表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/589

外伝 第十四話

41

パトリックは翌朝、国境警備隊の詰所に呼ばれると、そこで陣取っていたスターリングとカルロスの事情聴取を受けた。


「大変だったわね、今回の事件」


スターリングに声をかけられたパトリックは素直に頷いた。


「人生で二回も死にかけるなんてそうそう、ないもんな」


カルロスはそう言うとさらに続けた。


「ロイドさんから知らせがあって、君の手紙を見たときはびっくりしたよ、あぶり出しだっけ」


パトリックは祖父の名を聞いて破顔した。


「だけどね、『あぶり出し』に気付いたのはおじい様じゃないのよ」


スターリングに言われたパトリックは驚いた顔を見せた。


「あれに気付いたのはベアー君とルナちゃんなんだ」


まさかの名前にパトリックも声を出した。


「ベアーが?」


「そう、それも偶然なんだけどね。」


カルロスがそう言うとスターリングが説明した。


「ロイドさんの家で食事をしているときに、レモンケーキと苺タルトを巡って二人が争って取っ組み合いになったの。その時、燭台を倒して、それでその炎があなたの手紙に……」


「えっ?」


まさかの話にパトリックは目を点にした。


「危うく、火事になりかけたんだけど……そのおかげで、『あぶり出し』がわかったのよ」


スターリングにカルロスが続いた。


「凄い、偶然だよね」


パトリックは想定外の話に唖然とした。


「だけど……現実って……ほんとにわかんないわ……何が起こるか」


スターリングはそう言うと真顔に戻ってパトリックを見た。


「あなたは強運の持ち主よ、あの状況を切り抜けるなんて。」


カルロスも続いた。


「ほんとだよ、二度も同じ友達に命を拾ってもらうなん普通はありえない」


カルロスは薄くなった前髪をかき分ける(かき分けるほどの量はないが)と断言した。


「いい友達を持ったな」


言われたパトリックは脳裏にベアーとルナの顔を浮かべた。


『やっぱり……あいつらか……』


 そう思った途端である、感情が高ぶり瞼から熱いものがあふれんとした。緊張状態がほぐれたこともあるが、信頼できる親友の顔が浮かんだことでパトリックの精神に安寧が訪れたのだ。



「あれ、泣いてるの、パトリック?」



スターリングに茶化されたパトリックは何とかこらえると二人に向き直った。


「さあ、お話はこの位にして本題に入りましょうか!」


 そう言ったスターリングの眼は今までとはうって変わり、捕り物の時に見せた氷の瞳に変化していた。


パトリックはそれを見ると気持ちを入れ替えた。


                            *


スターリングの話は一種の司法取引であった。


「この案件を秘密裏に処理するためにあなたには『直訴』や『意見具申』と言った行為を慎んでほしいの」


「事件化しないということですか?」


聞かれたスターリングは頷いた。


「白金がどうやって犯罪シンジケートに流れるか、それを見たいのよ。ピートの取引がつぶれてもうちのエージェントが新たな取引として白金を持ち込めばシンジケートと関係を持てるかもしれないわ」


