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外伝 第七話

17

翌日の昼休み、パトリックは机に向かって手紙を書いていた。


「パトリック、聞いたよ、看守に『直訴』させるんだって!」


 元気よく部屋に現れたのはミッチであった、昨日のやり取りをガンツからすでに聞いているようでその表情は明るい。


「図書室の本を借りられないなら、『直訴』なんてできないって思ってたけど……まさか看守を落とすなんて……たいしたもんだねぇ!」


 ミッチはそう言ったがパトリックはそれに取り合わず書き物に集中していた。


「これで解決だろ、看守が『直訴』すれば都の連中だって無視できないはずだ。俺たちの勝ちだよ!」


 ミッチは勝利を確信しているようで鼻息を荒くしていた。だがパトリックはいつもと変わらない表情のままだった。


「どうしたんだよ、パトリック……」


ミッチがそう言うとパトリックは硬い表情で答えた。


「ミッチ、査察が入るまでは『勝ち』じゃない。J派閥の動きはまだ活発だし、フラウも何をやってくるかわからない。今は情勢を注視するんだ」


パトリックはそう言うと再び机に向かった。


 ミッチは不服そうに口をとがらせたがパトリックの発言に一理あると思い、静かにすることにした。


「そう言えば、コバルトだっけか……あれはどうするんだ?」


ミッチに尋ねられたパトリックは翳りのある表情で答えた。


「あれは最後の切り札なんだ……」


 そう言うとパトリックは沈黙した。ミッチは何のことかわからず首をかしげるほかなかった。


                           *


パトリックは手紙を書き終えるとガンツの所に向かった。


「どうだ、ガンツ?」


 パトリックはガンツに『白金』の出る地下水脈の探索を頼んでいた。物的証拠を見つけるためである。『白金』が見つかればJ派閥の少年たちだけでなく癒着している看守たちも芋づる式につるしあげられるとパトリックは考えていた。


だが、ガンツの答えは芳しいものではなかった。


「Jの息のかかった看守の監視が異常に厳しいんだ。今までと全然、違う。ちょっとした動きでもすぐに指導が飛んでくる……」


パトリックはそれを聞いて腕を組んだ。


「取引が近いから、向こうも引き締めた対応をしているんだろう。」


パトリックはそう言うと大きく息を吐いた。


「証拠が見つかれば、俺たちの『勝ち』は確定する。だが、なければピートが『直訴』しても証拠不十分でフラウには逃げられるかもしれない。あの女なら自分だけは助かるように『トカゲのしっぽ切り』を行うだろう。」


ガンツは頷いた。


「何とか手がかりでも見つかればいいんだが……」


2人は如何ともしがたい状態にため息をついた。



 その後、パトリックはガンツに気になっていた質問をぶつけた。


「ところで、看守長って、どんな人間なんだ?」


パトリックがたずねるとガンツは『アイツか……』という表情を見せた。


「とにかく体罰っていうタイプだな、何度もコツきまわされてる……」


ガンツは仏頂面で続けた。


「小言はうるせぇし……細かいところにも気が付きやがる……だが何より気にくわねぇのはJ派閥の奴らには手をださねぇんだ……」


パトリックは眉間にしわを寄せた。


『確かピートは、看守長は買収されていないって……』


パトリックの中で疑念が沸いた。


「だけど、あいつ……妙なところがあるんだ……コツきまわすときは本気で殴るんだが、絶対に一線は超えないんだ……」


「一線?」


「ああ、看守のほとんどの奴は自分の気分で殴るんだ。気に食わないことがあれば俺たちにあたってストレスを解消している、単なる虐待だ。だけど、あいつはそうしたことはしない。殴るのはこっちがへまやった時だけだ……」


パトリックは看守長の行動に二面性を感じた


「それに、この前の鉄砲水で最初に駆け付けたのはあいつだった。死ぬかもしれない状況下で命綱だけで水流の中に入って行ったんだ……刑罰業務の監督責任があるからって、普通はそこまでしない。他の看守なら見て見ぬふりをするだろ」


