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第九話

17

オークションは進み、少年少女たちに値がつけられた。


「彼らは家が貧しく、自分を犠牲にして家族を助けるためにここに来たんだ。見てごらんあの目を、これから起こるであろうことに恐怖し、そして絶望している。」


マークはワインを飲みながらその様子を眺めた。


「あなたは自分が何を言っているのかわかっているんですか、僧侶なら助けるのが筋でしょ!!」


ベアーが憤るとマークは首を横に振った。


「彼らは自らここに来たんだ、自らの意志で……説法したところで意味がない」


言われたベアーは激高した。


「こうしたものを助けるのが僧侶の務めでしょ!!」


だがマークはにべもない反応を見せた。


「あの子たちは1人あたり10万ギルダーの価値がある。君が助けたいと思うならオークションに参加して競り落とせばいい……金が払えるならね」


「10万ギルダー……」


桁の違う金額にベアーは沈黙した。


「たとえ、君がその金を払えても、あの子たちの家族をすくえるわけではないぞ。トネリアの競争はダリス以上に弱肉強食だ。そこで勝ち抜く力がなければ貧民に戻るだけだ」


言われたベアーは唇を震わせた。


「通報します、今なら治安維持官も人身売買の現行犯で彼らを逮捕できます。」


ベアーがそう言うとマークは笑った。そして1人の髭面の男を指差した。


「あの男はトネリアの治安を司る公安省の大臣だ」


ベアーは『えっ……』という表情をうかべた。


「公安省の大臣がこの場にいるということはどういうことかわかるな?」


マークの言葉はこの場にまともな司法権が及ばないことを暗に示していた。


「最初に声を上げたあの老人はダーマスの市長、そして向こうに見える体格のいい婦人はトネリアのパストール侯爵夫人だ。」


ベアーはパストールという名に震え上がった。


「そうだ、この大陸をまたにかけるパストール商工の総統だ。」


 パストール商工はトネリアで一番大きな貿易商である。扱う積み荷の量も半端ではないが金融や土地関連にも明るく、その経済力は大陸の業者で右に出るものはない。ベアーはかつてダリスの金の相場でパストールの関係会社が現れた時、その力を恐れたすべての業者が一斉にマーケットから退場したのを思いだした。


「そんな……そんな大きな会社の偉い人が……」


 ベアーは眼前で広がるオークションという人身売買に世界有数の貿易商が参加していることに唖然とした。


「権力、財力、そうしたものがあっても人の泥臭い部分はかわらない。むしろそうした力があるだけたちが悪い」


マークは淡々と言った、だがその目には悪魔的な闇がひろがっていた。


ベアーはマークの言ったことを確かめるため窓の向こう側の顔を確認しようとした。


『間違いない……あの人はパストール侯爵夫人だ……』


 パストール侯爵夫人の顔は貿易商で知らぬ者はいない、ベアーもその顔を何度となく瓦版で見ていた。さらに公安省の大臣の顔は『旅のしおり』の中で見ている……


『この商工ギルドには……とんでもない人間があつまっている……』


ベアーは腰を抜かしそうになった。


マークはそれを見て、さらに続けた。


「ダリスの貴族もいるぞ……見てみろ、あれを」


マークが指差した方向にはベアーの見知った顔があった。


「あれは、レナード家の……嫡男」


 レナード家はダリスの三公爵家の一つで皇位継承権を持つ並々ならぬ家柄である。ベアーはロイドから語学と貿易商としてのイロハを学んでいるとき幾度となくその顔を記したものを見せられていた。


「そうだ……この闇の中にはダリスのお歴々もいるんだよ」


マークは愉快そうに笑った。


「あれを見ろ、あの顔を!」


 マークが言った先にはダリスにいるはずの枢機卿の姿があった。枢機卿とは大司教を統括する存在でダリスには5人しか存在しない。僧侶の世界では最高位に位置するパワーエリートである。


ベアーはその枢機卿顔を見て震えた。


『この人、俺が小さいときにうちの寺院の礼拝堂で説法してた人だ……』


ベアーがあまりの衝撃に言葉をなくすとマークはさらにベアーの心を打ち砕く一言を続けた。


「宗教者は娘よりも少年を好むんだ。」


ベアーはそれを聞いて愕然とした


「嘘だ……枢機卿がそんなことをするはずがない……」


ベアーがそう言った時であった、一番美しい容姿の少年を枢機卿が競り落とした、その金額はダリスの貨幣価値で20万を超えていた。


ベアーはマジックミラーの向こうに広がる世界に深い闇を感じた。



18

ベアーが言葉をなくした状態でうつむいていると着替えたシルビアが戻ってきた。


「マークさん、証拠はばっちりです」


シルビアがそう言うとマークは立ちがあった。


「ベアー君、この続きを見たいかい、僧侶にとっては阿鼻叫喚の地獄絵図が見られるぞ」


 マークはこの後、権力者たちが競り落とした少年少女を思いのままに『操る』ことを示唆した。もちろん『操る』とは……アレの事である。


『なんてことだ……とんでもないじゃないか……』


ベアーの顔つきが険しくなった。


 権力者が夜な夜な人の見えぬところで快楽をむさぼることは古今東西よくあることである。だが実際にその現場を目にしたベアーは如何ともしがたい思いに駆られた。まだベアーは15歳の少年である、自分より幼い少年少女が買われる姿は目に余るものがあった。


