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第四話

ケセラセラ号は古い船でところどころに傷みがあった。外見はいいのだが内側の補修はなおざりになっていてお世辞にもいいとは言えなかった。何とか航海に耐えられるようになってはいたがパーツの交換も必要なようで航海に出るにはギリギリの状態であった。


「船会社の方針でコストカットが厳しくてね。もう少しメンテナンスしてやればいい船なんだがね……」


 船長は沖に出て船が安定した状態になると苦虫を潰したような顔つきでベアーに語りかけた。


「この船と私は同じ年齢なんだ。海の世界に入って30年、そしてこの船も30年、おたがいによくやっている。」


船長は感慨深げにそう言った。


「船長さんはうちの社員だったんですよね?」


「ああ、そうだ、この船ももとはフォーレ商会の持ち物だ。」


そう言うと船長はかつての航海の話を始めた。


「いろいろな所に行った。トネリアだけでなく、この辺りの諸島はすべて廻ったな……俺がまだ下っ端の時はモンスターも出たんだぞ」


 船長は海を見ながらじつに楽しそうに話した。ベアーは全く知識のない船長の話に興味津々になった。


「ケセラセラ号は古いだけじゃないんですね」


ベアーがそう言うと船長は愉快そうに笑った。


「ああ、何度も修羅場を乗り越えている。一度は海賊に乗り込まれたこともあるからな」


船長はそう言うとベアーを見た。


「海賊に船が占拠された時はロイドさんが交渉したんだ、あの時は凄かったな……交渉の途中で捕り物になってな……」


そう言うと船長はその時できた船の傷を見せた。


「海賊の持っていたハチェットでやられたんだ……」


ベアーが見るとマストの一本に深々と手斧の一撃が残っていた。


「相手は3人死んだが、こっちは怪我程度で済んだ。積み荷もとられず結果は最高だった」


船長は自慢げにそう言ったが急に表情が暗くなった。


「どうかされたんですか?」


船長はベアーに話すか迷ったが、話さない選択を選んだ。


「いや、なんでもない……」


 船長は哀しげな表情を一瞬見せるとベアーの所を離れた。ベアーはその背中を見送ったが何かあるのは想像に難くなかった。


『何だろう……一体……』


ベアーがそう思った時である、突然、背後からうめき声が聞こえてきた。


                      *


「……きもち……悪い……」


ベアーが声のほうに向かうと顔面を蒼白にした少女が船のヘリもたれかかっていた。


「……おにい……ちゃん……気持ち……悪い……」


ベアーはその姿を見て船酔いだと看破した。


「船酔いは魔法じゃ治らないよ、病気やけがじゃないし、回復魔法は意味がないんだ」


ベアーがそう言うとルナは涙目になった。


「……おにいちゃんが……全部…悪い……」


元気そうにしているベアーを見て腹立たしかったのであろう、ルナはベアーにあてこすった。


「俺は悪くないよ……ついてきたのはそっちだし」


ベアーが正当な見解を述べるとルナはまぶたに涙をためた。


「……おにいちゃん……が悪いの……だっこ!!」


「抱っこしたって治らないよ……むしろ余計にゆられて気持ち悪くなるだけだよ」


「そんなの関係ないの!!」


ルナが駄々をこねると周りにいた船員たちが二人に目を向けた。


『なんか……雰囲気悪いな……』


『妹を見捨てる兄』という図式に見えたのだろう、船員たちの視線が厳しくなった。非難の目を向けられたベアーはやむを得ずおんぶすることにした。


「ちょっとだけだよ」


ベアーがそう言うとルナはベアーの背中に飛びついた。そしてその背中でニンマリとした、まるでさっきの船酔いなどなかったかのように……


『うまくいったわ……イヒヒヒ』


『船酔いに乗じて抱っこしてもらおう作戦』を結実させたルナは魔女の微笑を浮かべた。


                        *


 翌朝、目を覚ますとベアーの視界にはトネリアの港、ダーマスが映った。30年にわたる拡張工事を終えた港は整然とていてコの字型に整備された湾内は座礁の危険性もない良港になっていた。


だが驚くべきはその形状ではなく規模であった。


「すごいな……」


 ポルカでは見られない多くの船が湾内でたゆたっていたがその様はまさに圧巻であった。いくつもの大型船が海上で小型の船に荷物を載せ替えていたがポルカでは考えられないような物資の量にベアーは驚きを隠さなかった。


