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第十八話

41

船は無事にダーマスの港を出た。海上は天気も良く、昨日までの強風がまるで嘘のように晴れ渡っていた。


ベアーはカモメの飛び交う姿をのほほんと眺めていたが、大空を飛び交うその様子は実にのびやかで気持ちよさそうだった。時折、船のマストに下りて羽を休める姿は大海原を渡る前の準備をしているようで見ていて趣があった。


『空が飛べたらいいだろうな……船酔いもないだろうし……」


 ベアーは滑空するカモメから視線を移すと、従業員の休息所のほうに向かって歩いた。


『アレ?』


 ベアーが休息所の中に目をやると、中では一人の少女が背中を丸くして座っていた。少女は膨らんだポシェットの中身を確認しながら、ニタニタしている。


『何が入ってるんだろ……』


 ベアーが気づかれないように窓の端のほうから覘くとポシェットの中には複数の光石が入っていた。どうやら宝石類(ルビー、サファイヤ、エメラルドなど)ようで少女はそれを見て何とも言えない表情を浮かべていた。



『イヒヒイヒイヒヒイッ……いひひひひ……ピカピカ最高です~~』



まさに魔女ともいうべき笑みを浮かべたルナは悦に浸っていた。ベアーはその様子を見てため息をつくと声をかけずにその場を去った。


                         *


 夕方になると船は錨をおろし沖で停留した。順風満帆とは言ったものだが、計画通りの航海で落ち着いた夜を海上で過ごすことになった。船内で波に揺られながら眠るのはいまだなれなかったが、船酔いはほとんどなくベアーは船旅に慣れてきた自分に小さな成長を感じた。


『しかし、ダーマスは色々あったよな……」


ベアーはハンモックに身を横たえると、ダーマスでのことを思い出した。


 ハイエナのような商人に干しかを買いたたかれて刃傷沙汰をおこした青年。美形の少年をオークションで落札した枢機卿。そして悪徳僧侶マークの力。

 わずか5日間しかいなかったダーマスであったが、ベアーが目にしたのはあまりに内容の濃いものであった。


『大変だった……でも仕事は滞りなくいったし……マズマズだよな』


ベアーは貿易商見習いとしてしっかりした一歩を外国で残したことにとりあえず納得した表情を浮かべた。


だがその一方で、別の考えがもたげてきた、


『でもあっちの方は微妙だったな……ニャンニャンするどころか……危うく異世界の扉(肛門的な意味)が開くところだったし……まあ、足し引きゼロってとこだろうか……』


 童貞卒業に失敗したベアーであったがケツの貞操を守ったことでこの旅を成功したことにしようとおもい眠りについた。



42

だがそんなベアーをまたしても事件がおそった。それは翌日の早朝、まだ日の昇らぬうちに起こった。


船員の大声でベアーは目を覚ますと辺りを見回した。


「錨を揚げろ!!」


「急げ!!」


「捕まるぞ!!」


ベアーは船員の声に耳を傾けながら船室からデッキに出ると異様な緊張感が船内を包んでいた。


『何だ……火事でも起こったのか……』


 ベアーは様子を確認すると船長がまだ暗い中、海の一点を見ているのに気付いた。ベアーはそれを見ると船内を駆け巡る船員にぶつからないように船長の所にむかった。


「どうかしたんですか?」


ベアーが尋ねると船長が厳しい表情を見せた、そして一言……


「海賊だ」


言われたベアーは驚いて船長の見ていた方角に顔を向けた。


『何だ、あれ……』


ベアーの肉眼には黒い塊が映っていた。だがその塊は想像以上の速さでケセラセラ号に近寄ってくる。


「あっ、船だ……」


ベアーがそう言った時である船長がポツリと漏らした。


「振り切れんな……」


そう言うと船長は一層、険しい表情を浮かべた。


『これガチでヤバイんじゃ……』


ベアーはその顔を見て、これから起こるであろうことに恐れを抱いた。


                          *


 海賊船は早朝の太陽の昇らぬうちに近づいたらしく、すでに逃げるのは不可能な距離までせまっていた。


『速さが……全然違う……』


 荷物を載せたケセラセラ号の逃走速度は海賊船に遠く及ばず、太陽の昇る前に接弦された。


『ヤベェ、これ、ひょっとして、リアルヒャッハーな展開なんじゃ……』


ベアーは海賊船からフックをかけてロープをつたわってくる連中を見たがその容姿と迅速な行動に驚きを隠さなかった。


『普通の船員に見える……』


 どうやら昨今の海賊はベアーが『物語』の挿絵で見たものとは違う出で立ちで妙にきちんとした身なり(髭を剃り整髪して清潔感がある)であった。よく見ればケセラセラ号の船員の方が身に着けているものは粗末であった。


