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外伝 第十話

26

パトリックは石畳の床に身を横たえ、ひたすら待つという行為に集中した。すでに時間の感覚は麻痺し昼か夜かもわからないが、かなりの時間が過ぎていることだけは体感できた。



そして……その時がやって来た



 うす暗い地下室にカンテラの明かりが灯ると白衣を着た人物と制服を着た2人が地下室の中に足を踏み入れた。


 仰臥しているガンツを1人がカンテラで照らすと白衣の人物が腫れ上がった腕と足を確認した。


「あまりよくないですね……」


 ガンツは浅い呼吸を繰り返し天井を見つめていた。その額には小さな汗がフツフツとわいている。


「顔色も悪い……内臓に……損傷があるかもしれません」


 真っ青なガンツの顔を見た白衣の人物がそう言とフードをかぶった看守が声を上げた。


「放っておきなさい」


「でも、死んでしまいますよ」


保険医がそう言うとフードの人物は保険医を睨みつけた。


「私の言うことがきけないの!」


 フラウのヒステリックな声が地下室に響くと保険医はその剣幕に押されスゴスゴと引き下がった。


「奥の少年の状態を確認して」


フラウに言われた保険医ともう一人の看守はパトリックの方に向かった。


2人はパトリックをおこして健康状態を確認した。


「問題ありません!!」


看守がそう言うとフラウは二人を見た。


「その少年に尋問することがあります。あなたたちは外で待っていなさい。」


フラウは有無を言わせぬ口調でそう言うと二人を睨み付けて追いだした。


                           *


「久しぶりね、パトリック、」


パトリックは長いまつげを伏せて沈んだ表情を見せた。


「どうしたの、そんな顔をして……」


フラウに尋ねられたパトリックは体を震わせた。


「……助けてください……」


パトリックは精神的に摩耗した表情でフラウを見た。


「僕……暗いところが駄目なんです……暗所恐怖症なんです……」


パトリックがすすり泣きを見せるとフラウは舌なめずりした。美少年の見せる弱った姿は何とも言えないものがあった。


『所詮は貴族の坊やよね……ちょっと〆ればこの程度よ』


フラウは縛られたパトリックに近づくとおもむろに制服を脱ぎだした。


「一つになりましょう、パトリック!!」


 そう言って脱いだ制服の下から現れたのは黒のレザーコルセットでまとめられたボンデージコスチュームであった。


パトリックは瞬間、思った。


『……似合ってねぇ……』


 ボンデージというのは手足が長くスタイルが良くないと似合わない。ぜい肉が目立ち始めた中年が身につけるものではないのだ。さらにフラウは背も低く足も短い、ボンデージの似合う要素は微塵もなかった。


パトリックはウエスト部分の網目状の所からあふれる贅肉を見て思った。


『……ハムだ……これハムだよ……ボンレスハムだよ』


 緊張感がピンと張りつめた状況でフラウのボンデージ姿はパトリックに如何ともしがたい感情を沸き起こした。


『駄目だ、ここで笑ったら……せっかくの芝居が……』


だが、その表情をフラウは目聡く見逃さなかった。


「今、笑ったわね、パトリック?」


パトリックはフラウと目があった。


「いや、笑ってません……『ハム』なんて思ってません……」


「そう、『ハム』って思ったのね」


 思わず本音が出たパトリックにフラウは悪魔の微笑を見せた、そしてたるんだ脇腹を支えるベルトから鞭を取り出した。


「調教してあげる!」


フラウは憤怒の表情を浮かべると鞭を振り上げた。



27

フラウの鞭捌きは軽やかで絶妙であった。作業着を引き裂き、痛みは与えるものの皮膚には浅くしか傷をつけない程度に鞭をふるった。


「どう、もっと痛くしてあげようか?」


 フラウの鬼気迫る顔を見たパトリックは顔をひきつらせた。痛みに対する恐怖ではなく純粋にフラウの顔が怖かったからである。


『マジ、ヤバいぞ……このババア……』


パトリックの美しい顔が歪むとフラウは鞭を撃つ手を止めた。


「それでいいの!!」


フラウはそう言うとパトリックに近づき作業着を手で引き裂いた。


「素晴らしいわ……」


 2か月間、つるはしを持って肉体労働していたパトリックの体にはしっかり筋肉がついていた。見せかけの筋肉ではなく労働によって培った肉体は均整こそ取れていなかったが、発達した大胸筋と腹筋は見事であった。


