五章 第一話
5章はベアーとバイロンのパートを分離したいと思います。最初はベアー編からやりたいと思います。
またよろしくおねがいします。
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ロイド邸ではベアー、ルナ、ロイドの3人がテーブルを囲みマリアンナ(ロイド邸のメイド)の用意した夕食に舌鼓をうっていた。
「これ、おいしい!」
ルナはカキのグラタンを口に放り込むと開口一番そう言った。
「この時期はカキが美味いんだよ」
そう言ったロイドは白ワインを口にした。
「カキとホワイトソースは相性がいい、カキのコクとうま味、それがホワイトソースを引き立てる。」
マカロニ、ホワイトソース、カキ、それ以外の食材は使われていなかったが深みのある味は専門店でも引けを足らないであろう。
「このホワイトソ―ス、すごくさっぱりしているんですけど?」
ベアーがそう言うとロイドは『よく気づいた!』という表情を見せた。
「ホワイトソースは通常、小麦粉とバターを炒めてそれを牛乳で延ばすんだが、これは牛乳を使ってない。」
「牛乳を使わないんですか?」
ルナが不思議そうに言うとロイドは深く頷いた。
「カキのコクと牛乳の脂肪分が合わさるとホワイトソースが重たくなるんだ。だから、あるものをうちは使っている。」
ロイドがしたり顔で言った時である、ベアーが間髪入れずに答えた。
「ホエーですね」
ロイドは驚いた表情を見せた。
「……よくわかったな……」
ロイドはまさか見破られるとは思わず口をぱっくりと開けた。
「いえ、以前にチーズ工房でバイトをしてたんですけど……その時にホエーを使ったシチューをよく食べたんです……それで…」
ベアーが控えめに言うとロイドは納得した表情を見せた。
「そうか……見破られたか……だが、なかなか、わかるようなってきたな」
ロイドは食事の『目利き』が上がったベアーに感心した表情をみせた。
「食にたいし興味を持つことはいいことだ。乳製品、魚の干物、トマトの瓶詰は産地や製造方法で味が変わる。それらが『目利き』できるようになれば貿易商としては武器になる。これからも精進しなさい。」
ロイドがそう言うと台所からマリアンナが現れた。
「旦那様、これでお暇しますけど、何かありますか?」
「いや、もういいよ、ありがとう」
夕食を作り終えるとマリアンナはいつものごとく帰り支度を始めた。40代半ばの典型的な中年体型で肝っ玉母さんといっていい風貌だがその動きは機敏で見ていて気持ちがいい。
「じゃあ、失礼しますね」
マリアンナはそう言うとベアーとルナを見た。
「テーブルはもう燃やさないでね」
クギを刺すよう言われた二人はバツの悪い表情を浮かべた。
じつは苺タルトを巡り『命を懸けたコント』を繰り広げた結果、2人はテーブル一脚を炎上させていた。マリアンナが機転を利かせて消化したものの、できなければ屋敷は消失していただろう。
「まあ、そう言うな、マリアンナ。あれであぶり出しがわかってパトリックが助かったんだから。」
「はぁ、それはそうですけど……」
ロイドに言われたマリアンナはシブシブ納得すると勝手口へと向かった。
「すいません……テーブル、高いやつを燃やしちゃって……」
ベアーがそう言うとロイドは笑った。
「パトリックが助かれば安いもんだ、むしろこっちが感謝しているくらいだよ。あの時、あぶり出しに気付かなかったら……どうなっていたか……」
ロイドは二度目の奇跡を思いだし、渋い表情を浮かべた
「不運に見舞われることはあるだろうが、ブーツキャンプであんな事件が起こっているとは想定外だった。パトリックもお前たちに二度も救われるとは思わんかったろう……」
ロイドがしみじみ言うとベアーが声を上げた。
「でも、司法取引に応じてポルカに戻ると思ったのに……パトリック、帰ってきませんでしたね……」
「あいつなりに考えがあるんだろう……それに前科者が上級学校に行っても肩身が狭いだろうし、貴族の世界ではそれ以上に厳しい評価を受ける……」
下級貴族の前科者にむけられる仕打ちは平民以上に厳しいことは想像に難くない。貴族という階級社会のなかで目に見えない『虐め』が生じることは間違いないだろう。
「だが……いいこともあった、ブーツキャンプでも上級学校の授業が受けられるようになったんだ」
「そうなんですか?」
ベアーは中皿に盛られたほうれん草のソテーをとりわけながら答えた。
「ああ、事件を口外しないかわりにスターリングに条件をつけてやった。」
孫の事を心配するだけでなく、そこから生じたチャンスに首を突っ込み、広域捜査官に圧力をかけるロイドの手腕にベアーは舌を巻いた。
『さすがだ……ロイドさん……』
ベアーがそう思った時である、隣のルナが声を上げた。
「パトリックは助かったんだから、めでたし、めでたし。それより食べましょうよ!」
目の前に置かれたグラタンから醸される匂いに我慢できなくなったのだろう。ルナはフォークを持つとマカロニを突き刺し口に運んだ。
「美味!!」
孫であるパトリックの窮地に思いを馳せ感傷的になっていたロイドだがルナのあっけらかんとした一言はロイドの気持ちを明るくした。
「それもそうだな、食べようか」
ロイドがいつもの表情に戻ると3人は和気あいあいと食事を始めた。
*
食事が終わるといつものごとくデザートタイムとなった。ロイドは恒例のレモンケーキを二人の前に出した。ルナは食事よりもスイーツ派でレモンケーキと紅茶の黄金の組み合わせに喉を鳴らした。
「今回の『黄金羊』の件はよくやったぞ、まさかその毛を手に入れられるとは思わんかった。」
ロイドがそう言うとベアーはすまなさそうに答えた。
「でも、羊毛を積んだ馬車が一台焼けてしまって……」
マリー兄弟の長男の放った火矢は馬車の一台を炎上させていた。ベアーは『御礼回り』(落とし前をつけるための復讐)とはいえ羊毛を山積みした馬車を失ったことに強い罪悪感を持っていた。
「気にする必要はない、保険にも入っているし、馬車の替えはある。お前にもウィルソンにもけがはなかったし、あの状況下なら十分な結果だ。」
「そう言っていただけると助かります。」
ベアーがホッとしたな表情を見せるとロイドが神妙な顔を見せた。
「しかし、我々は『炎』に魅入られているな。私の倉庫、馬車、それからテーブル……皆燃えてしまった……だが、そこから幸運が舞い込んできた……不思議なものだ」
ロイドの一言はもっともでベアーも同じ思いを持った。偶然とはいえ、火事、放火、といった事象からフォーレ商会は運気をつかんでいた。
「『破壊からの創造』かも」
ルナがポツリと言うと二人はルナを見た。
「魔女の格言にはそう言うのがあるんです、ひょっとしたら幸運の対価はそれだったのかも……」
「そうかもしれんな……だが対価を払っているなら不幸は続くまい」
ロイドの言葉で3人は機嫌をよくした。
「ところで、ベアー、僧侶を辞める話はどうなったんだ?」
レモンケーキを口に入れていたベアーは思わず吹き出した。
「……じつは……辞職に必要な書類が入っていたバックパックを黄金羊に食べられて……」
言われたロイドは目を点にし、ルナは唖然とした。
「まだ、僧侶です……」
ベアーが申し訳なさそうにそう言うとルナが吹き出した。
「チョー、ウケるんですけど!!」
ルナは不謹慎に爆笑した。
「……まあ、いいだろ……しばらくは僧侶と貿易商の見習いを兼ねて仕事に励みなさい」
ロイドはそう言うとため息をついて書斎に向かった。