第二十二話
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2人はすり鉢の底になった周辺を徘徊してみたが『船の墓場』以外に見当たるものはなかった。
「登れるところはないし……どうしようか……」
「そうだね、腹も減ってきたしね……」
ベアーがそう言った時である、急に天気が悪くなり大粒の雨粒が二人の体を穿ちだした
「この雨で体が冷えたら、風邪ひいちゃう……」
ベアーはそう言うと朽ちた船を指さした。
「あそこに避難しよう」
ルナは実に嫌そうな目でベアーを見たがベアーが一人でサクサク進むのでしょうがなくついていくしかなかった。
*
2人は船の墓場につくと雨宿りができそうな船に一時避難した。
「なんか暗いよね……この船……」
ルナは船の持つ雰囲気に不穏なものを感じていた。
「ルナ、ビビッてても意味ないよ」
ベアーがそう言うとルナは『ビビッてない』という表情を見せた。だがその顔は引きつっていて、全身ガクブル状態になっている。
「あんたは、怖くないの……アンデット?」
涙目になって尋ねるルナに対してベアーはしみじみと答えた。
「べつにこわくないよ。葬式で幽霊系の体験はしているけど……霊魂や魂は人に害を与えるほどの力はないからね」
ルナは驚きの表情を見せた
「死者の魂はもうこの世のものじゃないから……生者の世界には干渉できないんだ」
そう言ったベアーは怪訝な表情を浮かべた。
「……だけどここのアンデットはちょっと変なんだよね……」
「ちょっと変って何よ?」
ルナに尋ねられたベアーは微妙な顔つきを見せた。
「死者の息吹が感じられない……」
『死者の息吹』とは天に召される前の生者の残り香の事である。葬式の時には必ずと言っていいほど僧侶が感じるものだ。
「ここのアンデットはなんか……変なんだ……』
「じゃあ、さっき飛んでたヤツは何なのさ?」」
ルナの疑問はもっともでベアーにとっても不可思議であった。
「わかんないんだよね……」
ベアーが頭をかいてそう言った時である、例の浮遊アンデットがどこからともなく現れた。
「ちょっと……また出て来たじゃない……」
ルナは不安な表情を見せるとベアーに抱き着いた。
「なんとかしてよ、おにいちゃん~」
ルナは鼻水を垂らしてそう言った。
そんな時であった、ベアーは墓場の中にある一艘の船から不可思議なものを感じた。
「これ……死者の息吹かも……」
ベアーはそう思うとルナをおぶって移動した。
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ベアーは浮遊アンデットを無視して気になった船にむかった。その船は全長15m、幅4m、ポルカの港でよく目にする中型の漁船であった。6、7人の漁師が近海にいるアジやサバをとって港に戻ってくる姿をベアーは何度も見ている。
『この船だ……調べてみよう』
ベアーはそう思うと緊張した面持ちでその船の操舵室に入ってみた。
*
住居の様に整えられた部屋は以外に広く、簡易的なベッドもあった。ベアーは中を見回すと舵の隣にあった冊子を手に取った。
『これ、航海日誌だな……』
ベアーはルナを背中から下ろすと航海日誌に目を通した。
*
日誌は淡々としていて取れた魚、網の状態、天気の事など至って普通のことしかかれていなかった。備考欄にも特にこれといったことは記されていない。
『別に何にもないな……』
ベアーはそう思いながらペラペラと日誌をめくっていたが、ある日を境にしてその内容が激変した。
『この日から……おかしくなってる……』
ベアーはその一説に目をやった。
10月3日 1時
『急に天気が悪くなった……気温は寒いのか温かいのかよくわからない。とりあえずポルカに帰港しようと思う』
10月3日 3時
『天気がおかしくなってから2時間……妙なものが船の廻りに浮かびだした。おおきさ30cm位であろうか、うねうねと乳白色の物体がまとわりつきだした……』
10月3日 3時半
『わずか3時間で舵がきかなくなった、船員はパニックに陥っている……どうしたものか……』
10月3日3時45分
『まさかの事態が生じた、あの……噂話だと思っていたリーデル号が目の前に現れた……これは一体……』
ベアーは日誌を読んで漁船と同じ状況に自分たちが置かれていることに気付いた。ベアーは隣で覗くルナにも見えるようにしゃがむと再び日誌に目を移した。
10月5日
『気づくと妙な岩礁群のあるところに船は流されていた。帰港するために岩礁群の中を行ったり来たりしたが、潮の流れが速すぎて岩礁群から脱出できない……』
11月6日
『船員の1人が亡くなった……精神的な摩耗だと思う……』
12月5日
