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第三十八話

110

大司教を二人の委員補佐(ルーカスの従者)が拘束して審問会場を出ようとしたときである、大司教はベアーに近寄り睨み付けた。


「気分がいいか小僧!」


ベアーはガマガエルの方がはるかにマシだと思えるその顔を見た。


「小賢しい道徳観をほざきおって、この青二才が!!」


ベアーは大司教に向き直ると、憐れんだ表情を見せた。


「私を憐れむか、小僧」


大司教はそう言うといきなり高笑いした。


「倫理を説くに値しないライドル家の小僧が私を憐れむか?」


「なんだと!」


「お前はその緋色のマントに込められた呪いを知らんのか?」


ベアーは何のことかわからず大司教の顔を見た。


「知らんようだな、この愚か者が!」


大司教はさらに声高に嗤った。


ベアーは先祖をけなされたような思いに駆られ大司教に詰め寄った。


                          *


その時であった、ベアーは強く肩を掴まれ引き戻された。


「やめるんだ、ベアー。敗者の捨て台詞など気に留めるな!」


そう言ってベアーを引き留めたのはトーマスであった。


「トーマスさん……いつの間に」


「さっきついたばかりだ」


トーマスはそう言うと大司教を正面から見据えた。


「あなたはどこで変わってしまったのですか、大司教。……若かりし頃の熱意はどこに消えたんです?」


トーマスがそう言うと大司教はせせら笑った。


「お前は、まだこの世界の事がわかっていない、僧侶の世界はお前が考えているほど高徳なものではないのだよ」


大司教は闇炎を宿した目を二人に向けた。


「この世界は、変わらねばならない、新たな段階へと進む必要がある。そのためには私のような泥をかぶる人間が必要なのだ!」


 大司教が核心に満ちた表情でそう言った時である、大司教は急に膝をガクンと折ってその場にドスンと倒れた。そのあと白目をむくと口から小さな泡を吹いて体を痙攣させた。


ベアーとトーマスは想定外の展開に目を白黒させた。


「そんな……なぜ……私を……あのお方は……」


大司教はそう言い残すと絶命した。


このあと、寺院内は審問の結果と大司教の死によってすさまじいまでの騒動が展開した。



111

大司教が死んだあと、事態は混乱したが査察委員の強制的な措置で寺院の闇は光で照らされた。


 一切の妥協を許さぬ査察は複数の客観証拠(祭事の衣装から複数の砂金袋)を明らかにし、大司教の汚職の全容を解明した。


 また司法取引と同じ論法で大司教派閥の末端を切り崩したことも事態の進展に寄与し、羊毛ギルドのキックバックを受けた僧侶たちが芋づる式に釣り上げられた。終わってみればドリトスの寺院全体が汚職の巣窟であったことが判明した。


 うすうすひどいであろうと予期はしていたが寺院の僧侶の半分近くが羊毛ギルドと癒着していた事実は余りに衝撃的であった。


「これほどまでとは……」


大司教一派の贈賄のやり口は実に巧妙で都の査察委員でさえ息をのんでいた。


「……羊毛ギルドとこれほどまでに……おまけに土地寄進のキックバックまで……」


 お布施や寄進は合法的だが、そこから裏金を作る行為は脱税そのもので聖職者の倫理観など微塵もなかった。


                         *


 査察を終え、一件の処理を終えたルーカス委員は寺院の入り口にいた3人の前に現れた。


「よくやってくれた、君たち」


ルーカスはそう言うと3人の顔を見回した。


「君たちの告発がなければ、寺院の汚職は広がりもっと酷いことになっていただろう、我々も助かった。内々に僧侶の汚職を処理できたのは君たちのおかげだ。」


白髭のルーカス委員はそう言うとベアーを見た。


「君には謝らねばならない。」


 ルーカスはそう言うとベアーに頭を下げた。魔女の件に関して不愉快な思いをさせた『お詫び』がそこには垣間見えた。ベアーは都の権力者が頭を下げると思わなかったので面食らった。


