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外伝 第四話

午後の刑罰作業を終えて不味いスープを口に運んでいるとミッチがぼやいた。


「ベーコンくいてぇ……」


 食べ盛りの少年たちにとって肉類がない食事は罰ゲームに等しい。365日続く、栄養価しか考慮されてないスープと妙に酸味のある胚芽パンでは食欲が満たされなかった。


「なあ、パトリック、お前いい暮らししてたんだろ、どんなもの喰ってたんだ?」


ミッチはパトリックの食生活を尋ねた。


「俺は海の近くで育ったから、海鮮類が多かったな……ペスカトーレは格別だった」


「何だ、それ?」


よくわからないカタカナが出てきたためミッチは興味津々になった。


「魚介をトマトソースでまとめたパスタだ。『ロゼッタ』っていう生パスタを出す店があって、そこのは格別だった」


パトリックが繁々というとミッチは生唾を飲み込んだ。


「美味そうだな、ペスカなんとか……肉系の奴はあるのか」


ミッチがそう言うとパトリックは続けた。


「ポルカは港町で交易船が多い、だから乾燥した干し肉やベーコンが手に入りやすいんだ、トネリアから運ばれてきたビーフジャーキーはうまかったな。」


ミッチは口を開けた。


「ビ~フジャーキ~……ビ~フジャーキー……」


 肉に飢えたミッチは小声でぼやいた後、『聞かなければよかった……』という顔を見せた。


「ところでパトリック、お前は何が一番好きなんだ?」


パトリックは即答した。


「巨乳」


「えっ……いや……あの、食べ物の話なんですけど……」


ミッチがそう言うとパトリックは真顔で答えた。


「巨乳は食べ物です!!」


スーパーイケメンの自信にあふれた表情にミッチは口をあんぐりと開けた。


『俺……、一生、パトリックについていこうかな……』


何故だかわからなかったがミッチはそう思った。


                           *


 翌日からの生活は変化があった。U派閥の少年を助けたことでガンツ勢力の少年たちが友好的になったのだ。ミッチに対する勧誘もやみ、U派閥からの圧力はなくなった。


 一方、J派閥の少年たちからは冷たい視線が浴びせられた。特にパトリックの場合、図書室にある本の貸出が全くできなくなる(借りたい本が常に貸出し中になる)嫌がらせがはじまった。


 このいやがらせは知的探究心が芽生えたパトリックにとってはかなりの痛手であった。すでにテキストの表紙を入れ替えるという手法もばれているらしく上級学校の蔵書はすべて貸出し状態になっていた。


「あいつら、マジで性質が悪いんだよ……」


テキストを借りられなかった、パトリックにミッチが声をかけた。


「俺も昔あの派閥にはいろうとしたから……」


パトリックはミッチの顔を見た。


「ここに来たばかりの頃、右も左もわかんなくて……あいつらを頼ったんだ……だけど……」


ミッチは歯がゆい表情を浮かべた。


「派閥に入る前に腕を見せろって言われて……それで…」


「何をやったんだ、ミッチ?」


「職員ロッカーの鍵を開けたんだ。何か手紙みたいなのが入ってて、俺はそれを『拝借して』細目の奴をとおしてマイクに渡したんだ」


 マイクとはJ派閥を仕切る17歳の少年である。中肉中背で一見するとどこにでもいそうなタイプだが実際は狡猾で抜け目がなかった。大局的に物事を見るだけでなく、人物眼(人の能力を見抜く適性)に長けていて看守の買収も彼の指示により行われている。


「だけど鍵を開けたことがばれると、あいつら……かばうどころか俺だけ売りやがったんだ!!」


パトリックは目を細めた。


「懲罰か?」


 『懲罰」とはキャンプで少年たちに与えられる最悪の罰である。収監期間の延長よりも恐れられている。


「ああ、一週間、職員棟のなかにある地下牢みたいなところに入れられた……暗闇の中でネズミにかじられながら……」


そう言ったミッチの顔は昏く沈んでいた、明らかにトラウマになっている。


パトリックはその表情を見て悟った。


『ネズミにかじられる程度でミッチは根を上げない……相当、酷いことが……』


 ミッチが虐待されたことは間違いなさそうだが、パトリックはあえてそのことはふれないようにした。



10

細目の少年はマイクの指示を受けてフラウのもとを訪れていた。


「来週の取引ですが……」


フラウは相槌を打つと館長室の机を人差し指でコツコツと3回たたいた。


細目の少年はそれを見て押し黙った。


「あなたたちの行いを見て見ぬふりをしているんだから……こちらの要求も呑んでもらわないと」


「以前に、亜人の少年を献上したはずです」


 細目の少年は意味深な言い方で『献上』といった。だがフラウは全くそれを意に介さなかった。


「来週の取引は大きいらしいわね……」


フラウもまた意味深な言い方で話しかけた。


「でも、そちらにも取り分が……」


細目の少年が続けようとするとフラウは激高した。


「私を誰だと思っているの!!」


 額に青筋を立てながら三白眼の眼でフラウは少年を睨みつけた。明らかに異常と思えるフラウの表情に少年は萎縮した。


「マイクに言っておきなさい。取引を無事に終わらせたいならあの子を落としなさい。それがなければ、この取引はなし!」


怒鳴りつけられた少年は震えながら館長室を後にした。



11

少年たちにとって気晴らしになるのは自由時間と休日の日曜日に行われるフットボールの試合である。赤茶けた大地で球を追うことだけが唯一彼らの精神に活力を与えた。


パトリックはフットボールに興じる少年たちを見ながら思いを馳せた。


『どうしているだろうか……おじい様……』


 老年ということもあるが目に見えて徐々に衰えるロイドの姿はパトリックにとって心配の種であった。


『ここを出たら……死んでいるなんて……』


 ブーツキャンプでは手紙を除いて、外の世界との交流は許されていない。さらには娑婆からの情報をシャットアウト(犯罪組織に属していた少年たちとその組織との交流を阻止)するため外からの手紙も禁止されている。


