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第五話

その時である、1人の青年が入口の方から駆け寄ってきた。


甘栗色の髪を七三で分けた青年はロドリゲスを見ると大声を上げた。


「ロドリゲスさん、お願いします!!」


青年は鬼気迫る表情でミラー海運のロドリゲスの前に平身低頭した。


「お願いします!!」


「あんたとの取引は無理だ、今日の朝、断っただろ……」


 ロッドは青年を見てそう言った、その顔には嫌悪感とも侮蔑感ともとれる強い感情が浮かんでいる。


「お願いです、今回だけでいいんです!!」


 青年はそれでも食い下がった。よほどの事情があるのだろう、その顔は普通ではなかった。


ベアーとウィルソンは二人のやり取りを黙って見ることにした。



ロッドは大きく息を吐くと青年に話しかけた。


「納期が遅れた業者とはつきわない……それがうちのポリシーだ。それでも商品の引き取りを迫るなら違約金を考慮した値段じゃないと無理だ」


 ベアーは『納期が遅れた』というロッドの言葉に背筋を震わせた。商品を納めるうえで納期というのは何より重要になる。その納期を守れなかったとなると商売としては破談になって当然である。


「お願いです、ミラー海運さんとの取引ができなくなるとうちは潰れるんです、今回、何とかして頂ければ次の取引で弁済させて頂きます。」


青年は悲壮感を漂わせながらロッドに懇願した。



だがロッドは首を縦に振らなかった。



「違約金を払ってからだ」


ロッドがにべもなくそう言うと青年は呆然とした表情で立ち上がった。


「あんたの商品が届かなかったことで、うちは他の業者から商品を仕入れて対応したんだ。そのおかげでこっちが赤字をかぶった。」


 貿易商というのは仕入れたものに『色』をつけて他の業者に売るのだが、納期が遅れたミラー海運は取引上で赤字を出していた。


「困ってるからといって助けるわけにはいかない!!」


 強い口調で言われた青年は呆然自失の表情を浮かべるとフラフラした足取りで倉庫を出て行った。


ベアーはウィルソンの顔を見たが、ウイルソンは首を横に振った。


「ここはポルカじゃないし、納期遅れじゃ助けることはできない。中途半端な配慮は傷を深くするだけだ。」


ベアーは青年を気の毒に思ったがウィルソンの言葉には配慮がなかった。


「駄目なものは駄目だ……それに潰れるならさっさと潰れたほうがいい、そのほうが再スタートが切りやすい」


ウイルソンは20年以上の経験からそう言ったが、ベアーには納得できなかった。


「でも、困ってるなら、助けてやれば見返りもあるかもしれません」


ベアーがそう言うとウィルソンはため息をついた。


「ベアー、違約金が払えないってことは手元に現金がないってことだ……」


言われたベアーは大きく目を見開いた


「商売は信用が第一だ、納期に送れて違約金が払えないなら……詰んでるんだよ」


ウイルソンの物言いは辛辣であったがその通りでもあった。


「それに、お前の公用語の力じゃ、交渉だってできないぞ。どうやって助けるつもりなんだ?」


ウィルソンに詰められたベアーは肩を落として沈黙した


「厳しい言い方かもしれないが、突き放すときは突き放した方がいい、そのほうが相手にとっても……」


ウィルソンが続けようとした時だった、ベアーは駆け出していた。


ロッドはその後ろ姿を見てウィルソンに声をかけた


「若いね……」


ロッドがそう言うとウィルソンはため息をついた。


「ケツが青いんですよ……」


「まあ、様子を見て、現実がわかれば、ベアー君も……」


「そうですね、学習したほうがこれから先のためにもなる」


ウィルソンはそう言うと再びロッドとともに書類に目を落とした。



ベアーが倉庫を出ると青年の姿は既に消えていた。


「どこに行ったんだろ……」


ベアーは青年を探すべく辺りを散策した。だが地理感のないダーマスでは自分のいる場所の把握で精一杯で人探しなどできる力はなかった。


『駄目か……とりあえず腹ごしらえしとくか、探すのはその後だ』


 ベアーはそう思うと力をつけるべく港湾地区で働く労働者で賑わう食堂へと足を踏み入れた。


                       *


 どちらかといえば安普請な建物だが中は広く、多くの客が思い思いのものを食べていた。ベアーはそれを横目に入口付近に置かれたメニューに目をやった。そして黒板にデカデカと書かれた『日替わりランチ』に興味を引かれた。


