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第二十八話

71

この後の航海は順調でポルカまでの3日間、まさに順風満帆であった。船員たちの顔は朗らかで今までの事が嘘のように明るかった。


「ベアー君、今回は助かった……君がいなければ……我々もリーデル号に乗っていただろう。」


船長はそう言うとベアーに握手を求めた。


「私は霊魂という存在はまやかしだと思っていたんだが、本当にあるとはね……」


船長がベアーの手を握ってそう言うとベアーは静かに答えた。


「これは祖父の受け売りなんですが……」


ベアーはそう言うと祖父が話していたことを口にした。


『霊魂が本当に存在するか否は誰もわからないことだ……だが生者があるとおもえばそれは存在する。霊魂というは人の造った存在なんだよ。だがね……それを感じた時は霊魂に対して鎮魂の祈りを捧げてやるといい、そうすればおのずと落ち着くところにおちつくんだ。』


その話を聞いた船長は何とも言えない表情を見せた。


「深い話だ……君のおじいさんは……大したものだな」


祖父を褒められたベアーは若干うれしくなったが、それと同時に入れ歯を外すときの姿を思いだし、何とも言えない思いに駆られた。


そんな時であった、ポルカ近海を巡っていた巡視船がケセラセラ号の姿を確認した。


「どうやら向こうも気づいたようだな、巡視船に無事であることを伝えねばならん」


船長はそう言うと船員に向かって声を上げた。


それを聞いた船員の1人は旗を持ってマストに上った。


そして、


『ケセラセラ号、帰港、全員無事なり』


という旗信号を送った。


 巡視船はそれを見ると『了解した』という信号を送り、急いでポルカへと帰って行った。


「これで一安心だ!」


 船長はいかつい顔を破顔させた。その笑みにはこの船旅が無事に終わりを告げたと表していた。


                         *


 ケセラセラ号が入港すると集まっていた群衆が大きな歓声を上げた。その顔は上気して興奮している。沈没したと思われていた船の帰港は人々を驚嘆させ、その胸を熱くさせていた。


 錨がおろされタラップが掛けられると船員たちが誇らしげな表情で陸に上がった。そこで待っていた家族や恋人は彼らに駆け寄ると厚い抱擁をかわした


 今まで緊張した面持ちを崩さなかった船員たちであったが近親者の顔を見るや否や、その表情は綻び、自然とそのまぶたから熱いものがつたっていた。


ベアーとルナはその姿を見ていたが奇跡の再会がもたらす雰囲気は得も言われぬものがあった。


                        *


2人が陸に上がるとフォーレ商会のメンツが現れた。


「よく帰って来たな……ふたりとも」


ロイドであった、慈愛に満ちた表情はわが子を見るようであった。


「今回は駄目かと思った……今まで以上に厳しいと……」


さしものロイドもケセラセラ遭難の知らせは寝耳に水だったようで、よもやの展開に色を失っていた。


「この一週間、君のおじいさんに何と申し開けばいいか、考えていたんだ……」


ロイドはそう言うと涙をこらえてベアーの肩を叩いた。


「だが、死亡の知らせを届ける必要はなくなった……本当によかった……」


ロイドの後ろにはジュリアとウィルソンがいた。二人ともニコニコしてベアーとルナの帰港を喜んでいた。


「あの、ロイドさん、実は海賊に襲われて……」


ベアーがそう言うとロイドは深く頷いた。


「わかっている、手は既に打った、船会社の方にもな。」


ロイドのそう言うと笑みを浮かべた。


「うちの人間に手を出したらどうなるか、ケジメつけさせる、任せておけ!」


 そう言ったロイドはにこやかな表情を浮かべたが、その眼の中に悪魔が宿っていることをルナは見逃さなかった。


『マジ、怖ぇえ、ロイドさん……』


 老獪な貴族がいかなる手段を講じたかはわからなかったが、確実に相手を仕留める意図がその眼には浮かんでいた。



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この後、ベアーとルナは治安維持官からの事情聴取を受けて、事件のあらましを語った。聴取にあたったスターリングとカルロスはその内容から海賊たちの悪行と船会社の保険金詐欺を立件できると自信を見せた。


