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第十二話

24

翌日ベアーはかなり遅くまで寝ていた。やはり昨日のことが相当こたえているようで精神的に疲れていたのであろう、目を覚ますと11時を過ぎていた。


『やべっ……荷揚げ!!』


ベアーは飛び起きて身支度すると寝癖もそのままにミラー海運の倉庫に向かった。


                       *


 倉庫にはミラー海運のロッドとウィルソンがいたが二人は渋い表情を浮かべていた。


「風が強いね……」


「ああ……これだと……」


「荷揚げ……できるかな……」


2人は黒板にかかれたスケジュールを見やった。


「沖で停泊している船が強風で沈没したらしいしな……」


2人がそんな会話をしていると船長がやって来た。


「無理だ、西風が強すぎる。風がおさまるまでは出航できない」


船長がそう言うと二人は肩を落とした。


「しょうがねぇなあ……明日の朝一まで待つとするか」


 ベアーは天気が悪くないのに出航しないことに不思議な顔を見せた。それに気づいた船長はベアーに声をかけた。


「港は穏やかだが、沖は違う。ポルカに戻るとなると海上で一晩過ごす必要がある、この風で海にいるのは危ないんだよ、それに……」


船長が続けようとした時である、気を回したウィルソンがそれに付け加えた。


「この時期は西風が吹くんだが、沖が荒れるだけじゃなく、その風がしばらく続くんだ……下手をすると4,5日は足止めを食らう……」


ウィルソンは曇った表情でそう言うと『今日はお開き』という顔をした。


「商談もないしな……風が問題なければ明日の朝一から積み荷を運ぶ……今日はもう終わりだ」


ベアーはまさかの展開に息をのんだが休みが増えると思いうれしくなった。


                        *


 強風で出航ができなくなったため、ベアーはルナと一緒に再び観光することにした。


「どこに行く?」


「そうだね……」


言われたベアーは『旅のしおり』を取り出しパラパラとめくった。


『手ごろな価格だし……一日でダーマスを半周できるから、これでいってみるか』


ベアーは『気分は上々、馬車の旅』という小旅行プランをルナに提示した。


「それ、スイーツ食べれるの?」


「ジェラートって書いてあるよ」


 ベアーがそう言うとルナの目が爛々と輝いた。どうやらその点に惹かれたらしくルナはベアーの袖を引っ張った。


こうして二人は馬車に乗りダーマス遊覧の旅に出かけた。



25

馬車に揺られながら異国を巡るのは何とも言えない情緒があり、2人はしばしダーマスの街の雰囲気を楽しんだ。ポルカと違う人々のやりとりは新鮮で、その立ち居振る舞いの違いは二人の目を奪った。


 特に屋台の店主とやりあう主婦の値引き交渉は見ていて興味をそそられた。声を荒げたり大仰なジェスチャーをみせたりすることはなかったが、交渉の中で静かな火花を散らすやり取りはポルカと違い面白みがあった。


「手を使ってるね……」


「数量と金額を両手の指で表してるんだ……ポルカだと商売人しかやらないけど……ダーマスは一般人もセリのテクニックを使うんだね」


ベアーがそう言った時である、馬車に揺られているルナが声を上げた。


「まだかな、ジェラートの店~」


 未だにポルカのレモンケーキを越えるスイーツにあたっておらず、ルナのジェラートに対する期待は並々ならぬものがあった。そこにはルナのトレジャーハンター(スイーツのみ)としてのプライドが垣間見えていた。


 ちなみにジェラートとは乳脂肪分が少ないアイスの事である。口当たりがさっぱりしていて果汁や果肉の風味が強く出るので果物との相性は抜群で婦女子だけでなく甘いものが苦手な成人男性でも楽しめるアイスといってよい。