「そんなことしていいんですか?」


「ええ、おとり捜査は法的に認められているから問題ないわ。むしろ白金が現金化されるルートや精錬する場所をつかめるなら価値があるのよ」


パトリックはスターリングの表情から若干の功名心を嗅ぎ取り、釘を刺した。


「でも、そのせいで僕たちみたいな目に合う人間も出るんじゃないですか?」


パトリックが厳しい眼で見るとスターリングはそれを認めた。


「そうかもしれないわ……だけど現状はそれ以上に厳しいの、組織に関する情報が全くないから……組織が暗躍すれば、今以上の被害がでてしまう。そのほうが恐ろしいわ」


スターリングが悩ましい表情を見せると、パトリックは尋ねた。


「沈黙の対価は何ですか?」


カルロスがそれに対して明るい声を出した。


「恩赦だよ、書類にサインをすれば、君はポルカに帰れる」


言われたパトリックの顔は紅潮した。


「みんなに会えるわよ、ロイドさん、ベアー君、ルナちゃんにも」


スターリングに言われたパトリックは書類にサインするべくペンを取った。



だが、パトリックの脳裏には別の友人たちの顔が浮かんだ。


「ガンツやミッチはどうなるんですか?」


「多少の刑期短縮はあるだろうけど……恩赦というわけにはいかないわ。ピートと命のやり取りをしたのはあなただけだから、他の子たちまでは……」


 パトリックは悩んだ。危機一髪の状態を脱せたのは間違いなくミッチとガンツのおかげである。あの時、ゲートの門が開かなければ死んでいたのは間違いなく自分であった。その友人たちに義理立てせずに自分だけポルカに帰るのは……


「どうする、パトリック?」


スターリングが再び氷の瞳で見つめるとパトリックは口を真一文字にした。


そして……



42

あの事件から二日が過ぎていた、キャンプは一時的に国境警備隊が統制するかたちで日常が戻っていた。


「どうなったのかな、パトリック?」


ミッチが言うとガンツが答えた。


「あいつ、貴族だろ、何か取引とかあるんじゃないか、俺たちとは世界が違うしな」


脳筋から半脳筋にジョブチェンジしたガンツは知恵を回した。


「そうだね……俺たちとは違うよね……」


ミッチが同意した。


「あれじゃねぇか、もうポルカに帰ったんじゃねぇか」


「そうかもね……おじいさんがいるって言ってたしね……」


「いいよな、まともな身内がいる奴は……』


ガンツがうらやましそうにそう言った時である、ゲートが開いて護送馬車が入ってきた。


「新人かな?」


ガンツはそう言うとその顔を拝むべく馬車にそれとなく近寄った。


                        *


 護送馬車は赤茶けた地面の上で停車すると軋んだ音をたてて鉄製の扉が開き一人のスーパーイケメンが下りてきた。



「……パトリック……」



まさかの出戻りであった。


                         *


「お前、戻って来たのか?」


ガンツに言われたパトリックは声を上げた。


「また、よろしくな!」


「よろしくって、『取引』とかあったんじゃないのか?」


ガンツが不思議な顔をして聞くとパトリックは涼しい顔で答えた。


「後でわかるよ」


そう言うとパトリックは新しい看守に連れられていった。


「何だろうね『取引』って……」


ミッチがそう言うとガンツも首をかしげた。



43

午後の刑罰作業を無事に終えた少年たちは食堂に向かいクソ不味いスープと胚芽パンをトレーに乗せた。


「これ何とかなんねぇのかよ……」


ガンツが不満をぶちまけるとミッチが死んだ魚の眼で答えた。


「ないね」


ミッチは同じく死んだ魚の眼で即答した。


「これが一番の刑罰だな……」


ガンツが食事のまずさにそうひとりごちた時、パトリックが食堂に入ってきた。


 すでにパトリックの活躍はすべての少年が知っていてスーパーイケメンが近づくとわざわざ道を開けた。中にはパトリックに敬礼する者や持ちネタを披露しようとする少年までいた。


パトリックはそれを無視すると食事を受け取っていつもの席に着いた。



「お帰り、パトリック」



ミッチが言うとパトリックは小さく頷いた。


「J派閥の奴らは下っ端しか残ってないよ。みんな刑務所に入れられた」


 マイクを含めJ派閥の連中は汚職に絡む原因とされ、ブーツキャンプから出され刑務所へと送られていた。刑務所は更生施設と違い、基礎学習や授産授業の時間はない、延々と強制労働を繰り返すだけの場所である。


「ざまぁみろっつんだよ!」


ミッチは気分よくそう言うと、その後、気になっている質問をぶつけた。


「ところで『取引』って何をしたんだ?」


ミッチが尋ねるとガンツも興味津々の表情でパトリックの顔を見た。


パトリックは二人の顔を見るとニヤリとした。


                           *


 それとほぼ同時であった、食堂に新しく看守長になった30代の男が入ってきた。


「注目!!」


新しい看守長は声を張り上げた。


「このたびの事件では大きな犠牲が払われた。鉄砲水で亡くなった者、乱心した看守の投げた火薬玉で命を失った者、若い命をキャンプで終えることになったのはさぞ不憫だと思う、我々もその点に関して忸怩たる思いを持っている……」


