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外伝 第二話

キャンプの刑罰作業は二つに分かれる、それは作業所での内勤(船舶や馬車の部品製造)と外勤(隣接する鉱山から鉄鉱石の採掘)である。ともに肉体労働になるが外勤は落盤事故があるため少年たちにとっては危険を伴った。


 この外勤作業中に無能な看守にあたると事故にあう確率が高まるため、少年たちにとって看守の情報は重要であった。パトリックが看守の情報を気にしたのも事故を恐れての事である。


                            *


 翌日の刑罰作業はミッチの情報の通りの看守がパトリックの監督にあたった。掘削作業の監督に関してはベテランのため安心できるが看守としては問題のある人間であった。


『Jの派閥の奴は優遇か……』


 パトリックがつるはしを岩盤に打ち付けながら様子を見ると口ひげをはやした看守がJ派閥の少年たちに目配せして楽な作業(鉱石の入ったトロッコをポイントとで切り替える)を与えていた。一方、敵対する脳筋派閥の少年たちは落盤の可能性がある個所に送りまれていた。


『派閥の優遇があからさまだな……こいつら』


 パトリックがそう思った時である、同じ思いを持った少年が看守を睨み付けた。だがタイミングが悪く、その少年は看守と目があってしまった。少年は目をそらすとそそくさと掘削作業に戻ったが、看守はそれを許さなかった。