次にルーカスはリズに声をかけた。


「審問での君の凛とした対応はなかなかだったぞ、たいしたものだ」


 リズは都の査察委員に褒められ嬉しそうな顔をした。僧侶の世界でもエリートとして名高い委員に評価されたことは誉れと言っていいだろう。


 だがリズはすぐに憮然とした表情を見せた、ベアーは気になりルーカスの視線の先を見た。


なんとルーカスはリズの胸をガン見していた。


『この人も……好きなんだな……』


 ベアーがそう思った時である、リズが怒りのこもった咳払いをした。ルーカス委員は目を泳がせた後、何事もなかったかのように振る舞った。



112

「さて、君だが……」


ルーカスは取り繕ってそう言うとトーマスを見た。


「司教としての名誉回復は当たり前だが……実は我々としては別の考えがある。」


そう言うとルーカスは今までにない真剣な表情を見せた。


「君には次の選挙に出てもらいたい」


トーマスは怪訝な表情を浮かべた。


「半分以上のものが処分されるとなると、まともな人間はこの寺院から出馬できんだろう、かといって他の寺院から僧侶を呼ぶのも手続きのうえで面倒になる。」


ルーカスは鋭い眼でトーマスを見た。


「大司教の道を歩んではどうかね?」


トーマスは想定外の言葉に色を亡くした。


「この寺院を立て直すには新しい息吹が必要になる。それには若い君が適任だ。」


だが、トーマスはそれを断ろうとした。


「私のような若輩の人間ができる仕事ではありません、荷が重すぎます」


トーマスは続けた。


「それに大司教の言った『あのお方』と言う言葉も気にかかります。いまのような状態で選挙に出ることは……」


トーマスはお布施の使途不明金がいまだ解明されないことに危惧を抱いていた。


「トーマス君、君の気持はわからんでもない、我々も大司教の言った言葉には裏があると感じている……。だが今は、混乱した状況をまとめることの方が先決だ。そしてその改革を行うのは大司教の汚職を告発した君たちでなければ無理だろう。」


ルーカスにそう言われるとトーマスはうつむいた。


                        *


 そんな時であった、4人の廻りに見知った顔があつまってきた。告発の行方を見守っていたチャドやその親方、そしてトーマスが今まで助けてきた人間たちである。


「今の話、聞いたよ、トーマスさん」


チャドはそう言うとトーマスに近寄った。


「俺たち応援するよ!」


チャドが言うと他の連中もうなずいた。


「大司教なんてすごいじゃないか、俺たちの村から大司教が出るなら、そんなうれしいことはないよ!!」


皆がそう言うとトーマスは後ろ頭に手を置いた。


「私はまだ、30代だ。この年で大司教はできる仕事じゃない」


 トーマスがそう言うと乳飲み子を抱いた亜人の女がその輪の中から現れた。トーマスが指輪を渡した女である。


「トーマスさん、あなたのおかげでこの子は助かりました。ぜひ、名付け親になってください。」


「それはかまわんが……」


トーマスがそう答えると女はにこやかな表情を見せた。


「ぜひ、大司教の名でお願いします!」


 女にそう言われたトーマスは困った顔を見せた。その表情を見たベアーはトーマスに声をかけた。


「トーマスさん、チャンスは何度も巡ってくるとは限りません。このビッグウエーブ、逃す手はないんじゃないですか?」


トーマスはベアーを見た。


「天啓ですよ、これは!」


ベアーがひらめいたようにそう言うとトーマスは天を仰いだ。


「天啓か……」


 そのあとトーマスは何か吹っ切れたような表情を見せた。そこにはすべてを受け入れ、前に進むという意志が現れていた。


「どうやら、最年少の大司教が誕生しそうだな」


ルーカス委員はそう言うと白髭をなびかせて停めてある馬車へと向かった。



113

ベアーは寺院の不正を暴きトーマスの名誉回復がなされたことに気をよくした。やるべきことを成し遂げたという思いで一杯になった。


『よくやった、今回は……』


 羊毛ギルドと寺院の癒着を暴き、なかおつ貿易商としてフォーレ商会に利益をもたらすことができたのは称賛に値するだろう。


『トーマスさんは出世したし……羊毛ギルドは実質、解散だし……めでたし、めでたしだよな』


羊毛の仕分けをしていたベアーはそう思いながら作業に従事した。


                         *


『あとはこれを荷馬車に載せて……よし、これで終わりだ!!』


すべての作業を終えたベアーはウィルソンとともに幌馬車の御者席に乗るとドリトスを出発した。


『いやあ、今回は……俺やったわ……』


ベアーは自分のやったことがうまくいったことに鼻高々になった。


『貿易商としても僧侶としても、結構いけてたよな、俺!!』


僧侶として有終の美を飾れたことはベアーにとって感慨深いものがあった。


 だが、この後、とんでもない展開が待っているとはこの時、ベアーはつゆともおもわなかった。



114

それはドリトスを出て3時間ほどたった丘陵地帯で起こった。


ウィルソンが羊毛を運ぶ幌馬車に鞭をいれていると、馬車の脇を歩いていたロバが異様な声を上げた。


『うるせぇな、馬鹿ロバ……』


ベアーがそう思って振り向くと妙な匂いが鼻をついた。


「なんだ、これ?」


ベアーが荷台の方を確認すると、なんと幌の部分から煙が上がっていた。


                        *


 荷馬車の幌にはすぐに火の手が廻り、如何ともしがたい状況が展開した。危機を察した馬はいななき、恐怖から暴れ馬に変貌していた。


 ウィルソンは荷馬車をなんとか止めると馬と馬車をつないでいる留め具を外した。


「どうなってんだ……」


ウィルソンがそう言った時である、岩陰の中から騎乗した3人が近づいてきた。


「あれは……」


ベアーの視界に入った3人はなんとマリー姉弟であった。



次回で、4章終わりの予定です。



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