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第六話

11

ルナの機嫌は相変わらずで体全体を使って『気にくわない』というオーラを出してた。


ベアーはそんなルナを見ながらどんな言葉をかけるか考えていたが、プンスカしているルナを見て、段々と面倒になり放置することにした。


だが、その放置プレイはルナを余計に腹立せた。


「ぐぬぬぬぬ!」


 さらに機嫌を悪くしたルナはベアーに『沈黙の怒り作戦』を決行した。ベアーの服の裾をつかんで睨むだけなのだが、傍から見ると『兄に虐められた妹』にみえるように演出していた。


 通行人はその様子を見てベアーの方をチラチラ見だした。どうやら『沈黙の怒り作戦』は功を奏しているようでベアーの放置プレイを凌駕した。


「ちょっと、もう、何なんだよ!」


 人々の突き刺さる視線が思いのほかうっとうしく、ベアーは5分と経たず根を上げた。ベアーが声を上げるとルナはシレッとした表情で答えた。


「別に~」


その後、ルナはふたたび『沈黙の怒り作戦』を続行した。先ほどと同じく街行く人々に『哀れな妹』をアピールしている。


『ぐぬぬぬ……』


 このままこれが続くのも困ると思ったベアーは根負けし、自分から折れることにした。そしてスイーツで『手打ち』に持ち込もうと思った。


                        *


 その時である2人の前に人だかりが飛び込んできた。何やら大声で言い合っている様子で、普通ではない雰囲気が漂っていた。


「あんたたち、買ってくれるっていったじゃないか!!」


「ああ、買うよ、でも気が変わったんだよ、その金額じゃ無理だ」


人だかりの中心には2人の行商人と1人の青年がいた。


『あっ、あの人』


人だかりの中心にはなんとベアーが探していた青年がいた。


「この干しか(乾燥させたイワシ)じゃ、値がつかねぇよ、やっぱり半分の金額じゃないとな、なあ相棒?」


 風体の悪い行商人はもう一人の行商人(体の大きな髭面男)に言った。髭面の男は大きく頷き首を縦に振った。


ベアーは思った『急ぎ働き』の商人だと……


 急ぎ働きとは困った業者を見つけてその弱みに付け込み、安値で商品を買いたたくハイエナのような連中である。倒産しかけた事業者の廻りにどこからともなく集まってくる商人だ。


ベアーは青年がやり取りしている相手がまさにソレだとおもった。


「うちの相棒は干し魚の目利きに関しては普通の商人よりも長けてるんだ。アンタの干しかじゃ、やっぱり半値が限界だ。」


「そんな、さっきと話が違うじゃないか、運賃をもてばさっきの値段で買ってくれるって……」


 青年はすがるよう言った。それを見ていた集まった聴衆も青年を味方するような視線を二人に向けた。買いたたかれている青年の姿が気の毒に映ったからであろう。


「何言ってんだ、不義理した業者が一人前の口を利くもんじゃねぇよ」


 不義理というのは商人の隠語で『納期遅れ』を意味する。二人の行商人は既に青年がミラー海運との間に『不義理』を働いたことを知っているようでその点を突いた。


「納期遅れの業者なんて誰も信用しねぇぞ……その業者と取引しようってんだ、リスクを負うぶん値引きの金額はこっちが決めるにきまってんだろ!!」


 行商人たちはハイエナの方がはるかにマシだと言いたくなるような口ぶりでまくしたてた。だが見ていた聴衆も『不義理』という単語を耳にしたことで先ほどのような非難の目を行商人たちにむけなくなっていた。


「どうするんだよ!!」


 あこぎなやり方で交渉を有利に進めようとするのはこの手の輩によくあることである。行商人たちは聴衆の冷たい視線が和らいだことでさらに勢いづいた。


「嫌ならいいんだぜ、こっちは困ってないんだ、はやくしろよ!!」


「そうだ、さっさと決めろ!!」


彼らは不義理をした青年の足元を見て、さらに値引きさせようと圧力をかけた。



その時である、青年は二人の行商人を憑き物につかれた目で見つめた。



ベアーはその眼を見て思った、


『ヤバイ……』


青年の眼には黒い焔が灯っていた。それはかつて偽札の製造現場でベアーを襲った首謀者の男と同じ目であった。


『マズイ……』


それを感じたベアーは聴衆をかき分け何とか中に入ろうとした……



12

だが……遅かった……


青年は魚をさばくために持っていたナイフを行商人の1人に向けて振り下ろしていた。


 髭面の行商人の肩口には深々とナイフが刺ささり、傷口から鮮血があふれた。刺された男はまさかの展開に口をアワアワとさせて呆然とした表情を見せた。


 青年は既に正気を失っているのであろう、再びナイフを振り上げると今度はもうい1人の行商人に狙いを定めた。


『まだ、間に合う!』


 ベアーは奇声をあげて右往左往する聴衆をかき分けると、ナイフを振り上げた青年に体当たりをブチかました。


                        *


 青年はよろめくとナイフを落としその場に尻餅をついた。聴衆の一人が急いでナイフを拾うと、その場のピンと張りつめた空気が日常の雰囲気へと一気に変わった。


「駄目だよ、人殺しは……」


ベアーが片言のトネリア語で話すと青年はこの世の終わりだと言わんばかりの顔で絶叫した。



13

この後、ベアーは回復魔法(初級)を使って刺された行商人の男の応急手当てを行った。正直助けたくない思いもあったが、僧侶という職業柄それは許されず歯を食いしばると傷口をふさいだ。


 刺された行商人ともう一人は駆け付けてきた治安維持官にいかに青年が悪いかを力説した。干鰯を買いたたいたことなど微塵も言わず値段の交渉でもめて一方的に刺されたたまくしたてた。


ベアーとルナはその一部始終を目にしていたが反吐がでそうな表情を浮かべた。


『こいつらが煽ったから、こうなったのに……』


ベアーは自分を正当化する行商人の男を見て助ける行為に価値がないと思い始めていた。


                        *


 この後、ベアーはダーマスの治安維持官の聞き取りに協力し、たどたどしい公用語で青年の事をはなした。治安維持官はベアーの発言をメモしたがベアーの公用語がいまいちらしく時折、首をかしげた。


 言語的な問題でベアーは青年をかばえず、思ったことの半分ほどしか伝えられなかった。青年に対する情状酌量は期待できそうにない……ベアーは大きなため息をついた。


 不義理をして取引できなくなった青年は、急ぎ働きの行商人に干しかを買いたたかれ、それにブチ切れて最後は刃物をもってしまった。殺人には至らなかったものの傷害事件に発展したことは否定できない事実であった


 不義理をしたことは商売人としては許されないだろう。だが倒産してやり直すこともできただろうし、転職することも可能だったはずだ。だが逆上した青年は間違った行動をとってしまった。まだ未来があるにもかかわらず自らその幕を下ろしたのである。


 ベアーはいたたまれぬ思いを持ってその場を去るしかなかった。慙愧に堪えないとは言ったものだが、まさにその心境に陥っていた。


「歯車が一つ狂うと……人生ってどうなるかわかんないね……」


ルナがそう言うとベアーは頷いた。


「でも、ベアーは充分やったと思うよ……」


ルナがそう言うとベアーは大きく息を吐いた。


「甘いものでも食べようか……」


 苦い経験を打ち消すようにそう言うとベアーはルナの手を引いた。先ほどまであった溝は嘘のように消え、2人は本当の兄妹のような距離感で歩き出した。





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