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第十七話

「さあ、そろそろ時間だ!」


老婆がそう言うと再び作業が始まった。釜の牛乳が分離するとベアーは乳凝カードをネットに集め、それが終わると集めたカードに重石をして水分を抜いた。


「よし、成型に入るよ」


言われたベアーは頷いた。


「塩のふり加減は難しいから、あんたはやらなくていい。型抜きの作業を手伝っておくれ」


ベアーは言われた通り型抜きにはいった。さほど難しい作業ではなかったので苦労はない、ベアーは木製の型ぬきを手にすると黙々と作業をこなした。


「次は型抜きしたチーズを台に移して霧吹きをかけるんだ」


「この霧吹きの中には何が入っているんですか?」


「カビだよ、カビの力で発酵させるんだ」


老婆に言われたベアーは学校で習った知識を思い出した。


「ほら、ボケッとしてんじゃないよ!」


老婆に叱咤されたベアーは我に返ると言われた通りにチーズを台座に移した。


                                *


作業を終えると老婆は乾燥室に台を運ぶように言った。


「これでひと仕事終わりだよ。あとはこの作業を2回やるんだ」


1日に3回チーズを仕込むのが日課らしい、力仕事は大変だが作業自体は難しくなかった。途中、酵母を入れて分離させる間に休憩が取れるので肉体的にもやっていけるだろう。ベアーはこのバイトを続けていこうと思った。


                                *

 

 午後は乾燥室に隣接している店舗でチーズを売るらしい。午前中は今まで閉めていたが、ベアーが来たことで昼から開けられるようになったようだ。店はどんな感じかわからないが、意外と人気があるようでリピーターで意外と繁盛していた。新鮮さを売りにした生チーズと熟成させた乾燥チーズを商品が主力であった。


 一般的にチーズは料理によって使い分けられる。生チーズはもちろんそのままでも良いがトマトと相性がいい。茹でたての麺にトマトソースをからめ、余熱で生チーズをとかして食べると最高である。


 一方、乾燥チーズはパンに乗せても良いし、シチューに溶かしてもいい。摺り鉦で削って肉や魚料理にふりかけてもいける。応用度という点では生チーズよりもレシピがひろがる。店で売れるのは乾燥チーズのほうが多く、生チーズはあまり作らなかった。


                                *


さて、それから一週間―――


バーリック牧場でベアーがバイトをするようになって一週間がたつと老婆は6日分のバイト代180ギルダーをベアーに渡した。


「今日は休みだよ、週に一日の割合だ。」


 老婆に言われたベアーは給料をもらうとニンマリしたがすぐに計画を立てた。買いたいものは腐るほどあるが僧侶を辞めるにはお布施という形で事務費用の150ギルダーを払わなければならない。


「150ギルダーは預けるとして……どうしようかな、まだ貿易商の見習いもどれにするか決めてないし……」


 問題は僧侶を辞めた後だが、まだ具体的なことは決まっていない。やはり都に行っていろいろ見る必要があるだろう―――そうなれば軍資金が必要になる。


「3か月くらいはここでバイトだな。あとはどれだけ節約できるか…」


 ベアーは旅を始めて一つの町に長く留まることがなかったのでドリトスではのんびりやろうと思った。


                                 *


 午前中は両替商で150ギルダー入金し、残りのお金で必要なものを買おうと思った。貿易商になるためには公用語の学習が要となる。言うまでもなく教材が必要になる、ベアーは本屋に向かった。


「すいません、公用語の本を探しているんですけど」


「どんなやつ?」


 本屋の店員はアラフォーの女だった。37,8歳といったところだろう。それほど美人ではないがベアーにとって外せない魅力を持っていた―――すなわち巨乳である。


「簡単なヤツがいいんですけど」


「なら、初級の文法書と単語集ね。」


店員の女はてきぱきと必要なものを集めてきた。


「これでいいかしら」


 内容は初等学校の外国語の時間に習ったものとさほど変わらないが、既に忘れた部分が多いのでちょうどいいと思った。


 ベアーは会計を済ませるときチラチラと胸の辺りを見てしまった。決して美人でもないし若くもない、それでも見てしまう……


『俺は…おっぱい星人なのか…?』


ベアーは自問自答してみたがその答えは『イエス』であった。


                                *


 本を買った後、ベアーはドリトスの名所を回ろうと思った。ドリトスは魔法都市として栄えた歴史がある。当然、何か残っているはずだ。ベアーはそう思うと鼻息をあらくして役場の観光課に向かった。


