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第二十五話

62

ルナの不安は的中した。なんと、ベアーはたき火をしている所に着くや否や海賊たちにつかまり、拘束されたのだ。


『何で捕まるわけ……』


ルナはそんなことを思いながら岩陰に隠れると、その眼にブラッドが映った。大仰に歩く姿は浮遊アンデットにおびえていた時と違い自信が垣間見えている。


『なんかあったんだろうな……』


どうやら一週間の間にケセラセラ号の船員と海賊たちとの間にあったパワーバランスが崩れたようでケセラセラ号の舵は海賊たちが再び握りなおしていた。


『あちゃ~、マズイ展開だわ……せっかく岩礁の抜け方がわかったのに~』


ルナはそう思うと、ロバを見た。


「あんたが、ベアーを止めようとしたのはこういうことだったんだ……」


ルナがそう言うとロバは大きくため息を吐いた。


                         *


「クソガキ、どこに行ってたんだ?」


ブラッドに詰められたベアーは思わぬ展開にどうしていいかわからず呆然とした。


「岩礁から落ちて死んだと思っていたが、ピンピンしてるじゃないか……」


ブラッドはそう言うとベアーをにらんだ。


「妙にきれいな身なりだな……普通なら風呂に入れないから汚いはずだ……なぜそんなに小奇麗なんだ……」


ベアーはそれに対し沈黙で答えた。


「顔色もいい、栄養状態もよさそうだな」


ブラットにねめつけらたベアーは下を向いてやり過ごそうとした。


「そうか……そういう対応か」


ブラッドはベアーの表情をみると老機関士を連れてくるように配下に命令した。


「しゃべらないなら、爺さんの膝を潰す……齢をとって膝をやられたらどうなるかわかるよな!」


そう言われたベアーの脳裏に祖父の言葉が浮かんだ。


『年を取ったら足がすべてじゃ……だが膝がやられると……終わりじゃ、歩けなくなると寝たきりになって……2,3か月でアボーンじゃ』


 祖父の言葉はまさにその通りで、歩けなくなった老人が時をおかずして亡くなる様をベアーも故郷の村で見ていた。


ベアーはマズイ状況になったと思った。


それを察したブラッドはカトラスの鞘を振り上げると老機関士の膝にめがけた。


「お前のせいで、爺さんの膝は潰れる、全部お前のせいだ!!」


 ブラッドはベアー本人を痛めつけるよりも年老いた人間を嬲る現場を見せたほうがベアーに対し苦痛を与られると考えていた。僧侶の持つ良心を毀損させる精神攻撃である。


「じいさん、歩けなくなると便所がきついぞ、垂れ流しだ!!」


そう言ったブラッドは半笑いになってカトラスの鞘を振り上げた。


『クソッ……』


ベアーは声を上げた。



「はなします……話しますから……鞘を納めてください」



ベアーがそう言うとブラッドはダメを押した。


「嘘をついたらどうなるか、わかっているんだろうな、船員全員をお前の前でカタワにしてやる」


 ベアーはブラッドを見て『本気だ』と確認すると『やむを得ない』という表情を見せた。そして洞穴の中にあった食料や温泉のこと、潮の流れが満月の晩に変わることを話してしまった。



63

「あ~あ、やっぱりしゃべったね……あいつ……」


ルナはベアーの僧侶の倫理観につけこみ、欲しい情報を手にしたブラッドの手腕に舌を巻いた。


「こういう時、僧侶って駄目よね……したたかに交渉しなきゃいけないのに……」


ルナは逆境でも交渉して道を切りひらく魔女らしい見解を述べた。


「どうするよ?」


ルナがそう言うとロバは『お手上げだぜ!!』という表情を見せた。


「ちょっと、あんたね……主人が捕まったんだからさ……何か考えなさいよ」


ルナがそう言うとロバは鼻をフガフガさせた。


それを見たルナは目を輝かせた。


「いいこと思いついた、あんた、突撃しなさいよ!!」


ルナが声を上げてそう言うとロバは体全体を使って『できるか、ボケ!!』と答えた。


「大丈夫だって、いけるって!」


ルナはロバをけしかけたが、ロバは頑として譲らない……


「意外と頑固なのね……いいわ、プランBに変更よ!」


ルナはそう言うとブラッドに負けず劣らずの性質の悪い笑みを見せた


                         *


 浜辺のたき火付近ではベアーの情報をもとにケセラセラ号の出航準備をブラッドが練っていた。


「いいか、お前ら。明日、満月の晩にここを出るぞ。この閉鎖された環境ともおさらばする!」


ブラッドはそう言うと息巻いて続けた。


「俺たちの船は沈んだが、この船と船荷があればそれなりの対価は確保できる。お前達にもそれなりの『モノ』を分配できるだろう」


 ブラッドの発言した『それなりのモノ』という単語に金の匂いを嗅ぎ取った海賊たちは勝どきを上げた。ニンジンをぶら下げられた彼らにはケセラセラ号の船長に救助された恩など地平線の彼方に消えていた。