「続きを見ないなら、ここにもう用はない。移動しようか、今度はダーマスの光の部分を見せてやろう」


マークはそう言うと肩を落とすベアーを連れ立ち、商工ギルドを出た。


                        *


 マークが次に連れて行ったのは酒場であった、先ほどの商工ギルドとは違いあばら家を改造したような粗末な造りで、隙間風が至る所から吹き込んでいた。そこにいる客たちも底辺労働者といった風体でポルカのドヤ街の連中と変わらない。


 マークはカウンターにいる初老の男に目配せすると嫌な音を立てて軋む階段を上り二階の個室へと向かった。


「どうした、浅ましい連中を見て吐き気でももよおしたか?」


マークはベアーを試すように言った。


「あなたは……なぜ僕にオークションをみせたんですか……」


ベアーがきつい口調で言うとマークは嗤った。


「現実を知るべきだと思ったんだよ、私も過去、同じ経験をした。信じていたものが崩れる瞬間をこの体で経験したからな……」


ベアーはその『経験』という言葉の中に何やら異様なものを感じた。


マークはそれを分かってのことだろうわざと微笑んだ。だがその笑みの中にはふしだらで淫靡なものがあった。


ベアーは思わず目をそむけた。


それを見たマークは話題を変えるべくシルビアに合図した。


「皆に一杯、おごってやってくれ」


マークは午前中の診療行為で得た対価をシルビアに渡した。


「ベアー、倫理を導く僧侶が道を外すことをどう思う?」


マークは淡々とした口調でベアーに尋ねた。


「許されざることです」


ベアーが即答するとマークは嗤った。


「ならば、あの場で見た枢機卿をどう思う?」


ベアーは一瞬にして沈黙した。それを見たマークは悪魔的な微笑みを見せて続けた。


「お前は貿易商の見習いなんだろ、各地であのような不遜な僧侶がいることも知っているのではないか?」


 言われたベアーはかつてのドリトスの事件でのことを思い出した。犯罪者が仕切ったギルドと手を組み、そこからピンハネしようとしていたかつての寺院を……


「私は各地を巡礼しているときに質の悪い僧侶を幾度となく見てきた。金に転ぶ者、貧しい者を虐げるもの、中には孤児の人身売買に手を染める者もいた……そしてそれはトネリアでもダリスでも同じだった。僧侶なんて言っているが実際は法衣を身につけた俗物なんだよ」


マークは続けた。


「君も僧侶なら、性質の悪い事実を目にしてきたんじゃないか。『清貧』なんて嘘だって気づいてるんじゃないか?」


言われたベアーは反論した。


「確かに僕はドリトスで汚職にまみれた寺院の在り方を目にしました、ですが何とか改革して立ち直ろうとしている様も見ています。」


ベアーは汚職の巣窟であった寺院がトーマスの努力により正常化されたケースを胸を張ってマークに話した。


だが、マークは平然と切り返した。


「お前は商工ギルドで何を見た、その寺院を統括する立場の枢機卿が少年を買っていたんだぞ。ドリトスの大司教ごときが枢機卿に太刀打ちできると思うのか?」


 言われたベアーは再び沈黙した。なぜならその通りだからである。枢機卿という最高権力者は大司教を任命する立場にある、たとえトーマスが審問委員会に調査を依頼してもにべもなくはねつけられるであろう。


マークはベアーを見てニヤリとした


「私も若い頃は僧侶という仕事に誇りを持っていた。だが、巡礼の旅を行い、この世界を知るにいたり、私は考えを変えた。」


マークはそう言うと目を細めた。


「迷える子羊を導き正道を歩ませる、それが僧侶の仕事だと確信していた。だが実際はどうだ、迷える子羊たちはこの世界の闇の中に放り込まれている」


ベアーはマークの意図が読めず声を上げた。


「あなたは、何が言いたいんですか?」


マークは確信に満ちた表情を見せた。


「人の心に忍び寄り、その弱さにつけこんでいるのは我々、僧侶なんだ。神の力、魔道の力、そうしたものを用いて人々に虚構の安寧を与え、そこから我々は糧を手に入れているんだよ。」


ベアーはマークの恐るべき見解に体を震わせた。


「あなたは一体、何を考えているんだ……」


ベアーがそう言うとマークは真顔に戻りポツリと言った。


「私は真理にたどり着きたいんだ」


「真理?」


「そうだ、真理だ、悟りといってもいいだろう。私はそれを見つけたいんだ。だがその真理は我々の世界には存在しない……神が造った世界にはないんだよ、なぜなら神は人が造ったものだからだ」


ベアーは大きく目を見開いた。


「なんと不遜な考え……ならばその真理はどこにあるんです!!」


ベアーが強い口調でそう言うとマークは遠くを見た。


「闇の中だ、そう、深い闇の中だ……」


ベアーはその言葉に三度、沈黙した。




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