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第二十七話

68

マットを墓に埋め後、浜辺では出発にむけて対策が練られた。ベアーの持ってきた皮の手帳、そしてベアーたちが一週間いた洞穴の壁面に書かれた情報が勘案されると脱出策がまとめられた。船長は練られた案に隅々まで目を通すと厳かに口を開いた。


「明日の満月の晩、ケセラセラ号は出航する。」


船長がそう言うと船員たちは頷いた。


「船長こいつらはどうします?」


船員の1人が苦々しい表情で縛られた海賊たちを見回した。


「精神に問題がある者をこの岩礁においていくのも後々問題になる……連れて帰る」


そう言うと船長はブラッドを睨んだ。


「お前の悪行はすべて聞いたぞ、船会社、陸の組織、海賊、皆つるんでいるんだってな!!」


言われたブラッドは呆けた表情を見せた、船長はそれを見ると鼻で嗤った。


「演技をしても無駄だ……お前は絶対、許さない!」


船長はそう言うとブラッドの頬に一撃くわえた。


「断頭台に必ず送ってやる」


そう言った船長の表情は悪鬼も頭を下げてくるほどの恐ろしさであった。


                        *


 出航の晩、ケセラセラ号のクルーは甲板に集まると船出に供えた。船長は特にこれといった言葉をかけず、その眼だけで各員に指示を出した。そこには日常の業務を淡々と遂行するプロの意識がありありと窺えた。


 船長は船員の動きを見て頃合いだと判断すると、その手に銅鑼を持った。その顔には皮の手帳に記してあった潮流の変化に賭けるしかないという並々ならぬ思いが湧き出ている、船員たちもその表情を見て息をのんだ。

 

船長が出航の銅鑼を叩くと船員たちの顔が引き締った。


 出航時というのは事故が生じやすい魔の時間ともいわれている、まして岩礁内の潮流は複雑怪奇でな普通の港湾とは異なる……彼らの表情の中には明らかに死に対する意識が垣間見られた。


ベアーはケセラセラ号を覆う形容しがたい張りつめた空気に手に汗握った。


船長はその空気を感じ取ると船員たちを雄々しい声を上げた。


「これまでやってきたことを信じろ、24年のキャリアは伊達じゃない!」


船長の言葉に鼓舞された船員たちはそれぞれの役割を果たしはじめた。


そして……船は闇が覆う海へと船首を滑りこませた。


                         *


 最初の難関と思われた出航は無事に滑り出した。この辺りの潮の流れを探査し計算した結果が結実したと言っていいだろう、シュミレーション通りに船が潮流にのったことに船員たちは『ホッ』とした表情を浮かべた。


船長は海図に目をやった。


そこには漁師が5年にわたり脱出を試みた結果が事細かに書き込まれていた。潮の流れ、その速さ、ぶつかりあった後の潮流の変化、見えない岩礁の位置など必要事項が網羅されていた。船長はそれを時折、確認しながら距離を測ると速度を調整して、少しでも安全な航行が行き届くように目を配った。


ベアーはその姿を見ておもった。


「船長は海図を確認しているけど……ほとんど勘でやってるんだ……」


暗闇の中、海図とにらめっこせずに要所しか確認しないのは船長がこの岩礁群の潮流を把握していることを証明していた。


「……すげぇ……」


ベアーは海の男の見せる背中にその神髄をみていた。


そんな時である、船長が声を上げた。


「皆、何かにつかまれ!!」


第二の関門というべき場所に到達すると船長は操舵手に声をかけた。


「前の岩礁をポート30(30度の角度で右にきれ)。その後、俺が7つ数える。7つ目と同時にスターボード15(15度の角度で左にきれ)。」


「アイアイサー!!」


 暗闇の中、大きな岩礁を目の前にした総舵手は震える声で答えた。不規則とも思える潮の流れを読んで航行する恐怖は並みではない。総舵手は緊張感から滝のような汗をかいていた。