『これにしよう!!』


 ベアーはトレーを取って客列に並ぶと白身魚のフライに甘酢アンがかかった一品とランチに付属するコンソメスープろバゲットをとった。



ベアーは片言のトネリア語で会計を済ませると湯気の立つトレーを持って席についた。


『トネリアで初めての食事か……』


 外国での初の食事にベアーは喉を鳴らすと早速、フォークをフライに突き刺した。

フライのカリカリした衣と甘酢アンが調和しベアーの口の中で程よい酸味がひろがった。


『甘酢アンってドレッシングの酸味とは違うな……同じ酢を使ってるのに……』


 ドレッシングは酢とレモンの酸味を用いてさっぱり感を出すが甘酢アンは砂糖が入っているためそれほどキレる感じはなかった。


『でも、このアン……コクがあるけど重たくないな……』


 実はこの甘酢アンにはザラメが使われていて、そのザラメに含まれるカラメルがコクとなってアンに添加されていたのだ。


 ベアーはザラメが使われていることまではわからなかったがさっぱりとしたアンとバゲットを口に放り込むと満足した表情を浮かべた。


『結構うまかったな……マズマズの出だしだ。よし、もう一回探すぞ!!』


ベアーは昼食を終えて食堂を出ると再び青年の姿を追おうとした。



10

だが、似たような容姿の荷夫や御用聞きが多く青年の姿はその目に映らなかった。行き交う人々の小話に耳を傾けても青年の話題は上っていなかった。


『どこに行ったんだろ…………』


ベアーはしばらく近隣を走り回ったが結局、青年を見つけることはできなかった。


『……無理か……』


 言葉もわからず辺りを動き回ったところで青年の行方をつかめるわけではない。まして知らない土地で事である、情報を詰めることも難しかった。


『……しょうがないよな……やるだけのことはやったし……』


ベアーはそう思うと青年の事をあきらめようとおもった


                        *


 ベアーは宿に戻ると、気分を変えて休みを謳歌すべく『初めてのトネリア』という旅行のしおりを手に取った。


『やっぱり……観光名所を回るか……でもそれだとありきたりだからな……』


ベアーはしおりに書いてある名所旧跡をとばし、他のページに目を移した。


『ガラス工芸が盛んって言ってたからな……ちょっとその辺をせめてみるか』


ベアーは貿易商みならいとしてその眼力を上げるべく渋い選択肢を選んだ。



 新調したバックパックを背負って宿を出ると『待っていた!!』とばかりにいつも面子が現れた。


「どこに行くの、おにいちゃん?」


ルナはニヤニヤしながらベアーを見た。


「ガラス工芸の工房見学……」


ベアーがボソボソ言うとルナは怪しげな表情を浮かべた。


「本当は……イヤラシイお店に行くんでしょ?」


ベアーは『そんなことはない』という表情を見せた。


「ふ~ん」


ルナは目を細めてベアーを見ると突然大きな声を上げた。


「私もガラス工房に一緒に行こうっと!!」


 子供の容姿であるルナは1人で行動するのは無理である、ベアーに同行してトネリア探索を楽しもうという腹であった。


ベアーはため息をつくとルナを連れて宿を出た。


                        *


 2人はガラス工房に向かう道すがら町並みをつぶさに見たが、ポルカよりはるかな大きな規模に舌をまいた。


「全然違うね……大きさが……」


 ダーマスの街の規模はポルカと比べ3倍はある、メインストリートも一本ではなく南北と東西に走る二本があり、それぞれの道には大小さまざまな商店がひしめき合っていた。屋台や行商人の数も多く、二人はポルカでは目にすることのできない品々に目を奪われた。


「なんかよさそうだね……」


 ルナは見たことのない商品に目を輝かせたが、ベアーは貿易商見習いとして目を光らせた。


『種類は多いけど商品の質自体はポルカとはそれほど変わらない……値段はちょっと高いな』


 ベアーがそう思っているとルナが一件の屋台に近寄り、アジを串に刺したものを買ってきた。


「はい、あんたの分!!」


ルナは気を利かせてベアーの分まで購入すると朗らかな声でベアーに渡した。


ベアーは感謝すると早速、一口かぶりついた。臭みを消すために多めに塗られた香草の風味が口に広がった。


『味はまずまずだな……だけど……』


ルナはベアーを見た。


「どうしたの、結構おいしいよ」


ルナはそう言ったがベアーは渋い表情を見せた。


「これは鮮度がよくないんだ、古くなったアジの臭みを香草でおさえているだけだよ」


「でも、値段も高くないし、別にいいんじゃん」


 ルナの言動はもっともでアジの香草焼きは決して不味いものではない、値段もその辺りにある屋台とそれほど変わらない。


だが、ベアーはルナの発言に水を差すように言った。


「今の時期はダーマスやポルカ近郊の海ではアジがたくさん取れるんだ。だからアジの値段は高くないはずなんだ……だけどこのアジの香草焼きはいたって普通の値段だ。仕入れ値から考えれば良心的じゃない、それに鮮度もイマイチだし……」


 ベアーはポルカという港町で多くの魚を食しただけではなく、その値段にも目を光らせていた。その経験からダーマスの屋台で出されているアジの香草焼きに微妙なものを感じた。


「ぼったくりじゃないけど……いい商品でもない、そうした商品は貿易商としては『ハズレ』なんだ……」


ベアーが続けようとした時である、ルナは唇を尖らせた。


「何それ……せっかく、私が買ってあげたのにぃ!!」


 ルナはベアーの喜ぶ顔を見たいと思い買ったのだが、ベアーはそれに反して貿易商としての冷静な見解を述べてしまった。


『……………』


二人の間に嫌な沈黙が訪れた。


こうした時は一言『ごめん』と声をかければ状況も変わるのだが、ベアーも嘘をついたわけではないので謝るのも気が引けた……


『……………』


二人の間に生じた沈黙はお互いの距離に微妙な溝をつくった。

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