                        *


その姿を遠目で観察していたルナは大きく息を吐いた。


「やっぱり、犯罪者は駄目ね……クソだわ」


 ルナは更生の見込みもない海賊連中を見て反吐がでそうになった。ルナはロバをチラリとみると声をかけた。


「いいよね、荒療治で!」


ルナがそう言うとロバもうなずいた。


「いくよわ!」


ルナはオルゴールを手に取り、勢いよくそのふたを開けた。


「さあ、幻影アンデットちゃん、あとはよろしく!!」


ルナはオルゴールの幻影を用いてその場に混乱を引き起こし、ベアーを救出しようと考えていた。


「………」


「………」


「………」


だがアンデットは……現れなかった……オルゴールが作動しないのである。


「どうなってんの、これ……』


言われたロバは首をかしげた。


なんと土壇場での不発であった。



64

ブラッドは声のトーンを変えた。


「俺たちの計画に気付いたこいつらには生きていてもらっては困る……それに俺のメンツをつぶしたしな。」


ブラッドは船長に殴られた頬に手を当てた。


「傷むんだよ……お前に殴られたところが」


そう言うとブラッドはカトラスを抜いた。


「けじめはつけさせてもらうぜ」


潰された面子を取り返すべくブラッドは船長の首をはねようとした。


「押さえつけろ!」


ブラッドがそう命じると配下の海賊が船長の髪をつかんで頭を下げる姿勢を取らせた。


「世話になったな、船長さんよ!!」


ブラッドがそう言ってカトラスを振りかぶった。


 その時である、絶望的な状況が浜辺で展開するや、一人の海賊が『待った!』をかけた。


「船長、そりゃあまりに不憫だ、命を助けてもらった恩がある、やりすぎだ!」


声を上げたのは髭デブのマットであった。


「船と荷物を奪うんだ、そこまでしなくとも……それにこの島に置き去りにするんだ……わざわざ手を下す必要は……」


マットがそう言うと船長はカトラスをマットに向けた。


「誰に口を聞いている?」


ブラッドは三白眼の目でマットを見た。


「俺たちは義賊じゃねぇ、妙な情けをかけるんじゃねぇ!!」


ブラッドはマットを怒鳴り散らした。


だがマットは不服な表情を浮かべた。


「何だ、その反抗的な態度は? 路頭に迷ったお前らを拾ってやったのは誰だと思っている!!」


ブラッドはそう言うとマットの顔をねめつけた。


「お前が殺れ、こいつの首を落とせ!!」


ブラッドはそう言うと手にしていたカトラスをマットに無理やり握らせた。


「そいつの首を落として組織に忠誠を誓うんだ、そうすれば今の態度は忘れてやる!」


 ブラッドがそう言うや否や気を利かした配下の海賊たちがマットの周りを囲んだ。マットは一瞬にして四面楚歌の状態に追いやられた。


「………」


 だがその状態は逆に揺らいでいたマットの肚を決めさせた。マットは周りを見ると静かだがよく通る声で語りかけた。


「俺たちは海賊だ、商船を襲ってその船荷を奪う……場合に寄っちゃ人を殺めることもある。だが……自分の命を拾ってくれた人間に義理立てしねぇのは海の男として立つ瀬がねぇ!!」


マットはそう言うと渡されたカトラスを逆手に握り替えた。


「お前ら、よく見とけや!!!」


 マットはそう言うとカトラスを自分のわき腹に向けて突き刺した。まさかの展開に周りで見ていた海賊たちは大きく目を見開いた。


「……まだだ……こんなもんじゃねぇ……」


マットはあふれる出血も気にせず突き刺さったカトラスを今度は横一文字に引いた。


「……これが海の男の……けじめの……つけ方だ……」


息も絶え絶えにそう言うとマットはその場に突っ伏した。


それを見ていた周りの海賊たちはマットの壮絶な自害に沈黙した。



『やべぇ マットの野郎……ガチで腹を切りやがった……』


『ウソだろ……マジもんじゃねぇか……』


『……義理を立てるって……やりすぎだろ……』



 浜辺に滴るマットの血を見た連中は声を失い震え上がった。想定外の展開は明らかにその場に恐怖という感情を産み落した。


 だが、この状況は新たな展開を生んだ、なんと機能しなかったオルゴールが動き始めたのである。


『今のが……呼び水になったんだ……』


 ルナはマットの行為が周りに海賊たちに影響し、その影響が引き起こした恐怖がオルゴールに伝播したと考えた。


例の浮遊アンデットはにわかに現れると浜辺を飛び交い始めた。



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