第二話
週二回ほどのうpでやっていこうとおもいます。生暖かい目で待っていただけると助かります。
2
翌日、ベアーは久方ぶりにラッツの所に向かった。
ラッツはポルカの海岸沿いを小一時間、歩いたところにある稽古場(宿屋を買い取って改装した)で芝居に励んでいた。ベアーは菓子折りを持ってその稽古を見学することにした。
だが、コルレオーネ一座の芝居は今一つで覇気がなく、どことなくどんよりとした空気が稽古場をおおっていた。
主演の二人が抜けたことでラッツや他の劇団員たちにはチャンスが巡って来たわけだが、集客できるほどの魅力のある役者はおらず『空白』ができたのである。
役者の必要な要素には『華』というものがある、これは演技力や歌唱力とは違う人を引き付ける魅力のことなのだが、現在のコルレオーネ一座にその『華』のある役者はリーランドしかおらず、空白を埋めるだけの『華』を持つヒロインは皆無であった。
ベアーは稽古する劇団員を眺めていたが、
『これじゃあ、お客さん来ないだろうな……』
そんな思いがよぎった。
*
しばらくすると休憩になったためベアーはラッツに声をかけた。
「よう、ひさしぶり!!」
ラッツはベアーを見ると欠けた前歯を見せて手を上げた。
「元気そうだな!!」
ラッツは嬉しそうにするとベアーを連れて外に出た。
「ラッツその顔どうしたんだ?」
ベアーはバイロンを巡って貴族の執事とやりあったことを知らないためラッツの前歯を見て驚いた声を出した。
「いや……いろいろ……あって……」
ラッツはそう言うとバイロンに関わる出来事を話した。
「そんなことが……あったんだ……」
ベアーはバイロンにも会えると思っていたので思わぬ展開に驚きを隠さなかった。
「でも、いいこともあったんだ」
ラッツはベアーを見た。
「キスしたんだぜ……バイロンと……」
ベアーは『マジでか!!』という表情を見せた。
「殴られて脳震盪をおこしたんだけど、それは覚えてるんだよね~」
ラッツはその時のことを思い出し、何とも言えないニヤニヤ顔をベアーに見せた。
『いいなあ……キス……』
ベアーはかつて乗客船でファーストキスを試みたところ霧吹きを吹きかけられ、身ぐるみをはがされた過去を思い出した。
『あれは……失敗だったからな……』
ベアーが微妙な表情を見せるとラッツはそれを読みとり『成した者』の余裕を見せた。
「……好きな女子と交わす……キスって……いいぜ」
言われたベアーは劣等感と羨ましさで鼻の穴を大きく膨らませた。
「まあ、お前も、そのうち、なんとかなるよ」
勝ち誇ったラッツの一言にベアーはカチンときたが『成した者』に反論する術を『成していない者』はもちえなかった。
ベアーは状況を変えるべく話の方向を変えた。
「ところで、バイロンはどこに行ったんだろうね……」
ベアーが素朴な疑問を口にするとラッツは暗く沈んだ。その顔は先ほどの雄々しい表情とはまったくちがうものであった。
「……わからん……」
急激にトーンが低くなったラッツにベアーは内心『ざまぁみろ~』思ったが……その後のテンションの低さに異様なものを感じた。ラッツは夢遊病者のような目つきになると砂浜にのの字を書きだした。
『こりゃ……重症だ……』
唐突に現れた貴族の執事によりバイロンを奪われたラッツは生きる張り合いを失っていたのだ。年頃の少年にとってバイロンの存在は生きる上での活力そのものだったのである。
「取り返しに行けばいいんじゃないの」
ベアーがぼそりと言うとラッツは『その手があったか!』という表情を浮かべた。
「でも、場所がわからないと……どうにもならないよね……」
ベアーの一言はラッツの気力を引き出したがそれと同時に新たな問題を提示した。
「どこにいるんだろうな……」
まさかバイロンがダリスの最高権力者のもとでメイドをやっているとは思わぬ二人は、空を仰ぎみる他なかった。
3
一方、その頃、ルナはロゼッタの女主人とともに月例行事のアレに興じていた。
「きた、コレ~!!!!!」
「こっちもよ、ほげ~っ!!!」
「ああああ~~、はぬっーーー!!!」
奇声とも怒声とも取れる声を上げて二人は目を爛々と輝かせた。
そして……
「勝負よ!!」
女主人がそう言うとルナは実に真剣な眼差しをみせて頷いた。今までベアーと何度となく危ない橋を渡ってきたが、その状況下でさえ見せたことのない表情であった。
「よろしいですか?」
