンサーがMAXに触れた。
「それにモットランドの蜂蜜とジャムは凄くおいしいんだって、ちょっと高いけど」
リンジーがそう言うとバイロンは感心した。
「凄いね、あなたの知識、どこでゲットしたの、その情報?」
その時であった、リンジーが妙な顔つきを見せた。
「どうしたの……リンジー?」
リンジーはバイロンを見るとモジモジしだした。
「太ったの?」
バイロンがそう言うとリンジーはかぶりを振った
「わかった……体重が増えたのね!」
バイロンが喜劇役者のような口調で畳み掛けると首を横にブンブン振った。
「違う、太ってないわよ!」
リンジーはそう言うといつになく真面目な顔でバイロンを見た。
「実はさぁ、ニックが教えてくれたんだよね……」
「ニックって、あのニック?」
リンジーは頷いた。
「一緒に行かないかって……言われてるんだよね……」
それを聞いたバイロンは厳しい表情を浮かべた。
『あいつ、何、考えてんだ……』
遊び人として浮世を流す庭師に対してバイロンは『地雷男』の姿を見て取っていた。だが……男に慣れていないリンジーはニックの誘いがうれしいようで、困った表情を見せているもののその内心は『デートに誘われてうれしい』という感情が湧き出ていた。
『あちゃ~……リンジー……』
リンジーはもともとイケメン好きで『顔が何より重要!!』というスタンスの持ち主であった。アリーを捨てて他の女に乗り換える浅ましい男であっても、その『顔』には並々ならぬ思いを持っていた。
『マズイわ……』
バイロンはアリーの一件と自分の女優としての経験からニックの人間としての底の浅さに気付いていたが恋愛経験のうすいリンジーはそうではなかった。
『一波乱……あるかも……』
バイロンは新たな火種に顔を歪ませた。
*
一方、同じころ、
ニックはバイロン攻略のためにリンジーに近づく戦略を練っていたが、この1か月でそれはかなり進展していた。
『うまくいってる……』
庭師とメイドの業務連絡、待機所で会った時のさりげない挨拶、仕事に打ち込む庭師としての姿勢、いづれも遊び人には思えない紳士な態度であったが、それらをリンジーに見せることで彼女の信用を勝ち取っていた。
ニックはバイロン攻略のための一つのヤマを登り切ったのである。
そして明日の休日はリンジーからスイーツ大作戦を敢行するということ聞いていた。
『明日は勝負だ!』
ニックはそう思うと『ニヤリ』と笑った。
『バイロンをかならず落とす』
だが、そのニックであったが同時に別の感情が生まれていた。それはリンジーと接するうちに気付かされたことである。
『……リンジー、天然だよな……』
あっけらかんとしていて天真爛漫、そして裏のない言葉の数々、
『何で、あんなに正直なんだ……』
男に慣れていないということもあるだろうが、装うことをしないリンジーの言葉は裏がなく、騙すことを躊躇させるものがあった。
『それにあの見栄え……』
リンジーの容姿は俗に言うズングリムックリである。スタイルという点ではアリーやバイロンと比べて見劣りするのは間違いない……
『……意外と気にならない……』
年頃の青少年ならスルーする体型なのだがリンジーの場合はそれを思わせぬ魅力があった。メイドとして働く姿には鈍さや、重さはなく、テキパキとしていてリズムがあった。愛嬌のある立ち居振る舞いは今までの娘にはないものであり、遊びなれたニックにとってはいまだ経験したことのない未知のモノを秘めていた。
『こんな娘……見たことない……』
遊び人ニックのなかで妙な感情がわき起こった。
『俺……ひょっとして……』
バイロン攻略の道具として考えていたリンジーであったがニックの中でその存在は特別なものに変化しつつあった。