『岩礁での暮らしにも慣れてきたが、あの浮遊する化物にはいまだになれない……一体あれは何なのか……』
ベアーはそこまで読むとルナが不安な声で訴えた
「私たちもこの人と同じようになるのかな……」
ルナがそう言うとベアーは何とも言えない表情を見せた。
「わからない……だけど、すぐ死ぬことはないんじゃないかな……アンデットに襲われるようなことは書かれてないし……」
ベアーはそう言うと再び日誌に目をやった。
3月6日
『あの浮遊する化物の住処と思しき場所を見つけた、やはりあいつらはリーデル号から来ていたんだ。とりあえず探索する事にしようと思う』
3月8日
『とんでもないことが起こった……リーデル号の探索に向かった仲間が死んでしまった。リーデル号の中に入るや否や……同士討ちをはじめたらしい……生き残ったのは外で待っていた俺だけだ……どうしよう……』
10月6日
『あれから1年がたった、精神的にはかなり厳しい……相変わらず脱出を試みる日々を送っているが、今日もダメだった……どうすればいいのだろうか……この潮の流れもリーデル号のせいなのだろうか……』
ベアーは必死になって脱出しようと試みる漁師に気の毒な思いを持った。頼れる仲間を失い孤独な状態で恐怖と戦わなくてはならない……そのつらさは尋常ではなかろう。隣にいたルナも憐憫の情を浮かべている。
10月8日
『この岩礁についてから、早5年……俺の気持ちはもう持ちそうにない……』
10月15日
『いまさらながら……俺はリーデル号で死んだ仲間の遺体を拾いにいった。今まで怖くて行けなかったからだ……だがあの場所にはリーデル号はなく……仲間の屍だけが横たわっていた。一体、あの船はどこにいったのだろう』
10月17日
『墓を掘って埋めようとした時、仲間の身に着けていたカバンから小さなオルゴールが出てきた。とても精巧でかわいらしいものだ……だが一体このオルゴールは何なのだろうか……確か網にかかったような、そうでないような記憶に定かでない……とりあえず操舵室に置いておこうと思う』
11月2日
『最近、浮遊する化物の姿が少なくなった……なぜなのだろうか……死んだ仲間の墓を作ったからだろうか……いや、違う……多分……見慣れて恐怖を感じなくなったからではないだろか……化物も恐れを感じない者の前には出ないのかもしれない……』
ベアーは11月2日の一説を見てピンときた。
「これだ……これだよ!」
ベアーが大きな声で言うと隣でいたルナが驚いた。
「やっぱりあの浮遊アンデットは本当のアンデットじゃないんだよ!!」
ルナはそれを聞いて『コヤツ、血迷ったか……』という表情を見せた。なぜなら今も浮遊アンデットは辺りを飛び交っているからだ。だがベアーはそんなことに気にせず続けた
「あの浮遊アンデットからは死者の息吹が感じられない……やっぱりあれは別物なんだよ」
それに対してルナは間髪入れずに質問した。
「じゃあ、一体、何だっていうの?」
尋ねられたベアーは自信を持って答えた。
「きっと幻なんだ」
「はっ?」
ルナは素っ頓狂な声を上げた。『ヤバイ……ベアーがマジで狂った……』そんな風な表情を見せた。
だがベアーはそれに気にせず持論を述べた。
「恐怖という感情がファクターなんだよ、それがこの幻影アンデット達を引き寄せているんだ」
ベアーが自分の仮説に自信を持ってそう言った時である、ルナがそれに対して冷や水を浴びせた。
「あんたね……そんな都合のいい幻影アンデットなんて作り出せるはずないでしょ、そんなの魔法でも使えなきゃ無理よ、この岩礁に魔法を使えるような人間がいると思ってんの?」
言われたベアーは沈黙した。
「魔女がいるわけでもないんだし……幻影を見せる魔法なんて……」
ルナが自分でそう言った時である、突然、何か思いついた表情を浮かべると、その頬が一瞬にして紅潮した。
「……ベアー、あんた……当たってるかも……魔法よ、そう魔法、正確に魔法じゃないけど!!!」
「えっ?」
ベアーが怪訝な表情を浮かべるとルナが高揚した口調で答えた。
「魔導器よ……魔導器があるのよ、魔導器があれば魔法が使えない環境でも幻が造れるわ」
魔導器とは魔力を帯びた特殊な道具である。300年前の魔人との戦いで数多く製造され、モンスターを倒すために大活躍している。
だが、魔導器と言われたベアーは首をかしげた。
「魔導器なんてもうないよ……博物館で展示されているものは別だろうけど……それに今はもう製造も使用も禁止されてるし……』
ベアーに言われたルナはニヤリとした。
「あるわ、答えはここに書いてあるでしょ!」
ルナはそう言うと航海日誌に書かれたある単語を指さした。
「これよ、これ、オルゴール!」
言われたベアーは『目からうろこ』といった表情を見せた。