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第十四話

30

翌日の早朝ベアーは風が窓を叩く音で目を覚ました。


『すごいな、この風……』


今までで経験したことのない音がベアーの耳に届いた。


『今日の荷揚げはできるのかな……』


ベアーは仕事の内容を確認するべくウィルソンの所に向かった。



ウィルソンは宿屋の食堂で船長とコーヒーを飲んでいた。



「駄目だ、魔女がお怒りだ……」


どうやら強風の事を『魔女』と形容しているらしい。その顔に『荷揚げは無理だ』と書いてあった。


「これなら、最悪、一週間は足止になるかもしれませんね……」


船長がそう言うとウィルソンは困った顔を見せた。


「明後日までにここを出ないと……他の仕事が滞る……弱りましたね」


ウィルソンは予定が大幅に遅れることを危惧しているようで苦々しい表情を浮かべた。


ベアーはその様子を見ていたが、どうやら今日も『休み』になりそうだと感じた。



 風邪は止むどころか強くなり、この日も荷揚げはできずベアーは仕事のない状態に陥った。ベアーはとりあえずルナの状況を確認しようと部屋に戻った。


『大丈夫そうだな……』


 顔色はまだ青白いが規則的に寝息を立てているルナの様子は昨日の状況よりもはるかに好転しているように見えた。


『さすが……癒し手だ……』


ベアーは昨日のことを思い出しマークの手腕に感心した。


『ケツの操は守れたし……ルナは何とかなったし……とりあえず、一件落着だな』


ベアーはそう思うと大きく伸びをした。


『よし、今日はのんびり過ごすか……』


 ベアーはここ二日で想像以上に体力を消費していることに気付き、休養にあてることにした。


                        *


 二度寝をしたベアーは昼過ぎに目を覚ました。そして遅い昼食をとろうと宿の食堂に向かった。


「何を喰うかな……久々に肉類にするか」


ベアーがそう思った時である、部屋からルナが出てきた。


「もう、大丈夫なの?」


ベアーが尋ねるとルナは頷いた。顔色はだいぶ良くなっていて一見すると普通に見える。


「お腹も痛くないし、大丈夫だと思う」


「じゃあ、飯でも食う?」


ルナは小さく頷いた。


病み上がりで外に出るのもなんだと思い、二人は宿屋の食堂で昼食をとることにした。



31

ベアーはハムとチーズを挟んだサンドイッチ、ルナはミルク粥を頼んだ。


「大したもんじゃないね……」


 宿屋の食堂というのはたいていどこでも半端なモノしか出ないのだが、この宿屋もその例にもれず微妙なものが提供された。


「あんまり、大きな声で言えないけど……マズイね……」


「値段はそんなに安くないんだけど……」


2人は小声で文句を言いながら美味しくない食事を口に運んだ。


だが、一方で昨日、一昨日の出来事が衝撃的であったため、会話は弾んだ。


「じゃあ、あんたがギルドの建物で見たオークションの客にはVIPいたわけ?」


「VIPじゃないよ、スーパーVIPだよ。」


ベアーはサンドイッチを食みながら、商工ギルドで見たことをはなした。


「それ、超マズイんじゃないの?」


ルナに言われたベアーは沈んだ表情を浮かべた。僧侶の最高権力者が少年を買春していた事実はあまりに不道徳で衝撃的だったからだ。


あまりのベアーの落胆ぶりにルナは気を利かせて話題を変えた。


「ところで、私はどうやって助かったの?」


ルナの質問にベアーは顔をあげてこたえた。


「裏僧侶、マークの力だよ。今はもう檻の中だろうけど……」


「檻の中?」


ベアーは頷くと昨日の顛末をかいつまんだ。


「じゃあ、私はそのマークって言う人の魔法で助かったわけ?」


「そう、癒し手の力でね」


「ふ~ん、そうなんだ」


ルナはミルク粥を口に運びながらベアーの話に耳を傾けた。


「でも、思ったんだけどさぁ、そのマークっていう人の性格なら私を助けた対価を要求してくるんじゃない、何を要求してきたの?」


ベアーはルナの質問に真顔になった。


「俺のケツ……」


「えっ……」


ルナは今までに見せたことのない表情を浮かべた。


「まさか……経験したの……?」


ルナはベアーを見た。その眼は興味津々で鼻息は荒い。


「ねえ、新世界の扉は……開いたの?」


ルナが畳み掛けるように尋ねるとベアーはかぶりを振った。


「ギリギリのタイミングで治安維持官たちがなだれ込んできたんだ、異世界の扉は開かなかった。」


ベアーがそう言うとルナはホッとした表情を浮かべた。


『よかった……変な方向に行かれたら困るしね……』


