第五話
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待機所にある執務室を兼ねたマイラの自室にはバイロンが呼び出されていた。マイラはバイロンを見ると直立不動の姿勢をとるように命じた。
「サラから報告はききました、いまからあなたにいくつか質問します。」
言われたバイロンは胸を張った。
「花瓶がなくなった件に関してどうおもいますか?」
マイラが眉間にしわを寄せて質問するとバイロンは即答した。
「わかりません、私が掃除をしていたときは間違いなくありました。」
マイラはバイロンをジロリと見た。
「では、消えた花瓶に関しては一切知らないということですね」
バイロンは質問に対しコクリと頷いた。
マイラはその様子を見て爪を噛んだ
『この子……嘘はついてないわね……花瓶のことに関しては……』
マイラはバイロンの目つきとその挙動からそう思った。
「アリーの件はどうですか、かなりの暴力行為があったと聞いていますが」
バイロンはそれに対し何事もなく答えた。
「はい、顔面に一撃くわえました。」
淡々と話すバイロンには反省という文字はなく、メイド業務を遂行したかのような印象さえうかがえた。マイラはそれに対し、鋭い目つきでバイロンを睨んだ。
「あなたね、一ノ妃様の部屋で流血沙汰って、とんでもないことよ!」
マイラが声を荒げてそう言うとバイロンは沈黙したまま立ち尽くした。
『参ったわね……反省の色なしか……』
マイラはそう思ったが同時にサラの報告が脳裏に浮かんだ。
『アリーの嫌がらせは私の見ていない所で毎日のようにあったようだし……私の監督不行き届きもある……かといって一ノ妃様の部屋で粗相は許されない……しかし花瓶がなくなった件は問題どころじゃないわ……』
トネリアの王室から送られた花瓶をなくしたとなればただでは済まない、それはバイロンだけの問題でなく、マイラの監督責任にも抵触する。下手をすれば待機所から追い出されるのはマイラ自身になるだろう……
マイラは事の重大さに顔をしかめざるを得なかった。
*
そんな時である、唐突にドアがノックされた。
マイラが面倒そうな表情で『入りなさい』というと血相を変えたメイドが現れ、マイラの耳元に近寄った。
マイラはそれを聞くとバイロンを睨み付けた。
「バイロン、あなたにとって面倒なことが起きたみたいよ!!」
マイラはそう言うと席を立った。
12
バイロンがマイラに連れられ待機所の食堂に行くと、なんとそこにはバイロンが苦楽を共にしてきた牛皮の旅行カバンがあった。
『なんで、こんなところに……』
いつもなら自室のベットの下に置いてあるのだが……それがなぜかしらねど、食堂の長机の上に移動していた。
バイロンは瞬間的に思った。
『嵌められたな……』
バイロンは勘のいい娘である、誰かが意図的に介在していることは一瞬でわかった。だが、それを説明して信じてもらえるかどうか、その点に関しては甚だ疑問が残った。
『下手に動いても、身を滅ぼすだけね……』
バイロンはそう思うと事態の推移を見守ることにした。
*
先ほどのメイドはバイロンのカバンを指すと、すでに留め金が外れている隙間から、何やら美しい陶器が顔を出していることを指摘した。
「わたしが、中庭の掃除をしていると、そこの生垣の所にこのカバンがあったんです。」
メイドはそう言うと見つけた経緯を話し始めた。そしてカバンの中を見て花瓶が入っていることを指摘した。
「私、驚いてしまって……どうしていいかわからなかったんですけど……」
メイドはそう言うとマイラを見た。
マイラはカバンに近寄ると、その隙間から覗くモノをつぶさに見た。マイラは鑑定士としての資格もあるため一目見ただけでそれが何であるか分かった。
『間違いないわ……』
マイラはカバンの中に手を入れると、それを手にした。
『トネリアの王族から送られた花瓶……』
それは紛れもなく消えた花瓶であった。マイラは花瓶を凝視すると集まったメイドたちを見回し、声を張り上げた。
「このカバンは誰のもの!」
その場に居合わせた一同が互いに目を見合わせた。その顔には『自分のものではない!』という表情が浮かんでいる。
「もう一度、聞くわ、誰のもの!」
マイラが静かだがよく通る声で言うとそれに対してバイロンが胸を張って一歩前に出た。
「わたしのものです」
食堂に集まっていたメイドたちは互いに顔を見合わせ、バイロンに注目した。その顔には好奇心と恐怖心がにじみ出ている。
「あなたのカバンなのね?」
マイラが乾いた口調で確認するとバイロンは先ほどと同じくコクリと頷いた。