パトリックは神妙な表情を浮かべた。


『看守長は敵なのか……それとも違うのか……』


パトリックは自分の自問に答えを見いだせなかった。



18

一方、その頃、細目の少年はフラウの所を訪れていた。


「どう、例の話は?」


フラウが物憂げに尋ねると細目の少年は狡猾な笑みを見せた。


「こっちの罠にかかってくれましたよ……獲物が。」


それを聞いたフラウは机から身を乗り出した、その眼は爛々と輝いている。


 細目の少年はそれを見てニヤリと嗤うとドアの外で待機していた人間に声をかけた。


「どうぞ、お入いりください。」


細目の少年がそう言うと一人の看守が館長室に足を踏み入れた。


「あなたは……?」


フラウは素っ頓狂な声を上げた。


「マイクに誰かが知恵をつけてるのはわかっていたけど……それがあなただったとはね……マイクという名の少年をカモフラージュにして自分の存在を隠すなんて」


その看守はフラウを見ると奸計に長けた悪人の笑みをこぼした。


                          *


「フラウ館長、パトリックは『懲罰』に値する行為を行いました。看守に対する恐喝です、即刻『懲罰』の手続きをして頂きたい。」


看守はそう言うと目つきを変えた。その目には黒い澱みが浮かんでいた。フラウはそれを見るとフッと息を吐いた。


「あなたも悪い人間ね……」


 フラウは異様に長い舌で上唇を舐めた。それを見た看守は落ち着いた口調で言葉を発した。


「3日後の取引は滞りなく行いたい。こちらの指定した看守をゲートに配置してくれますね。」


看守の言葉にフラウはニヤリと笑った。


「お返事を頂きたのですが」


フラウは看守と同じく魔物が棲んだ眼で見返した。


「いいでしょう。」


2人の間に悪魔の取引が成立した瞬間であった。



19

男は堅実な監督業務を怠らず日々の業務に励み、少年を更生させてきた。鉱山の掘削も授産授業も大きな失態はなく、手堅い看守業務を25年にわたり続けてきた。


だが、現在、男を取り巻く状況は一変していた。


『俺は……どこで間違ったんだ……』


 フラウが着任するまでは少年たちとの間に小競り合いはあったが看守と囚人という関係は健全に保たれていた。鉄鉱石の掘削作業も順調だったし職業訓練もうまくいっていた。だがフラウが着任しJ派閥の連中との癒着が始まるとその関係は壊れた。


 男は机の引き出しをあけた。そこには手のひらに乗るほどの小さな皮袋があり、その中には白金が入っていた。


『なぜ……俺はこれを受け取ったんだ』


男は自問自答した。


『俺の心が弱かったのか……』


 周りの看守が買収され、気づけばまともな人間はいなくなっていた。自分だけ正しい行いをしようとしてもそれが成り立たないまでに癒着が蔓延していたのだ。気付けは汚職の連鎖はキャンプ全体を侵食し組織全体を腐らせていた。男は何とかその連鎖を止めよう努力したが焼け石に水であった。結局、男は他の看守と同じ道に足を踏み入れていた。


『やはり原因はあいつだ……』


 男の脳裏に浮かんだのは1年前に入ってきた看守である、その看守は娘の病気を理由に汚職の中心に自ら飛び込んで行った。


『あいつが、始まりだったんだ。』


 掘削中に見つかった白金を手にした『あいつ』は他の看守たちの欲望に火をつけた。もともと給金の安い看守たちは白金の魔力におもしろいように吸い寄せられた。気付けばキャンプは道徳も倫理もない癒着の巣窟に成り果てていた。


『俺の手ではどうにもならない……』


 この事実が世間に知られれば男はただでは済まない。看守の監督責任のある立場上、腹を切らねばならなくなるだろう。瞬間、男の脳裏に妻子の姿がちらついた。


『家族を養ってるんだ……このカオスを受け入れるしかない……』


男はそう思った。


                          *


 その時である、正面に一人の少年が現れた。


「手紙を出したいんですが」


 男は少年の顔を見た。実に整った顔立ちで誰が見ても美しいと言うだろう。長いまつ毛、憂いを含んだ瞳、すらりとした鼻梁、それらが抜群のバランスで組み合わされていた。


「見せて見ろ、検閲する」


男は雄々しい声を演出すると便箋3枚にわたる文章を見た。


 そこには季節のあいさつや、近況、キャンプでの暮らしなど取り留めもないことが記されていた。『直訴』や『白金』に関する情報はみじんもない。


「問題ないだろう」


男はそう言った。


 だがそれは嘘であった。昨日の会議の後、フラウからパトリックという少年の手紙は『廃棄しろ!』と言われていたからだ。


男は手紙を受け取ったふりをすると少年から視線を外した。


その時であった、男の心を見透かすようにして少年が口を開いた。


「僕はあなたを信じます。」


少年は静かだが強い口調でそう言った。


男は思わぬ言葉にたじろいだ。


「何を言っているんだ、お前は?」


男がそう言うと少年は続けた。


「ガンツが言っていました、あなたは鉄砲水が生じたとき、命を懸けて濁流にのまれた少年を助けようとしたと……」


男はパトリックの顔を見た。


「私はあなたを信じます」


美しい少年はそう言うと踵を返した。


                          *


 パトリックが男のもとから離れるや否や、別棟の外で待機していた看守たちが現れた。J派閥の息のかかった連中でその数は10人を超えていた。


「看守に対する恐喝行為でお前を『懲罰』にかける、おとなしくしろ!!」


 パトリックは後ろ手に縛られると両脇を抱えられた。パトリックはチラリと男の方を見ると抵抗することなくそのまま連れ去られた。


                            *


パトリックが拘束された後、男のもとに『あいつ』がやって来た。


「看守長、パトリックから手紙は預かりましたか?」


『あいつ』がそう言うと男は手紙を見せた。『あいつ』はすぐに便箋三枚に目を通してその内容を確認した。


「大した内容ではないですね」


『あいつ』がそう言うと男は口を開いた。


「私が処分しておこう」


男が火のついた暖炉を指すと、『あいつ』は満面の笑みを見せた。


「あなたも、わかってきたようですね。」


『あいつ』は率先して手紙を処分しようとする男の態度に納得した表情を見せた。


「次の取引は大きい、あなたの取り分も考慮しましょう」


『あいつ』はそう言うと男のもとを去った。


男は手にした手紙をもう一度見た。


『これで、いいんだろうか……』


スーパーイケメンが連行される姿は男の心に深い闇を植え付けた。




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