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外伝 第一話

このお話は2章の最後にブーツキャンプ(少年鑑別所)に送られたパトリックの物語です。


はたしてイケメン、パトリックにはどんな運命が待ち受けているのでしょうか?


* うpは週に二回程度を目指したいと思います、よろしくお願いします。

午前中の基礎演習と午後の刑罰作業を終えたパトリックは作業棟に隣接した食堂で夕食をとった。


『また、これか……腹が減ってるのに……』


 メニューは毎日、3食同じで、配膳台の上にはペースト状のスープと妙に酸味の強い胚芽パンが鎮座していた。食事にも刑罰的な意味があるらしく、まともな味の食事が出されることはなかった。


 ブーツキャンプに来てからすでに二か月たっていたが少年犯罪者を更生させる施設での生活は慣れることがなかった。硬い木のベッド、不潔な洗面所、マズイ飯、そしてまともな常識さえ持ち合わせない少年犯罪者たちとの交流……

今まで暮らしてきた世界とは180度異なる異世界がブーツキャンプでは繰り広げられていた。


『これが二年続くのか……』


 パトリックは栄養価しか考慮されていないクソ不味いスープで胚芽パンを喉に流し込むとこれから先のことを考え苦虫を潰したような顔を見せた。


                         *


 そんな時である、向かいの席に座った亜人の少年が声をかけてきた。ミッチという名で、窃盗団で小間使いをしていた経歴を持っている。


「おい、パトリック、付き合えよ」


パトリックは首を横に振った。


「駄目だ、本を読む」


にべもない対応だったがミッチはそれに構わず猫なで声を出した。


「来週の刑罰作業のこと聞きたいだろ?」


 刑罰作業の情報は少年たちにとって極めて重要であった。なぜなら作業内容の進捗により刑期の短縮および延長が諮られるからである。ノルマをこなせば問題ないが、遅れが出れば刑期が延びる。


パトリックは目つきを変えてミッチを見た。


「どこまでわかってるんだ?」


「バッチし、全部だよ!」


パトリックはミッチの反応を怪しんだがシブシブ頷いた。


「そう来なくっちゃ!」


ミッチはそう言うとパトリックとともに食堂を出て行った。



ブーツキャンプはポルカから北西方向に3日ほど馬車で進んだメルト山脈の裾に位置している。後方は山々に囲まれ、前方は荒涼とした大地が広がるだけでそのほかは何もない。不毛な大地と自然の鉄壁に覆われたブーツキャンプは少年犯罪者を収監するにはまさにうってつけの場所であった。


 パトリックが収監されているキャンプには石造り建造物が3棟ある。一つは収監された少年たちが寝起きする『宿舎』とよばれる建物で一部屋に二人の少年たちが収監されていた。一見すると安宿の一室のように見えるが外からカギがかけられるようになっていて実質牢獄と変わりなかった。


 もう一つは午前中の授業を行う学科棟である。14歳から17歳までの少年は基礎的な学習(初等学校レベル)と授産授業(職業訓練)をここで受ける。少年たちの結託を防ぐためクラスというくくりは意図的にキャンプでは排除されていた。


 最後の一棟は午後の刑罰作業を行う作業棟である。学校の講堂を広くしたような造りになっていて、収監されている少年たちはここで様々な作業に従事する。創造的な仕事はなくひたすら肉体労働を強いられる罰ゲームが展開される場所である。


                           *


ミッチとパトリックはその作業棟の裏にある街灯の所に向かった。


「Uのやつらがこっちに声をかけてきてる、どうする?」


 Uというのはブーツキャンプ内にある少年たちの派閥の一つである。暴力を用いた恫喝的手法でブーツキャンプを仕切ろうとする典型的な脳筋タイプの連中で構成されていた。


「アホと組んでも痛い目を見るだけだ、ほっとけばいい」


パトリックは飄々と答えた。


「でも、あいつら、プレッシャーかけてくるじゃん……」


ミッチはUの派閥に入るようにけしかけられているようで困った表情を見せた。


「あいつらはお前のスキル(鍵開け)に目をつけてるんだろ」


「そうだけど……」


ミッチがそう言うとパトリックは確信に満ちた表情で言った。


「何かあって見つかれば、鍵を開けたお前の所に矛先が向く。そうすれば刑期が延びるだろ――派閥に入るメリットとリスクを天秤にかけるんだな」


パトリックが淡々と言うとミッチは神妙な表情を見せた。


「作業中に嫌がらせをしてくるんだよ、あいつら」


 ミッチの鍵開けスキルに目を付けたU派閥の少年たちは刑罰作業中にミッチの邪魔をすることでプレッシャーをかけていた。下手をすれば刑期が延びる可能性があるミッチとしては『うざい』と言う一言で済ますことはできなかった。


