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第三十九話

115

「よくもあたしたちを出し抜いてくれたね!!」


マリーは悪鬼と思える形相で二人を睨んだ。


「羊毛のだけじゃなく今まで仕込んできた『仕事』を全部潰しやがって……けじめはつけてもらうよ!!」


 寺院とギルドの関係を暴露され、今まで築いた錬金システムを破壊されたマリーたちはその落とし前をつけるべくウィルソンとベアーの前に現れた。


                        *


弟の1人がボーガンを構えた、その矢の先端には炎が揺らめいている。


『火矢か……』


 ベアーがそう思った時である、矢はまだ燃えていない羊毛の部分に突き刺さり、荷台の中が炎に包まれた。


『なんてことを……』


ベアーが目を見開くと、愉快そうにマリーが嗤った。


「せっかく仕入れたのにね、灰になっちまうなんて!」


マリーは一層、声高に嗤うと二人の兄弟にアイコンタクトした。


 兄弟二人はそれをうけるとベアーとウィルソンが逃げられないように燃え盛る荷馬車を背にするようにして間合いを詰めた。


「フォーレさんよ、うちをなめてもらったらどうなるか、教えてやるよ」


「兄貴の言うとおりだ、その命で償ってもらうぜ。」


2人の顔は殺人者のそれになっていた。


『マズイぞ……これ』


 命のやり取りは以前も経験したが、今回は退路を塞がれている。ベアーにとっては以前よりも厳しい状態であった。


『どうする、俺……』


ベアーがそう思った時である、突然、ウィルソンが素っ頓狂な声を上げた。


                        *


「全部こいつが悪いんです、この見習いの…こ、こ、こいつが悪いんです!」


そう言うとベアーに詰め寄った。


「ほら、この人たちに謝れ!!」


修羅場になって気が振れたかとベアーは思ったがウィルソンはいたって普通であった。


「おっさんよ、いまさら誤ったって、遅ぇんだよ!」


ショートソードを抜いた末弟は三白眼になって二人に近づいた。


それを見たウィルソンは近づいてきた弟ににこやかに話しかけた。


「殺すんだったら、こいつから先に……おなしゃす!」


ウィルソンはそう言うとベアーを差し出そうとした。


「自分が助かりたいために、ガキを差し出すつもりか?」


そう言ってショートソードの男が嗤った時である。


「ベアー、逃げろ!!」


ウィルソンはそう言うと男に躍り掛かった。



116

だがウィルソンの命を張った芝居はものの見事に失敗した。


「お見通しなんだよ、このすっとこどっこい!!」


マリーはそう言うともみ合っているウィルソンの脇腹を蹴り上げた。


「くだらない三文芝居に気づかねぇはずねぇだろ!!」


マリーは背中に下げていた舶来品の小銃を構えてウィルソンに向けた。


銃を向けられたウィルソンは子犬のような顔をしてマリーを見た。


「すいませんでした!!」


50歳近い男は素早く体を沈めると全力の土下座を見せた。


『何だ、この命を懸けたコントは……』


ベアーは修羅場で見せるウィルソンの対応に度肝を抜かれた。


                         *


 2人はマリーの持つ銃の威圧感と二人の弟のプレッシャーで如何ともしがたい状態に追い込まれた。


「お前たちを殺しても火のついた馬車の中に死体を放り込めば、傷痕も燃えちまうだろ。そうすれば、不幸な事故としてこの一件は処理されるはずさ」


 ドリトスの治安維持官の詰所には遺体を検分する監察官はいない、マリーはそれを見越してそう言った。


『この女……マジのワルだ……』


ベアーとウィルソンは絶望の淵に立たされた。


『ちくしょう……こんなやつらに……』


ベアーがそう思った時である、何やら足元から小刻みな振動がつたわってきた。



117

それはものの5秒で体全体で感じるほど大きくなった。


『何だ……地震か……?』


 ベアーがそう思った時である、今まで聞いたことのない咆哮が辺りにこだました。それはあきらかに普通の動物の声ではなかった。


その場にいた全員がその声の方向を見た。


                         *


そこには太陽を背にして雄々しくそびえたつ一頭の怪物の姿があった。


ウィルソンはそれを見た瞬間、震えあがった。


「マズイ……」


ベアーが怪訝な表情を浮かべるとウィルソンは震える唇でそれに答えた。


「あれは『黄金羊』だ……」


 ベアーは絶滅したであろう伝説のモンスターの名を聞いて『まさか』と言う表情を見せた。


                           *


黄金羊は再び咆哮するとベアーたちにむけて突進してきた。


「何だ、この速さ……」


 時速150kmはあるだろう、かなりの距離があったにもかかわらず黄金羊は数秒で間合いを詰めた。体長3m、体重2t、黄金の羊毛で覆われたモンスターが赤眼を光らせて突進する姿は人知を超えていた。


