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第二十一話

50

だが……思わぬ展開が待ち受けていた。なんとブラッドの一撃を髭デブが体を張って受け止めたのである。


髭デブは肩口に突き刺さったカトラスを握るとブラッドをいさめた。


「お頭、他の奴らの気が立っています……これ以上みっともない姿を見せないでくだせぇ」


ドスの利いた声で髭デブが言うとブラッドはたじろいだ。


「いきがったところで他の奴らの眼を誤魔化すことはもうできやせん、いまのお頭の力じゃ、だれも言うことは聞きやせんよ。この状況を切り抜けるには……船長さんの力を借りるしか」


髭デブは命を懸けたやり取りの中でブラッドの無能さと同時に、船長の力量を見ぬいていた。


「矛を収めてください……お頭』


髭デブが差し違える覚悟でそう言うと、その圧力に屈したブラッドはカトラスから手を放した。


それを見た髭デブは船長に向き直るとカトラスが肩に刺さったまま土下座した。


「どうか……よろしく…お願いしやす……」


髭デブはそう言うとそのまま意識を失った。


                         *


 ベアーは船長の指示で髭デブ、マットの手当てを手伝うことになった。ケセラセラ号の老機関士が肩の傷口を縫い、ベアーがその上から回復魔法を用いて止血をするというものであった。


傷は深かったが、幸い大きな血管を傷つけていなかったため死ぬようなことはなかった。


治療の途中でマットは気づくと二人に感謝の弁を述べた。


「襲った人間にまで治療をして頂けるとはおもっておりやせんでした。恩に切りやす。」


マットがそう言うと老機関士が答えた。


「お前さんが、あの時、身代わりにならなかったら船長は死んどった。あの行為は海賊と言えども一目置かざるを得ん。あの場を収めるけじめとしてはなかなかじゃったよ」


老機関士にそう言われるとマットは感謝の意を込めて小さく頷いた。


老機関士はさらに続けた、


「しかし、お前の頭は出来が悪いなぁ、何であんな奴が頭になっているんだ?」


マットは渋い表情を見せて内情を話すのをためらったが『助けてもらった恩だ』と思ったのだろう口を開いた。


「新しいお頭はもともとおかの人間なんです。俺たち海の男とは違う人種です。」


『陸』という言葉を聞くや否や老機関士は『なるほど』という表情を浮かべた。


「海での振る舞いが板についてないのはそういうことか。でも、なぜ陸の人間がお前らの頭なんだ、海の世界じゃ、ありえんだろ」


 航海というのは命を懸けて海に出ることになる、そこに知識や経験のない陸の人間が頭として君臨するということはありえない。それは海賊でも同じことである、今回のケースは異常といって過言でない。


尋ねられた髭デブことマットは重いため息を吐いた。


「前の頭が逮捕されて船が没収されたときに、ブラッドさんが現れたんです。俺たち海賊は陸でやっていく能力はありません。船と当面の金を用意するから組織に入れといわれて……それで俺たちはブラッドさんのいる組織に入ったんです」


「組織?」


「はい、俺たちは陸の組織に買収されたんです」


ベアーは横でその話を聞いていたが、犯罪組織のM&A(買収)があることに驚きを隠さなかった。


話はさらに進んだ、


「買収された俺たちは、商船を襲って荷物を奪い、その船を『陸の組織』に持っていくんです、そこで塗り替えて別の船として売り出しやした」


「奪った船のクルーは?」


「俺たちは強奪はしやすが、殺しはやりやせん。多分、人身売買されていると……全部わかりやせんが、言葉の通じない外国に送っていると聞いています」


ベアーはマットの話を聞いて犯罪収支に思いを寄せた。


『船の積み荷だけじゃなくて、船ごと奪う、そしてその船を別の船として売り出す……奪われた船の船員たちは人身売買される……完璧じゃないか……』


 ベアーは証拠を残さずに処理されていくその流れに驚きを隠さなかった。だがそれ以上に驚くべき言葉がマットから出た。


「あなたたちの属する船会社は『組織』とつるんでいるんです。この船の強奪計画ももとはそちらの船会社の社長から持ちかけられものでした。」


まさかの言葉にベアーは言葉を失った。


『マジかよ……』


どうやらケセラセラ号を所有する船会社が『陸の組織』とつるんで、自分の会社の所有する船を襲わせたらしい……


ベアーは一瞬で覚った。


『保険金詐欺だ』


 海賊保険に入っていなくても船自体が沈没、遭難すればそれに対応する保険が適用される。そしてその保険金額は海賊保険でおりる額よりもはるかに大きい。ベアーはケセラセラ号の船会社がとんでもない悪党だと確信した。