「看守に相談するのが筋だろう」


パトリックがそう言うとミッチは間髪入れずに言い返した。


「あいつらが信用できないのは、わかってるだろ!!」


 ブーツキャンプにいる看守たちは質の高い人間ではない。給料が安く、辺鄙な場所での勤務になるため自然と質の低い者が流れてくる。業務をまっとうに遂行しないどころか、少年たちと内通する者さえいる。


「信用の出来る行政官を見つけるしかない」


パトリックはそう言ったがその顔に自信はなかった。


 パトリックはこの2か月間、ブーツキャンプの人間を観察していたが収監された少年たち以上に看守や行政官の質が低いことにすでに気付いていた。


ミッチはパトリックの渋い表情を見るとつっけんどんに言った。


「まともに学のある奴はお前ぐらいしかいねぇから相談してんだよ!」


言われたパトリックは息を吐いた。


「立ち回るしかない……よく見て判断するんだ」


パトリックはおさえた声で言った。


「よく見ろって……何を見るんだよ?」


「新しく入った看守を狙うんだ。それでだめなら、どうにもならん……」


 パトリックは少年たちの派閥と看守の癒着を考慮して、まだその負の連鎖にとらわれていない看守をみつけるように言った。


「それ、いけんのかよ?」


ミッチが胡散臭げに見るとパトリックは再び渋い表情を浮かべた。


「ここは掃き溜めだ、リスクを取らなきゃ前には進めない……」


 ミッチに言ったのはキャンプで2か月過ごした結果、パトリックが行きついた結論であった。


                           *


そんな時である、2人のもとに1人の少年が小走りにやって来た。


「やあ、パトリックとミッチ、偶然だね、こんな所で」


声をかけてきたのは目の細いトカゲのような顔をした少年だった。


「偶然だって――あとをつけてたんだろ?」


 ミッチは細目の少年に不信感をあらわにして言った。その表情は苦々しくかつて何かがあったのは明白であった。一方、細目の少年はそれを横目にパトリックに声をかけた。


「例の話なんだけど、そろそろ結論を出してほしいんだ」


細目の少年がパトリックに言うと、パトリックは即答した


「俺は、どこにも属さない、派閥には興味ないよ」


言われた細目の少年は口角を上げてパトリックを見た。


「つれない対応だな、君の知恵をうちで発揮すればオイシイ思いもできると思うけど」


細目の少年はパトリックの弱みを握ったといわんばかりの自信をみせた。


「君、この前、図書室で公用語の参考書を頼んでたよね、それも上級学校のやつ。」


 細目の少年は作業着の内側から一冊の本を出した。その表紙には『トネリア語 上級文法書』と記されていた。


「君はこの本を借りたいと思っているんだろうけど、うちの派閥に入らないなら、わざと借りられないようにする方法もあるんだよね、図書館の貸し出しを担当する看守とうちの派閥は仲がいいんだよ」


細目の少年は厭味ったらしくパトリックに言った。


「君みたいに上級学校で学んだ人間なら、ここの授業は苦痛だろ。バカに合わせた授業をうけるなんて」


 キャンプの授業レベルは初等教育を中心に展開される。まともな教育を受けた者が少ないからだ。自然と教育レベルは低くなり、上級学校に通っていたパトリックにとっては苦痛でしかなかった。


「うちに入れば、図書室の本は好きなだけ読める、上級学校のテキストもあるし」


 細目の少年はパトリックの知的探究心を煽るようにして言った。その眼はパトリックが派閥に入ることを確信していた。



だがパトリックは首を縦に振らなかった。



「俺は、どの派閥にも入るつもりはない」


 パトリックが淡々と言って背中を向けると細目の少年は細い眼をさらに細めてパトリックの背中を睨んだ。


                           *


「いいのか、パトリック、テキスト借りられなくなるんじゃないのか?」


後から追いついたミッチがパトリックに声をかけた。


「あれは、もういらないんだ」


パトリックの意味深な言い方にミッチは怪訝な表情を見せた。


「勉強できなくなるんじゃないのか?」


パトリックはシレッとした顔を見せた、ミッチはそれを見てピンときた。


「ひょっとして……本の中身、すり替えてんのか?」


 聞かれたパトリックは何もいわず歩き出した。月光に照らされるパトリックの横顔を見たミッチは思わずつぶやいた。


『やっぱりパトリックは……他の奴と違うな……』


 J派閥のリクルートを蹴り飛ばし、なおかつ彼らのやり方に先手を打つパトリックの手腕にミッチは鼻を鳴らした。


「これがスーパーイケメンか……」


ミッチは思わずつぶやいた。




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