「ポルカとダーマスじゃ規模が違うからな、扱うに荷物の量も桁が違う。上陸して街を見ればもっと驚くぞ」


 ウィルソンに言われたベアーは目の前にある光景に経済力の違いを見せつけられた。小国ダリスの村から出てきたベアーにとって初めて見る大都市ダーマスの光景は圧倒的であった。


「ビビってんのかベアー?」


 ウィルソンにそう言われたベアーは首を横に振ったが、その顔つきはウィルソンの一言を肯定していた。


「確かにダーマスはでかいし経済規模もポルカに比べりゃ5倍はある。だが商売には『質』ってもんがある。」


ウィルソンの一言にベアーは首をかしげた。


「まあ、陸に上がったらわかるだろ」


ウィルソンはそう言うと下船の準備を始めた。



 所定の入国手続きを終えた3人は荷下ろしを始めたが、ロバがどこからともなく持ってきたネットのおかげで作業がはかどり、夕方までにすべての荷を保税倉庫に入れることができた。


「よし、今日はこれで終わりだ。明日の朝、商品を引き渡したら、午後は休みだ。」


ウィルソンは疲れた顔でそう言うとルナとベアーを連れて大衆宿に向かった。



 既に夕闇が港をおおっていたが、最新の街灯が数多く据え付けられているため街中は明るく、歩くことに難儀することはなかった。


「ポルカの街灯よりも明るいですね、カンテラもいらないですし」


ベアーがそう言うとウィルソンが答えた。


「トネリアの技術、特にガラス関連は大陸随一だ、ポルカの職人でもこれだけのものは作れん」


 小さなシャンデリアのような街灯は美的にも配慮されたもので街の景観とあっていた。

 ベアーが街灯を見上げて観察するとウィルソンの言った通り、実に細かく反射するようになっていた。


「ランプの光を多面体に削ったガラスが反射することで光が明るく見えるんだ、こうすれば少ない油の量ですむからな」


思わぬ省エネ技術にベアーは驚いた。


「こうしたところはトネリアは進んでいるんだ、技術者の養成に力を入れているからな」


ウィルソンはそう言うと安宿『港の華』ののれんをくぐった。



翌朝は早速、商品の引き渡しが行われた。


「いつもお世話になってます。」


 保税倉庫(運んだ荷を検品し税金を査定するための倉庫)には取引相手のミラー海運の担当者がやってきていた。


「いえいえ、お久しぶりです」


 ミラー海運はフォーレ商会とは20年の付き合いのある会社で海運業の傍ら貿易業務もおこなっていた。


「初めて見る顔ですけど」


 ミラー海運のロドリゲス(ロッド)がそう言うとウィルソンはベアーを紹介した。


「うちの若いやつ、まだ見習いだけど」


ベアーは紹介されて挨拶した。


「まだ言葉はたどたどしいね……まさに見習いって感じだね」


ロッドはベアーの話す様子から言語能力を看破した。


「言葉ができないと、商売は足元を見られるから気をつけんといかんよ」


ロッドはそう言うとウィルソンと取引に入った。


                        *


取引に関してやり取りは書類をかわすだけで金銭のやり取りはなかった。


「決済はどうするんですか?」


ベアーに聞かれたウィルソンは書類を見せた。


「バーターだ」


「バーターですか?」


「ああ、今回は物々交換と同じだ。うちの持ってきた蜂蜜とワインをベーコンとハムと交換するんだ。直接商品を交換すれば現金化する必要がないから為替の手数料もとられないし、決済しなくていいから両替商に行く必要もない」


「ああ、なるほど」


ベアーはかつて両替商で見た為替のレートを思い出した。


「最近はトネリアの通貨が乱高下してるから、為替リスクが高いんだ。こういう時はバーター(物々交換)できるとこっちも助かる。」


 通貨は日々変動するのだが、都合が悪い状態で決済すると赤字になることも往々にしてある。それを防ぐために先物取引をして為替リスクをヘッジ(回避)するのだが通貨が乱高下しているときは、それでもうまくいかないケースがある。


「経済的に落ち着かないときはバーターできるとお互い助かるんだよ」


ロッドが商売人らしい表情でそう言った。


 ベアーは商買における最適な取引が時には原始的な物々交換になることに驚きを隠さなかった。


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