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6章 第一話

今日からまた始めたいと思います。


よろしくお願いします。


うpは週2,3回のペースでいきたいとおもいます。

帝位、第一位のマルスがキツネ狩りの事故で死んだことはダリスの高級貴族たちの間に激震を引き起こした。


『マルス様が亡くなったとなると……つぎの帝は……3公爵の中から輩出されるということか……』


『それならレナード家が一番だろう、亡き陛下とは遠いとはいえ血縁関係があるし、何より財力がある。』


 ダリスの帝位に置いて一番重要視されるのは『血』である。そのことを配慮すると亡くなった前陛下の遠縁にあたるレナード家は帝位を継承するうえで筆頭と言って過言でなかった。


『だが他の公爵家も黙ってないだろ、血は薄くとも皇位継承権自体は持っている。』


『ああ、跡目争いは間違いなくおこるだろうな』


2人の貴族はそう言うと目を見合わせた。


『どこにつくかを間違えば俺たち伯爵風情では憂き目にあうことは間違いないしな』


『その通りだ』


喪服を着た2人の貴族はそう言うと、今度は話題の矛先を変えた。


『しかし、三ノ妃様もこれで終わりだろうな……』


『ああ、亡き陛下の血を引くマルス様を生んだのに……すべてパァだな』


 2人は小声で話していたがそのトーンに憐憫の情はない。その表情には現実を冷徹に判断する計算高さが滲んでいる。


『むしろ今まで付け届けで手にしてきたものを返せと手のひらを返されるだろう、そうなればかなり厳しい状態に追いやられるだろうな……』


『それはしょうがない、下級貴族の成り上がりが調子づいたんだ……そのツケは払わねばなるまいて』


 喪服に身を固めた二人の貴族はマルスの棺にすがりつく三ノ妃に目をやった。そこには子供を亡くした母親を気の毒に思う殊勝さは微塵もなく、打算的な貴族の狡猾さが滲んでいた。


 だがその冷ややかな態度は話している二人だけではなく他の貴族もおなじであった。誰一人として三ノ妃に対し同情心を持つ者はいなかった。権力のよりどころを失った人間にたいして向ける視線の冷たさは絶対零度ともいえるほどに冷え切っていた。


そしてその冷たい視線は三ノ妃に仕えていたメイドたちにも見て取れた。


『終しまいね、これで三ノ妃様も』


『そうね、今まで付け届けのおこぼれも頂いてきたけど……マルス様が死んだんじゃ、この先は真っ暗ね』


 三ノ妃担当のメイドの二人は嗚咽を流す三ノ妃を見ながら何食わぬ顔で話を続けた。


『マルス様が死んだとなると……次の世継ぎを巡って混乱は必至ね……どうなるのかしら』


『そうね、三公爵の方々から出るんでしょうけど……でも二ノ妃様もいらっしゃるから……』


『混沌として来るわね……でも何か……面白そうじゃない』


 あらたな帝位を巡る権力闘争はメイドたちにとっては決して悪いものではなかった、なぜなら宮中の情報を得ようとする輩がメイドたちに金品をつかませるからである。二人はそれを期待しているようで、その眼は嗤っていた。


『三ノ妃様はがっついてたから、あんまりいい思いはできなかったけど……今度は何かあるかもしれないし……』


『そうね、出入りしてる業者も付け届けを私たちに直接渡すようになるかもしれないしね』


2人が小声でそんな会話をしていると後ろからマイラ(第四宮メイド長)が現れた。


「あなたたち!!」


 小さな声ではあるがその中にはあきらかな怒気が含まれている。マイラに睨みつけられた二人は顔色を青くした。


「式典が終わったら私の所に来なさい!」


マイラがドスの利いた声でそう言うと二人はシュンとした表情を見せた。


だが――マイラがその場を離れるや否や二人はその表情を変えた。その眼は既に三ノ妃に仕えるメイドではなく、付け届けに期待する卑しい野良犬のものになっていた。



さてその頃、バイロンは一ノ妃のもとを離れ、葬儀会場で業務に勤しんでいた。葬儀の経験がないため何をやればよいか全く見当もつかず、最初はオロオロしていたが『メイド心得』に記してある『葬儀』の項目に目を通すとその通りに動き出した。


 マルスが急逝したことでメイドたちも通常時にはない異様な雰囲気にのみこまれていたが、バイロンが淡々と業務を遂行する姿はほかのメイド達に伝播し、彼女たちも本来の務めである業務に精を出し始めた。