 身の危険を感じたマリーは小銃をぶっ放したが、黄金羊はそれをせせら笑うかのように突進を続けた。


「やばい……」


黄金羊は呆然としている4人のところに突っ込んだ。


                         *


 4人は必死になって黄金羊の突進を左右に飛んでかわした。黄金羊が勢い余って燃え盛る馬車に激突すると爆音ともいうべき衝撃音が平野に響いた。


『何だ、この化け物……全然、羊じゃねぇじゃん……』


ベアーがそう思った時である、黄金羊が弾き飛ばした荷馬車の残骸が辺りに飛び散った。


                       *


 ベアーは運よくあたらなかったが、吹き飛んだ車輪がマリー兄弟の弟を襲った。予期していなかった弟は太ももに直撃を受け絶叫を上げた。


「よくもやりやがったな!!」


それを見た兄は弟の仇をうつべく火矢を放った。


だが黄金羊はその矢の軌跡を読んでいるがごとく避けると、ニヤリと嗤って兄に赤眼をむけた。


『あれ、ヤバイやつだ……』


 ベアーがそう思った瞬間であった、兄はその場に釘付けになった。ベアーがかつてイーブルディアーに襲われた時と同じ状態である。


 黄金羊はゆっくり間合いを詰めると全身を舐めるように見てから男に頭突きをくらわした。


あばら骨の砕ける音が平野に響いた。


『ヤバイ、アタシまでやられちまう……』


そう判断したマリーは弟たちを見捨てて脱兎のごとくその場を去った。


                       *


 黄金羊はそれを見た後、ひときわ大きな声で咆哮した。そのあと首を回すとベアーとウィルソンを見た。


『あっ……マズイ……これ……ヤバイ展開だ……』


煌々と光る黄金羊の目を見たベアーは絶望した。だが、それと同時にベアーの脳裏にかすかな希望も浮かんだ。


『そうだ……俺には相棒がいる、誰よりも信用できる相棒が!!』


ベアーは期待を込めてロバを見た。


「あれ……」


 なんとロバはその場にいなかった。ベアーが見回すと、ロバは離れた岩陰に頭だけ出して避難していた。


『あいつ……いつの間に」


ロバはシレッとした表情でベアーにウインクした。


『俺、危ないの……無理だから!』


ロバの顔にはそう書かれていた。


「は~ん、何なんだ、あいつは!!!!」


                       *


ベアーはキレそうになったがキレても黄金羊は許してくれるわけではない。


「どうしよう……」


ベアーがそう口に出した時である、ウィルソンが口走った。


「あれだ、ベアー、『饅頭』、『饅頭』だ。亜人から買ったって言ってただろ!」


言われたベアーはドリトスに来るとき妙な屋台で買ったものを思いだした。


「そうだ、バックパックのなかに……」


 ベアーは背負っていたバックパックから『饅頭』を出そうとした。だが手が震えて言うことを利かない……


「クソッ……」


ブチ切れたベアーはバックパックごと黄金羊に向けて放り投げた。



118

 黄金羊は二人ににらみを利かせたまま、バックパックに近寄るとその中を鼻でまさぐった。途中で面倒くさくなったのだろうか、黄金羊はバックパックごと咀嚼し始めた。


 バックパックごと飲み込むと黄金羊は何事もなかったかのように二人の前に歩いてきた。


「『饅頭』意味ないじゃん……」


ベアーもウィルソンもは完璧な金縛り状態におちいっていた。


                        *


黄金羊はベアーの前に立つと大きく口を開けた。


『は~ん、これどうすんの、俺、オワタ!!』


 ベアーがそう思った時である、突如、黄金羊の眼が赤から黒に変わった。そして……口を開けたままドスンとその場に倒れた。


「………」


 金縛りの解けたベアーが恐る恐る黄金羊に近づくと、黄金羊は規則正しい寝息を立てていた。どうやらエサの効き目が出たらしい……


「やった、効いたんだ……ウィルソンさん!」


ベアーはそう言うとウィルソンを見た。


「僕たち助かったんです!!」


 ベアーは助かった喜びで涙を流しながらウィルソンに抱き着いた。だが抱き着かれたウィルソンは真顔のままであった。


「どうしたんですか?」


不審に思ったベアーが尋ねるとウィルソンがポツリと言った。


「もれちゃった……」


 ベアーは素早くウィルソンの股間に目を移した。そこからはそこはかとない異臭が漂っていた。



119

異臭騒ぎはさておき、この後2人は生き残ったことを互いに喜びあった。


「奇跡だな……こんなことは人生で初めてだ」


ウィルソンは感慨深くそう言った。


「本当です、まさかモンスターに助けられるなんて」


「きっと、お前の持っていた『饅頭』の匂いにつられて出てきたんだろうな」


ウィルソンがそう言った時であった、大腿骨を砕かれた弟が足をおさえて痙攣し始めた。


                       *


 ベアーが近寄り、その部分を見ると青黒く腫れあがっていた。外傷はないが甚だしい内出血が生じていた。


「内側で太い血管が切れてるんだ……きっと折れた骨で」


ベアーは一瞬で悟った『助からないと』……


その時であった、あばらを砕かれた兄が必死に歩いてくるとベアーに懇願した。


「頼む、助けてくれ。たった一人の弟なんだ……」


 先ほどの殺人者とは思えぬ顔であった、憑き物が落ちたといってもよいだろう。その表情はまさに哀れな仔羊であった。