それを見たフラウはのぼせあがった。


「私が……ペロペロしてあげるわ」


 フラウは興奮した面持ちでそう言うとがっついた犬のようにパトリックの腹筋に飛びついた。きれいに6つに割れたパトリックの腹筋に頬を擦り付けると上気した顔で叫んだ。


「最高だわ、この硬さ。若くて……」


貴族の称号を持つ少年の腹筋はフラウを夢中にさせていた。



だが、これが幸運を呼んだ。



『ガンツ!!』


 パトリックの体に夢中になっていたためフラウはガンツの存在に気付かなかった。振り向いた時にはすでに遅かった。


「お前、具合が悪いんじゃ……」


 フラウが言い終らぬうちであった、ガンツのタックルがフラウを襲った。フラウは壁面に激突するとあたまをぶつけ昏倒した。


                           *


「危なかったな……」


ガンツがそう言うとパトリックは大きく深呼吸した。


「ああ、新しい扉が開くところだった……」


意味深なパトリックの言葉にガンツは驚いた。


「何だ、新しい扉って?」


「ボンレスハムとのSMプレイ」


ニヒルな表情で言うパトリックにガンツは言葉をなくした。


「ところで作戦、うまくいったな……あのコケを使って病人の振りをすればいいって」


パトリックは壁面に生えたコケのしぼり汁を薄く塗ることで顔色を悪くする演出をガンツに施していた。


「カンテラの明かりだとちょうどいいとは思ったが、うまくはまってくれた」


パトリックはそう言うとガンツを見た。


「フラウが起きたら次のステップだ!」


こうして二人は『ケセラセラ大作戦』の第一段階を無事に終え、次の準備にはいった。



28

3台の荷車には鉄鉱石と銅が積まれていた。ピートは目録を確認して行き先と数量を確認した。


『よし、もうすぐ時刻になるな』


ピートはそう思うと荷車の一つに近寄った。


『この中に白金が混じっているとは思わんだろう……』


ピートは白金が入った箱を荷車の一つに紛れ込ませていた。


『ゲートを出てしまえば、あとは簡単だ。御者を『連中』が襲って白金を回収、それで終わりだ。』


『連中』とはピートが手を組む犯罪組織の事である。すでにつなぎはつけており白金がゲートを出る時間も伝えてあった。


『その後はガキどもを『料理』すれば証拠隠滅も完了……完璧だな』


ピートは自分の計画に酔いしれた。


だがピートにも一抹の不安があった。


『組織に払う金は別として、フラウのピンハネをどうするかだな……3割もはねられたら、俺の取り分がなくなっちまう……かといってゲートを開けてもらわねぇと荷車は出せねぇ……』


 組織に払う金とは白金を精錬する料金と精錬した後の白金を売りさばく販売網の使用料である。非合法的に手に入れた白金を表に出して現金化するにはそれなりの手数料がかかるのだ。


ピートの中でどす黒い考えが具体化し始めた。


『あの女、面倒なんだよな……ゲートを開けさせたら、殺っちゃうか……』


ピートはそう思うと館長室に向かった。


                           *


 ピートは驚いた、なんとフラウがいないのである。いつもなら執務に従事している時間のはずだ。


『どうするべきか……』


 地下室でパトリックたちに昏倒させられているのでフラウはいなくて当然なのだが、そんなことを知る由もないピートは困惑するほかなかった。


だが、ピートの中で新たな計画が浮かんだ。


『あいつを使おう、あいつなら看守に命令できるはずだ』


そう思ったピートは小走りに作業棟に向かった。



29

男は作業棟で来週キャンプを『卒業』する少年を見ていた。成績は悪かったが職人としての適性があるらしく、車軸に車輪を器用に据え付けている。


男はその姿を観察していたがかつての自分の姿とだぶった。


『技量があっても前科があれば……世間の目は厳しい……』


男もかつてその経験を体感していた。


『だが、技術は悪くない……』


 ブーツキャンプを『卒業』した少年は再び娑婆に戻るわけだが、そこでうまくいくかは不透明である。授産授業を受けて技術が身についても職にありつけるとは限らないからだ。わざわざ前科者を雇ってくれる経営者はそうそういるものではない。