 マイラは一段高いところからメイド達を叱咤して指示を出していたが、バイロンの姿はその中でも異彩を放っていた。


『勘がいいわね、あの子……』


 空気を読んで、そこで何をすべきかわきまえたバイロンの行動は他の若いメイドにはないものがあった。


『機転がきくだけじゃなくて、無駄がない、初めての環境でこれだけ立ち回るなんて……』


マイラがそう思った時である、リンジー(バイロンのルームメイト)の姿がその眼に入った。


『あの子……』


 リンジーは愛くるしい顔(あくまで女子視点)でマシンガントークをさく裂させていた。ほとんどが業務に関係のない話で、近くのメイドを見つけては無駄話の弾丸を発砲していく……バイロンとはちがいリンジーは全く空気を読まないタイプのようで葬儀会場であるにも関わらずその顔はニコニコしていた。


マイラはそれを見て声を張り上げた。


「リンジー!!」


マイラが怒鳴りつけるとリンジーが子犬のような顔でマイラを見た。


「後で私の部屋に来なさい!」


言われたリンジーはがっくりと首をうなだれた。



                       *


 葬儀の準備が終わり一段落つくとバイロンは一ノ妃の元へと戻り、葬儀会場に設けられた玉座へと導いた。喪服に着替えた一ノ妃は右手に杖を持ち矍鑠とした様子で絨毯の上を歩いた。その様子は年齢を感じさせないもので凛然とした権力者のオーラをまとっている。


 だがバイロンは一ノ妃の見せる表情の中に如何ともしがたい感覚をおぼえていた。


『ポーカーフェイス……』


 感情を押し殺して玉座に腰をおろす一ノ妃の顔は一切の喜怒哀楽がなく、人としての情緒が欠如していた。その表情を見るとバイロンの中で素朴な疑問がわき起こった。


『一ノ妃様はどう思っておられるのだろう……』


 青天の霹靂として伝えられたマルスの死をいかように考えているのか全く悟らせない一ノ妃の顔はバイロンにとって空恐ろしく映った。


『悲しんでるんだろうか……それとも、なんとも思ってないんだろうか……』


葬儀を見つめる一ノ妃の眼には感情を悟らせるものは微塵もない……


『これが権力者の顔なんだわ……』


 バイロンは会場となった第四宮の地下で営まれる葬儀にのぞむ一ノ妃に帝位を預かる人間の非情さを垣間見ていた。


                       

参列する貴族たちは三ノ妃に向かって口々に『お悔やみ』の言葉を述べたがその言葉とは裏腹に、彼らの思惑は次の世継ぎを巡る権力闘争の主役たちに移っていた。中には三ノ妃への挨拶を適当にして三公爵の前にわざわざ挨拶しに行く輩もいた。


だが、その行動はマルスを失った三ノ妃には許し難く映った。


「お前たち……マルスが死んだのに……何だ、その態度は!!」


半狂乱になった三ノ妃はすがりついていたマルスの棺から手を放すと立ちあがって大声を上げた。


「マルスが死んで……うれしいのか……そんなにうれしいのか!!」


 鬼の形相を浮かべた三ノ妃はその場にいる人間すべてに呪詛とも思える言葉を投げかけた。


「お前たちの中に、マルスをよく思わない人間がいたのはこちらもわかっている、絶対、許さんからな!!」


鬼気迫る三ノ妃の迫力は葬儀会場にいた貴族たちの間に氷の刃を振らせた。


「マルスを殺した人間を見つけて、必ず八つ裂きにしてくれる、地獄の果てまで追いかけてその臓腑をこの手て抉り出してやる!!!」


 既に正気を失っている三ノ妃は狂気の表情で葬儀に参列する人々を睨み付けた。そこにはダリスの第三妃としての矜持などなく、感情に打ち震えた夜叉の姿があった。


 バイロンはその姿を見ておののいたが、それと同時に三ノ妃の持つマルスに対する愛情は嘘ではないと感じた。


『でも……この人じゃ、国を治めるだけの器量はない……』


 子を失って狂らんするのは母親として止むを得ないであろう、だが帝位につくものにはそれは許されない……


 毅然とした振る舞い、感情を統制する精神、本心を悟らせぬしたたかさ、いづれも帝位につく人間の持ち合わせねばならないものである。だが、三ノ妃にはどれ一つとしてそれらが備わっていなかった。


三ノ妃は葬儀式場でわめきちらすと感情のままに罵詈雑言をぶちまけるだけであった。


                       *


 一方、それを玉座から見ていた一ノ妃は三ノ妃の狂態に深いため息をつくと脇に控えていた近衛隊長のグレイに目だけで合図した。グレイはその場で首を垂れると部下に人差し指で合図を送った。


命を受けた3人の近衛兵は小走りに三ノ妃に近寄りるとその脇を固めた。


「放せ、まだ話は終わってない、放せ!!」


わめき散らす三ノ妃を抱えた近衛兵たちは迅速な動きで葬儀会場を出て行った。


 その様子をバイロンは見ていたが、一切の感情を伏して事の成り行きを見つめる一ノ妃の眼は相変わらずの冷徹で微動だにしない彼女の姿に帝位につくものの真髄を見ていた。




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