第二十四話
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翌日からすり鉢状になった底から脱出するべく二人は内周を散策した。
だが20m以上の高さ、40度にちかい傾斜、そして足元を安定させないサラサラの砂は二人の行く手を阻み続けた。
「昇るのは無理ね……」
「ああ」
ベアーはスロープの険しさもあるがそれ以上に足元を安定させない砂の存在に唇を噛んだ。
「とにかく登れそうなところを探すしかない……」
2人はそう思うと浜辺に戻るための道を再び探した。
*
結局、探索はうまくいかず一週間にわたる努力も芳しい結果はともなわなかった。手がかりになるようなものもなく二人はすり鉢状になった底で右往左往するしかなかった。
だが、その一方で食料(干した鱈、乾燥ジャガイモ、乾燥トマト)が潤沢にあり、なおかつ温泉(壁面に描かれた地図から発見)があるという環境のため生活は困らず、2人は心身ともに健康な日々を送ることができた。特に食事面は意外に充実していた。
ベアーは乾燥トマト(食料庫で新たに発見)を使ったスープ、乾燥ジャガイモを練り上げたニョッキ、塩抜きして戻した鱈のソテーなど、新しいレシピを完成させた。
一方、ルナはのど越しのいいポタージュを作るため自分ですりこぎ(船の墓場で手に入れた木片を岩で削ったもの)を作り、乾燥ジャガイモを細かく潰すことに成功していた。
脱出経路は見つからないものの、それなりの日々を送る二人には妙な充実感が生まれ、その距離はさらに近づいていた。
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温泉を出た後、2人はいつものように洞窟に戻ると乾燥ジャガイモを潰したポタージュをつくることにした
ポタージュの塩分を干した鱈で調整するとスキルを身につけルナは最後にオリーブオイルの瓶を手に取った。
一般的に油というのは時間が経つと酸化して駄目になるのだが、洞窟内の涼しく乾燥した環境で保存されていた瓶詰は思いのほか状態が良く、傷んではいなかった。
ルナは木皿(座礁した船の木片を岩で削ってつくったもの)にもったポタージュにオリーブオイルを廻しかけるとベアーに渡した。
「さあ、たべましょう!!」
ベアーは『待っていました!!』と言わんばかりの表情を見せると早速スープを口に運んだ。滑らかなのど越しと鱈のうま味が出たスープは想像以上の出来であった。
「ポタージュいけるね!!」
ベアーはそう言うと感心した表情を見せた。そこには頑張った妹を褒める兄の微笑があった。
一方、それに対してルナは今まで見せたことのない表情を浮かべた。そこに『妹』というポジションをそろそろ変化させたいという意図が見え隠れしていた。
「おにいちゃんプレイはさぁ、卒業して……別のプレイに移ってみない?」
ベアーは怪訝な表情をうかべた。
「何、その別のプレイって?」
ルナは意味深な笑みを浮かべた、そして……ポツリと言った。
「……新婚プレイ……」
言われたベアーは少し考えた後……微妙な表情を浮かべた。
「無理じゃないかな……」
それに対してルナは間髪入れず言い返した。
「何でよ!!」
ルナがカチンときた表情を見せると、ベアーはその平たい胸を凝視した。ルナはその視線を感じ如何ともしがたい表情を浮かべた。
「ねっ、無理でしょ!」
ベアーがかわいらしい表情をみせて首をかしげると……ルナの拳が飛んだ。
「舐めてんのか、ゴォラァ!!! これから大きく育つんだよ、オラ、オラ!!」
ルナはベアーを殴ったあとその胸倉をつかむとすさまじい力でグイグイゆすった。
「将来有望なんだよ、私の胸は。夢が一杯、詰まってるんだよ。感度は貧乳が一番なんだよ、オラァッ!!」
『貧乳感度最高説』を唱えるルナはベアーの首を絞めあげた。
「……やめろ、死ぬ……」
