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第十六話

17

 翌日は晴天で太陽が昇り始めるとベアーはすぐに出発した。ほどなく平原が現れ、2時間ほど道なりに進むとドリトスの入り口が見えてきた。入口にはゲートがなく、そのままメインストリートになっていた。メインストリートを挟んだ両脇には食料品店、雑貨屋、呉服店、酒場など様々な店があったがどこも小さな商店でミズーリに比べると規模が小さかった。


 ベアーは地図が載った看板を見つけると役所へむかった。もちろんバイト探しのためである。聖職に付いたものは転職を禁止されていたが、一時的なバイトは認められている。どんなものがあるかはわからないができるだけ条件のいいものにありつきたいとベアーは思った。


                               *


 町の中央にある小さな石造りの建物が役場になっていた。中に入り受付に行くと、2階の窓口に行くように指示された。待っている人間はいないのですぐに窓口に呼ばれた。


「はい、何でしょう?」


中年のはげた男が応答に出た。


「アルバイトを探しているんですけど」


「短期ですか、長期ですか?」


「どっちでもいいです、条件のいいほうで」


ベアーがそう言うと男は一枚の紙をベアーに渡した。


「これに必要なことを記入して持ってきてください。書き方はあそこのテーブルに張ってありますから。


ベアーは言うとおりにすると、名前や年齢、実家の住所といったものを書きこんで窓口に戻った。


「この3つの中から選べるけどどれがいい」


職員の提示した3つの中には『羊の放牧』『チーズ作り』『羊の毛皮の選別』があった。


「初めてなんで、どれが合うのかわかんないんですけど?」


「全く初めてならチーズ作りがいいかもね」


「じゃあ、それで」


ベアーは特に深く考えていなかったので言われたとおりにすることにした。職員の男はそそくさと書類を作るとベアーに渡した。


「面接で落ちたら、またここに来て。」


ベアーはうなずくと役場を出た。


                              *


 ベアーは渡された書類を頼りにバーリック牧場をたずねた。バーリック牧場は役場から歩いて1時間ほどの所にあった。ベアーの視野には3つの建物が映っている、2つは石造りの家でもう一つは木造の納屋だった。牧場と謳っているが牛や羊は不思議と一頭もいない。


ベアーは一番大きな建物に向かった。


「すいません、役所から紹介されてきたんですけど、すいません!!」


母屋には誰もいないのだろうか返事がない。


家の周りを一周したが人がいるような気配はない。もう一つの建物を覗いてみたが同様である。


『誰もいないな……出直すか…』


ベアーがそう思った時である、突然背後から声をかけられた。


「ウチになんかようかね?」


70歳を超えた老婆が鋭い眼光でベアーを見つめていた。その眼は多少訝しむ雰囲気がある。


「あっ、あの役所から紹介されてきたんですけど」


ベアーはそう言うと恐る恐る老婆に書類を渡した。


「チーズ作りの手伝いかい」


老婆はベアーをつま先から頭まで眺めた。


「あんた、この辺の人間じゃないのかい?」


「ええ、ちがいます。」


「そうかい」


老婆は基本的にぶっきらぼうであまり感情はこもっていない話し方だが、意地が悪い人間ともおもえない……


「雇うかどうかは、どれだけ働けるかで決める。それでいいかい?」


 ベアーは一瞬、やめようかと思ったが役場に戻って再度、書類を作ってもらうのも面倒なので、老婆の試みを受けようと考え直した。


「お願いします。」


「じゃあ、さっそくだが、工房に来てもらうよ。」


 老婆はそう言うと母屋から30mくらい離れた建物にベアーを入れた。中はいろいろな道具が置かれていたが一番目に付いたのは大きな釜だった。


「これで牛乳を煮てチーズを作るんだ。さあ始めるよ!」


老婆は有無を言わせぬ口調でベアーを作業へと引き込んだ。


                                 *


 一見して作業は簡単だと思ったが、実際は楽なものではなかった。牛乳を釜の中にいれ、それを温め攪拌するだけなのだが、この攪拌する時に使うオールのような木の板が重く、腕の力が相当必要だった。ベアーは一所懸命やってみたがかなりの量の牛乳を釜からこぼしてしまった。


「すいません…」


バツの悪い顔をして老婆に謝ると老婆は何とも言わず、そのまま続けるようにいった。


                                 *


この単純な作業をかなりの時間続けると老婆は小さなバケツに入った液体を牛乳の中に入れた。


「これでしばらく休ませるよ」


そう言うと老婆はベアーをつれて工房を出た、どうやら作業は中断らしい……


外に出ると老婆はベアーに声をかけた。


「あんた、ご飯は?」


「まだです」


老婆はベアーを母屋に招き入れると奥に入って牛乳とチーズそして胚芽パンを持ってきた。


「自分で切ってお食べ」


 老婆はコーヒーにたっぷりとミルクを注ぎそこに砂糖を入れて飲み始めた。ベアーはそれを横目にチーズをナイフで切ると胚芽パンの上に乗せて口に放り込んだ。しっとりしていて柔らかいチーズはいつも食べている乾燥チーズとは全く異なるものであった。


