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第十話

25

その頃、マーベリックは『草』からの定時連絡を受けるべく都のはずれにある茶屋でハーブティーを飲んでいた。


 マーベリックがしばしハーブの香りを楽しんでいるとどこにでもいそうな身なりの老人が現れた。老人は白髪を短く刈り上げた職人風の男で小柄な体を小気味よく動かしながらマーベリックの席に着いた。


「パストールの会長ですが二ノ妃様とも接触していました。相変わらずの関係で付け届けは続いております。」


老年の男は続けた。


「二ノ妃様は新しい『寵愛』の相手を見つけたようで今はそちらのほうにご注進でございます。』


 二ノ妃は帝位につく娘、スカーレットが亡くなるとまつりごとから距離を置いて歌劇団の活動にのめりこんでいた。もちろんのめりこむというのはいい意味ではない……


老年の職人がそう言うとマーベリックは特に何も言わなかった。


「もう、その話はお耳に入っているのですか?」


老人がそう言うとマーベリックは首を縦に振った。


「そうですか、では、レナード公爵と広域捜査官の関係はいかがでしょうか?」


 マーベリックは老人の顔を見た。その眼は『話せ!』と示している。老人はそれを見てメモを出した。


「この人物とレナード公爵が『懇意』にしています。うちの若い職人が二人が会っている姿を別荘の改装中に見たそうです。」


マーベリックはメモに書かれた名を見るとそのメモを懐にしまった。


『広域捜査官もレナード側につくか……妥当といえば妥当だな』


 メモ書きされた名前は広域捜査官の幹部でNO2ともいうべき役職についている男であった。マーベリックはその男が次の帝位を見据えて猟官運動を始めていると考えた。


「この件は引き続き調査だ」


マーベリックはそう言うと懐から麻でできた小袋を出した。


「このまま続けてくれ、また来週だ」


マーベリックは報酬の入った袋を置くと立ち上がった。


                          *


 次の定時連絡の相手は先週、気になるメモを提示した禿げ上がった中年の男であった。マーベリックにとっては一番期待を寄せていた人物であり、今日の報告には新たな情報があると確信していた。


だが……


20分以上待っても禿げ上がった男はやってこなかった。


 『草』との連絡が途絶えることはミッションの内容次第ではよくあることなのだが、守銭奴に近い男が経費を取りに来ないのは異常であった。


『遅いな……』


 『草』というのは代々、裏の情報稼業を行う者と切り捨て御免のエージェントのどちらかになる。金でつながっている人間には後者の傾向が強いのだが、禿げ上がった男はまさにその典型であった。マーベリックはそれを見越して禿げ上がった男に金貨をつかませていた。


『来ないはずがない……』


 金にうるさいエージェントが報告をすっぽかすことはありえない。なぜなら次からの仕事を失うことになる。金銭でつながるエージェントが報告を怠ることは死活問題になりうるのだ。


マーベリックが状況を鑑み、細い眼をさらに細めた。そこには明らかな不信感が浮かんでいた。


 そんな時である、、おさげをした亜人の女子が寄ってくるとマーベリックを見た。


「これ、おじちゃんから!」


10歳にも満たない亜人の子は耳をパタパタさせながらはにこやかな表情で紙片を渡した。


その紙片には以下のように記されていた。



≪まだ裏は取れてませんが、金の流れから例のルートは確定だとおもいます。ですがその受け取り方法に関しては不明です。来週にはつかめると思います。『褒美』の御用意をお忘れなく≫



 禿げ上がった男、マクレーンからのメモは自信ありげな言葉で締めくくられていた。マーベリックはそれを見るとふっと息を吐いた。


『金で動く奴の方が鼻がいいな……』


 マーベリックがそう思った時である、先ほどの女子が手のひらを見せた。その顔には『速く頂戴!』という守銭奴顔負けの意志が宿っていた。


「しっかりしてるな、お嬢ちゃん」


マーベリックはそう言うと銀貨一枚を女子の手にのせた。


 女子はニンマリ笑うとマーベリックのもとを離れて走り出した。すでにマーベリックは眼中にないようで、近くにあった屋台に行くと焼き菓子を買って口に運んでいた。


マーベリックはそれを見て微笑むと手に入れた情報を頭の中で整理しだした。


『マルス様の暗殺は二ノ妃一派かとおもったが、動機があるだけで動いた節がない……怪しいだけで実際には手を下してないのかもしれない……』


 マーベリックはかつての私怨を晴らすべく二ノ妃がマルス暗殺に関与した可能性を否定した。


『一方でレナードの占い師はいまだ正体がわからない……奴は一体何者なのだ……』


 既に3か月以上の調査をしているにもかかわらず、レナード家に巣食う占い師の素状さえ分からなかった。


『あの女がレナード公爵をそそのかしマルス様暗殺を試みた……』


現在のマーベリックはその説が核心に近いと考えていた。


『実行犯は近衛兵の息のかかったモノ……』


 マルスが白痴のためあまりいい印象を持っていなかった近衛兵もいると『草』からの報告を受けていたため、マーベリックは近衛兵の一部がレナードのために動いた可能性があると考えていた。