 少年たちの中には世知辛い世間の風当たりに耐えられないものも多く、再び犯罪組織に身を置くもの少なくない。中には『箔がついた』と豪語して組織に大手を振って帰る者さえいる。


男は更生できずに間違った道にひきかえす少年たちも数多く見てきた。


『あとは、こいつが……耐えられるかだな……』


男が複雑な思いで作業を見ていると作業棟の外から一人の看守が現れた。


『あいつか……』


男にとって一番顔を合わせたくない相手であった。


                           *


「看守長、お話が」


男はピートを厳しい眼で見ると口を開いた。


「今は作業中だ、速くしてくれ!」


ピートは謙遜した態度を取ると男と作業棟を出て坑道の方に向かった。


「実はゲートの事なんですが……」


「ゲートの開閉は館長しか決められない。俺に言っても無駄だ。」


「いえ、その館長がいないんです……そうした場合、キャンプの監督はあなたに……」


「私にその権限はない」


男がにべもない口調で言うとピートは続けた。


「あなたに開けろと言っているんじゃないんですよ。ゲートにいる新人の看守にちょっと『指示』してくれれば」


ピートがそう言うと男は即答した。


「もういいだろう、新しい看守まで引き入れなくて……今回の取引は大きいんだろ、もうそれで充分だろ」


男がそう言うとピートはのっぺりとした表情を見せた。


「何を言っているんですか?」


ピートはニヤつきながら続けた。


「いまさら善人ぶっても、もう手遅れですよ」


 ピートの瞳には悪魔が映っていた。男はそれを見てこれから先も爛れた関係が続くと痛感した。


『何故、俺はあの時……白金を受け取ったんだ……』


男の中で脳裏に過去がよぎった


                          *


 娘が不注意で事故を起こし、その賠償金を請求された男はまとまった金が必要になった。だが家を買ったばかりの男の手元には現金がなく、その金は工面できなかった。


そんな時である、ピートが白金をちらつかせてやって来たのは……。


『家を売ればよかったんだ……』


 少ない給料をためてやっとのことで手にした『我が家』は小さいながらも男の納得のいくものであった。暖炉と書斎、男のあこがれがそこにはあった。だが男はそこに固執してしまった。


『クソ……こんなやつの犬になりつづけるのか……』


定年まであと8年……長すぎる時間が男には待っている。


『もう……いやだ……』


男の心の叫びは現実の世界で具現化した。


                           *


「俺は……やめる……」


まさかの言葉にピートは大きく目を見開いた。


「何を言っているんですか、看守長……」


「このまま、お前の道具になるのは御免だ」


 男はそう言い放つとピートのもとを去ろうとした。だがピートはそれを許さなかった、男の腕をつかむと引き寄せた。


「俺にかまうな、これ以上、要求するなら『直訴』するぞ!」


 男の真剣な表情の中に偽りはなかった、だがそれはピートにとって最悪の事であった。


「……そういうのって、困るんですよね……」


ピートの眼が悪魔から死神へと変わった、そして……


男の脇腹に深々とナイフが突き立てられた。


「せっかく、取り分を増やせたのに……」


ピートはそう言うと看守長の足をつかみ人目のつかない坑道の方へと引きずった。


「その出血なら、長くはもたないでしょう。とどめを刺して返り血を浴びるのも嫌なんで」


そう言うとピートは男を見た。


「お世話になりました!!」


ピートは深々と頭を下げると刺さったナイフをそのままにその場を去った。



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