「多分……無理でしょう」


ベアーが乾いた声でそう言うと兄は泣き崩れた。


「頼む、頼むよ……こんなことを言える義理じゃないのはわかってる……だけど……弟はまだ……俺やアネキとは違うんだ……まだ……」


 兄はそう言うと口から血反吐はいて倒れた。黄金羊の一撃で折れたアバラが肺に刺さっていたのだろう、ベアーが起こそうとした時には死んでいた。


『………どうするべきか……』


 罪を犯した人間であっても自分の事をなおざりにして弟を助けようとした兄の最後はベアーの琴線に触れた。


「クソッ……しょうがない……」


ベアーはそう言うとウィルソンを呼んだ。


                        *


「ウィルソンさん、足をナイフで切開してください。それから舌を噛まないように何かを噛ませて」


「えっ?」


「早くしないと死んでしまいます!」


「そんなやつ、助けてもしょうがないだろ!」


「ウィルソンさん!!!」


ベアーに一喝されたウィルソンは躊躇したがシブシブと指示に従った。


                        *


 ウイルソンが青黒く腫れあがった部分を切開すると溜まっていた血液が噴き出した。ベアーはそれを気にすることなく切開部に手を入れた。


『初級の回復魔法でも太い血管の裂け目に直接、力を注げば……』


ベアーは裂けている箇所を必死になって探りあてると全神経を集中させた。


『うまくいってくれ……』


ベアーは少ない可能性に賭けた。



120

この後、農夫から一報をうけた救急隊と治安維持官やってきた。隊員は状況を確認すると弟を担架にのせて街へと向かった。


「助かると思うか?」


ウィルソンに尋ねられたベアーは如何ともしがたい表情を見せた。


「あとはあの人の持つ生命力と運次第ですね……」


出血がひどく助かるかどうかは未知数であった。


                         *


 その後、ベアーとウィルソンはやってきた治安維持官に事情を話した、治安維持官は死んだ兄と、燃え上がって灰となった荷馬車を見て『どうにもならんな……』と言う表情を見せた。


「後で詳しいことを聞くかと思いますが……今日は結構です。お気の毒様でした。」


そう言うと治安維持官は二人の前から去った。


ベアーはそれを確認するとウィルソンの顔を見た。


「羊毛が燃えちゃいましたね……」


「ああ……だが、ほとんどの羊毛は別の業者が運び終えている、問題ない。それに保険もかけてあるしな!」


『さすが……』


 ベアーはそんな目でウィルソンを見た。だがウィルソンはそれだけではないという表情を見せた。それは商魂たくましい商人のそれであった。


「もう一仕事だ!」


「えっ?」


ベアーが怪訝な表情を浮かべるとウィルソンは指をさした。


その方向には規則正しい寝息を立てている怪物があった。


「羊毛を頂くぞ!!」


股間から異臭を放つウィルソンは雄々しくそう言った。


『スゲェ、ウイルソンさん……漏らしてなお、商人としての気概を失わない……』


『転んでもただでは起きない』というのは商人の鉄則だが、ベアーはウィルソンのなかにそれ以上のものを見出していた。


『これが貿易商か……』


ベアーは黄金羊の毛を刈りにいったウィルソンのガッツに舌を巻いた。




122

待機所の食堂に集まったメイドや庭師たちは緊急用のベルを耳にしていたためその表情が硬かった。不穏な空気が辺りを覆い、今までにない緊張感が彼らを覆った。


「何があったんだろ……」


「緊急なんて……」


「やばいのかな……」


 食堂に集まった人間はそれぞれの知りうる情報を交換したが誰もそれらしい情報を持っていなかった。


「なんだろうね、一体……」


リンジーがバイロンに話しかけた時である、食堂にマイラが入ってきた。


                          *


マイラは厳しい表情を見せると口を開いた。


「本日の午後、大変痛ましい事故が起こりました。」


皆、するどい眼をしてマイラを見つめた。


「皇太子のマルス様が落馬して……亡くなられました。」


それを聞いたバイロンは一瞬にして驚天動地の心境に追いやられた。


『嘘……マジ……』


 その場はしんと静まり返り、ひどく重い沈黙が支配した。乾いた空気は一瞬にして澱み、これから先の未来に暗雲を呼び起こんだ。


ダリス動乱の火ぶたは静かに切られた。



5章に続く








 ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。物語は4章で完結予定だったのですが、どうやら5章まで続きそうです。また読んでくれるとうれしいです。


 それから途中で感想や一言を送ってくれた方々……皆さんのおかげで失踪することなく4章を終えることができました。書いている途中で2度ほど失踪したくなったのですが……その都度、送られてくる感想の力で何とかなりました。本当にありがとうございました。また感想お願いします。


 さて、次なんですが、このまま5章に入るか、それともSF作品をはさむかまだ迷っています。いづれにせよ7月から始めようとおもいます。


では、みなさん 次の作品で!!


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