「よし、いまだ!」


船長の声と同時に岩礁を避けるべく総舵手は舵を左に切った。


船長は舵を切るや否や数を数えはじめた


「1,2,3,4,5,6,7」


総舵手は言われた通り七つ目と同時に舵を右にきった。


船はガタガタと音を立てて激しく揺れた。


激しい波がケセラセラ号の左舷を襲う、それは波というよりはハンマーでたたくような衝撃であった。


ベアーはマストにつかまっていたがその横揺れに驚愕した。


「……これ、死ぬんじゃねぇの……」


ルナも同じ思いらしくその顔は真剣そのものであった。


「ちょっと、死ぬ時は一緒なんだからね!!」


ルナは道連れを厭わぬ覚悟(ベアーにとってははた迷惑)でベアーのローブの裾をつかんだ。だが横揺れが大きく、掴もうとした場所がずれた


「ちょっと、ルナ……そこ俺の股間!!」


 ベアーがそう言うとルナは一瞬『えっ……』という表情を浮かべた。だが、生きるか死ぬかの瀬戸際で放すわけにはいかない……ルナはベアーの股間をしっかりクラッチした。


『……痛いっ……使い物に…ならなくなる……』


 ベアーが悲痛な声を上げた時である。貨物室のドアの隙間からロバが顔を出した。そしてその前足でベアーを指すとニカッと笑った。


「おまえ、なんで笑ってんだよ、この糞ロバ!!」


 ベアーがそう言った時である……なんと今までのハンマーウェイブが嘘のように止んだ……どうやら潮流のぶつかる危険地帯をきりぬけたようだ。


「よかった、おさまったみたい……」


ルナがそう言うとベアーが声を上げた。


「ちょっと、ルナ、そろそろ……放してほしいんだけど……」


ルナは股間から手を放すとベアーの顔を見てニヤリとした。


「……まあまあね……」


ルナは意味深な一言を残すと何事もなかったかのようにしてベアーから離れた。



69

ケセラセラ号が危機的状況を乗り切ると船長が声を上げた。


「潮に乗ったぞ!」


海流がぶつかる潮目のデッドゾーンを越えたケセラセラ号は岩礁地帯の入口へと向かう新たな潮へと乗り換えていた。


船長は船が安定すると左舷の状況を確認するべく、船員に調査を命じた。


「大丈夫です、船長!!」


老航海士がそう言うと船長は左舷のヘリを撫でた。


「よく保ってくれた……」


船長はさかまくハンマーウェイブを耐え凌いだケセラセラ号に感謝の念を浮かべていた。そこには歴戦の戦友を褒めるようなあたたかみがあった。


「ベアー君、次が最後の難関だ。君のもたらした情報が吉と出ることを祈ろう!」


船長はそう言うと逆潮が流れ込む岩礁の入り口付近へと船首を向けた。


 はたして皮の手帳に書いてあった『満月の晩、潮の流れが変わる』というのは本当なのだろうか、ベアーは不安な気持ちとそうであってほしいという願望に複雑な表情を見せた。


                         *


 ケセラセラ号は潮の流れに身を任せ、岩礁を避けながらゆっくりと進む。満天の星が辺りに輝き、海面にうかぶケセラセラ号の行方を照らした。


「そろそろだ」


船長は海図を確認すると逆潮が流れ込む岩礁の入り口部分へと差し掛かった。


「どうやら俺たちには運があるようだ……」


 老航海士がそう言うと雲に隠れていた満月がタイミングよく表れ、その光が岩礁全体を包みこんだ。実に幻想的な光景で船員たちは息をのんだ。


 その時である、ケセラセラ号の進路を阻み絶望を与えてきた逆潮の流れが嘘のようにぴたりと止まった。


船長はそれを見て色めきたった。


「いけるぞ!」


そう言うと船長は操舵手を叱咤した。


操舵手は舵を切ると今がチャンスだとばかりに船首を岩礁の入り口へと向けた。


船員たちは思った、


『これでポルカに戻れる』そして『家族の顔を再びその目にできる』と……


その様子を察したルナは喜びの表情をうかべた


「やっと、帰れるね!」


ルナがそう言った時である、ベアーは妙に厳しい表情を浮かべた。


そして……


「死者の息吹を感じる……」


ベアーはそう漏らした。



70

そのときであった、マストに上っていた船員が震える声を上げた。


「……リーデル号だ!!」


ケセラセラ号の正面にはなんとあのリーデル号が現れていた。


 霧霞がかかったリーデル号はその大きな船体をゆっくり進めると、ケセラセラ号の進路を防ぐ位置へと侵入しきた。岩礁入口の複雑な潮流など関係なくまるで氷上を滑るようにして……。