ベアーが息も絶え絶えにそう言った時である、洞窟内に異様な音が断続的に響いた。
その音を聞いた二人はギョッとした。
「まさか……アンデット……」
命を懸けたコントを中断した二人は顔を見合わせた。
*
2人がちびり上がっていると音を立てる元凶がやって来た。
それは二人の前で立ち止まると目を光らせた。
『………』
『………』
「ロバ……じゃん……」
なんと二人の前に現れたのはロバであった。その顔には『お前らいつまで遊んでんだよ!!』と書いてあった。
ベアーがホッと息をなでおろすと、ルナはそれを尻目にロバの所にむかった。
「あんた、ここにどうやって来たの?」
ロバはチラリとルナを見やると『着いて来い!』と顎をしゃくった。
2人は顔を見合わせてロバの後をついていくと、ロバは入り口から20mほどの所で止まった。
「別に何もないよ、ここただの壁じゃん」
ルナがそう言うとロバは『よく見ろ!』という表情を見せた。ベアーはそれを見て壁面をカンテラで照らした。
「これ……壁……じゃない……」
ベアーは壁面だと思っていた部分が人工的に細工されていると気付いた。
ベアーはその部分を押してみた。
さほどの力も必要なく石壁は動いた。なんと石壁と洞穴の接触面には動かしやすいようにキール(船の背骨部分)を応用した歯車がついていたのだ。
「ここ通れるぞ……」
ベアーが洞窟の壁面だと思っていた場所は別の道に続く入り口だったのである。まさかこんな近くに抜け道が続いているとは……『灯台、下暗し』と入ったものだがまさにその通りであった。
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ベアーとルナは荷物をまとめるとロバの通って来た道を進んだ。ヒカリゴケが至る所に繁茂していてカンテラの必要がないほどに洞穴内の道は明るかった。だが向い風が強く二人はその風に時々煽られた。
「この風、強いわね……」
ルナに言われたベアーは頷いた。
「多分、あの石の扉は風を防ぐために造ったんだろうね……こんな強い風が吹き込んで来たら寝てるうちに風邪ひくだろうし……」
ベアーがそう言うとルナが鼻をムズムズさせた。
「何か潮の匂いがする」
「この道は海岸の浜辺のどこかにつながってるんだよ……」
ベアーがそう言うとルナがうれしそうな顔をした。
「ということは……やっと帰れるね……」
ルナが言うとベアーは頷いた。
「あの手帳に書いてある脱出経路が正しければだけどね……」
ベアーはそう言うと足早にすすんだ。
ルナはその背中を見て小さな声でひとりごちた。
「……新婚プレイ……したかったな……」
ルナはそう言うと大きく息を吐いて気持ちを切り替えた。
「おにいちゃん~、おんぶ!!」
再びおにいちゃんプレーへと舵を切り直したルナはベアーの背中を追った。
*
ベアーたちが出た先は岩礁の入り組んだところで上陸した浜辺からはそれほど離れていなかった。
「やっとだよ……ここまで帰って来たか」
ベアーはそう言うと浜辺の方に見えたたき火の煙に気付いた。
「よし、船長に報告だ!!』
ベアーは皮の手帳を握りしめると煙のほうに小走りで向かおうとした。
だが、それをロバが邪魔した。
「何だよ、速く船長に報告しないといけないんだから……」
ベアーの頭の中は『岩礁脱出のための情報を船長に伝えるんだ』という考えでいっぱいで、ロバの行為は邪魔でしかなかった。
「邪魔、邪魔、どいて!!」
ベアーはそう言うとロバを振り切り、煙のほうに声をあげながら走って行った。
ルナはそれを見るとロバに話しかけた。
「ああいうところは子供っぽいよね……超真面目って言うか……報告なんかあとでいいのに……こういう時はデカい面して帰ればいいのにね」
ルナが鼻をほじりながらそう言うとロバは如何ともしがたい表情を浮かべた。
「何……なんかマズイの?」
ルナはロバの顔を見て一抹の不安を感じた。