カードをもう一枚配るか確認したディーラーが二人に尋ねると、2人は厳しい目を向けて頷いた。それを見たディーラーはカードをもう一枚、切った。
2人は配られたカードを見るとその眼を疑った。
そして……沈黙した。
「マジ……」
ルナがそう言うとロゼッタの女主人は鼻血をだした。興奮が限界をこえ、脳内麻薬、エンドルフインが出すぎた状態になっていた。
「おかみさん……あ……あ……あら…嵐……」
『嵐』とはカブ(異国から伝わってきたカードゲーム)の中で一番強い役である。親の特殊な役(シッピン、クッピン)さえも凌駕するものだ。見た目はポーカーのスリーカードと同じだがカブの場合は最大3枚のカードでしか勝負できないのでポーカーよりもはるかに低い確率でしか『嵐』は生じない。
だが女主人はルナ以上の驚きに包まれていた。
「ルナちゃん……嵐じゃない……これは……」
嵐は3枚とも同じ数字が続けばいいのだが、ルナとロゼッタの主人のカードは(3、3、3)の『嵐カブ』という極めて特殊なもので、なんと掛け金の50倍が支払われる役であった。
「ほげ~っ、ほげ~、ほげ~~~~」
脳内麻薬が出すぎた二人は卒倒して、口から『魂』を吐き出した。
*
2人は『嵐カブ』を出したことに気を良くし、街で一番高い店に行って赤ワインを開けた。ルナはまだ酒が飲めないので一番高いイチジクのフレッシュジュースを頼んだ。
「嵐カブなんて……すごい」
「私も人生で初めて……」
いまだ興奮冷めやらぬ面持ちでロゼッタの女主人は唇を震わせていた。
「人生で一回だろうね……こんな経験……」
女主人がそう言うとルナもうなずいた。
「本当ですね……こんな興奮したの初めて……」
妙に艶っぽい表情でルナが同意すると、給仕の男がやって来た。
「おひさしぶりですね、おかみさん」
小ざっぱりとした給仕の男は女主人に声をかけた。
「ほんとに久しぶりね」
男とおかみさんは旧知の間柄らしく親しげに会話を交わした。
「これ、私からのサービスです」
そう言うと50を過ぎた給仕の男はオイルサーディンとトマトのサラダを出した。一口サイズに切ったサンマに1cm角に切ったトマトを散らし、その上からパセリを混ぜた溶かしバターをかけた一品である。
ルナは早速、フォークをすすめた。皮目を軽くあぶり青魚の臭みを抑えたサンマはトマトとよく合っていた。後味にパセリの風味がひろがると口の中に何とも言えない清涼感が訪れた。
「おいしい、さっぱりして!!」
ルナがそう言うとロゼッタの女主人は今までに見せたことのない表情を見せた。
「どうかしたんですか?」
今までの興奮がうそのように消え去りその顔には陰りが生まれていた。
「……うん……何でもないの……」
女主人はそう言ったが、どことなく尋ねてほしそうな雰囲気を醸していた。ルナはその様子を見て、少し間をおいてから口を開いた。
「このオイルサーディンのサラダ、何かあるんですか?」
ルナは当たり障りのないきき方での質問したが、どうやら核心をついたようで女主人は大きく目を見開いた。
「わかっちゃったかね……」
そう言うと女主人はかつての事を訥々とはなし始めた。
*
「そうだったんですか」
女主人の話を聞くとオイルサーディンとトマトのサラダが亡くなった夫の好物であることが分かった。
「あの人、これが好きでね……ここに来るといつもこれを……」
ルナは女主人が夫と死別していたことを知っていたが思い出に浸る感傷的な女主人の姿は初めて目にするものであった。
ルナはあまり突っ込んだ質問もせず、聞き役に回ることにした。こうした時は下手に聞くより相手が話し出すのを待つ方が会話に無理がない。
「漁に出て……そのままなんだよね……骨も拾えなかった……」
ワインを口にしていたこともあるが、いつものエネルギッシュな雰囲気は立ち消え、昏く重々しい顔つきになった。
「漁に出る前に喧嘩しちゃってさ……すごく……嫌な感じで送り出したんだ……そしたら……それが最後になっちまったんだ……」
女主人は窓から黄昏時の海を見ながら重々しいため息をついた。
「ごめんよ、こんな話……」
「いえ……」
ルナがどうこたえるか迷っている姿を見た女主人は元気な声を張り上げた。
「湿っぽい話はこれで終わり、『嵐カブ』もでたんだし、さあ、楽しもう!!」
女主人はワイングラスを手に持つと一気に煽った。そして気持ちを切り替えていつもの表情をみせた。
『……おかみさん……』
ルナは女主人の殊勝に振る舞う女主人の眼のなかに『古傷』があることに気付いたが、あえて指摘しなかった。