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外伝 第十一話

30

『何てことだ……』


 ミッチはパトリックに言われた通り、看守の目を盗みながらピートの動向を観察していたが目の前で起こった事態はおどろくべきものであった。


『あいつ……刺しやがった……』


ミッチは膝から下が震えているのを感じた、まさにガクブル状態である。


『……もう、死んじゃってるのかな……』



ミッチはピートが離れるのを入念に確認すると看守長の所に駆けよった。


                         *


「大丈夫ですか?」


ミッチが問いかけると看守長は血の気を失った顔でミッチを見た。


「……お前か……」


「保険医を呼んできますから」


ミッチがそう言うと看守長はミッチの腕をつかんだ。


「……白金は今日の午後の荷車で運ばれる……」


看守長はそう言うと苦しそうな表情で続けた。


「ゲートを開けなければ……荷車はここから出られない……そうすれば奴の取引はご破算だ……だが……時間はないぞ」


看守長そう言うと咳込んで血反吐いた。



31

その頃、パトリックは意識を取り戻したボンデージ姿のフラウと対峙していた。


「あんたたち、こんなことして、ただですむと思っているの!!」


 縛られたフラウは激高したが、パトリックが余裕のある微笑を見せるとその美しさに思わず息をのんだ。


「フラウ館長、あなたには本当のことを話しておきたいんです」


パトリックはそう言うとおもむろに『手紙』のことを話しだした。


                        *


「嘘よ、あなたの手紙はすべて廃棄するように命令しているわ!」


パトリックはフラウの贅肉で二重になった顎を撫でた。


「ええ、そうみたいですね。でも1人だけ味方をしてくれた人間がいたんです」


フラウはしわがより始めた目じりを伸ばすようにして眼を見開いた。


「看守長が助けてくれたんですよ」


パトリックが言った刹那である、フラウは震え始めた。


「嘘よ……」


 フラウは希望的観測を込めてそう言った。だが看守長の生真面目な性格を熟知していたフラウはパトリックの話が虚構には思えなかった。


「すべての手紙は検閲しているはず……それに白金の事が書いてどの看守が読んでも焼却するはずよ!!」


フラウが威勢よくそう言うとパトリックは哀切な目をむけて声をかけた。


「あの手紙は『あぶり出し』で記してあるんです。」


パトリックはそう言うとコバルトを用いた『あぶり出し』の技法を伝えた。


「あなたたちの悪行はすべてがわかるように記してあります。祖父がそれを見れば、間違いなく通報するでしょう。貴族が声をあげれば治安維持官も動かざるをえないとおもいます」


さらにパトリックは続けた。


「それに、看守長は気を利かせてあの手紙は速達で送ってくれました。もう、おじい様のもとに着いているでしょうね」


 フラウはボンデージからはみ出た肉を震わせた。そこには明らかに保身に走る役人の浅ましさが垣間見えた。


フラウは涙目になるとパトリックを見た。


「違うの、パトリック、全部ピートが悪いの、あいつが悪いのよ!!」


フラウは半狂乱になってパトリックにすがりついた。


「白金の取引を持ちかけたのもあいつからよ……私は悪くないの……私は利用されただけなの!!」


パトリックはその姿を憐むとフラウに話しかけた。


「フラウ館長、どうですか、取引しませんか?」


パトリックが翳りのある表情でフラウに話しかけるとフラウは唇を震わせた。


「あなたがこちらの要求を呑むなら、意見具申してもいいですよ」


 『意見具申』とは自分より位の上者に対して物申すことである。平時はあり得ないが有事の際(大きな事件や事故が起こった時)は身分や役職を越えて意見具申することがダリスの法律では認められていた。


