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第一四話

14

ドリトスはミズーリから4日ほど街道を進み、そこから西に広がる丘陵地帯を超えると見えてくる。丘陵といってもさほどの高さがないので旅はそれほど困難をともわないだろう。ベアーとロバは淡々と進んだ。


「今日はこの辺で休むか」


 時刻は夕方、太陽の位置からすると4時半くらいだろう、例のごとくバリスタの木の元で火をおこした。火をおこしたベアーは携帯ポットの湯を沸かすと乾パンとチーズをいつものようにして食べた。特に美味いとも不味いとも思わない。旅人としての感覚が身につき始めたのかもしれない。ベアーは日記をまとめるとマントに包まった。


                              *


 翌日も街道をひたすら歩いた。10kmは進んだだろうか、途中の村でパンを買い足しまた街道に戻る。再度10kmほど歩いて夕方になると宿木を見つけ火をおこした。特にこれといったことはない、ぼうっとしながら月を眺めると眠りについた。


 しかしこのときベアーは一つの間違いをおかした。それは昨日が暖かかったので、今日もそうだと思いマントをかけずに寝てしまったことだ。翌朝になるとのどが痛いことに気付いた。


『このくらい行けるだろう、まだ若いし』


 ベアーはそう思うとなんとなく出発してしまった。本当は半日ほど様子をみたほうがよかったのだが、若さでゴリ押ししたため結局夕方になると熱が出ていた。夜になると熱が上がり脱水気味になった……近くに宿もないので野宿するしかない。


『失敗したな…』


 幸い頭痛はないのでただ苦しいだけだが、川に行って水を汲み、湯を沸かすという作業が想像以上にきつかった。


『風邪ひいて野宿……最悪だな』


ベアーは旅のしおりに記されていた禁止事項を行っていることに気づくと何とも言えない敗北感に駆られた。


                                 *


 翌日は昼まで寝ていたが、さほど熱は下がらず苦しい思いも変わらなかった。物が食えないため体力が失われていく……


『死んじゃうのかな…』


独り宿木の下でマントに包まっていると、だんだんと鬱になってくる。考える事は悪いことばかりだ。


『やっぱり死んじゃうんだ…』


 泣きそうになったが熱が高くてそれさえできなかった。ロバはチラチラとベアーのほうを見るがさほど気にしている様子もない。いつもと同じく泰然としている。


『この、馬鹿ロバ、主人が苦しんでいるんだぞ、何とかしろ!』


もちろんロバは何もしない、草をはむだけで平然としている……現実とは厳しいものだ。


                               *


 そのまま知らぬうちに眠りに落ちたベアーは気づくと夕方になっていた。汗をびっしょりかいたようで多少熱が下がっているのがわかった。しかしながら体の節々は痛く、思うようには動かなかった。


『まだ熱が下がりきってない……』


ベアーは体に鞭うつと何とか川から水を汲み湯を沸かした。こういうときはとにかく白湯を飲むのが一番だ。


『なんか、食べなきゃ』


ベアーはロバの荷物から乾パンをだし、それに粉砂糖をかけようと思った。


『あれ、こんなのあったけな?』


ロバの首に細い皮ベルトがつるされそこにポーチのようなものがついていた。


『なんだろう』


ポーチを空けると手紙と金貨が入っていた。


『これ本物の金貨?』


ベアーはとりあえず手紙に目を移した。


                              *


『ロバのおにいちゃんへ


ロバを貸してくれてありがとう。


昨日も今日もロバといっしょに遊びました、とっても楽しいです。ロバは耳を触ると鼻をフガフガさせます。そのときの顔がとっても好きです。それからくしゃみをしたときの顔はもっとすきです。


他にもいろいろありますがもっとロバと遊びたいのでお手紙はこれくらいにします。


お礼に僕の宝物をプレゼントします。何かあったら役立ててください。


追伸

僕は重い病気で長くは生きられないそうです。お母さんはそれを知っていつも夜になると泣いています。でもぼくはロバともっと遊ぶために手術を受けようと思います。どうなるかはわかりませんが、やってみます。


