第二十三話
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ルナがオルゴールの蓋を閉じると……何と、今まで浮遊していたアンデットがうそのようにかき消えた。
「多分、この魔導器は魔力じゃなくて人間の感情、恐怖をエネルギーにして作用する仕組み何だと思うわ」
ルナがそう言うとベアーもそれに同意してうなずいた。
「僕たちは幻影をずっと見てたんだ……そしてその幻影に恐れて、その恐怖が余計に魔導器の力を増幅させたんだね……」
ベアーがそう言うとルナが続いた。
「あの幽霊船、リーデル号も幻影だったんだわ……それに惑わされて……この岩礁に……」
「船員や海賊の恐れる心が幻影を増幅して存在していないものを見せていたんだ……これが幽霊船のカラクリだったんだ。たぶん、舵が効かなかったのもリーデル号の呪いじゃなくて海流に阻まれていたんだろうね」
ベアーは確信に満ちた表情を見せた、だがその顔色は暗く沈んだままだ。
「……だけどこの漁船にいた漁師の人たちは……その幻影に飲まれて……最後は……」
2人はオルゴールの持つ魔力に翻弄され悲痛な最期を遂げた漁師を気の毒におもった。
「俺、お墓に行って祈祷してくるよ」
ベアーはそう言うと航海日誌を持って外に出た。
*
祈祷を終えてルナと合流したベアーは再び航海日誌に目をやった。
12月1日
『仲間をとむらったことで気が抜けたのだろうか、妙に気が抜けている……』
12月10日
『どうやら風邪をこじらせたようだ……熱が高い』
12月13日
『今までの脱出計画を見直していたところ、俺はあることにきづいた……ひょっとすると可能性があるかもしれない』
12月15日
『最後の計画を練った……だが熱が高い……これでは出発できない』
そして最後のページには
12月20日
『体調が芳しくない……だが……俺は帰りたい、待っている人がいる……』
と記されていた。
ベアーは閉ざされた環境の中、脱出をあきらめずに必死に生きようとした人間の軌跡を日誌の中に見出した。ベアーのまぶたには自然と光るモノが浮かんでいた。
そんな時である、ベアーの前にぼんやりとした緑光が浮かびあがった。
『これは……』
ベアーの中で強い確信がうまれた、それは僧侶の勘から生じたものである。
「死者の息吹……」
ベアーは間違いないと思った。
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淡い緑光はゆらゆらとたゆとうと、ベアーたちを船の墓場から離れた所に導こうとした。
「ちょっと、ベアー、大丈夫なの、ベアー……」
ルナは再びひきつった顔を見せた、その表情にありありと恐怖が浮かんでいる。だが、ベアーはそれを無視するとスタスタと緑光についていった。
「一人にしないでよ!!」
ルナはすさまじいダッシュを見せると鼻水を垂らしながらベアーの背中に飛びついた。
*
緑光はサラサラとした砂が滝のようにして落ちてくる岩礁の壁面をゆらめきながら進んだ。相変わらず険しいスロープが続き登れるような場所はない……
『どこに行くつもりなんだ……』
ベアーが不安な思いを持ち始めた時である、淡い緑光がそのうごき止めた。そこは今までと変わりのない砂で覆われたスロープであった。
「どうなってんだ」
ベアーが疑問を持った時であるルナが背中から飛び降りた。
「何にもないじゃん~」
そう言ってルナは砂の落ちてくる斜面に手を置こうとした。
「……アレ……」
何とルナは岩盤があるはずの空間に吸い込まれるようにして倒れこんだ。
ベアーはそれを見て驚いた。
「ここだけ空洞に……なってるんだ……いや空洞じゃない、洞穴だ……」
ベアーがそう思うと緑光は洞穴の奥へとむかった。
「ちょっと……砂が……砂が……助けなさいよ!!」
砂に埋もれ始めたルナが声を上げるとベアーは憐れんだ目を向けて進んだ。
*
洞穴と思った空間はヒカリゴケがあるため暗いものの何とか進むことができた。ベアーは緑光について5分ほど歩くとと突き当りにぶつかった。ベアーはその空間に目を凝らすと壁面に掘られた凹みにカンテラが置かれているのにきずいた。
「ここで誰か住んでいたのか……」
ベアーはそんなことを思いながらカンテラに灯をともすと空間の全貌がにわかにわかった。