『カモフラージュなのか……』


 ベアーがそう思った時である、いつの間にやら隣にいたルナがそれを見てポツリと漏らした。


「スタイリッシュ海賊……」


ベアーはその呟きに思わず『プッ……』となったが、状況は悪くなるだけであった。


                         *


 ケセラセラ号は武装した海賊たちによって占拠され、グウの音も出ない状態に陥った。船長は状況を鑑みるとケセラセラ号の船員とベアーとルナに声をかけた。


「下手に抵抗するな……勝ち目はない……」


 ケセラセラ号には船長を含めて6人のクルー(そのうち二人は年寄)しかいない。10人以上の武装した若い海賊に肉弾戦で勝てる見込みは微塵もなかった。

船長はそれを考慮して服従する選択肢をとった。


                         *


 海賊たちはケセラセラ号の乗組員を取り囲むと何とも言えない獣欲をむき出しにした。そして腰に下げたカトラス(湾曲した刃になった海賊刀)を抜くとその刃をつきつけた。


「俺たちは抵抗しない、言うことを聞くから刃を収めてくれ!」


 船長がそう言うと接舷してきた海賊の中から、貿易商とも高級商人とも思える身なりの男が現れた。その男はどうやら海賊の頭らしく、配下の海賊たちに指示を出すとケセラセラ号の船員たちを一か所に集めさせた。


「やあ、皆さん!」


男は高級そうな帽子をとると船長に挨拶した。


「これからこの船は私たちのモノになります。みなさんにはここで死んで頂いてもいいのですが、それではかわいそうなのでチャンスをあげましょう」


齢は40前後といったところであろうか、教養のある挨拶を見せた海賊の頭は大仰な振る舞いで船長を指差した。


「抵抗しなければ殺しません、ですが……そうでなければ容赦しません」


言葉づかいこそ丁寧であったがその眼の中には明らかに殺意が浮かんでいた。船長はそれを察しているのであろう、小さく頷いた。


「船員と客には手を出さないでくれ、そうすればそちらの言うことは……」


船長が続けようとした時である、海賊の1人が船長の太ももを持っていた鈍器で殴りつけた。


「誰に向かって口をきいてる、うちのお頭に話すときは敬語をつかえ!!」


足の短い髭面の男はでっぷりとした腹を突きだすと船長の髪をつかんでその額を甲板になすりつけた。


「頭の下げ方も知らんのかぁ?」


髭デブがそう言った時であった、船長の懐から筒状の書簡入れのようなものが落ちて転がった。そしてその筒は運悪く船のヘリの隙間から大海原にこぼれ落ちた。


それを見た船長は青ざめた顔を見せた。


「発煙筒ですか……それを使えば巡視船も気づいたかもしれませんね」


海賊の頭はそれを見て満足した表情をみせた。


「最後の抵抗も無駄だったようですね」


海賊の頭はそう言うと船長を蹴り上げた。そしてケセラセラ号の全員ににらみを利かせた。


「船長のようになりたくなければ、こちらの指示には従うように」


そう言うと海賊の頭は辺りを見回し、今度は一人の少女に目をやった。その視線は明らかに少女の身に着けているものに移っていた。


「珍しいですね、船に子供とは……その身に着けているポシェットは何ですか?」


言われたルナは体をビクつかせた。


その様子を見逃さなかった海賊の頭は優しげな声をだした。


「どうやら大切なものが入っているようですね」


そう言うと頭はさきほどの配下に指で合図した。


「かしな、お嬢ちゃん!!」


船長を殴った海賊はそう言って歩み寄るとルナのポシェットをひったくった。


「ああ、あたしの、大事なポシェット!!!」


ルナはこの世の終わりだと言わんばかりの声をあげると、男に飛びかかってその膨らんだ腹をポカポカと叩いた……だが何の意味もなかった。


「お嬢ちゃん、何をやっているんだい?」


髭デブはルナを見てニヤつくといきなりその頬をビンタした。そしてポシェット(布でできた巾着のような形状)のくちをあけた。


「お頭、こいつは大アタリですぜ」


男がポシェットを渡すと頭はニンマリとした。


「全員、監禁しておきなさい!」


この後、ベアーたちは抵抗することもできず貨物室へと放り込まれた。



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