『だが、あのキツネ狩りの日にマルス様の警備に着いた近衛兵はすべて白だった……となると非番の者か……それとも関係者か……』


 マーベリックは虚空を睨み付けながら考えた。そして今度はもう一つの可能性、禿あがった中年男、マクレーンの示唆したことに視点を移した。


『マクレーンの指摘が正しいとなると、俺の予想は外れることになる……だが、奴のものってきた情報は利害関係上、はっきりしない。金の流れだけなら他の可能性もある……現段階だけでは何とも言えん……』


 いたずらに時間だけが過ぎていく――マーベリックはマルス暗殺の犯人が袋小路の中でせせら笑っているように思えた。



26

さて、その頃、当のマクレーン(禿げ上がった中年の男)は目当ての人物の後をつけていた。


『……こんなところに……』


 マクレーンが足を踏み入れていたのは都のはずれにあるスラム街の一角であった。貧相な集合住宅がひしめき合う場所で、そこに住む者もそれに見合った貧しい恰好で、あきらかに暮らし向きが悪いことが見て取れた。


 マクレーンは日が沈みかけると集合住宅に隣接する小屋の脇に身をひそめ、そこから一人の女を観察した。


『は~ん、あそこか……』


 頭巾をかぶった女は辺りを気にする様子を見せると集合住宅の2階にある部屋に入って行った。


『見えねぇな、これじゃ……中が……』


 マクレーンは望遠ガラスのついたパイプ(マクレーンが自作した覗きようのための道具)を手にするとあたりの様子を窺いながら先ほどの女が入って行った部屋を見渡せる空間を探した。


『あそこなら……』


 マクレーンは適切な場所を瞬時に嗅ぎ分けると悟られぬようにその身をカメレオンのようにして集合住宅の壁面に置いた。すでに辺りは暗くなっていてマクレーンにとっては渡りに船の状況であった。


『この位の壁なんて、ないのと同じよ……』


 マクレーンは音をたてずに壁面を器用に登ると目当ての部屋のテラス部分に身を置いた。そして妙な形の耳あてをつけるとその突端から延びる管のようなものを壁面の薄い場所にあてた。


『聞こえるな……よし……』


 マクレーンは複数の男女が入り混じって会話するさまが耳あてから聞こえてくることに満足した表情をみせた。


                         *


 会話は小一時間ほど続いた、そこには謀略めいた単語はなかったが彼らがマルス殺害に関与しているのはその語尾から察することができた。だがマクレーンは会話の流れからそれ以上のことも把握することができた。


『こいつら、街で不安を煽ってる奴らか……』


 マクレーンは巷に流行り出した帝位継承に関する悪い噂を吹聴している連中がマルス殺害とリンクしていると思った。


だが一方でマクレーンの中で素朴な疑問が沸き起こった。


『何でこいつらはそんなことをするんだ……いたずらに人心を乱した所で何の得策があるんだ……』


 陽動、ブラフ、本質を隠すためのカモフラージュとも思える彼らの活動にはいかなる意図があるか把握できなかった。


『それに会話の中で出てきた……『花瓶』……あれは何の事だ……』


 マクレーンが後をつけてきた女が口にした花瓶という単語は妙に引っかかるものがあった。


『まあ、とりあえず報告だな……』


マーベリックはそう思うと壁面のくぼみに足を置いて降りる段取りに入った。


『何か証拠がネェと、大将もうるせぇだろうからな……』


 マクレーンはマーベリックの顔を浮かべると金貨を手にするべく話だけでなく証拠になるものを手に入れようと考えた。


『よし、頭巾の女をつけて、そこから……何か頂こう』


マクレーンは集まった連中が散開すると再び女の後をつけることにした。


『ちょろい仕事だ、金貨をゲットして……借金返済……完璧だぜ!』


マクレーンはそう思うと飄々とした足取りで女の後を追った。



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