ルナはそれを見て震え上がった。


「嘘よ、幻影を見せるオルゴールは壊れちゃったわ、そんなはずないわ……」


 既に魔導器はその効力を失っている、幻影が現れるはずがないのである。では眼の前に現れた船体は一体何なのか……


ルナは脱力して尻餅をついた。


 一方、ケセラセラ号の船員たちも息をのむと棒立ちになっていた、船首の先に現れた存在に気持ちを奪われ、夢遊病者のような表情を見せた。


「ヤバイよ、ベアー、あれ本物だよ……」


ルナが涙目でそう訴えかけた。


『本物……あれは本物なのか?』


ベアーがそう思った時である、彼の中で一つのひらめきが生じた。


『本物なら……いけるかも……やってみよう……』


ベアーは自分の勘を信じて船首に向かって走り出した。


                        *


船首につくとベアーは船長に話しかけた。


「このままだとリーデル号にぶつかります。何とか減速できませんか?」


ベアーに言われた船長は顔を上げた。


「何か意味があるのか?」


「やるだけのことはやらないと、ここで死ぬわけにはいきません!」


ベアーがそう言うと船長は頷いた。


「この風なら多少はなるかもしれん」


 船長はそう言うと『帆を張れ!』と船員に合図した。船員たちはそれに頷くとすぐに行動にうつった。


 闇夜の中、マストを登り、帆を張る作業は通常ありえない。わずかなかがり火、月光、星光、に頼るしかない状況でその行動は不可能とおもえた。


 だが船員たちはいつものチームワークを発揮した。死にたくないという思い、生に対する執着、望郷の念、それらが複雑に絡み合った彼らの行動は実に迅速で全く無駄がなかった。


それを目にしたベアーは熱い血潮が全身に駆け巡るのを感じた。


『みんな頑張ってるんだ、俺がここでへたれるわけにはいかない!!』


ベアーはそう思うと船首の先端に向かった。そして大きく深呼吸すると僧侶としての本分を発揮するべく祈りの言葉を口にした。



『神よ、われらは、亡くなりし御霊のための祈りを捧げ奉る。


この世から去りし魂たちの罪と過ちを赦し給いて


安息の地へと導き給え


大いなる慈悲と広き心で終わりなき命の源に


この者たちの御霊を導きたまえ』



ベアーはリーデル号に呼びかけるようにして鎮魂の祈りを捧げた。


 だが、その祈りは届かない……それどころかリーデル号はケセラセラ号の進路を完璧にふさぎ最悪の事態を引き起こさんと待ち構えた。


船員たちの顔が引きつり、絶望が彼らを飲み込まんとした。



だがベアーはあきらめなかった。



『俺はまだ死ねない……まだ、ニャンニャンしてないんだ!!!』



 僧侶がニャンニャンというのは良いのか悪いのか微妙なところであったがニャンニャンにかける少年の想いは並々ならぬものがあった。


ベアーは再び気合を入れて祈りを捧げた、



『神よ、われらは、亡くなりし御霊のための祈りを捧げ奉る。


この世から去りし魂たちの罪と過ちを赦し給いて


安息の地へと導き給え


大いなる慈悲と広き心で終わりなき命の源に


この者たちの御霊を導きたまえ』


                          *


最後の一説を唱えた時であった、なんとベアーの前に淡い緑光が現れた。


「これは……あの時の……」


ベアーがそう思った時である、その緑光はケセラセラ号の廻り一周してリーデル号に向かった。


『一体……どういうことだ!!』


 ケセラセラ号にいる全員がベアーと同じ思いを持った時である、岩礁群の中にあった船の墓場から無数の緑光が現れると、一勢にリーデル号へと向かった。


 その無数の緑光はリーデル号のマストに取り付くと、実に居心地良さそうにした。


ベアーはそれを見ておもった。


『リーデル号は船の墓場に縛られていた魂を迎えに来たんだ』


ベアーはそう思うと再び鎮魂の祈りを捧げた。


『これで駄目押しだ!!』


ベアーは魂を安息地へと導く、鎮魂の祈りをリーデル号に向かって捧げた。


                         *


 3度目の祈りが終わらぬうちであった、リーデル号は淡い緑光とともに岩礁の海域から掻き消えるようにしていなくなっていた。闇夜に輝く満月の光は海域に残されたケセラセラ号を優しく照らした。


ベアーは思った、



『これはきっと……ニャンニャンがもたらした奇跡だ!』



 童貞の少年が見せる『生』と『性』への想いは『船の墓場』にたゆたっていた魂をリーデル号へと導き、そして安息の地へと向かう新たな船出に送り出したのである。


その時であった、マストにいた船員が歓喜の声を上げた。


「やったぞ、抜けた、抜けたぞ!!」


ケセラセラ号は逆潮渦巻く岩礁群の入り口を抜けて大海原へとその船体を滑り込ませていた。


漁師がもたらした5年にわたる潮流の調査結果はケセラセラ号を死の岩礁地域から穏静の海へと導いたのである。


誰一人として死ぬことなくこの修羅場をくぐり抜けたのはまさに奇跡であった。





次回で5章終わりです。

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