『けっこう混んでるな……』


 観光課は意外と活気があった。最近、魔法ツアーというのが流行りだし近隣からの旅行客が増えたからである。ベアーはそこでパンフレットをもらうとどこに行くか思案した。


『まず腹こしらえだな…どこにしようかな…』


ドリトスは酪農や放牧で生計を立てている商工業者が多いためチーズ、バター、ヨーグルトといった乳製品を使った料理が実に多い。チーズフォンデュ、ピザ、グラタンは当たり前だが、ヨーグルトをソースに用いたトルティーヤやピカタなど思いもよらぬものもあった。ベアーはパンフレットにデカデカと書かれたダイナー(食事処)に行くことにした。


                             *


 ベアーがパンフレットのダイナーに行くと観光客で込み合いしばらく待ちそうだった。昼時ということもあっただろうが1時間近くの待つのはさすがにいやだった。


『どうしようか…』


ベアーがそう思ったときである、帽子を被った男がベアーに話しかけてきた。


「おお、元気か、あんちゃん?」


ベアーは誰か全くわからなかったが、男が帽子を取っると見知った人物だとわかった。


「あ、どうも」


男は毎日牛乳を運んでくる金髪の運送屋であった。


「何やってんの?」


「いや、ここの店がおいしいって……」


男は店をちらりと見るとベアーの腕を掴んだ


「やめとけ、地元じゃ誰も行かない、観光料金で吹っかけられるぞ」


「えっ?」


 金髪、曰く『トッピングを追加するたびに別料金が発生する。おまけにチャージ(席料)もとられる』


彼、曰く『たちの悪い風俗と同じ』らしい。


金髪はそう言うと地元民ならではの知識を披露した。


「地元の奴らが行くところ教えてやるよ」


金髪はそう言うと路地裏に小さな看板の出ている店を教えてくれた。


「ここは高くないし、味もいいぞ、じゃあな」


そういうと金髪は帽子を被って行ってしまった。


ベアーはとりあえず金髪のアドバイスを受けることにした。


『お客もいっぱいいるし、大丈夫だろう』


間口が狭く入りにくい雰囲気の店であったがベアーは思い切って店に入ることにした。


                              *


 中は意外と落ち着いていて家庭的な雰囲気だった。ぼったくられる心配もなさそうでベアーは安心した。


 ベアーはあらかじめメニューを決めていたのでそれを頼んだ。給仕のオバちゃんが威勢良く注文を厨房に流すと亜人の店主が『あいよ』と小気味よく答えた。ベアーはそのやりとりを見て、何となくだが美味い料理が出てくるのではないかと思った。


 しばらくするとゆでたての麺に茶色い餡がかかったものが出てきた。餡の中にはたまねぎ、ニンジン、ベーコン、ピーマンを炒めたものが入っていた。作りは単純だし誰でもできそうな一品だが、なぜか美味い。


『なんか……美味いな……何でだろ……』


何か特別なものが入っているのか、それとも食材が普通でないのか、ベアーは疑問を持った。


                              *


 後になりこの一味違う理由がわかるのだが、読者のためにだけその答えをお教えしよう。それはラードをつかっていたからである。ラードは豚脂のことだが、コクがあるだけでなく独特の風味がある。鮮度がよければ胃にもたれたりすることもないし、揚げ物にすればカリッと揚がる。この店は鮮度のいいラードをパスタのあんかけに用いていたのだ。


                              *


 ベアーは10分とかけずにあんかけパスタを平らげると会計を済ました、6ギルダーと料金も安く満足した。


「この店は使える」


穴場スポットを見つけたベアーはニンマリとした。


                              *


 満腹になったベアーは足を伸ばすことにした。パンフレットには魔法学校跡地が記されていたのでそこに行ってみようと思った。 



 跡地というだけあって、建物は崩れ、辺りは雑草が覆っていた。ここが魔法都市の中枢だったとは思えない有様である。ベアーは観光客に混じり跡地を見て回ったが中もさんざんでかつての面影さえなかった。


『なんか物悲しいな』


初級回復魔法しか使えないベアーであったが、魔導の知識があるベアーため眼前にある朽ち果てた跡地を見るのは忍びないものがあった。


『時間がたつと……こんな風になるんだな……』


文化が廃れていく様を目の当たりにしたベアーは何とも言えない気分になった。


                                *


 ベアーは跡地を後にすると、気分を変えるためお菓子を売っている店に行こうと思った。観光課のパンフレットを再び手にすると気になる店をチョイスした。


『小麦粉にたっぷりのバターと砂糖を入れて焼いたマドレーヌ、それとクッキー生地にクリームチーズとジャムを挟んだスイーツを売る店か……よさそうだな』


ベアーはそう思って店にむかったが……店に着いた時にはすでに売り切れの立札が行列の最後尾におかれていた。


『くそ、目当てのスイーツが……』


『食』に興味のあるベアーにとっては大きな痛手である。


『絶対リベンジしてやる!』


食に対する執念を見せたベアーは『必ず食ってやる』という思いをその胸に刻み込んだ。


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