さようなら 


ロバ大好きのカイテルより』


                                *


『あの子、病気だったのか…だから…お母さん、泣いてたのか…』


 元気にロバの背中に乗っていた子が実は死の病に冒されているとは思いもしなかった。母親があそこまでロバを借りるのに必死になった理由が今になってわかった。


『人生って色々あるんだな……』


ベアーは何とも言えない思いを抱いた。


『助かるといいな……』


ベアーは金貨を握りしめると再びポーチに戻した。


                                *


 気付くと朝になっていた。目を覚ますとすっかり熱はひき、ダルさはあるものの治ったという感覚が体の隅々までにいきわたっていた。ベアーはとにかく何か食べようと思った。湯を沸かし、砂糖を入れた茶を飲み、乾パンをちぎってたべた。喉に無理やり流し込むような感じだったが、何も食べないよりはましである。


『もう少しで回復するな……風邪がぶり返さないようにしよう』


 午後までゆっくりとしていると徐々に体力が回復してきた。3日ぶりの歩行になるがあまり無理せず一番近くの村で宿を取ろうと思った。地図からすると4時間ほど歩くと丘陵地帯に入る。その入り口に村があるはずだ。そこで今日は一泊しようと思った。


                              *


無事に村まで着くと、宿を探した。すぐに見つかったが、思いのほか宿賃が高いのに面食らった。


『しょうがない、一泊だけだし…』


60ギルダーを払うと店主は鍵をベアーに渡した。


 ベアーは部屋に入ると久々のベッドにうれしくなった。やはり地面でマントに包まって寝るのとは全く違う。体にかかる負担は全くなかった。


 夕餉はキノコや山菜をふんだんに使った汁物と山鳥を焼いたもの、そして麦飯が出てきた。この辺りは麦飯が一般的らしく皿に盛られた大量の麦飯にベアーはその眼を奪われた。


 ベアーは食欲がさほどなかったが汁物は体を温めてくれた。麦飯を汁物の中に入れて雑炊のようにすると思いのほかにのど越しがよく、体調回復に役立つ一品へと変化していた。


 食事の後、ベアーは風呂に入り久々に垢を落とすとすぐにベッドに入り込んだ。瞬時に睡魔が襲い泥のようにベアーは眠った。


 翌朝、体調は回復し空腹で目が覚めた。朝はパンと紅茶だけしかなかったが、牛乳があったのでミルクティーにして3杯ほど飲んだ。パンは小麦に香草を練りこんだものであまり口に合わなかったがそれでも3枚は食べた。


『よし出発だ!!』


ベアーは体調が回復したため元気よく宿を出た。


                                 *


 昼近くになると村で足りなくなった砂糖や油を買い足し、丘陵地帯に向かって歩きだした。さほど険しい山道ではなく、どちらかといえばハイキングコースに近かったが、距離があるので楽とはいえなかった。

 

ベアーは途中、へびイチゴや山菜を取りながら歩いた。


『これ、喰えんのかな?』


いくつか微妙な色合いのキノコをみつけたが怪しんで食べなかった。ためしにロバの口元に持っていくがロバの反応も悪い。


『やっぱり、だめそうだな、今日はへびイチゴ、と山菜で我慢しよう』


 14歳の少年にとってたんぱく質がないのは物足りないが、ただで手に入る山の幸は金欠のベアーにとってありがたかった。ベアーはへびイチゴをつまみながら山菜を油でいためた。そこに塩を入れて味付けする。最後に熱湯を注ぎ山菜汁をこしらえた。キノコが入ってないのでいまいちの出来だったが、まあ腹の足しにはなった。


 その後は焚き火を絶やさぬように小枝をくべながら横になった。この丘陵地帯は狼がでる。これは『旅のしおり』にも書いてあったが、火をくべてあれば動物は問題ないとのことであった。あらかじめ多めに小枝は拾ってあるので一晩くらいは持つだろうとおもった。