「あんまり期待しないほうがいんじゃないの……意外とハズレかもよ 


ベアーが期待はずれだった場合を考慮してルナにそう言ったがルナは聞く耳を持たなかった。


そんな時である、2人の会話を聞いた御者が声を上げた。


「あそこに見えるのが一番人気の洋菓子店ですよ、ジェラートも大人気!」


 ベアーとルナの目にレンガ造りの一軒家が映った。さほど大きい店ではないがショーウィンドーの前には10人ほどが列を作っている。


「ジェラートォォーーーーーー!!!!」


ルナは歓喜すると馬車を飛び降り駆けだした。


                        *


 その時であった、飛び出したルナの所にカーブを曲がった一台の荷馬車が向かってきた。

 御者の眼にはルナがちょうど死角に入っているようで荷馬車はスピードを緩めることがなかった。


「危ない!!!」


ベアーは大声を出した……


だがその声が届くことなくルナと馬車は公道の上で重なった。



そしてルナの体は宙に舞った。



跳ね飛ばされたルナは花壇にドサリと落ちた。


                         *


ベアーは血相を変えてルナの所に駆けよった。


「ルナ、ルナ、ルナ!!!」


花壇の所に跳ね飛ばされたルナにベアーは必死に声をかけるとルナは薄目を開けてベアーを見た。


「おにいちゃん……ひかれちゃった……」


ベアーは想定外の展開に沈黙するしかなかった。


『とにかく怪我の程度を確認しよう』


ベアーはそう思うとルナの体を状態を隅々まで目視した。



 幸運にも花壇に植えていた草花がクッションになったようでルナの状況は悪くなかった。腕に軽い打撲とおもわしきものもあったが、そのほかは擦り傷程度しかなかった。


『ああ、良かった……』


 ベアーが心配したのも束の間、ルナはケロッとした表情を見せると何事もなかったかのように立ち上がった。そして列に並ぶとジェラートを手に入れるべく鼻息を荒くした。


『よかった、大事に至らなくて……これなら病院に行く必要もないな』


ベアーはそうおもったが、この判断が間違いであるのはその日の夕方になってわかるのであった。



26

ベアーが日記を書いているときであった、部屋のドアがギギギッと音を立てて開いた。


「おにいちゃん、痛い……」


ルナがベアーを見るとルナは脇腹を押さえていた。


「ジェラート、3つ(山ぶどう、ピスタチオ、夏みかん)も食べるからだよ!!」


ベアーは食べ過ぎて腹痛を起こしたのだろうと思った、


だがルナの様子は普通でない……顔色が悪いだけでなく、微かに震えているのだ。

ベアーはそれを見て声をかけた。


「……見せて……ごらん」


ベアーはルナに近寄りおさえている脇腹を見た。



『何だこれ……さっきは何ともなかったのに……』



 ルナの脇腹には明らかに内出血の兆候が表れていた。特に異常はないとベアーは判断したのだが骨以外の部位に問題があったのだ。


『ひょっとして……あの時に……怪我をしてたのか……』


ベアーは焦った。


『これ……マズイぞ……ひょっとしたら内臓に…腹膜炎か………』


腹膜炎とは内臓、特に消化器官が何らかの理由で傷つき(この場合は外的ショック)、その傷が元で腹腔内で炎症が生じている状態である。緊急性がある場合は大変危険なものだが、ルナの場合は間違いなくそのケースに該当していた。


ベアーの中で『死』という文字が浮かび上がった。


『とにかく回復魔法で……』


ベアーは持てる力を振り絞った。


                        *


……だが、ルナの状況は好転しなかった


『俺の回復魔法じゃ……無理だ……』


ベアーは軽いパニックに襲われた。


『どうしよう……』


 心配をかけまいとしてルナが元気に振る舞ったこと、そしてベアーが素人判断で問題ないと判断したこと、この二つが裏目に出た結果は最悪の展開をもたらしていた。


『これ、どうしたらいいんだ……』


 ベアーがそう思った時である、部屋の窓から妙な音が聞こえてきた。ベアーが覗いてみるとロバがあくびしていた。


「何だよ、この大変な時に!」


ベアーがそう言うとロバはいつもながらの泰然とした態度を見せた。


「ルナが大変なんだよ……俺が病院に連れて行かなかったから……」


ベアーが青ざめた顔でそう言うとロバは顔を横に振った。


「どういう意味だ?」


どうやらロバは『頭を使え!』といっているらしい……


「頭を使えって……だから俺の魔法じゃ、無理だ。内臓疾患なんて初級回復魔法じゃ役に立たないよ!!」


ベアーが泣きそうになってそう言った時である、自分であることに気付いた。


『そうか、魔法だ……魔法をなら何とかなる……』


ベアーがそう言うとロバはルナを背中にのせろと合図した。


『そうだ、癒し手の所に行けば……』


ベアーはあの不遜な男、マークの所に向けて手綱を取った。



27

陽が高い状態で見る街はドヤ街とも貧民窟とも取れる様相で昨日の夜とはうって変わっていた。


 ベアーはロバの背にのせたルナの状態を確認しながら街を闊歩したが、街を覆う雰囲気は芳しくなく、できることなら歩きたくなかった。


『何かガラが悪いな……』


街のあちこちに物乞いや、立ちの悪そうな連中が集まり独特の雰囲気を醸していた。


 ベアーはそうした連中に目をつけられないように注意深く進むと昨日マークに連れて行かれたあばら家のような飲み屋の前まで来た。


「すいません、マークさんをお願いします、妹が大変なんです!!」


ベアーはマークに助けを乞うべくドアを力いっぱい叩いた。


「お願いです、マークさんに合わせてください!!」


あまりに激しく叩くと中から下働きの女中(65歳)がやってきてベアーをうさん臭そうに見た。


「あんた、この辺の人間じゃないね……帰んな!」


女中はにべもない声でそう言うとドアを閉めようとした。だがベアーは食い下がった。


「合わせてもらえないなら、告発します!!」


ベアーがそう言った途端である、女中の顔色が変わった。


「もう一回、言ってみな!」


 年老いた女中の様相は普通ではない、そこには明らかな殺気があった。ベアーは想定外の展開にしどろもどろになった。


その時である、二階から頭をかきながらマークが下りてきた。


「なんの騒ぎだ!」


面倒臭そうに階下を見るとベアーの姿を見て目を細めた。


「誰かと思えば、お前か……」


マークがそう言うとベアーはマークに駆け寄った。


「お願いします、助けてください……お願いします」


ベアーは平身低頭した。


「妹が馬車の事故で……」


 ベアーは額を床に擦るようにして頭を下げた。悲壮感が漂っているその姿は傍から見れば気の毒極まりなく映る。先ほどけんか腰になった女中も矛を収めていた。


だがマークは平然としていた。


「対価がなければ私は何もしない……金がないなら、帰るんだな!」


にべもない反応にベアーは口を真一文字に結んだ


「何でもします……できることならなんでもします」


ベアーが懇願するとマークは悪魔的な微笑を浮かべた。


「何でもすると言ったな……」


「はい……」


 ベアーが完膚なきまで叩きのめされた敗北者のような顔を見せるとマークは実に愉しそうな表情を浮かべた。鬼畜とも思えるその笑みの中には五戒を犯すことに喜びを見出した破戒僧の本質が現れていた。


「いいだろう、患者を連れて来い」


マークはそう言うと昨日と同じく癒し手の顔を見せた。


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