「僕は貴族です、貴族には平民の罪を軽くするために『意見具申』することが許されているんです。」


「本当に?」


フラウの眼が輝いた。


「ええ、約束は守ります。」


パトリックがそう言うとフラウは崩れ落ちた、完落ちした瞬間であった。


                        *


「なあ、パトリック、ほんとに『意見具申』っていうのをするつもりなのか?」


ガンツは浅ましいフラウの姿を見てはらわたを煮えくり返させていた。


「あんな奴の罪を軽くするつもりなのか!!」


ガンツが憤ってそう言うとパトリックはガンツに近寄り耳うちした。


「あれは、嘘だ」


ガンツは驚きの表情を見せた。


「『意見具申』という概念はあるが貴族が平民の減刑をもとめて具申することはない」


ガンツは目を細めてパトリックを見た。


「ひょっとして……お前……フラウを嵌めたのか?」


「何のことかわからいな、ガンツ君」


パトリックはそう言うと実に美しい微笑を見せた。


『こいつ、マジもんだな』


 この状況下で相手をコントロールするために嘘を交えるのは普通の人間にできることではない。ガンツはパトリックの度胸と話術に舌を巻いた。


「さあ、行こう。これからが本番だ」


パトリックはそう言うと『ケセラセラ大作戦』の最終章の幕を自ら開けた。



32

ピートは焦っていた。クールに振る舞い落ち着き払った様子を見せているがその内心は気が気でなかった。


『クソ……このままじゃゲートを開けられない……』


 看守長を手にかけたことで計画が狂い、ゲートの開閉を指示できる人間がいなくなったのである。


『フラウが見つからなければ、最悪、ぶち破るしかネェな』


 ピートは刻一刻と迫る組織との取引時間に危惧を抱いていた。時間に遅れて取引がご破算になれば組織との取引自体が打ち切られるのは間違いない。販売網も精錬所とのコネクションもないピートは半端な代物を抱えて右往左往することになる。そうすれば一年にわたり仕込んできた白金の密輸が空転する。


『思い切った選択肢も必要だな……』


ピートはそう思うと悪い意味で腹をくくった。


『これだけの白金があれば組織と組んでも10年はこまらねぇ……ここらが潮時だ』


 撤退という選択を視野に入れたピートは地下水脈の白金をあきらめ、現在、箱詰めしてあるものだけを手にして逃走することを選んだ。


『それなら……『アレ』を使えば、いいよな』


ピートは腹をくくるとその足を備品管理室に向けた。


                        *


備品管理室には『アレ』があった。


ピートは『アレ』を手に取ると管理人の所に持っていった。


「これは許可が必要なんですけど」


管理人がそう言うとピートは何食わぬ顔で言い放った。


「もう許可はいらないんだよ」


管理人が怪訝な表情を浮かべた時である、


ピートの一撃が管理人を襲った。不意をつかれた管理人は喉仏を潰され、その場で悶絶して絶命した。


看守長を刺したことで計画が狂ったピートはすでに常人の感覚を失っていた


『白金を持ってここから出る』


それだけしか頭になかった。


                           

33

ボンデージコスチュームで現れたフラウの姿は周りの人間にすさまじい波紋を引き起こした。


『何だ、フラウ館長、あの恰好……』


 看守たちも少年たちも作業の手を止めてパトリックたちと歩くフラウを見た。


『気が振れたのか……』


『どうなってんだ、館長?』


『なんのプレイなんだ……』


 奇異な目で見られるフラウは無様であったが『意見具申』により自分の罪が軽くなると思っているため当人にはそんなことは関係なかった。



そんな中、ミッチが息せき切って現れた。


「看守長が!!」


ミッチの血相を変えた表情から尋常ならざることが起こったとパトリックは思った。


「刺された、あいつに刺された……」


ミッチの知らせはその場の緊張感を一気に高めた。周りでいた看守や少年たちも一斉に注目した。


「脇腹を刺されて……出血がひどいんだ」


それを聞いた時である、フラウの表情が変わった。


「看守長がすべて仕組んでたのよ……」


パトリックは『何を言っているんだ……こいつ』とおもった。


「そうよ、ピートと看守長がすべて仕組んでたのよ、私は関係ないわ!!」


ボンデージ姿でフラウは発狂したように言い放った。


「みんな、聞いて、このキャンプの汚職はピートと看守長が仕組んだものよ。私はそれを何とか止めようとしたの!!」


まさかのフラウの居直りにガンツは口を大きく開けた


「私はね……ピートと犯罪組織の関係をはっきりさせるためにわざと白金を受け取っていたの、本当よ!!」


パトリックはフラウの甚だしい浅ましさとさもしさに言葉を失った。


『だから……女は……嫌なんだ……』


パトリックがそう思った時である、前方から荷馬車が一台こちらに向かってきた。


                         *


「あれ、館長どうされたんですか、その格好?」


わざとらしい声で問いかけたのはピートであった。


「あんたよ、あんたと看守長がすべてを仕組んだのよ!!」


フラウは自分が助かるためになりふり構わぬ嘘をまき散らした。


だが、ピートはそれを見てせせら笑った。


「死んだ人間と私のせいにして逃げるつもりですか、いまさらそんなことを言ってもう遅いですよ。」


そう言うとピートはフラウの一番触れられたくない点を声高に言った。


「ピンハネした白金を現金に換えて休暇中に少年を買っていましたよね。その斡旋は誰がしたんでしたっけ……あっ……俺だっけかな……」


フラウはそれを聞いて周りを発狂させるような声で絶叫した。


「こいつよ、こいつが、元凶よ。速くこいつを捕まえて!!」


パトリックたちは二人のやり取りをつぶさにその目にしたが、あまりの不道徳さに言葉を失った。


『人間は……ここまで……堕ちるのか……』


人の持つ闇は大変深い、パトリックが悟った瞬間であった。



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