さらにマットは続けた、


「船会社は今頃、保険金を手に入れる算段をしているでしょう……組織とかかわりがあるとは誰もおもわないでしょうから……でも幽霊船に遭遇して本当に遭難するとは思っていなでしょうけど……」


マットはそう言う再びその身を横たえた。ベアーはそれを横目で見ながら今回の出来事を整理した。


『そう言うカラクリだったのか……海賊に情報を知らせて船を襲わせる。そして遭難に見せかけて船会社は保険金をせしめる……一方、陸の組織は奪った船を貨物ごと手に入れてそれを捌く。全て知っている乗組員は言葉の通じぬ外国に売っぱらう……なんて奴らだ』


幽霊船に遭遇したことでベアーは船会社の保険金詐欺と『陸の組織』の犯罪スキームを知るに至り、その目を大きく見開いた。



51

幽霊船リーデル号が霧の様に姿を消してからケセラセラ号は岩礁地域を注意しながら航海したが、思わぬことがわかってきた。


岩礁群に複数の海流が流れ込み、それがうねって新たな潮の流れを作るという状況になっていたのだ。


「どうだ?」


船長が声を上げると船員は首を横に振った


「こっちもダメか」


 岩礁群の中でケセラセラ号が通れる深さのある場所は海流が邪魔してその航行は阻まれた。Uターンして戻ろうともしたが、逆潮の強さは凄まじく進むどころか後退するほかなかった。


 岩礁群から抜け出るための航路はすべてが潮流により阻まれ、岩礁群の中に閉じ込められる形となっていたのだ。


「マズイな……」


 岩礁群から抜け出すための航路が見つからず船員たちは途方に暮れた。幽霊船が消えた後、何とか座礁せずに済んだものの、状況的には厳しいままであった。乗組員たちの間に再び不安感が渦巻き始めた。


だがそれに追い打ちをかけるように例の浮遊アンデットまで現れ始めた……


船長は芳しくない状況を打破するために腹案を出した。


「あの岩礁の近くに錨をおろすんだ!」


皆、船長を驚いた眼で見た。


「この潮の流れの特徴をつかむには日数がかかるはずだ、陸上して調査を行う。」


 船上で潮目を判断しても埒が明かないと思った船長は帳場(一時的な避難場所)をたてる選択を取った。船長は岩礁というには小さすぎる場所を指すとその砂浜部分に上陸するように命じた。



52

砂浜へは浮き袋を応用したボートで向かった。ベアーはロバとルナとともに砂浜に上陸すると久方ぶりの地面の感触にうれしくなった。


「やッパリ、陸っていいね~」


 ルナは嬉しそうに言うと身軽な動きで崖のように連なった岩石の上をトントンと昇っていった。


「ルナ、上の方はどうなってんの?」


ベアーは声を出してルナを呼んだ……だが返答はなかった。


『何かあったのかな……』


ベアーはそう思うとルナの後を追った。


                        *


 ベアーが岩礁の上部(高さ20m位)につくとルナ覗き込むような姿勢を取っていた。


「何見てんの?」


ベアーが尋ねるとルナが真っ青な顔で振り向いた。


「………」


無言のルナを横目にベアーはルナの覗いていた空間に目をやった。その空間はクレーター状になっていて、かなり深くへこんでいた。


『なんだ……これ……』


 ベアーは昇った先が台地上になっていると想定していたが、実際はスープ皿のようにへこんでいた。だが驚くべきはその形状ではなく、その凹みの中心部分であった。そこには無数に座礁した船が幾重にも重なり朽ちた姿をさらしていた。


「ここ、船の墓場みたい……」


ルナが泣きそうな声でそう言った時である、先ほどまでいなかった浮遊アンデットが再び飛び交いだした。


「ちょッと、どうすんのこれ……」


浮遊アンデットはまとわりつくように二人の廻りを飛んだ、その様は恐怖する二人をあざ笑うかのようであった。


「私、オバケは駄目なんだって……こっち来ないでよ!!」


浮遊アンデットに煽られたルナはなんとかのがれようとしたが、足元の小石につまずくとそのまま岩礁から足を滑らせた。


「危ない!!」


ベアーはルナの二の腕をつかんだ……だが……体勢が悪かった。


『あっ、これは……マズイ……』


2人は無情にもすり鉢状になった砂状の大地を転げ落ちた。




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