新しい看守長はそう言うと他の看守に合図した。


「これはそれに対するささやかな我々の想いだ」


看守長がそう言うとえもいわれぬ香りを放つ『モノ』が運ばれてきた。


「週に二回、水曜と土曜の夕食にはこれを諸君たちに進呈することになった。」


 配膳台の上には厚くスライスされ、ジューシーに焼き上げられたベーコンが現れた。燻製された独特の香りと滴り落ちる脂が少年たちの五感を刺激する。


看守長は少年たちの飢えた様を見てすぐさま威嚇するような声を上げた。


「心配するな、人数分、用意してある!!」


 看守長はそう言って少年たちににらみを利かせた後、一人の美しい少年のところで目を止めた。


「まず、彼からだ。」


看守長がパトリックに声をかけた時、ミッチはピントきた。


『そうか、パトリックの取引は……』


ガンツもその意図を察したらしくパトリックを一瞥した。


『なかなか、いい演出じゃねぇかよ』


ガンツはそう思うとおもむろに立ち上がり声を張り上げた。


「おい、お前ら、聞きやがれ。そのベーコンはパトリックが体を張って勝ち取ったものだ。ご相伴にあずかるやつは敬意を払え!!」


ガンツに怒鳴りつけられた少年たちはみな目を見合わせた。



食堂を沈黙が支配し、しばし時間が過ぎた時である……1人の少年が声を上げた。



「パトリック万歳!!」



その声に押された少年たちはみな口々に同じ言葉を口にした



「パトリック万歳!! パトリック万歳!! パトリック万歳!!」


「パトリック万歳!! パトリック万歳!! パトリック万歳!!」



 少年たちはシュプレヒコールを上げてパトリックをたたえた。そこには派閥の配慮やパトリックに取り入ろうとする計算高さはなく、ベーコンを勝ち取ったパトリックに対する純粋な気持ちが投影されていた。


 パトリックはその喝采を背に受けて厚切りのベーコンを一枚とると席に戻ってかぶりついた。


心地よい塩辛さと燻した風味が口の中に広がる、



『美味いな……』



パトリックはゆっくり咀嚼すると『勝利の味』を噛みしめた。




 恐怖や嫌がらせといった負の統治を破壊し、ベーコンを用いて少年たちの胃袋をつかんだパトリックはブーツキャンプのカリスマとなった。3か月とかからずにキャンプの権力を手中に収めたパトリックは以後『名君』としてブーツキャンプに君臨する。


パトリック伝説の幕開けであった。






さて、以下余談であるが、


 のちにこのベーコンはブーツキャンプに収監された少年たちの更生教育に大きな影響を与える。ベーコンというたんぱく質が少年たちの学習意欲と授産授業でのモチベーションを高め、その結果、キャンプ卒業者の就職内定率が上がるという奇跡が生じたからである。


 その成果は都の教育審問界でも取り上げられ、審問委員により精査及び吟味された。そしていくつかのモデルケースを通して芳しい結果が出ると、時の教育庁長官は英断を下し、刑罰的な粗末な献立の中に週に二回のベーコンを投入することを決定する。


 こうしてダリス全土にあるブーツキャンプでは水曜と土曜の夕食にベーコンが出されるようになったのだ。


 キャンプの少年たちはこのベーコンに敬意をこめて『パトリックのベーコン』と銘打ち、パトリックの名を語り継ぐことになる。





ここまで読んでくれた方、途中で感想を送ってくれた方、ありがとうございました。


今回は途中でプロットが破たんするという事態がおこり、失踪やむなしというところまでいったのですが……何とか終わることができました。これもみなさんのおかげだと思います。


正直、言いまして、この作品は今までのシリーズの中で一番、自信のない作品になっています……。よければご意見、ご感想を聞かせてくれるとうれしいです。


では、みなさん、次の作品で!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