 人的交流や贈り物は当然のこと許されないが、手紙に関しても送ることはできても受け取ることはできないようになっていた。更生とセキュリティーを錦の御旗として少年たちを合法的に情報統制しているのだ。


それゆえパトリックは祖父の健康状態さえ知ることができなかった。


『……ベアー……お前に頼るしかない……』


かつて自分を助けくれた友人に顔が浮かんだ。


『そう言えば、あのロバ……名前ついているのかな……』


そんなことをパトリックが思った時である、背後から声をかけられた。


「よう、イケメン!」


重低音の声を響かせたのはガンツであった。


                           *


「うちの奴を助けたらJの奴らに嫌がらせされてるんだってな」


「よく知ってるな」


すでにガンツはパトリックを取り巻く状況の変化を察知していた。


「あたりめぇだろ、これでも派閥を仕切ってるんだぜ、情報はすぐに入ってくる」


 脳筋とはいえ組織をたばねるガンツはすでにパトリックがJ派閥の嫌がらせを受けていることを認知していた。ガッツはニンマリ笑うと、本題に入るべくパトリックに近よった。


「ところでだ、Jの派閥の奴らと看守が裏で『握ってる』のは知ってるだろ」


「ああ、至る所でその気配は感じる」


パトリックは淡々と答えた。


「俺はその証拠を何とか見つけたいんだ」


「何故だ?」


パトリックはガンツの真意を探るべく厳しい目つきでガンツを見た。


「今回の事故でうちの奴は右足を潰された。だがよ、Jの奴らも、その息のかかった看守の奴らも罰をうけることなくのうのうとしてやがる。派閥の体面もあるが、俺は純粋に許せねぇ!」


ガンツは息巻いて続けた。


「これ以上、舐められるわけいにはいかねぇんだよ、証拠を見つけてフラウ館長に突きつけてやろうと思ってんだ。」


ガンツは続けようとしたが、パトリックはそれを遮った。


「無駄だ、ガンツ」


ガンツは自分の考えを否定されたようで憤ってパトリックに詰め寄った。


「何故、無駄なんだ!!」


パトリックは美しい顔立ちで穏やかに言った。


「このキャンプの癌はフラウだ」


「えっ……」


憑き物が落ちたような顔でガンツはパトリックを見た。


「あの女がこのキャンプの汚職のもとだ」


「……どうしてわかるんだ……」


尋ねられたパトリックは2か月観察してきた内容を話した。


                          *


「看守は外部からの付け届けで買収されやすい職業だ。それを防ぐために看守同士で相互監視するようにダリスの法律では義務付けられている。」


パトリックは続けた。


「ここでも、それは同じだ……だが実態はあちこちで買収工作が行われている。それはフラウが見て見ぬふりをしているからだ。」


ガンツは神妙な顔を見せた後、小さく頷いた。


「そうか……フラウが一枚かんでるのか、それでJのやつらがでかい面して看守を買収しているのか……」


ガンツはそう言うと別の疑問を呈した。


「でも、まともな看守もいるぞ。普通なら全部の看守をすべて買収してコントロールするんじゃないのか?」


ガンツの疑問にパトリックは即答した。


「看守全てが買収されてキャンプ全体に汚職が蔓延すれば、さすがにキャンプを監督する都の貴族連中も気づくだろう。そうすれば間違いなく査察が入る。フラウはそうならないためにまともな看守も置いているんだ。」


ガンツは大きく息を吐いた。


「意図的にまともな看守を置いていてカモフラージュしてるのか……とんでもない女だな……」


そう言うとガンツはパトリックに向き直った。


「パトリック、お前、どうやってその相互監視の仕組みを知ったんだ?」


パトッリックは淡々と答えた。


「図書室には囚人の人権を考慮した本が置かれている。そこには行政官を縛る法律の事も書かれているんだ。俺は基礎授業の時間にそれを読んでたんだ。」


「さすがだな……」


ガンツはパトリックの法律文書を読む読解力に押し黙った。


「だけどよ……フラウが駄目なら、俺たちどうするんだ……証拠を見つけても意味ないだろ」


 ガンツの言い分は実に的をついていた。フラウがJ派閥の買収に目をつぶっているということは、ガンツ達が証拠を見つけても平気で握りつぶすということだ。監督責任を問合われるフラウが買収騒動を表ざたにするとは思えない。


「そこは頭の痛いところだ……こっちが買収の証拠を見つけても、その証拠を外部の人間に見せないことには意味がない。」


「だけど、ここは手紙のやり取りだってチェックされるんだぜ、証拠を外部に持ち出すなんて不可能だ。」


 ガンツの指摘はその通りであった。キャンプは外部との連絡を絶つことで少年たちの更生を促している。言い換えればキャンプ内に外から何かが持ち込まれることはないし、その逆もまた然りであった。唯一、許されているのは近親者に手紙を出すことだけだ。


「一応、方法はある。だがうまくいくかは、わからん……」


そう言ったスーパ-イケメンの表情は渋かった。


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