「机にいす、それに……なんだ、これは!」
ベアーが洞窟の壁面にカンテラを向けるとそこには想定外のものが記されていた。
「これ、地図だ……食料のありか……それに水もある。」
だがそれ以上に驚くべきものが壁面には記されていた。
「この地図……海流の流れを図示してあるんだ……」
ベアーは壁面に書かかれた岩礁の地図に気付き、大きく目を見開いた。
『そうか……紙がないから……洞窟の壁面をノート代わりにして……』
ベアーは孤独な戦いの中で必死にもがく漁師の姿を思い浮かべた。
『大したもんだ……』
ベアーがそうひとりごちた時である、緑光は机の方にベアーをいざなった。
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ベアーが机の引き出しを開けるとボロボロになった皮の手帳があった。ベアーはそれを手に取ると中を覗いた。
『病状はかなり悪い……風邪をこじらせただけかと思ったが……どうやらそうではないらしい……最初に死んだ仲間と同じ症状だ。』
ベアーは息をのんでページをめくった。
『熱は下がらないが、どうしても試したいことがある……満月の晩、潮の流れが変わるところがある……ひょっとしたら、あそこに行けば……』
ベアーは潮の流れが変わるという内容に大きく目を見張った。
『やはり……思った通りだ……満月の時は潮の流れが変わる。船を動かす力がおれにあれば……』
次のページをめくると岩礁群を簡易的に記した地図があった、実に簡素であるが的確な潮流のかきこみがしてあった。ベアーはその中に特徴のある印を見つけた。
「この印……多分、潮の流れが変わるところを記してあるんだ」
ベアーがそう言うとルナも声を上げた。
「これで脱出できるかも……」
言われたベアーは強く頷くとページをめくった。
『………』
だが、次のページには何も書かれていなかった……
それを見たベアーは唇を噛みしめた、その姿を見たルナも何が起こったか覚ったようだ、何とも言えない表情を浮かべた。
ベアーは立ち上がるとたゆたう緑光の方に体を向けた。
「ありがとうございます」
ベアーが深くお辞儀すると淡い緑光はベアーの持つ日記の前で灯をゆらめかせた。
「ページをめくれってことですか?」
促されたベアーはページをめくった……そして最後のページに至った。
ベアーはそこに書かれた文面を見てルナと同時に声を上げた。
「マジか!!!」
ベアーが驚いて緑光の方に顔を向けると……緑光はすでに消えていた。
ベアーとルナは顔を見合わせた。
「こんなことって……」
「あるんだね……」
2人は声をシンクロさせて驚嘆した。
*
その後、ベアーとルナは洞穴の壁面をにあった地図を頼りに食料(鱈の干物、乾燥ジャガイモ、水を手に入れた。
ベアーは洞穴内にあった鍋を使って鱈の干物(塩抜きしたもの)とジャガイモで即席スープを作ると大きく息を吐いた。
「さあ、食べよう!!」
ルナはその言葉と同時にスープにスプーンを突っ込んだ。
*
水で戻したじゃがいもと塩鱈の相性はすこぶる良く、極めて単純なレシピ(水でもどして鍋で炊いただけ)にもかかわらずその味は格別であった。ほぐれた鱈の身は適度な食感があり、生の鱈以上に美味いと思った。
アンデットが幻影だとわかったルナは精神的に解放されたこともありベアー以上にがっついた。
「この芋をさあ、つぶしてスープに溶かすととろみがいい感じよね」
ジャガイモのでんぷん質の特徴に気付いたルナがそう言うとベアーも頷いた。
「ジャガイモを潰してポタージュみたいにしてもいいかもね」
「それいい考えだね……」
ルナはそう言ったが、その顔が急に沈んだ。
「ところでさぁ……ここからさあ、どうやって出る?」
言われたベアーは腕を組んだ。
「そうだね、潮流の事がわかっても……このすり鉢底を登って船まで戻らないと意味ないしね……」
2人は直面した問題に頭を抱えた。
「まあ、明日考えよう!」
ベアーは気持ちを切り替えるとスープを口に運んだ。
残念なお知らせです
文章のストックがなくなりました……たぶんうpがおくれます。
ラストは決めてあるので失踪はないのでその点は大丈夫です。
いつも読んでくれてる方、感想をくれた方、大変申し訳ありません。