                               *


 その日は何事もなく無事に過ぎた。多少、寝心地が悪く首が痛かったが、山中での野宿はこんなものであろう。身支度を整えると再び歩み始めた。いたるところに山菜や木苺が繁茂している、食べ物には苦労しなくてすみそうだ。この点、森というのはありがたい。他にアケビやどんぐりも見つかり、今日の夜は調理に精を出そうと決めた。


                               *


夕方近くまで歩くとベアーは日の傾きを計算した。


『そろそろ夜飯の用意をしよう。暗くなっちゃうし』


ベアーはそう思うと歩く途中でゲットしたドングリに手を伸ばした。


 まずどんぐりの皮を剥く。この作業が大変なのだがそれが終わると、ドングリの実を20分ほどゆでる。こうすると灰汁が抜けて食べられるのである。ベアーは灰汁抜きしたドングリを油でいためて塩をふった。


『以外に美味いな……』


素朴ながらも飽きない味で明日もドングリを主食として過ごせるとベアーおもった。その後、アケビや木苺をデザートとして食すとその日の夕餉を終えた。


 とりあえず焚き火を絶やさぬようにベアーはしていたが腹いっぱい食べたこともあってうつらうつらとしてきた。森の空気は街や街道のものとは違い、澄んでいて心地よかった。田舎育ちのベアーにとってはこうしたところは落ち着くものだ。知らないうちに眠りに落ちていた。



15

気づいたのは尻に当たる重たい衝撃のせいだった。一度なら夢見心地のままだっただろうが2,3度と続くとさすがにそうはいかない。ベアーはむっくりと起き上がった。


「なんだよ!」


衝撃のもとはロバの蹄であった。


 ベアーは完璧にキレていた。立ち上がってロバを張り飛ばそうとした。手を振り上げ一撃をかまそうとする……だが、その時である、背中に視線を感じた。


辺りに気を配ると自分の周り7.8mを扇形に何かが群がっていた。暗闇の中に光る目が幾つもある。


「やばい……」


 瞬間的にベアーは死の匂いを感じ取った。身を守れるかどうかは焚き火の炎が残っているか否かである。既に消し炭状態で火種が残っているかもわからない。


「頼む…消えないで…お願い」


 森のなかで旅人が野宿しないのは獣に襲われる可能性があるからだ。『火を絶やすな』とよく言うがそれは正論で火を絶やすことは死にも通じる愚行なのである。


 狼、コヨーテ、熊、こうした動物に襲われた旅人は数知れず、命を落としたものも少なくない、いくらモンスターが減ったからといって安心は禁物なのである。


煌々と光る目は距離を縮めベアーが逃れることができないように周りを固めていた。


「頼む、火ついてくれ、お願い…お願い…」


 ベアーは消し炭に息を吹きかけ、なんとか火を起こそうと躍起になった。どうしたらいいのだろうか、ほぼパニックである。そんな時、ロバの背中にあるバックパックからビンが落ちた。それはドングリを炒めたときに使った食用油であった。


『これだ!!!』


 ベアーは急いでビンを拾うと、油を消し炭とその周りにある薪にかけた。一瞬、火が燃え上がり油の付着した薪に燃え移った。まだ落ち着いた感じではなかったのでビンごと焚き火の中に突っ込んだ。


火は弱々しいながらも何とか落ち着き始めた。


『よかった……』


ベアーはそうおもった。


しかしである……ベアーを囲む距離はさらに近づき、複数の狼が姿を現した。炎の勢いが弱いので狼には余裕があった。


『あっ……マジでやばいな、この状態……』


 ベアーの思考がまとまらぬうちに狼の攻撃が始まった。リーダー格と思しき狼がベアーに飛びついてきたのである。


『万事休す』


 最終回を控えたアニメのタイトルにありそうな言葉だが、この意味をこのときほど感じたことは今までなかった。

 

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