「うまい!!」


経験したことのないチーズでベアーは驚きを隠せなかった。


老婆はベアーの反応をチラリと見ると何事もないかのように砂糖たっぷりのカフェラテを口に運んだ。


                                *


1時間ほどすると老婆は急に立ち上がった。


「時間だ、戻るよ」


ベアーは母屋から先ほどの工房に戻った。


大釜に入った牛乳は固まっている部分と液体の部分とに分かれていた。


「固まったところをこのネットに集めるんだ」


ベアーは老婆の言うとおりにしようとしたが意外に難しくなかなか集まらない。ネットの使い方に骨がいるようでベアーは難儀した。


見かねた老婆が手本を見せた。ベテランの技というのだろうか、大釜に入った固形の部分がネットに吸い込まれるように集まっていった。


「これを絞るんだ」


 ネットに集まった固形物カードを絞り上げると老婆は水分を抜きはじめた。この絞る作業は力が必要で大変だった。それから重石をのせてさらに水分を抜く。この作業を終えるとはじめてチーズのような塊になっていた。老婆は塊に塩を振ったあと型抜きを取り上げ一つ一つ成形していった。


「これをそこの台に運ぶんだよ」


ベアーは言われたとおりに塊を台にのせた。


それが終わると老婆は霧吹きのようなものをその塊に吹きかけ始めた。


「これで終わりだ、その台を奥の乾燥部屋に持っていくんだ。」


 ベアーはキャスターのついた台を奥の部屋に運んだ。そこには見慣れた円形のチーズの塊が置かれていた。熟成されたチーズはベアーが持ってきたものとは全然違い、市場でみるチーズとほとんど同じだった。


ベアーの作業を確認した老婆は母屋に戻るようにベアーに言った。そして母屋でテーブルに着くと老婆は契約の条件を話し出した。


「あんた、名前はなんだね?」


「ベアーです」


「うちはそんなに金は出せない、日当は少ないよ。ただ3食と寝るところはこっちで用意できる。どうする?」


「いくら、もらえるんですか?」


「そうだね、日当で30ギルダーだね」


 ベアーは難しい選択だと思っていた。通常、日雇いは寝床が付いて50ギルダーが目安である。30ギルダーはかなり安いだろう。だが、3食がつく。50ギルダーもらっても食費を考えれば微妙なところである。


 仕事自体は大変だが、死ぬほどつらい労働というわけではないし難度の高い技術が要求されるわけではない。他のところを探して時間を費やして望みのバイト先が見つかるかどうかはわからない。


「牛乳は飲んでもいいんですか?」


老婆は目を見開き驚いた顔をした。


「あたりまえだろう、チーズだってかまわないよ」


ベアーのほうが驚いた顔をした。


「後、ロバがいるんですけど。」


「厩は使っていいけど、掃除は自分でやっておくれ」


 交渉成立であった、その日からベアーは老婆の家でチーズづくりをすることになった。


                                 *

 

 老婆がベアーにあてがった部屋は母屋の一番奥にある小さな部屋だった。必要なものは全部そろっていて、ベッド、テーブル、椅子、タンスが置かれている。ベアーはベッドがあることがうれしく若干興奮した。今まで野宿が多かったため、普通に寝られるだけでありがたいと思った。



 さて、夜になると老婆は乳清(チーズを作るのに不必要になった液体部分)を使ってシチューを作ってくれた。野菜をたくさん使いさっぱりとした風味だが、最後にバターを入れることでコクをだしていた。乳清というのは普通捨ててしまうそうだが、料理に応用すればこれだけおいしいとは全く考えていなかった。


「明日は早くから仕事があるからさっさと寝ちまうんだよ、それから風呂は母屋を出たところで水が浴びれるようになってるから。」


そう言うと老婆は他に声をかけることもなく自分の部屋に戻っていった。


                                 *

 

 翌朝、起きたのは5時半だった。辺りは薄暗いし肌寒かった。外で5分ほど待っていると牛乳を積んだ馬車が敷地の中に入ってくるのがわかった。御者は金髪の若い男でその歳は20歳位だろう。


「あれ、ばあちゃん、若いの雇ったの」


「ああ、そうだよ」


「じゃあ、この仕事、楽になるね」


 そう言うと工房の近くに馬車を止め牛乳を卸し始めた。牛乳は甕のような陶器に入っているが一つ辺りが10kgちかくある。それが15個、馬車から老婆が降ろすにはしんどい仕事である。ベアーは甕を下ろし工房の中に持っていく作業に従事した。そしてそれが終わると空になった甕を馬車に乗せた。


「ばあちゃん、明日も同じ量かい」


「ああ、今週は同じで良いよ」


「あいよ」


 牧場から絞りたての牛乳を運んできた御者はどうやら運送屋らしい。他の配達もあるらしく急いでいた。翌日の注文を確認すると足早に去っていった。


老婆はそれを見送るととベアーに声をかけた。


「よし、昨日の作業と同じだよ。牛乳を釜の中に開けて混ぜるんだ。」


朝の6時半から牛乳を攪拌する作業はこたえるが、これがベアーの仕事になるのだろう。ベアーはそう思うと昨日と同じ作業にはいった。


                             *


 撹拌作業を終えると老婆は釜の牛乳の具合を確かめた。そしてその塩梅に納得した表情を見せると『休みにしよう』とベアーに声をかけた。


 乳清ホエー乳凝カードとに分かれるのに1時間はかかる。そのため、老婆はその間に洗濯や食事をするませるつもりなのだ。これもいつものルーティーンらしい。ベアーはそのルーティーンに合わせてアクションを起こした。



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