「申し開きは?」
マイラがそう言うとバイロンは何食わぬ顔で口を開いた。
「ありません」
バイロンがそう言うと周りのメイドたちがどよめいた。
「『ない』ということは、あなたが花瓶を盗んだのね?」
マイラが詰問するとバイロンは同じく何食わぬ顔で答えた。
「いいえ、違います」
態度と口調、バイロンのそれらは毅然としていて周りのメイドたちは息をのんだ。
「では、どういうことか、説明なさい」
マイラがそう言うとバイロンは即答した。
「身に覚えがありませんので、何を申せばよいかわかりません」
居直ったようにも思える発言内容だが、実際バイロンは何もしていないためそう言う他なかった。
『……なるほど……そうきたか……』
マイラはバイロンの口調と態度から彼女が嵌められたことをうすうす気づいていたが、本人の私物から花瓶が出てきたことは紛れもないため、何らかのアクションを取らねば収まりがつかなくなっていた。
「あなたが花瓶を盗んだことを否定するなら、どうしてここにあなたのカバンがあるのですか?」
マイラが糾弾するように言うとバイロンは淡々と答えた。
「私のカバンが盗まれ、誰かが盗んだカバンに花瓶を入れたのでしょう。」
バイロンはそう言うと食堂に集まったメイドたちに目をやった。
「わざわざ自分のカバンに花瓶を隠して、それを人目につく生垣近辺に置く泥棒がいますかね、そんなことをするほど私はバカではありません!」
バイロンが感情をおさえた口調でそう言うと、周りにいたメイドたちは互いにささやきあいだした。バイロンはそれを見て、さらに続けた。
「花瓶がなくなった時刻、私は一ノ妃様のお部屋を掃除しておりました。その業務から抜けて花瓶を持ち出すことは不可能です。まして自分のカバンに入れて生垣に隠すなど、そんな余裕はありません!」
バイロンの発言はもっともで第四宮には近衛兵が警備についているため、簡単にモノが盗めるような環境にはなかった。
マイラはバイロンの発言を聞いたメイド達の様子を見てその場の空気が変わるのを感じた。
『この娘……やるわね……この状況下で切り返すなんて』
マイラはバイロンの物おじしない姿勢に息をのんだ。
*
そんな時である、脇から声があがった。
「彼女の言うことは信用できません!!」
怒鳴るように言ったのは鼻に包帯を巻いたアリーであった。包帯に血が滲み、その顔は一部腫れている。
「その子は逆上すれば暴力行為もいとわない人間です。盗みくらいは平気でやるんじゃないしょうか!!」
アリーは憎しみを前面に押し出す口調で言い放った。
「一ノ妃様の部屋で狼藉に及ぶうつけものです。花瓶を盗むことくらい朝飯前でだとおもいます!!」
アリーが怒り心頭といった表情でそう言うとバイロンはシレッとした表情で答えた。
「一ノ妃様の部屋で先輩を殴るうつけものに、花瓶を盗んでカバンに隠す知恵があると思いますか? あの厳重な警備を潜り抜けて花瓶を持ち出す能力があると思いますか?」
バイロンの切り替えしは周りにいたメイドたちに『それもそうだ……』という思いを抱かせた。
「ほんとはあなたが盗んだんじゃないんですか、あの場所にいたのはあなたと私だけだったんでんですから。ひょっとして私に罪をなすりつけるために私のカバンにいれたんじゃないんですか?」
バイロンが飄々とした表情でいうと今度はアリーが逆上した。
「この、クソ売女が!!」
2人のやり取りに周りのメイドたちは息をのんだ。
「先輩、白黒つけますか!!」
バイロンが袖をまくって拳を立てると、再び、コークスクリューパンチを放てる体勢をとった。
その時である、マイラが怒号をあげた。
「二人ともやめなさい!!」
さすがにこれ以上のエスカレートはマズイと思い、マイラはとりあえず二人の矛先をかわす方法をとった。
「バイロン、あなたにかかった窃盗の嫌疑はぬぐえませんが、確証もないため窃盗の件はペンディング(保留)にします。ただし一ノ妃様のお部屋で狼藉を働いたのは許せません『当番』からはしりぞいてもらいます。」
マイラはそう言うと今度はアリーに向き直った。
「一ノ妃様のお部屋でトラブルが生じたのは先輩メイドとして恥ずべきことです。後輩に手をあげられるなど笑止千万、あなたも当番から外れてもらいます。」
マイラはいわゆる喧嘩両成敗という方法を用いて無理やりその場をいさめた。アリーはそれに憤懣あふれる表情をみせたが、マイラはそれを睨み付けて抑え込んだ。
「文句があるなら、あとで私の部屋に来なさい!!」
マイラが畳み掛けるように言うとアリーは歯を食いしばって沈黙した。