ルナは心中でホッとしたが、あくまでポーカーフェイスをうかべた。


                        *


 そんな時である、2人の席にフードを目深にかぶった人物がやってきた。ベアーは巡礼者のようなその人物に不信感を持った。


「どちら様ですか?」


ベアーが恐る恐る声をかけるとその人物はフードを取った。


「あっ……あなたは……」


なんとフードを目深にかぶった人物はシルビアであった。



シルビアはベアーたちを見るとツツツッと近寄り、声をかけた。


「お願い、助けてほしいの!」


 シルビアはじつに真剣な表情を見せた、そこには切羽詰った悲壮感が浮かんでいる。それを感じたベアーはルナを助けてもらった恩義もあり話を聞くことにした。



32

シルビアの話はかなり込み合っていたが、一言でまとめると『マークが危ない!!!』ということであった。


『明日の午後に護送されて……そのまま……』


そう言ったシルビアは言葉を詰まらせた。


「それは殺されるという意味ですか?」


ベアーが尋ねるとシルビアは頷いた。ベアーはそれを見て怪訝な表情を浮かべた。


「いくら裏僧侶といえども殺されることはないと思いますよ……彼は不道徳な存在ですがあくまで『金銭』に関わる部分が問題のはずです。確かに治安維持官との癒着や脱税という点は逃れられないでしょうが……」


ベアーが冷静に分析するとシルビアは首を横に振った。


「昨日、治安維持官の男を……捕まえて……それで話を聞いたの……そしたら、今回は投獄では済まないって……」


シルビアはそう言うと青ざめた顔でベアーを見た。


「『商工ギルド』にいた連中の中の1人をマークは……狙っていたの」


ベアーの脳裏にある男の顔が浮かんだ


「まさかマークさんは……」


ベアーがそう言うとシルビアが頷いた。


「枢機卿よ、マークは枢機卿が少年を買ったことをネタにしてゆすろうとしたの……でも、そうしたら、昨日の騒ぎに……」


ベアーはさもありなんという表情をうかべた。


『あの人なら恐喝ぐらいやりかねないな……だけど相手が枢機卿なんて……』


 枢機卿というのは僧侶の世界の中の実務を取り仕切る最高権力者になる。裏僧侶であるマークがゆすったところでとびくともしない相手である。


『枢機卿ならマークさん1人消すくらいは……簡単だろうな……』


 ベアーはそう思った。裏僧侶という忌み嫌われる存在が権力者の秘密を握りそれをネタにゆすろうとすれば、さすがに向こうも動くだろう。


『だけど、あのオークションで枢機卿が少年を買ったことは嘘じゃない……証拠隠滅にマークさんを消そうとするのは……さすがに……問題が……』


ベアーは何とも言えない心境に追いやられた。


「お願い、力を貸して。私みたいな娼婦じゃ、相手にされないの。あなたはライドル家の人間なんでしょ、それならその名前でなんとか……」


シルビアがそう言うとベアーは渋い表情を浮かべて首を横に振った。


「僕にはそんな力はありません……今のライドル家は没落して食うにも事欠く有様です。それに……今回は相手が悪すぎます。」


ベアーが如何ともしがたい表情でそう言うとシルビアは肩を落とした。


「助けてもらった恩があるのはわかっています。ですが……相手が……」


ベアーがそう言いかけた時である、隣にいたルナが口を開いた。


「助けてあげればいいんじゃないの」


ルナはあっけらかんとした口調でそう言った。


「一宿一飯の恩義ってあるじゃない。命を助けてもらったんだから多少は頑張らないとね」


ベアーはそれに対して反論した。


「ルナ、今回はドリトスの大司教の件とは違うんだよ、トーマスさんもいないし、告発したって相手にされない……裏僧侶が告発しても誰も取り合わないよ」


ベアーが続けようとした時である、ルナがベアーの唇に人差し指を置いた。


「告発なんてするはずないでしょ!」


「えっ?」


ベアーはルナの発言に怪訝な表情を浮かべた。


「まだ護送されてないんでしょ、治安維持官の詰所にいるなら取り返しに行けばいいじゃない!」


ベアーはまさかの発言に目を点にした。


「何言ってんだよ、相手は武装治安維持官だよ、勝ち目があるわけないじゃないか、それに取り返すって、違法なことをすればこっちの方が危ないんだよ」


ベアーが正論を述べるとルナは策謀を巡らす魔女の表情を見せた。


「私に考えがあるの!」


 そう言ったルナの表情は見た目こそ10歳だが58年間、生きてきた魔女のしたたかな一面がくっきりと浮かんでいた。



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