「何だ、お前?」


80cmほどの警棒を持った看守はその少年に近寄るといきなり殴打した。


「睨むとはいい度胸だな!!」


 看守は警棒を振りかぶると少年の太ももと臀部を殴打した。看守は他の少年たちにも聞こえるよう大声をだし、周りに緊張感と恐怖感をまき散らした。


『犠牲者をさらし者にして、他の人間に恐怖を植え付ける。古典的な方法だが効果がある』


 パトリックは祖父のロイドが話していたことを思いだすと、殴打される少年を尻目に再び鉱石を掘り起こすためにつるはしを手に取った。


 その時である、どこからともなくミッチが現れた。ミッチは殴打されている少年を見て小声で言った。


「あの看守やりすぎだろ……」


だがパトリックはミッチを見て首を横に振った。


「叩き方を見てみろ、手加減している。痛みはあるだろうが骨が折れるほどじゃない。」


パトリックはつるはしを岩盤に振りおろしながら続けた。


「俺たちに怪我をさせてノルマを達成できないと看守たちもマイナス査定になるはずだ。その辺を考慮して嬲ってるんだ」


ミッチはパトリックの観察眼に舌を巻いた。


「なるほど……さすが上級学校に通ってただけあるな……」


 ミッチは初等学校もろくに通っていないため学がない。パトリックの知識や論理的な思考は輝いて見えた。


「なあ、パトリック、お前、自分で派閥を造ればいいんじゃないか。UもJもいやだっていう奴らだっているんだし……お前の知恵があれ……まとめられるんじゃないか」


ミッチが続けようとした時である、パトリックは端正な顔立ちで静かに言った。


「犯罪を犯す人間はどこかに欠点がある、まともな考え方で制御できるほど人間的に成熟していない。」


パトリックは祖父のロイドの言ったことをそのまま口に出した。


「恐怖で縛るか、対価を与えて飼いならすしかない。だがそのやり方はうまくいくとはかぎらない。」


パトリックはそう言うとミッチに持ち場に戻るように言った。


『やっぱりパトリックはちげぇな、他の奴らとは……』


美しい容姿だけでなく、そのキレのある思考にミッチは舌を巻いた。



「フラウ館長、持ってまいりました。」


 看守の1人が館長室のドアを開けて入ってきた、その手には少年たちの個人情報が記されたファイルがあった。


「御苦労さま、職務に戻ってください」


40歳を過ぎた女はそう言うと早速ファイルを手に取り眺めた。


「この子ね……」


 フラウ館長と呼ばれた女は3枚目のファイルで手を止めるとじっくり書類を眺めた。


「人身売買の片棒を担ぐなんて……」


フラウはひとりごちると悪意のある笑みを浮かべた。


『こんな所で貴族の坊やに会うなんて……』


 フラウは席を離れると窓から外を眺めた。その視界には午後の刑罰作業を追えて食堂に向かう少年受刑者たちの姿が映っている。


『フフフ……おいしそう……とっても、前の亜人の坊やよりも』


 フラウは1人の少年を見て舌なめずりした。何とも形容しがたい嫌らしさ、人間の下卑た部分が凝縮した表情を見せた。


女館長はもう一度ファイルを開くとジットリとした目で見つめた。



受刑者番号 1107 パトリック フォーレ



ファイルの名前欄にはそう書かれていた。



少年たちは夕食が終わると自由時間を遊技場(体育館)でフットボールやハンドボールをして過ごす。唯一の気晴らしと言っていいだろう、ほとんどの少年受刑者たちが参加していた。


 一方パトリックはそれに参加せず自室に戻って枕に向かっていた。机の上には一冊の本があり、その表紙には:


『初等教育 ガンバって因数分解』


と書かれていた。


 実は本の中身はすり替えた上級学校の公用語テキストで、パトリックはテキストに書かれた単語と熟語をノートに写していた。


パトリックは単語を写しながらロイドの言っていたことを思い出した。


『言語は会話や文法も重要だが、最後は単語と熟語だ。語彙のないやつはどんなに頭が良くてもダメだ。幼いころから知識を増やしたものが最後には強い。』


 語学というのは指導者の解説や読書をとおして読解力を高めることができるが単語や熟語を覚える行為は暗記と言う作業なくしてはなしえない。換言すれば暗記を嫌がったものは知力があっても通用しないのだ。


『それに暗記は若いうちしかできん。齢を取るとやみくもに単語や熟語を覚える力は失われる。10代でどれだけやったかが30歳以降で響くんだ』


 貿易商の祖父が口をすっぱくしてパトリックに言っていたことだがブーツキャンプに送られてからのパトリックは祖父の言葉通り語彙を増やすべく日々精進していた。


                           *


『不思議だな……学校にいた時より捗るな……』


 妙な話だが、上級学校でいる時よりも筆の進みが速く、暗記するのにも時間がかからなかった。恵まれた環境ではサボり癖がついてノートさえ開かなかったのに、キャンプに送られてからは異様に知識に対する欲求が強くなっていた。


『環境的には悪いのに……笑えるな』


パトリックは自虐的に嗤った後、再びテキストに目を向けた。


そんな時である、廊下からささやきごえが聞こえてきた。


                            *


「次の土曜に運ぶんだ」


「わかった、それで取り分なんだが……」


「運び終われば組織が用意している。」


パトリックの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。


「現金で支払ってくれるんだろうな?」


「もちろんだ!」


声色を聞いた時、パトリックは確信した。


『間違いない、J派閥の細目の奴だ』


パトリックはJ派閥に勧誘してきた少年の顔を思い出した。


『一体、何を話しているんだ……」


パトリックは二人の会話が聞きやすい位置に移動した。


                          *


「今週の仕事が終われば再来週にも仕事がある。再来週の仕事は今まで以上に大きい。うまくやってくれればそっちの実入りも良くなるよ。」


細目の少年は相手に向かって落ち着いた声で言った。


「お互いにうまくやれば、この先もいい思いができる。あんた、金に困ってんだろ」


「ああ……」


「看守の給料じゃ、たかが知れてるだろ。だけど次の仕事でうまくやれば……」


パトリックの場所からは相手の様子は見えなかったが明らかな買収工作が行われていた。


『ほんとに腐ってんな……こいつら……』


パトリックはそう思ったが、それと同時に疑問もわいた。


『J派閥のやつら一体、何を運ぶんだ?』


 ブーツキャンプの中には外に運びだすようなものはない。採掘している鉄鉱石はあるがそれほど高い価値のものではないし、持ち出したところで高炉のある製鉄所でなければ処理はできない。


パトリックは顎に手をやった。


『これがわかれば、面白いな……』


パトリックの中で新たな探究心が芽を出した。



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