第十三話
28
運び込んだルナの容態を見るとマークが口を開いた。
「ここに来たのは正解だ、町医者じゃ治せるものじゃない……薬師の薬でも無理だろう」
マークはそう言うとルナの腹部に手をかざした、仄かな緑光が患部を包みこんでいく。
「うううっ……う……」
ルナがくぐもる声を上げるとマークは大きく息を吐いた。
「これで……大丈夫だろう、内出血の跡は2週間ほどすれば自然と消える……」
マークの額にはフツフツと汗が浮かんでいた。明らかに精神を摩耗した様子が見て取れる。
「ありがとうございました」
ベアーが素直に感謝の言葉を述べるとマークは悪魔的な表情を浮かべた。
「約束は守ってもらうぞ、ライドル家の少年よ……」
マークはそう言うと女中に『ワイン持ってこい』と人差し指で合図した。
『何を要求するつもりなんだ……一体』
マークの悪魔的な表情を見たベアーは足がすくむのを感じた。
*
2時間ほどの休憩を挟んだ後、マークは二階の部屋にベアーを入れるとシルビアを呼んだ。
「少し飲むといい……葡萄酒は血液の循環を良くする」
マークはそう言うとベアーとシルビアにワインを勧めた。マークは二人が飲むのを見届けると自分のグラスに入ったワインを一気に煽った。
「君には我々の儀式、イニシエーションに参加してもらう。」
マークがそう言うとシルビアが頬を赤らめた。
『何で……シルビアさん……恥ずかしそうにしてるんだ……』
ベアーの中で生じた不安と緊張は一気に高まった。
マークは立ち上がるとシルビアを引き寄せた。
「見ていろ、少年!」
マークはそう言うとシルビアと唇を重ね、そして口の中に自らの舌を滑り込ませた。
『何これ……ディープキス……超展開じゃねぇか……』
イニシエーションという名の儀式にはどうやら背徳的な意味が込められているらしい。ベアーは思わず呻った。
マークに攻められたシルビアはトロンとした目を見せた。その眼は明らかに倒錯状態に陥っている。
『これ……俺……どうすんの……』
ベアーが素朴な疑問を持った時である、マークがベアーを見つめた。その眼はベアーを性的対象としてロックオンしていた。
『この展開……マズイぞ……』
チェリーボーイの少年にはあまりにハードルの高い事態が展開しつつある……
その時であった、マークがベアーに声をかけた。
「少年よ、脱ぐんだ」
「えっ?」
「すべて脱ぐんだ!」
マークの物言いには反論を許さぬ厳しさがあった。
「妹を助けた恩を忘れたか?」
言われたベアーはたじろいだ。
『どうしよう……この展開……』
ベアーはなんとか状況を変化させようと知恵を回したが、いつの間にかシルビアが後ろに回りベアーの衣服に手をかけていた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、待って……」
あれよあれよという間にベアーは着ていたローブを脱がされ、下着一枚の状態に陥った。
「少年よ、新しい扉を開いてやろう!!」
マークは雄々しくそう言うとベアーの臀部に目をやった。その表情は背徳的で淫靡であった。
『ヤバイ…俺のケツ……狙われてる……』
ベアーは危機的状況に身を震わせた。
その時である、シルビアが耳元でささやいた。
「はじめてはちょっと痛いかもしれないけど……その後は……黄金郷が見えるはずよ」
シルビアはベアーの耳に息を吹きかけた。
「勇気をもって扉を開ければそこにはエルドラドが待っているわ」
『エルドラドって……何だ、それ……』
ベアーは意味不明なカタカナに恐れを感じた。
シルビアは身に着けていたものを自ら脱ぎ、下着だけの姿になった。ベアーはそれをチラリと見たが、想像以上のものがその眼に入った。
『ヤベ~、シルビアさん、めっちゃ、プロポーション……いい……』
うっすらと割れた腹筋、バランスのいい長さの手足、そしてハリのある大きな胸、三十路を過ぎた女の体がこれほどまでに美しいとはベアーは思いもしなかった。
『シルビアさんと初体験か……それはこっちもお願いしたいけど……このままいくと……俺の初体験は……複数プレイってことに……』
ベアーはさらに思考を続けた。
『キスもしたことないのに……3Pってさすがにハードル高いよな……ここはやっぱり逃げたほうが……』
そう思った時である、体の感覚が急に変調をきたした。
『あれ、おかしいぞ、俺……』
それを見たシルビアが微笑んだ。