「船長の証言もあるから、間違いなく有罪にできるわ」


スターリングがそう言うとカルロスが続いた。


「海賊のブラッドは確実に死刑だよ」


2人はそれを聞いて納得した表情を浮かべた。


「ありがとう、これで終わりよ。」


 スターリングはそう言うとカーテンを開けて外をチラリと見た。表では瓦版の記者たちがベアーとルナにインタビューをしようと待機していた。


「どうする、面倒なら裏から出られるけど?」


尋ねられた二人は「うん」と頷いた。


                         *


 こうして治安維持官の詰所から出た二人は今回の旅の一番重要な目的を果たすべく、港町の坂を上った。役所へ向かう道を進み、歩きなれた歩道を淡々と歩く。10分ほどすると目的の場所が視界に入った。


「着いたね」


ベアーが感慨深げにそう言うとルナは頷いた。そしてその場所に向かって駆け出した。


そこにはボロ屋を改築したような作りの家屋があった。そしてその軒先に『ロゼッタ』と記された看板が吊るされている。


ルナは店のドアに手をかけると勢いよく開けた。


                        *


 店内はランチが終わった後の休憩時間で独特の静けさが支配していた。ルナは大きく息を吸い込むと、そこに衝撃を与えるような元気な声を上げた。


「おかみさん、ただいま!!!」


ルナが大声でそう言うと、何事かと思った女主人がやって来た。女主人は二人の姿を見ると声を詰まらせた。


「あんたたち……」


女主人はルナに近寄るとルナを抱きしめた。


「よかったよ……ほんとうに……よかった……」


女主人はそう言うと涙を流して喜んだ。


「もう駄目だと思ったからね……今回は……さあ、その顔を見せておくれ」


 女主人は心底ほっとした表情を浮かべて二人を見た。肝っ玉母さんと言って差し支えのない容姿であるが二人を見るその眼には慈愛が浮かんでいた。


「さっき港に行ったときは……人が多くて近づけなかったんだよ……」


女主人がすまなさそうそう言うとベアーが懐から皮の手帳を出した。


「おかみさん、見てほしいものがあるんです。」


ベアーはそう言うと皮の手帳を女主人に渡した。


「何だい、このボロボロの……手帳」


女主人が訝しんでそう言うとルナが声を上げた。


「最後のページ、さあ速く読んで!!」


ルナに促された女主人は最後のページを開いた。


そこには以下のように記されていた。



『5年は保ったが、肉体的な限界が訪れたようだ……


とうとう、帰郷という夢を果たすことはできなかった。



もしこの手帳を誰が見ることがあれば、これをポルカにある一軒のあばら家に届けてほしい。


そのあばら家は『ロゼッタ』っていう看板がかかっている、ペスカトーレが美味い店だ。


そこの主人が俺の女房なんだが、気が強くて……賭け事が好きで……


まあ、とにかく、届けてほしい。きっとうまいパスタを食わせてくれると思う。



最後に


愛してるロゼッタ』



文面の最期を読み終えると女主人はその場で体を震わせた。


「嘘……こんなこと……」


女主人はか細い声を上げた


「おかみさん、あなたの旦那さんのおかげで僕たちはポルカに帰ってくることができました。あなたの旦那さんが複雑な潮流のことを手帳に記していたからです。」


 ベアーがそう言うと、女主人はその場に崩れ落ちた……そして両手で顔を覆うとすすり泣いた。


 50歳に届こうとする大人の女が見せるその涙には人生の哀しみと後悔、そして亡き夫に対する熱い思いが込められていた。


ベアーはそれを見て続けた。


「5年にわたる厳しい生活と孤独に旦那さんが耐えられたのはポルカに帰りたいという思いと、あなたに会いたいという願いがあったからです。」


ベアーは女主人の手を取った。


「あなたの存在がなければ、旦那さんは潮流を記した地図を残せなかったでしょう。」


ベアーは涙と鼻水の入り混じる女主人の顔を見た。


「あなたも僕たちの命の恩人です」


ベアーがそう言うとルナが続いた。


「おかみさん、ありがとう!!」


ルナがそう言うとロゼッタは嗚咽を漏らした。おさえられなくなった感情のうねりはポルカの港に響き渡り、哀しみの詩として空へと舞いあがった。


ベアーは女主人の泣き崩れる姿の中に、亡き夫に対する真実の愛を見出していた。





 読んでくださった方、感想を送ってくださった方、本当にありがとうございました。なんとか完走できました。皆さんのおかげです。


よければ感想を残してくれるとうれしいです。


では、また!


6章はバイロン編になるとおもいます。ちょっと忙しくなるので来年の2月からはじめたいとおもってます。(さきに新作やるかも……)

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