「あのワインには媚薬が入っているの……」
感覚は妙に鋭敏だが、足に力が入らない、そんな感じにベアーは襲われた。
それを見たマークは背徳的な笑みを浮かべた。
「では、イニシエーションを始める」
マークはそう言うとベアーの後ろに回り、覆いかぶさろうとした。
『ヤバイ……異世界が……開いて……しまう……』
童貞卒業どころか、それよりも先に異界の門(肛門的な意味)を開くことになろうとは……15歳の少年は打ち震えた。
『ちょっと……マジ……勘弁……』
その時であった、異様な剣幕で部屋の戸が叩かれた。それは明らかに尋常ならざる事態が生じたことを告げていた。
*
水を差されたマークは激高して戸を開けたが、それを制するだけの勢いで先ほどの女中が部屋に入ってきた。
「来ました、奴らが!!!」
マークはそれを見ると顔色を変えた。
「少年よ、イニシエーションはまたの機会に……」
そう言うとマークは裏口に向けて走った。
危機一髪の状態をやり過ごしたベアーは『ケツの貞操』を守ったことにホッと胸をなでおろした。
『よかった……異世界の扉は開かなかった……』
ベアーはそう思い再びローブを羽織った。その時である、妙に大きな音が立て続けに階下から聞こえてきた。
『あれ……なんか騒々しいぞ……』
ベアーが二階の小部屋を出て一階を覗くと思わぬ事態が展開していた。
29
「どうやら年貢の納め時が来たようだな、マーク」
鎖帷子に身を固めた数人の男が一階の空間を占拠していた。男たちは一目見て治安維持官だとわかったがその出で立ちは明らかに有事の際の装備であった。
その中で隊長と呼ばれた一番年かさの男が羽交い絞めにされたマークに歩み寄った。
「お前たちには袖の下を払っている……何の真似だ!」
マークがそう言うと治安維持官の隊長は笑った。
「状況が変わったんだ……お前の『イタズラ』が目に余ると『上』から言われたんだよ。」
年かさの治安維持官の男はそう言うと腰のショートソードを鞘から抜いた。
「抵抗すればここで斬る」
男の物言いには『躊躇しない』という含みがあった。
「おとなしく縄につけ」
「やかましい、官憲の犬が」
マークが吐き捨てるように言った時である、男の拳がマークに飛んだ。
「裏僧侶がでかい口をきくなよ!!」
吹き飛ばされたマークは男を睨んだ。
「賄賂を貰い、女を抱き、酒を飲んだ人間が随分な口ぶりだな」
図星を突かれた治安維持官の男は激高しショートソードを抜いた。
「ここで殺してもいいんだぞ、『上』の奴らはお前が死んだ方がいいとおもっている」
その時であった、二人の間にシルビアが割って入った。
「お願いです、お助けください……この人はこの場所に必要な人です……」
三つ指をついて懇願するシルビアを見た治安維持官の男はジットリした目つきを見せた
「あとで付き合うなら、考えてやってもいいぞ」
何とも卑しい目つきでシルビアをねめつける男の視線は彼女の臀部に集中していた。
「その男に縄をうて!!」
男がそう言うと他の治安維持官たちが一斉にマークに飛びかかった。多勢に無勢、マークはなすすべなくとらえられた。
ベアーはその一部始終を見ていた、
『……賄賂を貰ってお目こぼしをしてた連中が手のひら返しか……』
ベアーはかつて賭博絡みでカジノから袖の下を貰っていたポルカの治安維持官を思いだした。
『どこに行っても悪徳治安維持官はいるんだな……』
汚職に身を染める連中はどこにでもいるが公職についた人間ほどたちの悪いものはない。
ベアーは連行されるマークを見て気の毒に思った。
*
この後、ベアーは隙を見て顔色の青いルナをおぶると外に出た。飲み屋の外には連行されるマークを見て声を上げる連中が集まっていて武装治安維持官たちに非難の目を向けていた。
『散々、ただ酒飲みやがってよ』
『ツケだって一回も払ってないだろ!』
『うちの娘(娼婦)に変態プレイを強要したくせに!』
集まった人々は治安維持官たちに罵詈雑言を浴びせた。
群衆を見た治安維持官の『隊長』はショートソードを再び抜くと、その刃をマークの首にあてた。
「道を開けろ、屑ども、どうなってもいいのか、この男が!!」
マークを人質に取られた群衆は一斉に沈黙した。
「それでいいんだよ!!!」
隊長はそう言うと縄をうったマークを足蹴にしながら闊歩した。
『あいつ、マジで悪徳だな……』
ベアーは影からその様子を見ていたが不愉快この上ない思いに駆られた。